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レジェンド  作者: 神無月 紅
異世界の草原
2280/3865

2280話

「ふーん。最初に会いに行ったのはエレーナなんだ」


 診療所から少し離れた場所にある、小さな食堂。

 正確には喫茶店と表現した方がいいような店で、レイはマリーナと会話をしていた。

 以前マリーナに会いに来た時もこの店を使ったのだが、今日は客の数はそれ程多くはない。

 ……もっとも、今の時間なら普通は仕事をしている時間なのだから、当然かもしれないが。

 これがもう少し時間が経てば、昼食を求めてこの店にも客が集まってくる可能性は高かったが。

 そんな店で、レイは目の前のマリーナに何と言葉を返せばいいのか、迷っていた。


(マリーナの家に行ったけど、マリーナがいなかった? ……いや、それは言い訳にも何にもならないか)


 マリーナが診療所で働いているのはレイも知っており、当然のように今の時間なら家にはおらず、診療所で働いているというのは間違いなかったからだ。

 それを知ってるだけに、レイが真っ直ぐマリーナの家に行ったというのは、エレーナに会いに行ったと思われるのは当然だった。

 目の前のマリーナに、何と言えばいいのか。

 そうして迷っていると……


「ふふっ、もういいわよ」


 不意にマリーナが笑みを浮かべながら、そう言ってくる。

 先程までも笑みを浮かべていたのだが、今の笑みは先程までとは違った普通の笑みだ。

 そんなマリーナの笑みを見て、レイは自分がからかわれていたことを悟る。

 つまり、今までのマリーナは本気で怒っている訳ではなかったのだと。


「驚かすなよ」

「あら、でも今日はこうして許したけど、また今度同じようなことがあったら、きちんと許すとは限らないわよ?」

「ぐっ、そ、それは……」


 レイはそんなマリーナの言葉に何も言えなくなる。

 実際、マリーナに会いに来たのが一番最後だったのは間違いのない事実なのだから。

 ……とはいえ、ビューネとはまだ会っていない以上、本当の意味で最後という訳ではない。

 ただし、エレーナとヴィヘラの後に会いに来たというのは、間違いのない事実だ。

 もっともエレーナはともかく、ヴィヘラの場合は向こうの世界に自分からやって来たのだから、エレーナやマリーナと一緒にするのはどうかと思ったが。


「とにかく、無事でよかったわ。レイのことだから大丈夫だとは思っていたけど、それでも確実にとは言えなかった訳だし」


 マリーナの言葉で、レイは心配を掛けていたのだと知り、口を開く。


「心配を掛けて悪いな」

「あら、謝るくらいなら、心配をしてくれてありがとうって感謝の言葉を口にしてくれた方が、私としては嬉しいんだけど?」

「そうだな。心配をしてくれて嬉しいよ。ありがとう」

「……よろしい」


 まさか素直にそう返されるとは思っていなかったのか、マリーナは若干照れた様子を見せながら、そう告げる。

 レイとしては、何故マリーナが照れているのかが分からなかったが。


(女心と秋の空とか言うけど、まさにそんな感じなんだろうな。今は夏だけど)


 テーブルの上にある果実水を飲みながら、そう考える。

 そんなレイの様子を見て、少し落ち着いたマリーナが口を開く。


「それで、これからどうするの? まだ暫く向こうに?」

「ああ。ドラゴニアスは何とかする必要があるし……アナスタシアとファナも見つけないといけないしな」

「そう」


 レイの言葉に、マリーナは短く呟く。

 マリーナにしてみれば、アナスタシアは同族だ。

 正確にはエルフとダークエルフで違うのだが、それでも近い種族なのは間違いない。

 それだけに、マリーナとしても出来ればアナスタシアを救って欲しいという思いがあったのだろう。


「じゃあ、向こうの一件が片付くまでは、増築工事の方はレイがいない分、忙しくなりそうね」

「そうなるな。とはいえ、結局ドラゴニアスの本当の意味での本拠地を見つけないといけない以上、向こうにいても特にやるべきことはないし、それなりにこっちに戻ってこられるとは思うけど」


 実際、レイが向こうの世界でケンタウロスの集落にいて、出来ることはそう多くはない。

 それこそケンタウロスの中でも実際に戦いに向かう戦士達と模擬戦を行うか、もしくはセトと一緒に何らかの食料となる動物やモンスターを獲ってくるといったところだろう。

 ……実際には、そのどちらもがケンタウロス達にとっては非常にありがたいのだが。

 ドラゴニアスを圧倒出来る実力の持ち主であるレイと模擬戦を行うということは、当然のようにドラゴニアスと戦う時にも有利に働く。

 とはいえ、レイとドラゴニアスでは当然のように体格も戦闘方法も違うので、レイとの戦いがそのままドラゴニアスとの戦いで有利に働くといったことではないのだが。

 また、食料の方は模擬戦よりももっと直接的な意味で助かる。

 ドラゴニアスの影響で、次々と他の集落からケンタウロス達が集まってきている関係上、当然のように食料はより多く必要となる。

 ……そういう意味では、レイ達が戻ってきた時に宴を行い、家畜を潰したのは早まった行為だったのだろう。

 もっとも、あの時はもうドラゴニアスの襲撃はないだろうと判断していたのだが。

 まさか、レイ達が潰した場所が本拠地ではないとは、思いも寄らなかったのだろう。

 そういう意味でも、ケンタウロス達にしてみれば、レイとセトが食料を獲ってくるというのは、非常にありがたいことだった。

 その辺りの事情はマリーナにも完全に分かっている訳ではなかったが、それでもレイの説明に頷く。


「そう。本当なら私も向こうに行ってみたいんだけど……今の診療所の様子を考えると、難しいしね」

「怪我人はやっぱり多いのか?」

「本格的に夏になって、多くなってきた……というのが正しいかしら」

「夏になって?」

「ええ。暑くなって、その影響で注意力が散漫になったりして、何らかの事故が起きたり……といったようなこともあるし、それ以外にも暑さに苛立って喧嘩が増えるというのもあるわね」


 マリーナのその言葉に、レイは日本にいる時に見たTV番組を思い出す。

 夏になると、よく放映される警察の特番。

 別に暑くなったからといって犯罪が増えるという訳ではない。

 いや、もしかしたらそうなのかもしれないが、レイとしてはそういう認識はあまりない。

 夏休みになって時間が出来たから、犯罪に関わる者も出て来るのではという思いもあったが。

 ……幸か不幸か、レイが日本で住んでいた時は東北の田舎町だったので、そのような犯罪に関わるといったようなことはなかったが。


「いっそ、マリーナの精霊魔法でギルム全体の温度を下げるとか。……難しいか?」

「難しいんじゃなくて、不可能よ。レイは私を何だと思ってるの?」


 呆れたように告げるマリーナだったが、レイから見たマリーナは、精霊魔法を使って大抵のことは何とかなるという、そんな印象だ。

 それこそ、もしかしたらギルム全体を涼しくするような真似も出来るのでは? と、そう思うのは当然だった。

 もしそれが可能だとすれば、それこそギルムに集まってくる者は多くなるだろう。

 それも、その辺の住人とかではなく、貴族……それも侯爵や公爵といった上位の貴族の関係者や、場合によっては当主がやってきてもおかしくはない。

 何しろ、夏は涼しく……それでいて、そのような真似が出来るのなら冬は暖かくといったようなことが出来てもおかしくはないのだから。


(まぁ、そんなことになれば、それこそマリーナを巡って大きな騒動になったりすると思うけど)


 今でさえ、マリーナの精霊魔法の実力が知られれば、どのような手段を使っても欲しいと思う者は少なくない。

 それでも迂闊に手を出すような真似をしないのは、マリーナがダスカーやその一族と昔から交流があり、更にはギルドマスターの経験者で、更にギルドマスターになる前は凄腕の冒険者だったからというのが大きい。

 また、深紅の異名を持つレイの仲間だというのも、抑止力としては大きいだろう。

 レイが貴族に対しても容赦しないというのは、広く知られている。

 そんなレイを敵に回したいかと言われれば……普通なら、それに頷くようなことはないだろう。


「マリーナの実力を知ってるからこそ、出来ると思ったんだけどな」

「とてもじゃないけど、無理よ。もし出来たとしても、それこそ数秒……頑張れば数分はいけるかもしれないけど、そんな感じになると思うわ」


 もう少し精霊魔法の腕が上がれば、数十分はいけるかもしれないけどね、と。

 そう最後に付け加えるマリーナ。

 それは、そうなればいいと思っているものではなく、確実にそうなるという確信を持っての言葉だ。


「精霊魔法が凄いのか、マリーナが凄いのか……」

「両方ね」


 自信に満ちた表情で、あっさりとそう告げるマリーナ。

 そんなマリーナの姿は、不思議な程にレイの目を惹き付けるだけの魅力があった。

 とはいえ、こんな場所で妙な雰囲気になるのもどうかと思い、レイは話題を逸らす。


「とにかく、あっちの件が解決するまでは時々しかこっちに戻ってこられないと思う」

「そうね。アナスタシア達を助けるには、そうした方がいいでしょうし。……少し寂しいけど、我慢するわね」


 そう言い、笑みを浮かべるマリーナは、強烈なまでの女の艶を見せつける。

 実際、少し離れた場所にいた恋人同士と思われる二十代程の二人の男女のうち、男の方がマリーナに目を奪われ……当然のようにそんなことになれば恋人は面白くなく、テーブルの下で思い切り恋人の足を踏みつけ、悲鳴を上げさせていた。


「何だ?」

「さぁ?」


 見知らぬ恋人同士にそのような喧嘩騒動をもたらしているとは知らないまま、レイとマリーナはお互いに不思議そうな表情を浮かべる。

 その後、十分程話をしていたところで、不意に店に誰かが入ってくる。

 普段であれば、その辺は特に気にする必要はなく会話を続けていただろう。

 だが、入ってきたのが診療所で働いている者だとすれば、話は別だ。

 特にその女が急ぎ足でマリーナのいる方に向かってくるとなれば、尚更だろう。


「どうかしたの?」


 レイとの時間を邪魔されたことに思うところがない訳ではなかったが、近付いてくる女の顔が真剣な様子を見れば、ただ興味本位でやって来た訳ではないというのは分かる。

 そして実際、女は急いでいるのか素早く口を開く。


「怪我人が診療所に運び込まれました。……それもかなり重傷です。上から建築資材が落ちてきて、それにぶつかったと」

「分かったわ」


 そう言ったマリーナの顔は、既にレイを愛する女から、診療所で回復魔法を使う者の顔に戻っている。


「レイ、悪いけど……」

「ああ、構わない。俺もそろそろギルムを出ようと思ってたしな」

「気をつけて」


 人前だからなのか、それとも何か別の考えがあったのかは、レイにも分からない。

 だが、マリーナはレイの唇ではなく頬に軽く口づけをしてから、迎えに来た女と共に店から出て行く。

 そんな様子に、再び先程から喧嘩騒ぎをしていた恋人達の方で騒動が起きていたのだが、レイはそれを気にする様子も見せずに倚子から立ち上がって会計をすませる。

 恋人同士がくるような店だからだろう。酒場のように注文ごとに料金を支払うのではなく、最後に纏めて料金を支払う形となっていた。

 ついでに、セトの為に幾つかの焼き菓子を買う。

 ……とはいえ、先程セトにはアーラが貰った焼き菓子を置いてきたので、この焼き菓子は今すぐではなく、今日の夜にでもということになるが。

 貴族が雇っている料理人が作った焼き菓子と、店で普通に売っている焼き菓子。

 当然のように、その二つの味には大きな差が出来る。

 今のセトにこの焼き菓子を食べさせても、本来なら美味いと感じられるのに、前の焼き菓子の味がこの焼き菓子本来の味を覆い隠してしまう。

 それは、あまりに勿体なかった。

 店を出て診療所……正確にはセトのいる方に向かうと、診療所の前には先程レイが来た時とは違って多くの人が集まっている。

 ただし、怪我の治療の為に集まっている訳ではなく、診療所の中にいる者達が心配で集まっているだろう。


(どうやら、怪我をしたって人物はただの出稼ぎ労働者って訳じゃなくて、皆に慕われているような奴らしいな)


 若干その人物に興味はあったが、レイとしてもいつまでもギルムにいる訳にはいかない。

 向こうの世界に戻って、ドラゴニアスの本拠地の探索がどうなっているのかを確認する必要がある。

 どうしても危険なら、レイの持つポーションを使ってもいいと思うが、すぐに首を横に振る。

 マリーナの精霊魔法があるのなら、自分の持ってるポーションは特に必要ないだろうと。

 そう判断し……レイはセトのいる場所に向かうのだった。

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