2274話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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「あー、これだとやっぱり一気に全部倒すことは出来ないか」
魔法を放った後、レイは空を飛ぶセトの背の上でそう呟く。
レイの魔法で放たれた五百本近い炎の矢は、ケンタウロスの集落に迫ろうとしていた、百匹近いドラゴニアスの群れに降り注いだ。
だが、それでも赤い鱗を持つドラゴニアスは当然のように被害もなく生き残ったし、それ以外にも偶然炎の矢が自分の方に飛んでこなかった……もしくは、自分の前にいたドラゴニアスが盾になって自分に炎の矢が飛んでこなかった。
そのような理由で、生き残っていたドラゴニアスは三十匹近かった。
とはいえ、レイとしてはこの程度ですませたことでも問題はないと判断する。
何故なら、集落の方からヴィヘラが生き残っているドラゴニアスに向かって突っ込んでいるからだ。
手甲からは既に魔力によって生み出された爪を伸ばしており、生き残ったドラゴニアスの群れに向かって突っ込んでいく。
生き残ったドラゴニアスの群れも、最初は呆然としていたが、自分達に向かって突っ込んでくるヴィヘラを見れば、すぐ反撃に移る。
それは、ヴィヘラの着ている服が向こう側が透けて見えるような薄衣であるというのも関係しているのだろう。
もっとも、それはドラゴニアスがヴィヘラに欲情したといった話ではなく、ヴィヘラの柔らかそうな肢体を見ることが出来たので、その肉を食いたいという、食欲による理由からだったが。
だが、そんなドラゴニアスを相手にしても、ヴィヘラは全く気にした様子もなく……いや、寧ろ自分から間合いを詰めていく。
肉が自分から向かって来た。
そんな歓喜と共に、早速ヴィヘラの手足に向かって牙を突き立てんとするドラゴニアスだったが、次の瞬間にはその牙はヴィヘラの柔らかな肉ではなく空中に噛みつき……
「ギョギャ!」
同時に、伸ばした首を魔力の爪によってあっさりと切断される。
本来なら、ヴィヘラが使っているような爪は相手の身体を斬り裂くといったようなことは出来ても、切断するといった真似は難しい。
だが、それを行えるのがヴィヘラの技量であり、手甲によって生み出された魔力の爪の性能だった。
何よりも大きいのは、魔力の爪は劣化しないことだろう。
普通の金属で出来た爪であれば、それこそ骨を切断するような真似をすれば、使う者の技量によっては爪の一部が欠けるし、そこまでいかなくても何らかの疲労は爪に残る。
だが、魔力によって生み出された爪であれば、その辺は全く心配する必要はない。
何しろ、爪が欠けるようなダメージを受けたのなら、それこそ一旦魔力の爪を解除してから、再度生み出せば、それは新品同様の物になっているのだから。
武器の劣化を気にせずに戦えるというのは、非常に大きい。
ましてや、その武器の性能は非常に高いのだから余計に。
「これ以上、俺が何かしなくても、ヴィヘラが全部片付けてくれそうだな」
「グルゥ」
レイの言葉に、地上を見ていたセトも同意するように喉を鳴らす。
本来なら集落に向かおうとしていたドラゴニアスだったが、柔らかい肉を持つヴィヘラに、まんまと誘き寄せられた形だ。
ヴィヘラも敵が何を狙っているのかは理解しているのだろうが、それを全く気にした様子もなく……それどころか、寧ろ嬉々としてドラゴニアスとの戦いに没頭していた。
手甲の爪だけではなく、足甲の踵から伸びた刃も使い、それこそ近付いたドラゴニアスは様々な場所を斬り裂かれ、拳で殴られ、足で蹴られ、更には少しでも隙を見せれば浸魔掌で体内に直接衝撃を受けてしまい、絶命して地面に崩れ落ちる。
そんなヴィヘラの戦いを、集落から出たザイや酒を飲んでいなかった戦士達は、ただ唖然として見ていることしか出来ない。
ザイは初めてヴィヘラの戦いを見るので、驚くのは当然だろう。
だが、それ以外……ヴィヘラが集落にやって来た時にドラゴニアスと戦ったのを見ている者ですら、ヴィヘラの戦いには圧倒される。
ケンタウロス達の武器では、槍でも長剣でも弓でも……それらを使ってもなかなかダメージを与えることが出来ないのに、ヴィヘラはそれこそ手甲の爪や踵の刃、更には手を触れただけであっさりとドラゴニアスを倒していく。
その光景は、正直なところ圧倒されることしか出来なかった。
ましてや、ザイにしてみればレイの強さを十分に知っている為に、そのレイと親しい女のヴィヘラまでもがここまで強いというのは、驚くことしか出来ない。
そうして驚いている中で、とうとうレイも戦闘に参加する。
デスサイズと黄昏の槍を手に、セトの背から飛び降りて地面に着地したレイは、そのままヴィヘラに向かおうとしていた青い鱗を持つドラゴニアスの胴体を上下に切断する。
そのまま反対の腕で、レイを真っ先に見つけ……それこそ、すぐにでも襲おうとしていた緑の鱗を持つドラゴニアスの頭部を突きで粉砕した。
その威力は、凶悪という表現が相応しいだろう。
三m近い身長を持つドラゴニアスが、次々と撃破されていくのだから。
……もっとも、そういう意味ではヴィヘラもまた大きく暴れているという点で非常に目立っていたが。
「グルルルルルゥ!」
セトもまた、前足の一撃でドラゴニアスの頭部や手足を吹き飛ばす。
ヴィヘラ一人ですら、ドラゴニアスは手に負えなかったのだ。
だというのに、そこにレイとセトが援軍として入れば、戦況は圧倒的になってしまう。
そして……レイとセトが戦闘に参加してから十分もしないうちに、戦闘は終わるのだった。
「ふぅ。取りあえず何とかなったな。……とはいえ、結局何でドラゴニアスがやって来たのかは不明なままか。言葉が通じればいいんだけどな」
ドラゴニアスの死体を次々とミスティリングに収納していきながら、レイはそう呟く。
倒すことは出来たので、結局集落に被害は出なかった。
出なかったのは間違いないのだが、それでも本拠地を潰された筈のドラゴニアスがまた襲ってきたのは間違いのない事実だ。
あるいは、レイ達が本拠地を殲滅した時、本拠地にいなかったドラゴニアス達が偶然この集落を襲う為にやって来たのかもしれないと考えたが、百匹近いドラゴニアスが襲ってきたと考えると、それはあまりにも不自然なのは間違いない。
であれば、残る可能性として考えられるのは……
(やっぱり本拠地は一つだけじゃなかった。というか、実はあそこは本拠地ではなくて、ドラゴニアスの拠点の一つと考えた方がいいだろうな)
レイ達が殲滅した場所を本拠地と呼んでいたのは、あくまでもケンタウロス達がそう呼んでいたからでしかない。
つまり、ケンタウロス達が何人も死にながら、ようやく見つけたその場所。
そこまで被害を受けながらも、掴んだ情報だからこそドラゴニアスの本拠地であると思っていたのだが、実際には違ったのだ。
「これは……厄介なことになりそうだな」
「そう? 私としてはそれなりに楽しめるから嬉しいけど。何しろ、どんなに怪我をしても全く怯まないというのが大きいわね」
「……ヴィヘラならそうだろうけどな」
普通のモンスター……いや、人であっても、ダメージを受ければ、当然のように怯む。
だが、飢えに支配されているドラゴニアスは、そんなのは全く関係ないと言わんばかりに襲ってくるのだ。
だからこそ、戦闘を楽しむヴィヘラにしてみれば、いつまで経っても獰猛なまま襲ってくるドラゴニアスという敵は、非常に好ましい相手だった。
……もっとも、それはあくまでもヴィヘラだからこその話であって、他の者も同じように感じるかと言われれば、殆どの者は否と答えるだろうが。
「ふふっ、少し遅れたけど、レイを追ってきた甲斐があったわね」
ヴィヘラは嬉しそうに……それはもう、本当に心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。
言ってることは非常に物騒なことなのだが、不思議とヴィヘラの笑みを見ても、そんな物騒な言葉を口にしているようには見えない。
それは、ヴィヘラが戦いを好むのは相手を蹂躙したり、自分よりも弱い者を一方的に攻撃しようとしているのではなく、純粋に戦いを楽しんでいるからだろう。
それでいて、その辺の戦闘狂とは違って他人に対して戦闘を強制するようなことはない。
だからこそ、そのような内面がヴィヘラの表情に表れているのだ。
「ヴィヘラが楽しみたいというのは分かる。分かるけど……問題なのは、本当の意味で敵の本拠地がどこにあるのか分からないってことだろうな」
それが一番の問題だった。
レイ達が滅ぼしたドラゴニアスの本拠地を見つけるのに、偵察隊として出たケンタウロスの多くの命が失われた。
たった一つの本拠地でそれだったのに、他の本拠地を見つけろというのは、かなり難しい。
(セトに乗って空から探すのも……また、難しいんだよな)
ザイ達のような、この草原で生まれ育った者にしてみれば、草原は草原として同じように見えても色々と違いが分かるだろう。
だが、レイとセトのようにこの世界に来たばかり……それも方向音痴気味ともなれば、この広大な草原で同じ場所に戻ってくることが出来るのかどうかは、ある意味で賭けになるだろう。
最悪対のオーブでグリムをこの世界に呼んで、迎えに来て貰うといったようなことにもなりかねない。
一応グリムの厚意でセトがエルジィンに繋がる穴を察知出来るようにはなっているが、それだってどこまで離れていても察知出来るという訳ではない。
だからこそ、今の状況でこの草原のどこにドラゴニアスの本拠地があるのか……それを調べる方法が必要だった。
何よりも厄介なのは、レイ達が襲撃した場所と同じような本拠地……いや、拠点が他に幾つあるのかも分からないことだろう。
これが一つや二つならともかく、五、十……といった具合に複数あった場合、そのどれが本当の意味で本拠地なのかが分からない。
(いっそグリムに頼むか? ……難しいだろうな)
そもそも、グリムにはエルジィンに通じている穴を維持して貰う必要がある。
ドラゴニアスの本拠地を探すなどといった真似をして、エルジィンと繋がっている穴が途切れた場合、レイ達はこの世界に取り残されることになるのだ。
そのような危険を冒せるかと言われれば、レイとしては否だ。
冷たい話になるが、レイとしては本当の意味でドラゴニアスの本拠地を潰す必要はないのだから。
……ただし、ヴィヘラのことを考えると、その辺は難しい判断になるのだが。
「レイ、ドラゴニアスの本拠地……本当の意味での本拠地を見つけるのは、俺達に任せて欲しい」
レイとヴィヘラの会話を聞いていたザイが、そう話に割り込んでくる。
ザイにしてみれば、ドラゴニアスの相手をレイとセト、それにヴィヘラに任せてしまっている以上、敵の本拠地を見つけるといったようなことは、せめて自分達がやるべきだと、そう判断したのだろう。
誇り高いケンタウロス族として、レイ達に全てを任せるというのは、許せなかったのだ。
レイもそれは分かっているのだが、だからといってすぐに頷く訳にはいかない。
「いいのか? 以前の偵察でも結構な人数が殺されたんだろ? だとすれば、他の場所にあるだろうドラゴニアスが集まっている場所を探し出すとしても……その被害はかなり大きいものになると思うぞ?」
「それでもだ。戦いをレイ達に任せ、何もしないで待っているという真似は、許容出来ない」
断言するザイの様子は、それこそレイが駄目だと、止めろと言っても絶対に退かないといった雰囲気を出している。
ケンタウロスの誇りを汚させはしないと、そう態度で示すザイを見て、レイが出来るのは頷くことだけだった。
「分かった。頼む」
「ああ」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
ザイはしっかりとした様子で頷くと、早速探索をどうするかを考えるべく、集落の中に戻っていく。
「……グルゥ?」
そんなレイに、セトはいいの? と小さく喉を鳴らす。
ザイもセトに構ってくれる相手の一人だけに、心配なのだろう。
勿論、他の人のように撫でてきたりするのではなく、ただ一緒にいたりする時間があったり、何か食べ物をくれたりといったようなことだけなのだが。
それでも、セトにとってはザイは親しい相手だった。
だからこそ、今のやり取りを見て本当にそれでいいの? と、そう喉を鳴らして尋ねたのだ。
だが、レイはそんなセトの言葉に躊躇なく頷く。
「ああ。ザイにはそれが必要なんだ」
そうレイが告げると、セトは少しだけ心配そうに喉を鳴らしながらも、それでもレイの言うことなら、と。若干不承不承ではあるが、納得するのだった。