2271話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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ヴィヘラとの一連のやり取りは、無事に終わった。
レイやセトにとっては幸いなことに、ケンタウロス達とヴィヘラが揉めるようなことはなかった。
……集落のケンタウロス達はヴィヘラが五匹のドラゴニアスを一人で圧倒するのをその目で見ている者も多く、レイの知り合いだということが証明されたこともあって、友好的な態度だったし、ザイ達は近接戦闘では自分でも危ないといった言葉を聞いていたのが大きい。
ザイ達はレイの実力をこれでもかと見せつけられている。
そんなレイの言葉だけに、それを信じない訳にはいかない。
レイとしては、もしかしたらドラット辺りが何らかの問題を起こすのでは? と思いもしたのだが、ドラットがヴィヘラに突っかかるようなことはなかった。
ヴィヘラが女だからなのか、それともこちらもレイの実力を知ってしまったからか。
その辺りの理由は分からなかったが、余計な問題が起きないというのは、レイにとっても嬉しいことなのは間違いない。
ともあれ、現在集落では襲ってきたドラゴニアスを殲滅し、それを行った新たな客人が現れ、更にはレイ達が無事に戻ってきて、その戦果としてドラゴニアスの本拠地を壊滅させたのだ。
これでケンタウロス達に喜ぶなという方が無理だった。
そして喜んだケンタウロス達は当然のように宴を行うことにし……その準備が行われている間、レイはヴィヘラとテントの中で待つように言われたのだ。
これは、レイとヴィヘラの時間を少しでも用意しようという、ザイの心遣いによるものだろう。
ともあれ、レイとヴィヘラはそんなテントの中で話をしていた。
「それで? この世界に来たのはヴィヘラだけなのか?」
この世界という言葉を普通に使うことが出来るのは、このテントの周囲には自分とヴィヘラ、そして外で寝転がっているセト以外に誰もいないと理解しているからだ。
本来ならセトはこの集落でも人気が高く、ケンタウロスの女や子供、それ以外にも愛らしい存在が好きな男……もしくは珍しい存在を自分の目で見てみたいという、レイ達がいない間に集落に合流したケンタウロス達がやってきてもおかしくはない。
だが、今は宴の準備で忙しいということもあり、何よりもザイから暫くはこのテントに近付くなと言われたこともあって、皆がそれを律儀に守っていた。
だからこそ、レイとヴィヘラも取り繕うような真似をせず、素直に話をすることが出来たのだ。
「ええ、私一人よ。ビューネも誘ってみたけど、仕事の方を優先すると言われてはね」
「いや、それが普通だろ。……ヴィヘラは仕事の方はいいのか?」
レイが知ってる限り、ヴィヘラの仕事は警備兵の代役としてギルムの見回りをし、何らかのトラブルがあれば、それを解決するというものだった。
その仕事を放り投げて、この世界にやって来たのか。
そう尋ねるレイに対し、ヴィヘラは頷く。
「ええ、問題ないわ。別に仕事を途中で投げ出してきた訳じゃないもの。忘れてるみたいだけど、ギルドでの仕事は毎日依頼を受注して行っているのよ。そうである以上、最初から依頼を受けなければ、仕事を放り投げたといったことにはならないでしょ?」
「それは……まぁ、そうか?」
微妙に納得出来ない様子を見せるレイだったが、実際にはヴィヘラの言ってることが正しいのは理解出来た。
依頼を受けなければ、そこに問題はないのだ。
……とはいえ、去年からヴィヘラがギルムの見回りをしているというのは、一種の名物に近くなっている。
ヴィヘラ本人の強さもあるが、その美貌と男の情欲を刺激するような服装を思えば、それで目立つなという方が無理なのだ。
……とはいえ、名物になったからといって、ヴィヘラが絶対にその依頼を受けなければならない訳ではないのだが。
そんな訳で、今日は依頼を受けずにこの世界にやって来たと、そう告げる。
「よく、あの空間の穴の中に入る気になったな」
「あら、問題ないって言われてたんだから、構わないでしょ?」
一体、誰がそう言ったのか。
それは考えるまでもなく明らかであり、レイは思わず溜息を吐く。
明らかにグリムだ。
そもそも、今までにもヴィヘラはその辺りを匂わせていたのだから、その辺は理解するべきだった。
「うん、まぁ……そうだな。で、この世界に来たのはいいけど、どうやってこの集落を見つけたんだ? 待て、言わなくても分かる。それもグリムだな?」
レイの言葉にヴィヘラは何も言わず、ただ笑みを浮かべるだけだ。
その笑みを見れば、ヴィヘラが何を言わなくてもその真意を理解するのは難しい話ではない。
「全く。……まぁ、ヴィヘラが迷子にならなかっただけ、いいか」
この集落を見つけることが出来ないのなら、それこそヴィヘラは草原の中を迷っていた筈だ。
ケンタウロス族が……そして他にも色々な生き物が暮らしているこの草原はかなり広大で、迷えばどうすることも出来ない。
草原である以上は生き物が多く、餓死するようなことはないだろうが。
グリムとしては、レイと会えるようにと気を利かせてこの集落の場所を教えたのだろう。
レイもそれは分かるが、少しサービスしすぎではないかと思ってしまう。
「そうでしょう? それで、レイは一体どういう相手と戦ったの? ドラゴニアスだったわよね? その本拠地に行ったって聞いてるけど」
やはりヴィヘラとしては、一番気になるのはそこなのだろう。
戦いを好むだけあって、ドラゴニアスの本拠地に一体どれだけの強者がいたのかというのが、どうしても気になるのだ。
レイもそんなヴィヘラの嗜好は分かっていたので、特に隠す必要もなく口を開く。
「金の鱗を持つドラゴニアスがいたな。俺が投擲した黄昏の槍を受け流した。……その際に、鱗に大きな傷が出来たが」
「嘘……それは素直に凄いわね。レイの放つ黄昏の槍を……」
驚きの表情と共に、ヴィヘラは呟く。
本当なのか? と改めてレイに聞くような真似をしないのは、レイがこのようなことで冗談を言ったりはしないと理解しているからだろう。
「ああ。ただ……実際にどの程度強いのかと言われると、ちょっと迷う。炎帝の紅鎧を使って戦ったから」
「勿体ない真似をしたわね」
驚きから少しだけ羨ましそうな表情に変えたヴィヘラの言葉に、レイはそっと視線を逸らす。
ヴィヘラにしてみれば、強敵ということで思う存分自分が戦ってみたいという気持ちが強かったのだろう。
レイもそれは分かるが、レイはヴィヘラ程に戦いを好みはしない。
倒せる相手がいるのなら、それこそ何らかの特別な理由がない限り、さっさと倒してしまった方がいいという認識だった。
(それに……)
ヴィヘラには言わなかったが、レイとしては本当にあの本拠地にいたドラゴニアスがこの草原にいるドラゴニアス全ての本拠地だとは、素直に納得出来ない。
勿論、金の鱗を持つドラゴニアスが極めて強力な個体だったのは間違いない。
黄昏の槍を受け流すなどという真似をするのは、それこそ驚愕するしかなかったのだから。
だが……それでも、あの金の鱗を持つドラゴニアスが最大の敵だったのかというのは、どうしても納得は出来ない。
何らかの明確な証拠や理由があってそう思っている訳ではなく、あくまでも勘だ。
ただし、その勘はレイの……これまで幾つもの大きな騒動に巻き込まれ、多数のモンスターと戦ってきたレイの勘なのだ。
そう考えれば、レイの勘というのは決して侮るような真似は出来なかった。
とはいえ、勘だけが理由である以上、強敵との戦いを楽しみにしているヴィヘラにも、今回の一件は言わない方がいいだろうと判断したが。
「取りあえず、そのおかげでこの集落の面々は安心したんだから、結果的に問題はなかった。……多分」
「何か歯切れが悪いわね。何かあるの?」
レイが何も言わなくても、その様子から何となくではあるが、何かがあると理解したのだろう。
ヴィヘラとレイの付き合いも、何だかんだと結構長い。
愛する男に対する女の勘として、それくらいは察することが出来た。
隠そうとした内容の幾らかをあっさりと見破ったヴィヘラに、レイは笑って誤魔化すしかない。
「ははは。まぁ、色々とあるんだよ。それより、ギルムの方は何か変わったことはなかったか? ウィスプの件は取りあえず置いておくとして」
「そうね。樵やその護衛とか下働きをしている冒険者達が苦労しているというのは聞いてるわ」
「それは……うん。だろうな」
その説明には、レイも納得せざるをえない。
レイがいれば、伐採した木をミスティリングに収納し、セトに乗ってすぐにギルムまで飛んでいける。
それに比べると、レイがいない今は伐採した木を専用の馬車に積み込み、その馬車を自分達でギルムまで運ばなければならない。
それがどれだけ大変なのかは、考えるまでもないだろう。
また、それ以外の場所でも各種建築資材をミスティリングで運べるレイと違い、工事現場まで持って運ぶ必要がある。
それらの作業でも、レイがいなくなった影響が出るのは確実だった。
「それと……エレーナとマリーナの二人が、自分達に何も言わないでこの世界で旅に出たことが、面白くなさそうだったわね。もっとも、それは私もそうだったけど」
そう言いながらも、ヴィヘラに不機嫌そうな様子はない。
これは、ヴィヘラがこの世界にやって来ているからだろう。
また、ドラゴニアスがそこそこ楽しめた相手だった、というのもあるのかもしれないが。
「向こうに戻ったら、あの二人には何かプレゼントでもしないとな」
「あら、私にはプレゼントをくれないの?」
「ヴィヘラは自分でここに来ただろうに。なら、プレゼントはいらないんじゃないか?」
「女心を分かってないのね」
呆れた様子でそう言ったヴィヘラが、更に何か言葉を続けようとした、その時……
「グルゥ」
テントの外で周囲の様子を窺っていたセトが、鳴き声を上げる。
「っと、どうやら誰か来たみたいだな。多分、宴の用意でも調ったのか?」
「そう。なら、宴が始まる前に、これだけは聞いておくわ。アナスタシアとファナの二人の行方は分かったの?」
「いや、残念ながらまだだ。穴から一番近い集落はここだと思うから、最初は多分ここにいると思ってたんだけどな。とはいえ、ファナはともかくアナスタシアは精霊魔法を使える。それもかなりの腕前だ。……もっとも、マリーナには及ばないが」
「マリーナと比べる方が間違ってるわよ」
呆れを込めながら、そう告げるヴィヘラ。
マリーナは、万能という言葉が相応しい程の精霊魔法の使い手だ。
それが分かってるだけに、レイもその言葉に異論は挟まない。
それでも、アナスタシアはマリーナのような例外を除いて一般的に見た場合は、十分に一人前と呼ぶだけの精霊魔法の技量を持っているのを、レイは知っている。
そんなアナスタシアだけに、もしこの世界のどこにいても、そう簡単にやられるようなことはないと、そう理解していた。
ドラゴニアスに襲われても、敵を完全に倒すといったことは出来ないが、逃げたり隠れたりといったようなことであれば、精霊魔法で可能な筈だった。
「今回ドラゴニアスの本拠地を叩いたのも、アナスタシアとファナの情報を集めて貰うという代価だしな」
「そうなのね」
自分なら進んでドラゴニアスの本拠地に向かったのにと、そう言いたげなヴィヘラ。
そんなヴィヘラに若干の呆れと共にレイが何かを言おうとすると……
「レイさん、ヴィヘラさん。宴の用意が出来ました」
そう言い、顔を見せたのはケンタウロスの一人。
案内役としてレイ達をドラゴニアスの本拠地まで連れていった男だ。
自分達が以前偵察した時は、自分以外の仲間は全て殺されてしまった。
その仇を取って貰ったことで、特にレイに対して感謝している一人だ。
……もっとも、そんな案内役にしても、ドラゴニアスの本拠地で起きた天災の如き光景は、哀れだという思いを抱く程だったが。
「そうか。そう言われれば、いい匂いもしているな」
レイの言う通り、テントの中まで香ばしい食欲を刺激する匂いが漂ってきている。
そんなレイの言葉で、ヴィヘラもその匂いに気が付いたのか、嬉しそうに笑みを浮かべて口を開く。
「この匂いを嗅いだら、お腹が減ってきたわね」
「お二人の……いえ、セトもいれば、二人と一匹に食べて貰いたくて作っている料理ですから、きっと喜んで貰えます」
そう自信満々に告げる案内役の言葉は、レイにとっても非常に興味深い。
何故なら、ドラゴニアスの本拠地に行く時とこの集落に戻ってくる時、レイが出す料理を食べてきたのだ。
その上でこの言葉なのだから、作られている料理にはよっぽどの自信があるのだろうと。
レイはヴィヘラとセトと共に、宴の場に向かうのだった。