2268話
「これはまた……本当に何も残ってないな」
ザイが唖然とした様子で、ドラゴニアスの本拠地を見て呟く。
実際、そこには本当に何も残っていない。
それこそ、ドラゴニアスの死体すら残っていないのだ。
……正確には、炭や灰となったドラゴニアスの死体は存在するが、それはとてもではないが素材として使うことは出来ず、レイが欲していたものではない。
「うわぁ……正直、まさかここまでになるとは思わなかった。やりすぎたな」
レイは火災旋風を十個も作ったことを反省しながら、そう呟く。
もし火災旋風の数が一個だったら……いや、半分の五個であっても、ドラゴニアスの死体はある程度残っていただろう。
「金の鱗のドラゴニアスの死体を入手しておいたのは、我ながら賢明な判断だったな」
自画自賛するレイ。
だが、実際に本拠地を脱出する時に金の鱗のドラゴニアスの死体を確保していなければ、その死体も恐らくは炭や灰となっていた可能性が高い。
ドラゴニアスを率いていた者である以上、それこそもしかしたら火災旋風に耐えられた……という可能性はあったかもしれないが、レイとしては一匹分しか存在しない金の鱗のドラゴニアスの死体でそれを試してみたいとは思わない。
「そうだな。……正直、本当に俺達が来た意味はなかったけど」
ザイが納得出来ないような表情でそう告げる。
ザイにしてみれば、今回の一件を集落の外の者であるレイだけの力に頼って解決するのは、ケンタウロスとしての誇りが許さなかった。
だからこそ、少しでもドラゴニアスと戦う為にやって来たのだが……実際には、自分が戦う場面は殆どなかった。
ここに来るまでの途中でドラゴニアスに接触した時くらいか。
レイの役に立つという意味なら、それこそ途中で遭遇した、他の集落から逃げてきた者達の護衛に回った方がよかったのではないか。
そんなことすら思ってしまう。
もっとも、当初はレイの魔法がこれだけ強力……否、凶悪なものだとは思っていなかったのだから、仕方がないのだが。
「全くだ」
ザイの言葉に深く同意したのは、ドラット。
レイという存在を気にくわない相手だと判断はしていたが、それでも有能だとは認めていた。
何しろ、集落を襲ってきたドラゴニアスの集団の大半を、ほぼ一人で殲滅してしまったのだから。
炎への耐性を持つ赤い鱗のドラゴニアスと戦っている時も、レイとセトは圧倒的な強さを見せつけた。
そうである以上、レイの強さは知っていた。知っていたのだが……今回見たのは、レイの力を知っていた気になっているドラットであっても、唖然とするしかない光景。
圧倒的すぎるその光景は、それこそただ唖然とするしかなかった。
「ったく……本当に俺達は何をしにここまで来たのやら。案内役が一人いれば、それでよかったじゃねえか」
不満そうに……それでいて、どこか諦観と共に呟かれたその言葉は、見ている者にも色々と考えさせるのは間違いない。
実際、そんなドラットを見た他のケンタウロス達はそれぞれが色々と考えていた。
そんなケンタウロス達から少し離れた場所で、レイはセトと共に改めて周囲の様子を窺う。
「どうやら、これで本当に本拠地にいたドラゴニアスを倒すことは出来たと思うけど……何かあっさりと終わりすぎな気がするんだよな」
「グルゥ?」
レイに頭を撫でられながらも、セトはそう? と喉を鳴らす。
実際、金の鱗を持つドラゴニアスとの戦いが予想以上にあっさりと片付いたのは間違いない。
だが、それはあくまでもレイが炎帝の紅鎧を使ったからこその話なのだ。
相手は、レイが放った黄昏の槍の投擲に対しても受け流すといったような真似をするだけの実力を持っていたのだから。
その辺の事情を考えると、やはりレイのあっさりと終わりすぎたというのは考えすぎのような気が、セトはした。
レイに対して視線でそんなことはないと、そう主張するセト。
セトの視線に、レイもそうだなといったように少しだけ考えを改める。
本当にこの一件がこれで完全に解決したとは、レイは思うことが出来ない。
だが……極論を言えば、レイがドラゴニアスの件を本当の意味で完全に解決しなければならない……と、そんな訳でもないのだ。
改めて考えてみれば、レイが今回ザイ達に協力したのは、あくまでもアナスタシアとファナの行方を捜すのに協力して貰う為。
その条件として、ザイの集落のケンタウロスが把握していた、この場所にいるドラゴニアス達の殲滅を引き受けたのだ。
だとすれば、最低限その条件はクリアしている以上、これ以上無理をする必要はない。ないのだが……
(それでも、後味が悪いような出来事は出来るだけ避けたいしな)
ドラットはともかく、ザイに対しては好意的な感情を抱いているし、それ以外のケンタウロス達も、自分達の集落を救ってくれたからというのもあるが、レイを慕っている。
また、集落の中にはセトを可愛がってくれる者も相応にいた。
その辺の事情を考えると、やはりここはもう少しケンタウロス達に肩入れをしてもいいのではないか。
そんな思いが、レイの中にあるのは間違いなかった。
「取りあえず……いつまでもここでこうしている訳にもいかないし、そろそろ帰るか。集落の方にもある程度人を残してきているとはいえ、それでもやっぱりなるべく早く帰った方がいいだろ?」
何とも言えない微妙な雰囲気の中で、レイがそう告げる。
それを聞いていた者は、それこそ色々と言いたいことはあったものの、今の状況でそれを言っても意味はないだろうと判断して、素直にレイの言葉に頷く。
「そうだな。幸い……という言い方も変だが、腹ごしらえは十分出来た。……少し眠いが」
ザイがレイの言葉に頷きつつそう告げるが、他の者達にしてもその言葉は素直に頷けた。
火災旋風が消えるまで、レイが用意した料理を食べて腹ごしらえとしては十分なのは間違いない。
だが、一晩中ドラゴニアスの本拠地の様子を見ていたこともあり、ほぼ徹夜状態だ。
本来なら、多少は眠くなってもおかしくはないのだろうが、視線の先で自分達に大きな被害を与え続けたドラゴニアスの本拠地が炎の竜巻によって燃え続けているのだ。
興奮していることもあり、とてもではないがそんな状況で眠ってなどはいられない。
結果として、ここにいるものは全員が現在寝不足となってしまった。
……そういう意味では、レイもまた他の面々と同様に寝不足なのだが。
「だとすると、今日はここでもう一泊していくか? 何だかんだと、緊張で疲れている者も多いだろうし」
レイの言葉に、ケンタウロス達は微妙な表情を浮かべる。
勿論、休めるのは嬉しい。
今は緊張しているので眠気を感じないが、今から集落に向かって進むといったような真似をすれば、間違いなく途中で疲れが出て来る。
本人が緊張で疲れを認識出来ていないというのが、この場合は一番の問題なのだろう。
ケンタウロス達もそれが分かっているからこそ、今のような表情を浮かべたのだ。
……レイの場合は、それこそセトに乗って移動するので、その辺はあまり気にしなくてもいい。
また、元々がレイの身体はゼパイル一門によって作られた特別製なのだから、その気になれば数日の徹夜程度はどうということはない。
とはいえ、それでも休んだ方がいいのは間違いないのだが。
そんな面々とは裏腹に、それこそセトはその辺を全く気にする必要はない。
魔獣術で生み出されたグリフォンのセトは、普段は好んで昼寝をするが、その気になればそれこそレイよりも長く徹夜を続けることが可能なのだ。
「レイの気持ちは嬉しいけど、それでもこの場所で野営をするのは……ちょっと……」
今はもう殆どが燃えつき、灰や炭となってしまっているが、昨夜ここには大量の……それこそ数え切れないくらいのドラゴニアスがいたのだ。
そんな大量のドラゴニアスが死んだこの場所で、野営をする。
それは正直なところ、ケンタウロスとしても絶対に遠慮したいことだった。
ケンタウロスにとって、ドラゴニアスというのは憎むべき敵だ。
それは間違いないが、それでも……やはり昨日の一件を見ていれば、色々と思うところがあるのは間違いなかった。
そんな場所で野営をするのは気が進まない。
そう告げるケンタウロスの言葉に、レイはそうかと短く返す。
レイにしてみれば、ケンタウロス達がそう言うのなら、ここでの野営はやめよう。
それだけの気持ちだった。
「なら、ここから少し離れた場所で野営をするか? ……幸い、ドラゴニアス達のおかげで、この周辺に敵となる存在はいないし」
動けるような生き物は、それこそここを本拠地にしていたドラゴニアスに喰い殺されてるだろう。
そういう意味では、この周辺はかなり安全な場所なのは間違いなかった。
……あるいは、もしこの近辺に何らかの生き物がいたとしても、一晩中燃えていた火災旋風をその目で見たり、もしくはしっかりと認識は出来なくても遠くに明かりを見ることは出来た筈だ。
そんな場所に好んで向かうといった者は……いないとも限らないが、その数は間違いなく少ない筈だった。
であれば、その辺については今は特に気にする必要はないだろうというのがレイの感想だった。
「そうなると、さっきみたいに戻ってきたドラゴニアスはどうする?」
ドラットのその言葉に、聞いていた者達も確かにと納得する。
先程戻ってきた時は、まだ火災旋風があった。
そのおかげで、レイ達が特になにもしなくても、ドラゴニアス達は自分から死んでいった。
だが……今はその火災旋風もなくなっている。
もし別の場所に行っていたドラゴニアスが戻ってきても、死ぬようなことはない。
命令を出していた金の鱗を持つドラゴニアスが死んだ今、生き残っていたドラニアスはどうなるのか。
そんな疑問をレイは抱くが、それが解決するようなことはまずないだろう。
「放っておくしかないだろうな。まさか、この草原にどれだけ散らばっているのかも分からないドラゴニアスが全て戻ってくるまで、ここで待っている……何てことは出来ないし」
いや、やろうと思えば出来るだろう。
だが、そのような真似をするとすれば、それこそいつまでここにいなければならないのかといった問題になる。
レイの本拠地は、あくまでもエルジィンにあるギルムだ。
現在ギルムで増築工事が行われており、それに対してレイとセトがかなりの役割を果たしている以上、それを放っておくといったようなことは出来ない。
また、アナスタシアとファナを探すという目的も、ここに待機している状況では出来ないだろう。
(あ、一応ドラゴニアスに捕らえられてないかどうかを確認しておくべきだったか? ……まぁ、その可能性はかなり少ないけど)
もしアナスタシアとファナがドラゴニアスに見つかっていれば、捕らえられる以前に喰い殺されている筈だ。
当然のようにアナスタシアとファナも大人しく殺されるようなことはなく、反撃をするだろうが。
ともあれ、この本拠地にアナスタシアとファナが捕らえられていたという可能性は……皆無と言ってもいいくらいには、低い筈だった。
「ともあれ、ここで野営をしないのなら、離れた場所で野営をして、今日一晩はゆっくりと身体を休めてから、明日は出発する。……異論がある者は?」
そう断言しながら周囲を見るレイに、誰も反対の声は上げない。
レイのことを面白く思っていないドラットではあるが、それでも今の意見が悪くはないと思っているのだろう。
……本当に集落のことが心配なら、いっそレイがセトに乗って一足先に集落に戻るという手段も、ない訳ではない。
だが、問題なのは無事にレイとセトが集落に到着出来るかということだ。
この草原には、エルジィンのギルム周辺のように街道が通っている訳ではない。
それこそ、どこも一面草原なのだ。
緑の海と呼んでも差し支えのない場所。
ただでさえ若干方向音痴気味のレイとセトが、そのような環境で集落のある場所に無事到着出来るかと言われれば……レイとセトを知る者であれば、難しいと言うだろう。
レイにしてみれば、草原のような場所で集落からドラゴニアスの本拠地たるこの場所まで、迷うことなく一直線にやって来た案内役のケンタウロスが素直に凄いと思う。
その点で言えば、案内役のケンタウロスはレイとセトを確実に上回っていた。
もっとも、この広い草原で生まれ育ったケンタウロス達にしてみれば、レイから見れば同じように見える場所であっても、実際には色々と細かな違いがあり、それで覚えているのだろうが。
「ともあれ……そろそろ行くとするか。いつまでここにいてもしょうがないしな」
レイのその言葉に、他の者達も大人しく従うのだった。