2260話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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「じゃあ、俺達はこれで失礼します。……ザイさん、ドラゴニアスの件、お願いします」
昼食終了後、レイ達と共にここまでやって来たケンタウロスの一人がそう言ってザイに頭を下げる。
昼食の時に話し合いを行い、結果としてレイと共にここまできた十人のケンタウロスのうち、四人が逃げてきたケンタウロス達の護衛として一緒に行動することになったのだ。
……とはいえ、その話し合いもすぐに決まった訳ではない。
ここまで来たケンタウロス達は当然のようにやる気に満ちていた為、とてもではないがすぐに納得出来るものではなかっただろう。
それでも大人しく許容したのは、やはり自分の同族を見殺しにすることが出来なかったからか。
実際にドラゴニアス達に襲われているケンタウロス達を見た時。もしレイやセトがそれを見つけていなければ、どうなっていたか。
ドラゴニアスの数は四匹だけだったのだが、それでもケンタウロス達は全滅していただろう。
最初に護衛をしていた戦士達が全滅し、そうなれば女子供や老人の集団に襲い掛かり、全滅。
……そんな結果を想像するのは難しい話ではない。
だからこそ、レイと一緒にやって来た十人のうち、半数近い四人を護衛とすることにしたのだ。
とはいえ、その四人で多数のドラゴニアスを相手に出来る訳ではないのだが。
それでも、今の状況よりはまだ生き残れる確率は高いだろうということで、最終的には納得したのだ。
「頼む。逃げてきた者達が無事に集落に辿り着けるかどうかは、お前達にかかっている」
ザイの言葉に、ここで別行動を取るケンタウロス達はそれぞれ頷く。
仲間を護衛する為なら、しっかりと自分のやるべきことをやると。
そう思っての返事。
「レイ、セト。……ドラゴニアスの件をよろしく頼む」
護衛を行うケンタウロスの一人が、食後の片付けを終え、ミスティリングの中に入っていた食料を少し多めに出しているレイと、獲物を見つけるのに少し時間が掛かったのか、鹿を獲ってきた後で少し遅れて食事をしているセトに向かってそう告げる。
「ああ、こっちの件は気にするな。それよりも、そっちも無事に集落まで行ってくれよ。……取りあえず食料はこれを持って行ってくれ。保存食だから美味くはないけど、持ち運びには便利だ」
生の肉や野菜を持っていくとなると、やはり運ぶ途中で悪くなったり、場合によっては強い臭いを発して動物やモンスターを呼び寄せる可能性がある。
だが、保存食の類では、生の肉や野菜よりはそこまで臭いは強くない。
……当然のように、味も生の肉や野菜に劣るが。
(あ、でも保存食というか、乾物によっては生よりも美味くなるんだったか)
日本にいる時にTVで見た、干しアワビの値段が一個数万円……高いのになれば、それこそ十万円近くするというのを見たことがあった。
それはあくまでも値段の話だったが、実際にそのTVでは干しアワビを戻した煮込み料理がもの凄く美味そうだった思いがある。
また、そこまでいかなくても干し肉をスープの材料にすれば、いい出汁が出るのは間違いない。
その辺の事情を考えると、やはり保存食だから不味いという訳ではなく、調理技術次第なのだろう。
「ありがとうございます」
レイの渡した食料に、女子供や老人達をここまで護衛してきたケンタウロスが深々と頭を下げる。
戦えない者が多い以上、どうしても食料の類を集めるのは難しいのだろう。
食料を集めている間にドラゴニアスに襲われれば……もしくはドラゴニアスではなくても、それ以外のモンスターに襲われれば、被害が大きい。
だからこそ、保存食の類は嬉しかったのだろう。
「ああ、無事に向こうに辿り着けるように願ってるよ。……さて、じゃあそろそろ行くか。あまりここで時間を使う訳にもいかないし」
レイのその言葉で、それぞれが出立の準備をしたり、別れの言葉を言ったりする。
特にここまでザイ達と一緒に来たのに、護衛として再び自分達の集落に戻る四人のケンタウロス達にしてみれば、色々と思うところがあるのは当然だろう。
レイと一緒に行動するケンタウロス達に、羨ましそうな視線を向けながら、ドラゴニアスは頼むと言う。
言われた方も、自分達がドラゴニアスを倒すということを任された以上、決意を込めた様子で頷く。
ドラゴニアスとケンタウロスでは、どうしてもケンタウロスの方が弱い。
レイの協力があるとはいえ、それでも死ぬという可能性は十分にあるのだ。
それこそ、小狡い者であれば自分が生き残る為に進んで護衛の方に回ってもおかしくはない。
この辺りが、ケンタウロスが誇り高い種族であるということの証なのだろう。
短い別れの時間が終わり、レイ達と集落に向かう者達は別れる。
それぞれが、正反対の方向に。
「結局、ザイもドラットも行かなかったんだな。てっきりどっちかは向こうに行くかと思ったんだけど」
ドラゴニアスの本拠地を目指しながら、レイはセトの隣を走っているザイに尋ねる。
当然そんなレイの言葉は、ザイから少し離れた場所を走っているドラットにも聞こえていた筈だったが、レイの言葉に何か反応するような真似はしない。
レイの指示に逆らわないという約束をした以上、自分から進んでレイと関わり合いにはなりたくないと、そのように思ったのだろう。
「集落に連れていく際の護衛が必要なのも事実だが、それよりも問題なのはやはりドラゴニアスだ。あの連中をどうにかしなければ、それこそ最悪の結果を迎えかねない」
違うか? と視線で尋ねてくるザイに、レイもまた異論はないと頷く。
実際にケンタウロス……いや、この草原に住む全ての生き物にとって、ドラゴニアスという存在は可及的速やかに撃破する必要がある相手だ。
であれば、ザイの立場として……そしてザイと並んで集落の中でもリーダー格の一人であるドラットも、そちらを優先するというのは当然だった。
それ以外にも、ドラゴニアスを倒したというのが集落における影響力に関係してくるというのも、間違いではないのだが。
(ザイはともかく、ドラット辺りはその辺を気にしてこの襲撃に参加してそうだよな)
同じように仲間に囲まれることが多かったザイとドラットだったが、ドラットの方にだけそのように思えるのは、やはりドラットの周囲にいたのが仲間というよりは取り巻きといったような者達だったからだろう。
本人はその辺りをどう思っているのかは、レイにも分からなかったが。
「ともあれ、昼は予定していた以上に時間を取ってしまった。ある程度の余裕があるとはいえ、少し急ぐぞ」
本来なら、昼の休憩は一時間程度で終わらせるつもりだった。
だが、セトが狩りに行ったというのもあるし、何よりも逃げてきたケンタウロス達をゆっくりと休ませる必要があったこともあり、二時間以上の休憩時間となってしまったのだ。
そうなった以上、どうしても休憩の時間は予定よりも多くなってしまった。
その分を取り戻す為に、現在セトはケンタウロス達を率いるように走り続ける。
「どこか、今夜休憩出来そうな場所はあるか?」
「そう言われても……ちょっと分かりませんね」
案内役のケンタウロスは、レイに向かって困ったように告げる。
どこかいい場所があるかと言われても、休憩出来る場所があるかと言われれば、幾つか思い浮かぶ場所はある。
「そうか。……なら、取りあえず適当な場所を見つけたら、そこで今夜は休むとするか」
レイの言葉に、それを聞いたケンタウロスは頷く。
もっとも、ここは草原だ。
そうである以上、それこそ休むつもりになればどこでも休めるのは事実なのだ。
とはいえ、草原の中で夜に焚き火をするような真似をすれば、当然のように目立つ。
モンスターや動物、盗賊……あるいは、ドラゴニアスが、その炎を見てどう行動するのか、レイには分からなかったが。
(モンスターはともかく、動物は焚き火を見れば近寄らないのか? あ、でもTVでジャングルとかだと動物は好奇心旺盛だから、焚き火を見れば寧ろ積極的に近付いてくるとか何とか……とはいえ、この世界ではケンタウロスが普段から焚き火とかをしているからな)
動物が焚き火を見て近付いてくるのは、あくまでも好奇心からだ。
そうである以上、ケンタウロスが焚き火をしているところに近付けば下手をすると殺されるということを経験から学んでいれば、近付いてくるとは限らない。
「ともあれ、今日は進めるところまで進めるぞ。もっとも、疲れが明日に残ったら大変だし、夕方には休むけど」
「そこまで急がなくても、元々予定よりも随分進んでるんだし、構わないのではないか?」
ザイのその言葉に、他の何人かが頷く。
実際、本来なら昨夜はザイ達の集落に泊まり、今日出発する予定だったのだ。
そういう意味では、当初の予定よりも大分進んでいるのは間違いなかった。
その言葉で、レイも多少は我に返ったのだろう。
視線を逸らし、草原に視線を向ける。
現在セトやケンタウロス達が走っている草原は、それこそどこまでも続く緑の絨毯とでも呼ぶべき代物だ。
風によって揺れる草は、それこそ緑の絨毯ではなく、緑の海と呼んでも差し支えはない。
「どこまでも続く草原ってのは凄いな」
「そうだろう」
自分でも知らないうちに呟かれたレイの言葉を聞き、ザイは得意げに短く返す。
ザイにしてみれば、この草原というのは自分が生まれ育った場所だ。
それだけに、レイの呟きは自分の故郷を褒められたように聞こえたのだろう。
「ああ。とはいえ、ドラゴニアスの一件を片付けないと、この草原の景色を楽しむようなことも出来なくなりそうだけどな。……あ、そう言えば」
草原を見ていたレイが、ふと何かを思い出したのかのようにザイに視線を向ける。
そんなレイに、ザイは一体どうしたのかといったように言葉を促す。
「いや、今更……本当に今更だけど、お前達の集落にはザイ達よりも年上の戦士が殆どいなかったなと思って」
勿論、全くいない訳ではない。
だが、その人数はそう多くはない。
ザイやドラットは二十代半ばから三十代といった年齢で、戦士としてはベテランの域に入るかどうかといったところだ。
だが、それこそ三十代半ば以降の年齢の戦士達の姿は、いないという訳ではなかったが、かなり少なかった。
その上の、初老や老人と呼ぶに相応しい年齢のケンタウロスなら、結構な人数がいたのだが。
「俺達の集落も、ドラゴニアスとの戦闘がなかった訳ではない」
苦々しい口調でそう告げるザイ。
そんなザイの様子を見れば、最後まで答えを聞かなくても理由は理解出来た。
つまり、ベテランの戦士達の多くが、ドラゴニアスと戦って死んだ……いや、喰い殺されたのだろうと。
ドラゴニアスにしてみれば、ケンタウロスというのは食い応えのある存在なのは間違いない。
(あ、でも肉の硬さという点だと、やっぱり若いケンタウロスの肉の方が美味いんじゃないか?)
レイが日本にいた時、家では鶏を飼っていた。
その鶏は産卵用だったり、父親の趣味の闘鶏用だったりする。
闘鶏用の鶏は、勝てなくなれば処分して食卓に上がっていたのだが、産卵用の鶏も卵を産まなくなって、老鶏と呼ばれるようなくらいになると、同様に食卓に上がることになる。
だが、老鶏は出汁を取るのなら問題なく使えるのだが、肉は硬いのだ。
鶏とケンタウロスを一緒にするのはどうかと思うが、それでもどんな生き物でも若い方が肉は柔らかいというのがレイの常識だった。
この世界もエルジィンと同じく剣と魔法の、いわゆるファンタジー世界である以上、もしかしたら何らかの例外がある可能性は十分にあったが。
「ともあれ、ドラゴニアスをどうにかすれば、大抵の問題は解決する……と、そう思ってもいいのか?」
「そこまでは言わない。ドラゴニアスが来る前にも、色々と問題がなかったわけではないからな。集落同士の対立だったり。特に家畜の餌となる良質な草の生えている場所や、水源の問題で対立するのは頻繁にあった」
その言葉は、何故か妙にレイを納得させた。
まさか、ドラゴニアスを倒しただけで全てが解決するとは思っていなかったのだが、それが正しかったのだと、理解出来たからだ。
騒動があるのが嬉しいという訳ではないのだが。
「ともあれ、今の俺達がやるのはドラゴニアスを倒すだけか」
半ば……いや、完全に強引ではあるが、レイは無理矢理にそう結論づける。
実際にドラゴニアスを倒せば、現在一番緊急の問題が解決するのだから、そこまでおかしな話でもなかったのだが。