2245話
セトから飛び降りたレイは、そのままの勢いでケンタウロスと戦っているドラゴニアス目掛けて落下していく。
狙ったのは、ケンタウロス側が不利になっている場所。
いつもであれば、レイが空中から飛び降りた時はスレイプニルの靴を使って落下速度を殺しながら降下していく。
だが、今回はセトが飛んでいたのがそこまで上空ではなかったということもあり、同時にドラゴニアスの不意を突く為にも落下速度を殺すようなことはしない。
そのような真似が出来るのは、レイの身体能力があってこそだろう。
もしレイが普通の人間であった場合、この高さから落下したら死んでいた可能性が高い。
空中を落下しながら、デスサイズに魔力を通してドラゴニアスに向けて一気に刃を振り下ろす。
落下速度も組み合わさったその一撃は、ドラゴニアスを頭頂部から左右二つに切断する。
……とはいえ、ドラゴニアスの上半身は人型ではあるが、下半身はトカゲのような存在だ。
下半身全てを切断することは出来ず、下半身の前半分だけが切断され、地面に崩れ落ちる。
ドラゴニアスと戦っていたケンタウロス達は、一体何が起きたのかが理解出来ず、ただ目の前にいるレイに唖然とした視線を向ける。
まともに攻撃しても、槍では貫くことも出来ない鱗を持つドラゴニアス。
だが、目の前にいるレイは、そんなドラゴニアスをあっさりと切断したのだ。……それも、鱗ごと。
とてもではないが、信じられない光景だった。
だが、目の前に存在しているドラゴニアスの死体を見れば、自分達が見た光景が決して夢でも幻でもないというのは明らかだ。
「お前達は……一度後方に下がって怪我の治療をした方がいいな」
一番危なそうな場所に乱入しただけに、レイの前にいるケンタウロス達の中には重傷を負っている者もいる。
腹の肉を喰い千切られて、内臓が見えている者すらいた。
もしくはドラゴニアスの怪力で振り回された腕で、手の骨を折っている者もいれば、それどころか顔を殴られて眼球が潰れている者すらいた。
その眼球がないのは、もしかしてドラゴニアスに食われたからか。
ふと、矢で射られた眼球を自分で引き抜いて食ったという武将がいたな、と。日本にいた時のことを思い出すも、今はそれどころではないと頭の中からそれを消す。
(ポーションの類はあるけど、エルジィンのポーションがこの世界でも使えるのか? というか、使っても悪影響がでないのか?)
ポーションを渡そうと思うも、その辺りのことを考えると迂闊に渡すことも出来ない。
取りあえず怪我をしている者は後方に下がるように言い、次の標的を探す。
下がるように言われた者も、何人かは不満そうにしていたが、現在の自分が足手纏いだというのは分かっているのか、不承不承レイの指示を聞く。
そんなケンタウロスを一瞥すると、次に危険な場所を周囲の様子を確認し……セトが前足の一撃で敵を吹き飛ばしているのを見る。
普段は一撃の威力を重視して戦うセトだったが、その爪の一撃は十分に強力だ。
それを示すように、ケンタウロスの槍や長剣、矢では傷を付けることも出来なかったドラゴニアスの赤い鱗は、セトの前足の一撃によってあっさりと斬り裂かれていた。
その一撃で吹き飛ばされたドラゴニアスは、六本の足を震わせながらも何とか立ち上がる。
だが……そうして立ち上がっても、次の瞬間には再度放たれたセトの一撃によって、あっさりと吹き飛ばされる。
大きさという点では、セトとそう大差はない。
重量という点では、ドラゴニアスの方が上だろう。
そのくらいの体格差があっても、セトの一撃はドラゴニアスに致命的なダメージを与えるには十分であり……次の瞬間、ドラゴニアスの頭はセトの前足の一撃によって、あっさりと粉砕される。
「セトも頑張ってるな。なら、俺もこんな場所で負けてはいられないな」
呟き、レイは次の敵を求め……少し離れた場所で、苦戦しているケンタウロス達を見つける。
多数でドラゴニアスを攻撃しているのだが、それでもドラゴニアスの一撃は強力だ。
何人かのケンタウロスは怪我をし、それによって戦力が低下し、ケンタウロス達は次第に劣勢になっていく。
「けど……そう簡単にさせる訳がない、だろ!」
ミスティリングから取り出した黄昏の槍を、軽く助走した後で投擲する。
空気を斬り裂きながら真っ直ぐに飛んで行く黄昏の槍は、次の瞬間にはドラゴニアスの胸を貫通する。
(そう言えば、今更の話だけど……ドラゴニアスの心臓ってどこにあるんだろうな)
人型の上半身にあるのか、それともトカゲの下半身にあるのか。
普通に考えれば、人型の上半身だろう。
だが、ここは異世界だ。それも相手はドラゴニアスという未知の種族。
であれば、その心臓が人型の左胸にあるのかどうかは、微妙なところだろう。
それでも人型の胸を貫通されたドラゴニアスは、そのまま地面に倒れ伏す。
……そのドラゴニアスと戦っていたケンタウロス達は、いきなり相手が地面に倒れたことに驚きつつも、一応といった様子で再度ドラゴニアスの身体を刺す。
それでも動かないことで、ようやくドラゴニアスが死んだというのを理解したのだろう。
ケンタウロス達はレイに視線を向けていたが、それでもすぐに自分のやるべきことを思い出し。別のドラゴニアスと戦っている仲間達の援護に向かう。
レイはそんなケンタウロス達を眺めながら、黄昏の槍を手元に戻す。
「さて、次は……向こうだな」
ドラゴニアスの一撃を受けて、腕に深い裂傷を受けながら吹き飛ばされたケンタウロスに視線を向け、地面を蹴って移動する。
瞬く間に間合いを詰めたレイだったが、運悪くケンタウロスがドラゴニアスに攻撃をしようとレイの前に飛び出す。
「っと!」
そんな声を上げ、レイは斜めに向かって跳躍し、半ば強引に進行方向を変える。
「おわっ!」
ケンタウロスも、まさか自分の後ろからいきなりレイが飛び出してくるとは思っていなかったのか、驚きの声を上げて一瞬行動に出るのが遅れる。
攻撃しようとしていたドラゴニアスにしてみれば、それだけで十分だったのだろう。
トカゲの下半身を使って一気にケンタウロスとの間合いを詰め、爪の一撃を振るおうとし……
「やらせると思うか?」
半ば三角跳びのような状態になったレイだったが、その動きを活かしてドラゴニアスとの間合いを詰め、デスサイズを振るう。
鱗諸共に上半身を切断されたドラゴニアスは、何が起きたのか分からない様子で上半身だけが吹き飛んでいく。
下半身は勢いのままで数歩だけ歩いたが、そのまま地面に崩れ落ちた。
「お前は……」
後ろからいきなり追い抜かれたケンタウロスは、レイを見て驚きの声を上げる。
……ドラットの取り巻きの一人だったからだろう。
まさか自分がレイに助けられるとは思っていなかったのか、何故自分を助けた? といった視線をレイに向ける。
とはいえ、レイとしてはそんな視線を向けられても困る。
そもそもの話、今回は別に目の前のケンタウロスだけを助ける為に行動した訳ではなく、あくまでもドラゴニアスによって危険な戦いに割り込んでいるといった形なのだから。
「今はドラゴニアスを倒すことだけを考えろ。下らない誇りについては後回しでいい」
誇りを大事にするケンタウロスにとって、レイのその言葉は決して許せるものではない。
だが、今こうして自分が助けられたのも事実である以上、それに不満を言うことも出来なかった。
結局、渋々とだがレイの言葉に頷くと、一緒に戦っていた者達を率いて他の仲間達の援護に向かう。
レイが倒したドラゴニアスの数はそう多くはないし、それはセトも同様だ。
だが、それでもケンタウロスの数がある程度自由になったということもあり、戦局は確実にケンタウロス側に傾く。
ドラゴニアスの数が少ないだけに、レイとセトが少数を倒しただけでも、ドラゴニアス側にとって被害の割合は非常に大きくなるのだ。
双方の合計の戦力が百として、ケンタウロス側は三百人程なので、三人で一なのに対し、ドラゴニアスの場合は三十人である以上、一人で約三。
そんな状況で、レイとセトが次々にドラゴニアスを倒していってるのだから、ドラゴニアス側の戦力が急激に下がっているのは間違いない。
そしてレイとセトが戦闘に参加した以上、この差は戦闘が続けばそれだけ開くということを意味している。
「ともあれ、まずはドラゴニアスの数を減らすのを最優先にするべきだな」
ドラゴニアスの数が一匹……もしくは一人減るだけで、ケンタウロス側は有利になる。
同時に、ここでレイとセトの力を見せつけることは、強さを重要視するケンタウロス達にとっても、レイの重要性が増すということになる。
少なくても、強さを見せつければドラットのような者に絡まれることはなくなる筈だった。
そうして次の獲物を探していたレイが攻撃すべき相手として選んだのは、大分離れた場所にいるドラゴニアスだった。
ケンタウロスもドラゴニアスも、機動力が高い。
そのような者達が集まりながら戦っているとなると、当然の話だが戦場は時間が経つに連れて広がっていく。
レイの魔法を突破してきた赤い鱗のドラゴニアスも、それぞれが連携して戦っているという訳ではなく、あくまでも個として戦っている。
……だからこそ、ケンタウロスが互角に戦えているというのも間違いのない事実なのだが。
ともあれ、そのように戦い続けている関係上戦場が広がっているので、まずは倒すべき敵をしっかりと把握する必要があった。
ケンタウロス側が有利に戦っているのなら、そこには手を出さない。
やはりこの場合狙うべきなのは、ケンタウロス側が大きな被害を受けているところ。
そういう意味では、現在レイが向かっている場所はかなり危険だった。
何しろ、ドラゴニアスがケンタウロスを捕まえて、その頭部に噛みつこうと……いや、喰い千切ろうとしていたのだから。
「させると思うか!」
地面を……それこそケンタウロスよりも速く走りながら、レイは黄昏の槍を投擲する。
放たれた槍は真っ直ぐ……それこそ普通であれば見ることすら出来ないような速度で飛び、やがてケンタウロスの頭を喰い千切ろうとしていたドラゴニアスの頭部を粉砕する。
それだけではない。
レイの魔力を込められて投擲された黄昏の槍は、頭部を砕かれたドラゴニアスの近くにいた……そして黄昏の槍の進路上にいた別のドラゴニアスの頭部も半分程砕く。
本来なら完全に頭部を砕くことが出来ていたのだが、半分しか砕けなかったのは最初のドラゴニアスの頭部を砕いた時に、骨に当たるか何かして逸れたのだろう。
(やっぱり硬いんだな。デスサイズで斬った時も思ったけど)
デスサイズと黄昏の槍は、共にマジックアイテムとしては業物だ。
ただし、同じ業物であってもレイの莫大な魔力によって生み出されたデスサイズと、様々なマジックアイテムや素材から生み出された黄昏の槍は、どうしても格が違う。
それだけに、デスサイズであれば容易に切断出来たドラゴニアスの頭部であっても、黄昏の槍の場合はその硬さによって軌道が逸れるという可能性も十分にあるのだ。
「無事だな」
「え? ええ。その……ありがとう……」
女のケンタウロスは、自分の頭部を噛み砕こうとしていた相手がいきなり死んだことに驚きながらも、それを行ったレイに感謝の言葉を口にする。
それでいながら、微かに畏怖の感情が言葉に滲んでいるのは、レイの魔法をその目で見たからだろう。
レイが生み出した灼熱の地獄は、ドラゴニアスの多くを……具体的にどれくらいの数かは分からないが、魔法を突破してきた三十匹程以外を全て消滅させた。
目の前にいるのがそれを行った者であると理解出来るだけに、ケンタウロスの言葉には畏怖が混ざったのだ。
「取りあえず無事なら、他の戦ってる連中を助けてやれ。俺は危なそうな場所に乱入して攻撃していくから」
黄昏の槍を手元に戻しながら、レイはケンタウロスの女にそう告げる。
その言葉にケンタウロスの女が頷いたのを確認すると、次は……と周囲を見回すと、予想外の光景が目に入ってきた。
他のドラゴニアスよりも明らかに大きく、筋骨隆々で眼には飢えだけを浮かべながら戦っているドラゴニアス。
そのドラゴニアスが戦っている相手は、巨大で他の敵とは違うと判断したからだろう。八人のケンタウロスだった。
しかし、レイが驚いたのは一際巨大なドラゴニアスについてではない。
そのドラゴニアスと戦っている八人の中に、ザイとドラットの二人がいたからだ。
それも息の合った連携によって、ドラゴニアスを相手にかなり有利に戦いを進めている。
「これは……また……」
その光景に驚きつつも、取りあえずザイとドラットは放っておいてもいいだろうと判断し、次の獲物を探すのだった。