0224話
8日目、バスレロの戦闘訓練最終日。その日はこれまでと同様に、レイとバスレロ、セトの姿はギルドの訓練場にあった。
「うわ、筋肉痛が無いって……回復魔法が使える人がいるってのはちょっと羨ましいわね」
そして何故か、昨日に引き続きミレイヌの姿もまた前日同様に訓練場に存在していた。
もちろんその狙いはセトであるのだが、それでもやはり自分が訓練を付けた相手というのは気になるのか、昨日散々動き回って防御や回避とこれまでにない程に筋肉を酷使したバスレロが平気な顔で訓練場に現れたのを見て驚き、その理由を聞いて上げたのがその声だった。
「あはは。成長的にはあまり良い影響は無いらしいんですけどね。けど今日が最後ということもあって、アシエにちょっと無理を言って回復魔法を使って貰いました」
自分でも剣士としての成長に悪影響なのは分かっているのだろう。だが、それでも前日と同じレベルの訓練をこなすには筋肉痛の状態では無理と判断したバスレロの頼みに、基本的にバスレロに対しては甘いアシエが抗える筈もなかった。
「ま、いいわ。じゃあ今日はちょっと面白いものを見せて上げる。一応これは今のあんたじゃ絶対に使えないだろうけど、こんな技があるというのだけは覚えておきなさい」
「……技、ですか?」
「ええ。えーっと……あんたにやるのはちょっと危険かもしれないわね。レイ、武器を持って私の攻撃を受けてくれる?」
「構わないが……あまり危険なのは御免だぞ?」
そう言いつつも、訓練初日にバスレロを相手にする時に使った鉄の槍をミスティリングから取り出すレイ。その槍を構えつつ、ミレイヌに向かって頷く。
「いいぞ、それでどうするんだ?」
「今から私が攻撃するから、槍の柄で受け止めてちょうだい」
昨日バスレロと戦闘訓練をしていた時のような余裕のある表情ではなく、厳しく引き締められたミレイヌのその表情は、これから行われる行為がかなりの難易度を持つものなのだろうというのが、横で見ているバスレロにも理解出来た。
セトは2人の様子を見ながら、寝転がっている状態で小さく目を開けて視線を送る。だが2人を……特にレイの強さを知っている為に、妙なことにはならないだろうと判断してすぐにまた目を閉じる。
「ふぅ……行くわよ! はああぁぁっ! ショック・ウェーブ!」
レイへと向けて剣を構えたまま間合いを詰めてくるミレイヌ。そしてその間合いの内側に入り込むと、すぐさま剣を横薙ぎに振るう。
(何だ?)
内心で呟くレイ。どこからどう見ても普通の横薙ぎの一撃でしかない。特に剣筋に変化も無く、首を傾げながらも槍の柄の部分で振るわれた刀身を受け止める。すると次の瞬間。
「うおっ!」
刀身を受け止めた筈の槍の柄を通して、衝撃がレイの手へと襲い掛かった。
幸いそれ程に威力の高い衝撃ではなかった為に槍を手放すようなことはなかったのだが、それでも多少の痺れが残っている手へと視線を向け、続いて動きを止めているミレイヌへと視線を向ける。
「今のは?」
「一応、私の得意技の1つなんだけど……まさか、武器を手放すことすらしないとは思わなかったわ。さすがにちょっと落ち込むわね」
自分の剣と、レイの槍へと視線を向けるミレイヌ。ある種の決め技の1つであっただけに、さすがに殆ど効果が無いというのはショックだったのだろう。
「ミレイヌさん、今のはどうやったんですか!? 先生が攻撃を受けて顔色を変えるのなんて初めて見ましたが」
だが、その攻撃がレイにダメージを与えるようなものではなくても、それでもその衝撃に思わず顔色を変えたのは事実であり、それを見ていたバスレロは尊敬の視線をミレイヌへと向けて尋ねる。
「これはね、武器を通して相手に魔力で作られた衝撃を与えるって技よ。私の場合は魔力自体はあるんだけど、魔法を使いこなせる程の量は無いから工夫してこの技を編み出したんだけど……いえ。まぁ、レイだしね」
首を振るうその様子は、ある意味では何かを諦めているかのようにも感じられるのだった。
「ぼ、僕も、僕も出来ますか!? えっと……その、今の技」
「どうかしらね。魔力が少しでもあって使いこなせれば出来ると思うけど」
「魔力……うーん、魔力ですか。ちょっと自信がないんですけど」
「ま、どのみち今からこんな技に頼ってちゃ、技術が上昇しないわよ。何をするにしても、まずは基礎。あぁ、この場合の基礎って言うのはあくまでも体力とかね。見た感じ普通の子供よりは鍛えてるみたいだけど、それでもまだまだ冒険者としてやっていくには難しいでしょうし。……まぁ、バスレロくらいの年齢の子供ならある意味しょうがないんだけど」
尊敬の目で見られたのが嬉しかったのか、どこか偉そうにバスレロへとアドバイスをするミレイヌ。ただ、喋っている内容は間違っていないのも事実なので言葉を遮ることなくそのままにして、レイは近くで寝そべっているセトの方へと近付いていく。
「グルゥ?」
唐突に自分の方へと近づいて来たレイに、どうしたの? とでもいうように喉を鳴らすセト。
そんなセトの頭を撫でながら、レイは尋ねる。
「なぁ、セト。俺には魔力を感じられないんだが、バスレロに魔力はあるか?」
「グルルゥ」
レイの言葉に頷くセトだが、この世界の人間は多かれ少なかれ魔力は持っているのが普通だ。だが持っているのと、使いこなすというのは大きく違う。魔力をある程度以上の量持っていて、尚且つそれを使いこなすことが出来れば魔法を使うことが可能となる。あるいは魔法程では無くても独自に使いこなすことが出来れば、ミレイヌが今使ったショック・ウェーブのように独自の技として昇華させることも可能だった。
「そうですか……残念ですけど、今は諦めます。その代わり、基礎が出来たら必ず僕も今のミレイヌさんのような技を開発してみせます!」
決意を込めて言葉を紡ぐバスレロ。その様子を見て、ミレイヌは狙い通りの効果に笑みを浮かべていた。
「そうね。基礎を鍛えるというのは退屈よ。でも、その基礎こそが全ての基点……始まりなのよ。基礎を疎かにして見かけだけの技を追求するような馬鹿もいるけど、そんな奴は大抵の場合は技同様の見かけ倒しよ。良くてランクDってところでしょうね。特にこのギルムの街は辺境にあるだけに、冒険者の質そのものが高いしね」
「……なるほど。分かりました。基礎を疎かにしないように頑張ります」
「ええ、頑張りなさい。それでなくてもあんたは防御の基礎が疎かになってるんだから……」
そこまで告げ、ふと我に返るミレイヌ。そして不意にレイへと視線を向ける。
「……ねぇ、レイ。良く考えるまでもないんだけど、何で私がこの子にここまで必死に教えてるのに、あんたはそこで黙って眺めているだけなのかしら?」
「剣を教えるのなら、俺よりもお前の方が向いているからだろう? 実際、俺は剣なんて扱ったことはないし」
レイの剣を扱った経験と言えば、子供の時にやったチャンバラや高校の剣道部の友人に竹刀を振らせて貰った時くらいだ。あるいは学校で剣道の授業があれば話は別だったかもしれないが、玲二として通っていた高校は武道を体育でやる時には剣道ではなく柔道だった為に、そちらの経験も無い。
「じゃなくて! そもそもあんたが受けた仕事なんでしょうが! 確かに私もセトちゃんとのデートで協力はすると言ったけど、これだと私がメインになってるじゃない!」
「まぁ、それに関しては特に言い訳は……ん?」
これからミレイヌをどうやって言いくるめようかと考えていたレイだったが、ギルドの裏口から訓練場へと向かって勢いよく走ってくる人影に気が付く。特徴的な猫耳や獣人特有のしなやかな身のこなしで、それが誰なのかはすぐに分かった。受付嬢のケニーだった。
「……どうしたの?」
唐突に話を区切ったレイを疑問に思ったのか、ミレイヌもレイの見ている方へと視線を向けてケニーの存在に気が付く。
「あら、ケニーじゃない。……どうしたのかしら、あんなに慌てて」
「確かギルドの受付嬢の方ですよね」
「そうよ。……ま、最近のお目当ては誰かさんみたいだけどね」
チラリ、とレイへと視線を向けながら告げるミレイヌに対し、レイもまた視線を返しながら口を開く。
「そういう誰かさんはセトがお目当てのようだがな」
「そうよ? でも、誰かさん達とは違って私がセトちゃんに抱いているのは、純粋な愛なのよ! 見返りを求めず、ただひたすらに側にいることだけを願う、純粋なる愛!」
どこか芝居がかった仕草で、いつの間にかレイの横でケニーが近付いてくるのを待っていたセトへと手を伸ばすミレイヌだった。
そしてそんな風にやり取りをしている間にもケニーは猫の獣人族らしく機敏に走り抜け、唯一訓練場に存在していたレイ達の下へとやってくる。
冬だというのにその服装はギルドの中にいる時の制服のままであり、コートの1枚も羽織っていない。
「……何があったと思う?」
「さて。酒場で喧嘩とかじゃないの? それで素面の私達……というよりも、レイに騒ぎを収めて欲しいとか? まぁ、本人に聞けば分かるでしょ」
そんな風に会話をしながらも、2人の胸の中にはどこか嫌な予感が存在していた。あるいは、この勘の鋭さもまた冒険者の資質なのだろう。そして、嫌な予感に限って当たるのだ。
「レイ君、ミレイヌ、緊急よ! ギルムの街に向かっている商隊が、アイスバードの群れに襲われているから、至急救援を!」
訓練場にケニーの声が響き渡るが、その内容はこの街で初めて冬を越すレイはともかく、ミレイヌにとっては予想外のものだった。
「はぁっ!? ちょっと、ケニー! 何でこの時期に商隊がこの街に来るのよ!」
「知らないわよ、そんなこと! とにかく、警備兵の人達から連絡があったの! でも酒場にいるのは酔っ払ってる人達だからとても戦力として数える訳にはいかないし……で、そんな時に訓練場にいるレイ君とミレイヌを思い出したのよ。とにかく、お願い! 相当大きい群れらしくて、アイスバードの数は50匹以上いるらしいの!」
「にしても、この季節にアイスバードの群れと戦うとか……あ」
ぐりん、とでも表現出来そうな仕草でレイへと視線を向けるミレイヌ。そのままドラゴンローブの肩を鷲掴みにしながら尋ねてくる。
「ちょっとレイ。あんた確か炎の魔法が得意だったわよね?」
「ああ。一番適性あったのが炎系統だからな」
正確に言えば、炎系統以外の魔法は使えないというのが正しい。だがデスサイズのスキルの数々を魔法として誤魔化している為に、そう言うしか無かった。
「なら何とかなるかも。アイスバードはその名前通りに氷系統のモンスターだから、炎には弱いのよ」
「アイスバード、確か以前モンスターの本で読んだ覚えがあったな」
そう呟き、読んだ本の内容を思い出す。
アイスバード。体長1m程度の鳥型でランクDのモンスター。ただし、群れを作って獲物を襲う習性がある。その為、アイスバードが群れを作っている場合はランクC相当にされている。冬の寒い時期にしか現れず、攻撃手段は鋭いクチバシと爪。そしてその名前通りに氷系の魔法を得意としている。ただし炎系統の魔法に弱く、炎の魔法を使える魔法使いや炎系統のマジックアイテムがあれば対抗するのはそう難しくは無い。討伐証明部位は1枚だけ生えている純白で20cm程度の長さの尾羽。剥ぎ取り可能な素材は、討伐証明部位の尾羽とクチバシ、氷の力を操る為の内臓器官。
「確かに以前読んだ本には、そう書いてあったな。なら、俺とセトがいればどうにかなるだろう。ケニー、このまま向かってもいいのか?」
「え? ええ、お願い。一応指名依頼の体裁は後で整えるから、今は一刻でも早く商隊の救援に向かって」
「分かった。なら、このままここからセトで飛んで行っても構わないんだな?」
「許可は取ってあるわ。……ミレイヌもすぐに」
「あ、私は今のままだとさすがに無理よ。宿に戻って防具を取って来なきゃ」
そう告げるミレイヌは、あくまでも今日はバスレロの訓練と割り切っていたのだろう。その服装は当然愛用のレザーアーマーは装備しておらず、普段着を身に纏っていた。もっとも訓練をやるというのは分かっていたので、スカートのような類ではなくパンツスタイルではあったが。
「じゃあ、急いで! レイ君もお願い」
「了解っと。セト!」
「グルゥッ!」
レイに呼びかけられ、すぐに反応をするセト。まさに阿吽の呼吸とも呼ぶべきその様子にミレイヌは若干羨ましそうな表情をしつつも、早速宿へと向かうのだった。
その様子を確認し、セトの背へと跨がるレイ。同時にミスティリングからデスサイズを取り出しつつ……
「先生! 僕も連れて行って下さい!」
セトを飛び上がらせようとしたその時、ケニーの側で話の成り行きを見守っていたバスレロにそう声を掛けられるのだった。
「馬鹿を言うな。今のお前を連れて行っても足手纏いなだけだ。そもそも、アイスバードはランクD、群れているとランクC扱いだぞ? お前が手を出せる相手じゃない。ケニー、こいつを見ておいてくれ」
「あ、うん。分かった。レイ君も気を付けてね!」
「ああ、バスレロにはああ言ったが、所詮は群れでようやくランクC程度のモンスターだ。しかも火が弱点と来ている。俺とセトにしてみればそう怖い相手じゃないさ。……セトッ!」
「グルルゥッ!」
レイの呼びかけに答え、そのまま数歩の助走を経てから翼を羽ばたかせ、空中を踏みしめるように空へと上がって行くのだった。