2236話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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セトがファイアブレスを強化してから、野営地まで戻ってくる。
幸いなことに、双頭の蛇に襲撃されてからは特に他のモンスターと遭遇するようなことはなかった。
そうして野営地まで戻ってきたレイが見たのは、研究者達と対峙している水狼の姿。
「あー……うん」
その光景を見ただけで、レイは何となく何が起きたのかを理解する。
研究者達がやってきたのは、湖を調べる為だろう。
少し離れた場所に馬車があるので、物資を運んできて、女達を運んでいったのとは別の馬車で湖にやって来たのは、レイにもすぐに理解出来た。
恐らくは、水狼の一件を聞いた学者達がやって来たのだろうと。
学者達にとって、自分達の言葉が分かり、理性的で交渉が可能な水狼という相手というのは、非常に興味深い存在なのは間違いなかった。
あるいは、水狼がこの世界のモンスターであればここまで学者達の興味を惹かなかったかもしれないが、水狼は異世界から巨大な湖と共に転移してきた存在だ。
そうである以上、学者達にしてみれば強い興味を抱くのは当然だろう。
(ゾゾ達もそうじゃないのか?)
レイはそんな風に思うも、学者達の興味はやはり水狼だけに向けられていた。
こうして見る限りでは、何とか水狼から話を聞こうとしてはいるのだが、水狼はそんな学者達を警戒するように唸り声を上げていた。
「何があったんだ? ……いや、聞かなくてもあの光景を見れば大体予想出来るけど」
「その予想通りだよ。最初は水狼も研究者達に付き合ってたんだけど、研究者達の方が暴走してな。結局のところ、こうなった」
今の状況を見る限りでは、冒険者の言葉に嘘はないようにレイには思える。
(で? この状況をどうしろと?)
周囲にいる冒険者やリザードマンから期待の視線を向けられたレイとしては、何を期待されているのかというのは、当然予想している。
予想してはいるのだが……だからといって、その通りに出来るかと言われれば答えは否だ。
そもそもの話、今回の一件において悪いのは明らかに研究者達であるというのは、レイにも分かる。
水狼という友好的な存在に対し、ここまで警戒させたという時点で研究者達の方が悪いというのは、容易に予想出来るのだから。
「いっそ、この件は俺じゃなくて……」
そう言ったレイの視線が向けられたのは、この場の責任者たる騎士。
だが、その騎士の視線もレイに向けられている。
水狼と交渉出来る人物として、お前がこの場を何とかしてくれと。
そんな視線を向けられた。
(その気持ちは分からないでもないけど、この場を任されてるんだから、もうちょっとこう……)
レイとしては、騎士にこの場をしっかりと仕切って欲しかった。
とはいえ、このまま水狼と研究者達の関係を悪くするというのは後々面倒なことになりそうなので、レイは研究者達に近付いていく。
「その辺にしてくれないか? 見ての通り、水狼が嫌がってる。この状況で妙な真似をした場合、最悪水狼が敵になる可能性もあるぞ」
「ワン!」
レイの言葉を理解している水狼は、その通りだと言いたげに鳴き声を上げる。
水狼にしてみれば、この野営地にいる存在が相手であればともかく、初めて見る相手に親しげにされるのはあまり好まない。
それどころか、水狼の身体を構成している水を採取しようとする研究者もいた。
さすがにそのような研究者の行動は、他の研究者が止めていたが。
もしその行動を止めるようなことがなければ、今頃水狼と研究者達は本格的に……より危険度が高い睨み合いになっていたとしても、おかしくはなかった。
そういう意味では、このような状況になっているのは一部の研究者の暴走と言ってもいい。
とはいえ、レイとしてもその気持ちが分からないでもない。
水狼は色々な意味で特別な存在なのだ。
その水で出来た身体構造や、この世界の言葉を理解出来るだけの知能の高さ。それでいて、野営地にいる相手に対しては友好的に接している。
研究者達にしてみれば、まさに理想的な研究対象と言ってもいいだろう。
……問題なのは、水狼が研究対象であるということを望んでいないということか。
「いや、だが……見てみろ。この水狼だったか。かなり興味深い存在なのだぞ? この水狼を調べることが出来れば、一体どれだけの発展があるか……」
そう告げる研究者の様子に、レイは深く溜息を吐く。
研究というお題目があれば、自分は何をしてもいいと思っている様子の研究者にどう対処するべきかと。
少なくても、レイから見てこの研究者は自分の知識欲を満たす為なら水狼を解剖――出来るかどうかは別だが――してもおかしくはない。
そして解剖した結果が、自分の名誉に……利益になると、そう思っているように思えた。
勿論、レイは研究者という相手とはそこまで深い関係がある訳ではない。
それこそアナスタシアのような少数だけだ。
だが、水狼に執着しているように見える研究者は、アナスタシアとはまた違った意味で危険そうな相手に思える。
「相手が嫌がっているのに、無理に研究をするといった真似はするな。ここで水狼と敵対するようになったら、どうするつもりだ?」
「む……だが、私が研究をすれば、様々な利益があるのだぞ? それとも、別の研究者にこの水狼を任せるつもりか?」
「そうだな。お前に任せるよりは、他の……もっと研究するにしても、相手のことを考えられる研究者に任せた方がいいと思う」
「な……」
研究者の男は、レイの言葉に絶句する。
自分がこう言えば、相手は間違いなく退くと、そう思って言ったのに、それに対して正面からこう言われたのだから。
「お前が知ってるかどうかは分からないが、ここはかなり微妙なバランスの上に成り立っている」
レイの言葉に、それを聞いていた冒険者達が頷く。
実際、この野営地は本当に微妙なバランスの上に成り立っているのは事実だった。
リザードマン、湖のモンスター、そしてこの世界の者達。
そんな、三つの世界の種族が集まりながら、それでいて戦いになっていないのだから。
勿論、今まで一切の戦いがなかった訳ではない。
湖を住処とするモンスターが野営地を襲ってきたことは多いし、トレントの森からこの世界のモンスターが襲ってくることもある。また、リザードマン達と最初に遭遇した時は戦いにもなった。
それでも何だかんだと、現在のような状況になっているのだ。
そう考えれば、やはり絶妙なバランスの上に今の平穏が成り立っているというレイの言葉は、決して間違っている訳ではない。
「ぐっ……ふんっ、不愉快な。この件は報告させて貰うから、そのつもりでいるんだな!」
研究者としての権威が通じないと判断したのか、その研究者はその場から離れていく。
とはいえ、研究者達が来たのは一緒の馬車である以上、この研究者一人がここから帰りたいと思っても馬車を動かす訳にはいかない。
そうなると、どうしてもここから帰るとなると、一人で歩いてギルムまで行く必要があるのだが……研究者としては一流であるかもしれないが、モンスターを一人でどうにか出来るだけの実力があるかどうかというのは、また別の話だった。
アナスタシアの場合は精霊魔法を使えるので、相応の戦闘力はある。
だが、研究者の大半はモンスター……それも辺境のモンスターを相手にして、どうにか出来るような戦闘力は持っていない。
その研究者が離れていくのを確認すると、レイは水狼の方を見て口を開く。
「さて、取りあえずこれで問題は解決したな」
レイの言葉に、冒険者達は嬉しげに……研究者達は微妙な表情を浮かべる。
冒険者達にしてみれば、この野営地で暮らしている以上、水狼とは上手くやっていきたい。
水狼が友好的な態度であることもあるし、何より水狼がレイと戦っている光景をその目で見ている。
巨大な水狼の姿は、湖の岸からでも見えた。
また、水狼から生み出された小さな――あくまでも巨大な水狼に比べてだが――水狼は、弱いとはいえ数が非常に多く厄介な相手だった。
ゴブリンと違って、実力差を見せつけても逃げ出したりはせずに襲ってくる。
そんな能力を持つ水狼を怒らせるなどというのは、自殺行為でしかない。
冒険者達に比べれば、研究者達が微妙な表情を浮かべていたのはレイに釘を刺されたと感じたからだろう。
この状況で強引な調査をしようものなら、間違いなく先程の研究者と同じような目に遭うと、そう理解した為だ。
「助かった。……じゃあ、研究者の方々は湖の調査を、それ以外はいつも通りに。ただし、研究者の方々から協力して欲しいという要望があったら、可能な限りそれに応じるように」
騎士がレイに感謝の言葉を言い、それぞれがやるべき行動を指示する。
その騎士の言葉に冒険者達やリザードマン達はそれぞれすぐに行動に出る。
研究者達の方は若干動き出すのが遅れたが、それでも異世界から転移してきた湖ともなれば、非常に興味深いのは間違いない。
今までに何度も湖の調査をしてはいるのだが、それでもまだ調査に満足するようことはない。
ただでさえ先程の騒動で調査の時間を無駄にしたのだから、出来るだけ多くの調査をしたいと思うのは、当然だろう。
研究者達もそれぞれに会話をしながら、自分達の調査に向かう。
「さて、それじゃあ俺はどうするかな。……スラム街の方の組織、まだ残ってるんだけど……」
「ワン?」
レイの呟きに、リザードマンの子供達と遊んでいた水狼が鳴き声を上げる。
どうしたの? とそんな水狼の様子を見ている限りでは、取りあえず今日と明日くらいはここにいた方がいいかと、そう思い直す。
水狼と研究者の一件を思えば、余計にそう思ってしまう。
「いや、何でもない。リザードマンの子供達は頼んだぞ」
湖の水面を歩くという、水狼ならではの行為を眺めながら、そう告げる。
レイの言葉に嬉しそうに鳴き声を上げる水狼。
そんな水狼に対抗したのか、セトもまだ残っていたリザードマンの子供達を背中に乗せて周辺を歩いていた。
やはり珍しい方が人気があるのか、セトよりも水狼に乗りたがっていた者の方が多かったが。
セトと水狼のやり取りを眺めていたレイは、何かやること……と考え、双頭の蛇の死体の解体について思い出す。
「そう言えば、誰かこのモンスターについて知ってる奴っているか? セトと一緒にここに戻ってくる途中に遭遇したんだけど」
そう言いながら、レイは周囲にいる冒険者達に双頭の蛇の死体を取り出す。……セトの一撃で頭部は一つになっていたが。
既に血抜きはしてあるので、血の臭いでモンスターを呼び寄せることはないだろうと判断しての行動だ。
冒険者達にしてみれば、ここの護衛ということになってはいるが、基本的に何か問題が起きるまでは特にやるべきことはなく、暇潰しも兼ねて何人もがレイの側に集まってくる。
「どれどれ?」
「あれ? これって……うわっ、珍しいな。オーブラルスネークだ」
「オーブラルスネーク? あ、本当だ。頭が一つ砕かれてるのか。うわぁ……勿体ない。オーブラルスネークの牙って結構高く売れたと思うけど」
オーブラルスネークというモンスターについて喋っている内容を聞いていたレイは、子供を背中に乗せて歩いているセトを見ながら、口を開く。
「頭の片方はセトが前足の一撃で砕いてしまったんだよ」
そう言うレイだったが、そこまで残念そうではない。
高く売れるとしても、レイは別に金に困っている訳ではない。
マジックアイテムの素材になるのなら話は別だが。
何よりもモンスターを倒して入手することの出来る魔石が、この場合は大きい。
なので、レイが現在持っているオーブラルスネークの死体は、あくまでもおまけのようなものだった。
「そうか。セトならしょうがないか。……さて、そうなると解体だが、内臓に売れる部位はないから、纏めて処分してもいい」
「分かった。水狼! 食うか!?」
「ワン、ワンワン!」
レイの言葉が聞こえたのか、水面を歩いていた水狼は背中のリザードマンの子供を乗せたまま走ってレイの近くまでやって来る。
オーブラルスネークの内臓を渡すと、それを呑み込む水狼。
身体の中であっさりと消滅していくその様子は、いらない部位を捨てる時にはかなり便利に思えた。
水狼が食べてくれればの話だが。
「まずはこうして皮を剥いで……ほら、この皮もそれなりに高く売れるぞ。マジックアイテムの素材とか、小物入れに使ったりとか」
冒険者の一人が皮を剥ぐと、そこに残っていたのは頭部を切断された肉の塊とでも呼ぶべきものだった。
「後は、この肉は結構美味いから、焼いて食えばいい。骨が結構多いから気をつける必要があるけどな」
その言葉に、取りあえずということでそこにいる面々でオーブラルスネークの肉を串焼きにして焚き火で焼いて食べるのだった。