2232話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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ゴブリンの集落での戦いは、次第に収まっていく。
とはいえ、ゴブリンの数が数である以上、どうしてもすぐに戦いが終わるといったことはない。
だが、集落の端から開始した殲滅戦は、包囲の輪を縮めていくことで戦いの範囲を狭めていく。
そうなれば当然のようにゴブリンが集落から逃げることもむずかしくなり、冒険者に殺されては死体が地面に転がることになる。
……そんなゴブリンの死体を、水狼はここぞとばかりに食べる。
包囲網が縮まったおかげで、セトよりも巨大になった水狼は戦いの邪魔になるということで、ゴブリンの死体の後処理に回されたのだ。
戦いの方は一方的な蹂躙である以上、水狼の力を借りる必要はない。
なら、水狼にはゴブリンの死体の後処理をして貰った方が、結果として素早く集落の殲滅が終わると、そう判断されたのだろう。
「ワウ……ワン!」
ゴブリンの死体を食べていた水狼は、不意に死体の下から一匹のゴブリンが飛び出してきたのを見て、素早く前足を振るう。
「ギョギャ!」
水狼の前足も当然のように水で構成されているのだが、その前足が放つ一撃は強力極まりない。
放たれる一撃によってゴブリンは吹き飛ばされ、近くに生えていた木の幹に頭をぶつけ、そのまま首の骨を折って死ぬ。
冒険者たちは丁寧にゴブリンを殺してはいるのだが、それでもゴブリンの数が多いためか、中には今のゴブリンのように仲間の死体の下に隠れるといった個体もいる。
本来なら冒険者達もそんなゴブリンを見逃すような真似はしないのだが、この集落にいるゴブリンの数を考えると、どうしても完全に手は回らない。
実際、そこまで多くはないが何とか冒険者に殺されず隠れることが出来て、水狼が来る前に行動を起こしたゴブリンは、集落から逃げ出すことも出来ていた。
集落から逃げ出したゴブリンが、トレントの森でこの先も生きていくことが出来るかどうかというのは、また別の話だったが。
「おい、そっちはどのくらい片付けた?」
「まだそんなに多くはない。……くそっ!」
戦っている最中に話し掛けられた冒険者は、本当に悔しそうにそう告げる。
裸の女を使って肉の盾をその目で見たこともあり、その冒険者の目にはゴブリンに対する憎しみが強く宿っている。
尋ねた冒険者は肉の盾を見ていなかったので、何故そんなに冒険者がゴブリンを憎んでいるのかは分からなかった。
分からなかったが、それでもゴブリンが何かをしたのだろうというくらいの予想は出来る。
「何があったのかは分からないが、まずはゴブリンを倒していくぞ」
「……ああ」
短く言葉を交わし、次々にゴブリンを殺していく。
何だかんだと、結局敵はゴブリンでしかない。
ゴブリンがいないかを確認しつつ、仲間の様子を見る冒険者だったが、特に怪我をしている様子はない。
リザードマンの方も同様に、怪我らしい怪我をしている者はどこにもいない。
それでもどこにゴブリンが隠れているのか分からない以上、精神的な疲労というのはどうしても重なる。
ゴブリンの背が小さいというのも、どこかに隠れやすいというので見つけにくくなる理由だった。
「グルルルゥ!」
と、そんな中で的確にゴブリンを見つけることが出来ているのは、セト。
高い嗅覚によって、ゴブリンがどこに隠れていてもすぐに見つけることが出来るのだ。
そうして次々とゴブリンを見つけては、セトの一撃で殺し……もしくはセトで入ることが出来ないような隙間にゴブリンがいる時は、近くにいる冒険者やレイを呼んで攻撃して貰う。
そうして時間が経つに連れ、ゴブリンの集落を包囲していた輪は小さくなっていき……
「ギョガギャ!」
悲鳴を上げながら、そのゴブリンは胴体を黄昏の槍で貫かれ、息絶える。
「これで最後の一匹……だけど、上位種や希少種はどこだ?」
ゴブリンの集落の中央付近。
現在、レイはそこで集落にいたゴブリンの最後の一匹を倒した。
倒したのだが……そのゴブリンは、多少他のゴブリンよりも身体は大きかったが、それでも上位種や希少種といった程ではなく、普通のゴブリンだった。
そうなると、問題なのはこの集落にいた筈の上位種や希少種は一体どこにいるのかということになる。
このような集落を作り、大量の……もしかしたら千匹に届くかもしれないだけのゴブリンを統率し、更には繁殖のために連れてきた女達を肉の盾とするだけの知能――悪知恵だが――を持つゴブリンとなれば、絶対に普通のゴブリンでは無理な筈だった。
「誰か、上位種か希少種のゴブリンを見た奴はいるか?」
周囲にいる冒険者達に尋ねるレイだったが、返ってきたのは否定の言葉のみ。
もしかしたらリザードマンは? と思って近くにいたゾゾに視線を向けるが、他のリザードマンに聞いたゾゾは冒険者達と同様に首を横に振る。
(となると、水狼?)
水狼はレイと一緒に行動してはいたが、レイの指揮下にあった訳ではない。
それだけにもし水狼がゴブリンの上位種や希少種を喰い殺していたとしても、何も言うことは出来ない。
「水狼!」
レイの呼び掛けに、地面に倒れたゴブリンの死体を呑み込んでは体内で溶かしていた水狼は顔を上げ、そのまま近付いてくる。
かなりの大きさであるが故に、何人かの冒険者は驚きを見せるのだが、殆どの者はそのような水狼を見て特に驚きはしていてない。
「ワウ?」
どうしたの? と鳴き声を上げる水狼。
……その口元にゴブリンの血が付着しているのが、見ている者に若干の驚きを見せるが。
「お前が食べたゴブリンの中に、他のゴブリンと違うゴブリンはいなかったか?」
「ワウ……ワン」
少し考えた様子を見せる水狼だったが、やがて首を横に振る。
その言葉をどこまで信じていいのかは、レイにも分からない。
だが、水狼の知能の高さを考えれば、食べたゴブリンのことを覚えていないということはないだろうと判断する。
狼の外見を持っていることから、もしかしたら食欲を優先させて自分が食べたゴブリンのことを覚えていないという可能性も否定は出来なかったが。
「そうか。……分かった。なら、ゴブリンの死体の処理を頼む」
「ワン!」
喜んで! と鳴き声を上げ、水狼は再びゴブリンの死体を食べに行く。
「それにしても……ゴブリンの肉をああも喜んで食うって、俺には理解出来ねえな」
レイの側にいた冒険者の一人が、しみじみと呟く。
その呟きには、他の多くの者も同意した。
レイもまた、その意見には賛成だった。
「異世界から来た存在なんだし、味覚そのものが俺達とは違うんだろうな」
「けど、今朝俺達が用意した焼き魚とかは、喜んで食べてたぞ?」
若干不満そうに告げる冒険者。
自分の焼いた魚がゴブリンの肉と同じような味だと認識されたと思えば、面白くないのだろう。
「いや、別にそこまで気にする必要はないと思うけどな。昨夜俺がやったオーク肉も嬉しそうに食ってたし。多分、味覚が違うんじゃなくて……そうだな、美味いと感じられる範囲が広いんじゃないか?」
「……羨ましいような、哀れなような、微妙な感じだな」
ゴブリンを美味いと感じられるような味覚は、羨ましくもあり、可哀想でもある。
そう告げる冒険者に、レイも頷く。
実際、レイもゴブリンを食べて美味いと思うような味覚が欲しいかと言われれば、とてもではないが頷くことは出来ないのだから。
そういう意味では、この身体にまともな味覚を用意してくれたゼパイル一門の面々に対しては感謝しかなかった。
「ともあれ、水狼も知らないとなると……厄介だな。隠れていれば、セトや水狼が探し出せるだろうけど、そんな様子はない。そうなると、逃げてしまったということになるんだけど」
「いや、けど……あの状況で逃げられるか? この集落を包囲してたんだぜ?」
自分達がゴブリンの上位種や希少種を見逃す筈がない。
そんな風に告げる冒険者に、レイも頷く。
「俺もそう思う。思うけど……それでも何でも絶対とはいかないだろ? 特にこの集落の場合は、隠れる場所もそれなりに多いし」
木々が伐採されているが、それはある程度でしかない。
それ以外にも木々と草で作っただけの簡単なものではあるが、ゴブリン達の住居の類もある。
穴を掘るという行為もゴブリンなら出来る以上、隠れる場所は幾らでもあった。
勿論、そこにゴブリンがいると知っていれば……もしくは、もっと狭い場所であれば、隠れていても見つけやすいだろう。
だが、この規模の集落で、しかもゴブリンを倒しながら包囲を縮めていくといったようなことであれば、上位種や希少種であっても見つからずにいることは可能だろう。
(まぁ、それでもそう簡単にどうにか出来るとは思えないけど)
何だかんだと、冒険者やリザードマンは腕利きが多いのだから。
『レイ様。逃がしてしまった以上、今はもうこれからどうするのかを考えるべきでは?』
レイはゾゾの石版に書かれた文章に頷く。
ここでどうやって逃げたといったことを考えていても、あまり意味がないのは事実なのだから。
何より、女達を使った肉の盾を考え、実行させたのは、恐らくは上位種か希少種だ。
そしてレイはその肉の盾が使われた場所にいた以上、その近くに上位種か希少種がいた可能性は高い。
そうなると、今回ミスをしたのはレイも含めてあの場にいた冒険者達の可能性が高いと、そうなってしまうだろう。
(うん、取りあえずその件についてはこれ以上追求はしない方がいいか)
実際、本当にその通りだったのかどうかは分からないので、レイは無理矢理話を進めることにする。
「問題なのは、上位種か希少種が集落から逃げたとしたら、またどこかで集落を作る可能性があるということだろうな」
「それな。またゴブリンに襲撃されるようなことになれば、かなり面倒だぞ。集落を見つけるのは……まぁ、レイとセトがいれば何とかなるかもしれないけど」
冒険者の言葉に、レイはそうか? と疑問を抱く。
「この集落を率いていた奴は、かなり頭がいい。そうなると、今回見つかった理由として最初に来るだろう木の伐採を、またやると思うか? ……まぁ、トレントの森では木を伐採しないとこれだけの集落を作るのは難しいだろうけど」
レイとしては、今回の一件で空を飛べるセトがこちら側にいる以上、新たに集落を作るにしても同じ失敗を繰り返すような真似はしないだろうという、予想があった。
だからこそ、もしまた新たなゴブリンの集落を作ろうとした場合、もっと見つかりにくいような工夫をするだろうと予想する。
「最善なのは、このトレントの森には俺達みたいな者達がいると認識して、トレントの森から出ていくことだけど……難しいと思うか?」
「どうだろうな。これだけの集落があって、その上で俺達に見つからないようにして逃げ出すくらいに頭が回るのなら、ここが危ないと判断する可能性はあると思うが」
その槍を手にした冒険者が、レイの言葉にそう返す。
実際、知能が高ければ自分の作った集落を壊滅させた相手のいる場所で同じような集落を作るなどとは考えないだろう。
……レイにしてみれば、そうなってくれるのが最善ではある。あるのだが……
「トレントの森から出ていったのはいいとして、それで他の場所に迷惑を掛けるような真似をされるのは、ちょっと面白くないな」
下手に頭のいい個体だけに、それこそ他の場所で同じように集落を作られると厄介なのは間違いない。
特に肉の盾などという物を思いつき、それが有効だと知られてしまったのは痛い。
「ともあれ、もうゴブリンは倒したんだし、戻ってもいいんじゃないか? レイもいつまでもここにいる訳にはいかないんだろ?」
「そうだけど……その原因がここにいるしな」
近くにいた冒険者から掛けられた声に、レイはゴブリンの死体を食べている水狼に視線を向けて言葉を返す。
レイが今日野営地に残っていたのは、水狼がレイだけを交渉相手として見ていたからだ。
もし水狼の件がなければ、今頃はギルムのスラム街に向かって、自分の命を狙った組織のアジトを襲撃していただろう。
「ワフ?」
ゴブリンの味を楽しんでいた水狼は、レイの言葉が聞こえたのか、顔を上げて視線を向けてくる。
そんな水狼に、レイは何でもないと首を横に振ってそのままゴブリンを食べるように言う。
「ともあれ、この件はダスカー様に知らせた方がいいのは間違いないな。このまま放っておけば、色々と問題も起きそうだし」
そんなレイの言葉に皆が頷き……ゴブリンの死体をいつの間にか水狼が全部食べ終わっていたことに、驚くのだった。