2203話
風の牙の面々は、現在その全てが死ぬか、怪我をするか、もしくは気絶して床に倒れている。
レイの攻撃と暁の星という風の牙に恨みを持つ者の双方が暴れた結果だった。
レイも暁の星も、全員が腕の立つ者が揃っていたということもあり、風の牙の面々では到底抗うことが出来なかったのだ。
レイは当然の話だったが、暁の星もその技量は高く、これだけ大勢を相手にしての戦いだったにも関わらず、大きな怪我をした者はいない。
戦闘に影響がないような軽い怪我をした者はそれなりにいたが。
「暁の星か。随分と腕が立つようだな」
「いえ。レイさんが真っ先に指示を出していた男を倒してくれたおかげです。向こうが連携を取ろうにも、その指示を出す者がいなければどうにもなりませんでしたから」
「それは否定しない。……一定以上の実力になれば、それこそ自分達の判断で連携してきたりするんだが、この連中にはそこまでの技量がなかったみたいだな」
「……そうですね。正直なところ、これは少し意外でした。私達の組織が襲われた時は、それなりに腕の立つ者がいた筈なのですが」
そう疑問を口にする男だったが、レイはそんな相手に向かって更に疑問を口にする。
「ちなみに、俺が倒した男がお前の言っていた奴だってことは……」
「違います」
多分違うだろうという思いで尋ねたレイだったが、やはり予想通り違うと男は首を横に振る。
「だろうな。もし本当にお前達から聞いた話が真実なら、この程度ですぐに死ぬとは思えなかったし」
「……いえ、あの戦いを見る限りでは、とてもそうとは思えないんですが……」
「そうか? まぁ、それはともかくとして。……この連中を倒してから随分と時間が経つのに、敵は全く出て来ないな。どうなってるんだと思う?」
「分かりません。私が知ってる風の牙なら、自分達が攻撃されたということで真っ先に襲い掛かってきてもおかしくはないのですが……」
そう言いながら、男はレイに視線を向ける。
自分達だけなら、それこそすぐにでも襲われてもおかしくはない。
だというのに、全く襲ってくる相手がいないというのは、普通に考えればやはりレイの存在があるからこそだろう。
実際、暁の星の面々もレイの実力を間近で見たことによって、かなり驚いていた。
深紅という異名の持ち主だというのは知っていたが、噂で聞いたのと実際に自分でその実力を見たのとでは、大きく違う。……いや、違いすぎると言ってもいい。
それだけ、暁の星の面々とレイの実力はかけ離れていたのだ。
ここに派遣されただけあって、男が率いる暁の星の面々も間違いなく腕利き揃いだ。
だが、そのような男達であっても、レイと正面から戦って勝てるとは到底思えない。
それだけの凶悪な実力が、レイにはあった。
「ともあれ、敵が出てこないのならこっちから探す必要があるな。……そっちはどうする?」
「え? あ、えっと……はい。私達も当然探します。まさか、この連中だけしか戦力がいないなんてことはないでしょうが」
「あー……まぁ、だろうな」
男の言葉に、レイは同意する。
実際にこうして戦ってみたところ、そこまで強い相手には思えなかった。
純粋な戦闘力という点では、それこそ黒き幻影の方がまだ強い。
青の槍とは、比べものにならないくらいに実力の差があるのだ。
仮にも暁の星という組織に大きなダメージを与えたというのであれば、この程度の筈がない。
(もしかして、本当に腕利きは俺を暗殺する精鋭として派遣されてるだけで、それ以外は実力の低い……少数精鋭の組織という可能性もあるのか?)
ふとそんな疑問を抱くレイだったが、今はそのようなことを考えるよりも、風の牙を壊滅させる方が先だと判断して、建物の中を探し回るのだが……
「え?」
建物の中には、他に誰もいない。
そう、本当に誰もいないのだ。
建物の中は比較的広いが、それでも風の牙という組織の者が全員隠れられるような場所はない。
慌てて他の部屋も手当たり次第に探してみるが、そこにはやはり一人の姿もなかった。
建物の中を探している途中で暁の星の者達を見ることもあったが、その者達もレイと同様に信じられないといった表情を浮かべながら、建物の中を探し回っていた。
そうして二十分程が経過し……それこそ、建物の中の全てを探したところで、レイは暁の星のリーダーの男と顔を合わせる。
男の顔は、焦燥感に満ちていた。
当然だろう。ようやく自分達の組織を襲撃した相手に報復が出来ると思っていたら、そこにいたのは明らかに技量の劣る者であり、それ以外の面々は誰もいなかったのだから。
普通に考えれば、有り得ない。
だが、現在はその有り得ない状況こそが普通に起きているのだ。
「どう思う?」
「そう言われても、正直分かりません。何故こんなことになっているのか」
首を横に振る男の様子に、レイもまた同意したくなる。
このままでは、レイが狙っていたマジックアイテムも……と、そこまで考えたところで、ふと気が付く。
(マジックアイテム? いや、それ以外にも……お宝の類はどこにあるんだ?)
ここが風の牙のアジトである以上、必ずしも何らかの活動資金としてお宝の類は存在していなければおかしかった。
裏の組織とはいえ……いや、寧ろ裏の組織だからこそ、活動資金というのは相応に必要な筈だった。
だが、この建物の中を探したところで、レイはその手の物を一切見つけていない。
「暁の星が探していた中で、金銀財宝、もしくは金貨や銀貨、白金貨、宝石なんかが保管されている場所はあったか?」
「……え? そう言えば、その手の場所は見つけてませんね。……おかしい」
「ああ。間違いなくおかしい」
おかしいかもしれないではなく、おかしいと断言する男。
実際、レイの目から見てもおかしいというのは一目瞭然なのだ。
レイはともかく、その手のことに詳しいだろう暁の星の面々がそのことに気がつけなかったのは、復讐するという一点に思いを馳せていたからだろう。
「そうなると、どうなると思います?」
「すぐに思いつく可能性としては、活動資金とかをアジトではない別の場所に保管していたというのがありますけど……」
そう言いながらも、レイはそれが正解だとは到底思えなかった。
そもそも、アジト以外の場所に活動資金の類を隠すとなると、それが他の組織の連中や、それこそスラム街の住人に見つかったらどうなるか、考えるまでもないだろう。
銀行のような物があれば話は別だが、生憎とそのような物は存在しない。
……もしあっても、裏組織が使えるかどうかは微妙なところだが。
そんな訳で、お宝の類は基本的に自分達で管理する必要がある。
そして管理する必要がある以上、それをアジト以外の場所に置いていくといったことはまず出来ない。
「つまり、この建物には隠し部屋があると? ……地下ですね」
「だろうな」
男の言葉に、レイは同意するように頷く。
この建物は一階建てだ。
そして建物を調べたレイや暁の星としては、建物に隠し部屋がある場所がないのは分かっている。
そうなると、残っている隠し部屋がある可能性のある場所として思いつくのは、地下室しかない。
床を軽く蹴るが、当然のようにそこに隠し部屋は存在しない。
何だかんだかと、このアジトはそれなりの広さを持つ。
そのような場所で、一体どうやって隠し部屋を見つければいいのか、レイには分からない。
「どうする?」
「このまま見逃すという選択肢はありません。ですが、見つけるのに時間が掛かるのは間違いないですし……」
「いっそ燃やすか?」
ざわり、と。
レイの口から出た言葉がそれ程に意外だったのだろう。
暁の星の面々は、驚きの表情をレイに向ける。
「燃やす、ですか? この建物を?」
「ああ。この建物のどこかに地下の隠し部屋があるのは間違いない。なら、ここの建物の全てを燃やしつくしてしまえば、隠し部屋がどこにあるのか分かるんじゃないか? ……もっとも、建物が燃やされる関係で地下にも相当の熱が行く。場合によっては、それで死ぬ可能性もあるが」
土を掘って、その中に大きな葉っぱで包んだ肉を入れ、その上で焚き火をすることによって行われる料理法がある。
そのような料理法があるのを見れば、埋められた上の部分を燃やした時、地下にどれだけの熱が行くのかは、それこそ考えるまでもないだろう。
普通の焚き火でも料理が出来るだけの熱が伝わるのだから、それがレイの使う魔法の炎であれば、一体どれだけの熱となるかは、考えるまでもない。
また、レイは延焼を起こさず、特定の範囲だけを燃やすといった魔法も使える。
そうであれば、スラム街にある他の建物への延焼を心配する必要もない。
レイとしては、かなり自信のある選択だったのだが……
「止めて下さい!」
暁の星の男が、反射的と言ってもいい速度でそう叫ぶ。
それが、レイには意外だった。
「何でだ?」
「……それは……」
レイの言葉に、何かを言いにくそうにする男。
その様子を見る限り、何らかの理由があるのは間違いなかった。
(考えられる可能性としては、暁の星を襲った奴が、何か大切な物を奪っていったとか、そんな感じか? もしくは誰かを連れ去ったとか)
そんな風に予想したレイだったが、今の状況ではこれ以上特に何を言っても向こうが事情を話すとは思えない。
その為、少し考え……やがて口を開く。
「分かった。なら建物を燃やすのは止めておく」
レイの言葉に、男だけではなく暁の星の全員が安堵し様子を見せた。
だが、当然レイも何の意味もなく暁の星の要望を汲んだ訳ではない。
「俺がこの組織……風の牙を壊滅させる為にやって来たのは、この組織の連中が俺に敵対したからだ」
実際には違和感の正体を探るというのと、何らかのマジックアイテムやお宝を入手するという目的もあったのだが、その辺については黙っておく。
「そんな俺の行動を止める以上、ここの後始末はお前達に任せてもいい」
『え?』
レイと話していた男だけではなく、暁の星に所属する他の者達の口からも、一斉に驚きの声が出る。
まさか、レイが風の牙の殲滅を自分達に任せてくれるというのは予想外だったのだろう。
レイにしてみれば、風の牙は自分の命を狙った組織の一つでしかない。
魔法を使って燃やしつくすという手段が使えない以上、出来れば次の場所に行きたい。
そうである以上、この組織を暁の星に任せるのなら任せてしまいたいと思うのは当然だった。
「ただし、本来なら俺が魔法を使えばそれだけで勝負がつくのに、それをわざわざお前達に委ねる以上、相応の代償は貰う」
「……代償、ですか? それは一体なんです?」
若干警戒した様子でレイの目を見返す男。
深紅の異名を持ち、ここ数年は一部では盗賊喰いと呼ばれるようになったレイだ。
仲間を代償として寄越せと言われも、男は驚かない。……だが同時に、決してそれを受け入れることが出来ないという思いがあるのも事実だった。
そんな決意を込めた視線を向ける男だったが、レイはそんな視線などは特に気にした様子もなく、口を開く。
「この建物に隠されている、マジックアイテムを含めたお宝は俺が貰う。それで構わないのなら、任せる。……どうだ?」
「……え? それでいいんですか?」
男にとっては、完全に予想外の要望だったのだろう。
完全に肩すかしを食らったといった感じで尋ねる。
それこそ、仲間の何人かを自分に寄越せと言われれば、何とか諦めて貰うべく交渉し、場合によっては勝ち目がなくてもレイと戦うという決意まで固めていたのだが、それが肩すかしとなった形だ。
「ああ、それで構わない。知ってるかどうかは分からないが、俺はマジックアイテムを集めるのを趣味にしていてな。それもただのマジックアイテムじゃなくて、実戦で使えるようなマジックアイテムだ」
それは、男も聞いたことがあった。
レイがマジックアイテムを集めているというのは、何気に結構有名な話だ。
……そもそも、レイ本人がそれを全く隠そうとしていないのだから、その情報が広がるのは当然だろう。
レイという異名持ちの情報であれば、それを集めようとする者は多い。
暁の星の面々も、ギルムに行くということでギルムにおける要注意人物の情報は可能な限り集め、その中にレイがマジックアイテムを集めているという情報もあったのだ。
「本当にそれでいいんですか?」
「ああ。ただし、あまり時間を掛けすぎてもなんだな。……これから俺はもう一つか二つ……出来ればもう少し組織を滅ぼしたいが、ともあれ可能な限り組織を滅ぼす。その組織を滅ぼした後で、帰りにここに寄ってそれでまだ片付いてなければ、建物を燃やす。それでいいな?」
そう宣告するレイの言葉に、男は真剣な表情で頷くのだった。