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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2200/3865

2200話

 ポーションによって手打ちと出来たニナッシュは、表に出さないようにしながらも安堵する。

 このポーションは、ギルムに進出する際に上層部から渡された物と、自分の財産を使って買い集めた物だ。

 白金貨数枚というポーションだけに、そう簡単に入手出来るものではない。

 だが、ギルムで活動する際に集めた情報によると、レイはマジックアイテムを集めるのが趣味というのがあった。

 ポーションがレイの集めるマジックアイテムに入るかどうかは微妙なところだったが、冒険者としてはポーションは非常にありがたい代物である以上、恐らく貰ってくれるというのは確実であり……実際にそれは成功した。

 場合によっては、自分を殺した後でポーションを奪われるかもしれないという危惧もあったのだが、幸いにしてレイはそこまで非道な真似はしないように思えた。

 もっとも、自分を殺せば他の黒き幻影のメンバーもレイに死ぬまで襲い掛かる可能性が高く、それが面倒だったというのが理由なのかもしれないが。


「ギルムから出て行く。それでいいんだな?」

「ええ」

「当然の話だが、もしこのポーションが偽物だったり、毒だったりした場合……どうなるのか分かって、取引を申し込んできたんだよな?」

「ええ」


 再度レイの言葉に頷くニナッシュ。

 正直なところ、今回ギルムに来たのは黒き幻影にとって……いや、ニナッシュにとっても最悪の結果をもたらした。

 ……いや、ニナッシュは生きてるし、黒き幻影のメンバーの中にも生きている者が多かったのを思えば最悪ではないのかもしれないが、それでも決して良好な結果とは言えない。

 ギルムに出て来てある程度の結果を残すことが出来たのは間違いないが、結果としてレイに組織を半壊……いや、ほぼ全滅と呼ぶに相応しいくらいの被害を受けたのは間違いない事実だ。

 その辺の事情を考えれば、ギルムから出て本拠地に戻ったところで、ニナッシュの未来は到底明るいものではない。

 黒き幻影の中ではかなりの人望を持っていたニナッシュだったが、今回の一件でニナッシュの人望も地に落ちるだろう。

 その辺の事情を考えると、いっそここでレイに殺されていた方がよかったのかもしれないとすら思えるのだが、まだ生き残っている者達を何とかギルムから脱出させる為には、自分がここで死ぬ訳にはいかないと、そう思ったのも間違いないだろう。


「そうか。なら、俺を狙ってる暗殺者の中でも、黒装束の連中は連れていけ。……それと、ギルムに入ってから俺とセトには違和感があるんだが、それを誰がどんな手段でやってるのか知らないか?」

「いえ、残念だけど知らないわ。少なくても、私達の組織でないのは間違いないわね。新興組織同士で協力しているといっても、それはあくまでも妥協の産物でしかないわ。もしレイを無事に倒すことが出来ていた場合、組織同士が友好関係のままというのは難しいわ。そうなると、いずれ敵対関係になるかもしれない相手に自分達の奥の手を見せると思う?」

「……なるほど」


 その説明には、レイにも十分に納得出来るものがあった。

 国家に友情はないというのを、何かで聞いたか見たかした覚えがあったが、それは組織についても言えることだろうと。

 いや、法律が存在する国家と違って、裏の組織ともなれば当然のようにそのような縛りはない。

 暗黙の了解といったものはあるだろうが、それとて無視しようと思えば無視出来るのだ。

 ましてや、もしレイを殺すことが出来た場合、その名声は非常に大きく、それを自分達だけで占有しようと考えても、おかしな話ではない。

 だからこそ、そんな敵対する相手に自分達の奥の手を……それこそレイやセトにすら通用するような奥の手を他人に教えるなどという真似はする筈がない。


「つまり、お前は何も知らないんだな?」


 確認の意味を込めて尋ねるレイは、少しだけ……本当に少しだけだが、残念そうだ。

 黒き幻影という組織名から、相手の認識に影響するような方法を持っている可能性が大きく、もしかしたらという思いがあったからこその思い。

 だが、ニナッシュはそれを知らないとはっきりと首を横に振った。

 あるいは、ニナッシュが嘘を言っている可能性も考えないではなかったが、自分の……そしてまだ生き残っている黒装束達の命が懸かっているとなると、ここでそんな嘘を口には出来ないだろうとレイは思う。


「そうなるわね。……それで、用件が他にないのなら、もういい? 出来れば、ここを撤退する準備に入りたいんだけど」

「そうだな。……ああ、その前に。さっきの戦いで天井から俺に向かって放たれた槍だが、これもマジックアイテムか?」

「ええ。ただし、このマジックアイテムはレイも持っていくことは出来ないと思うわ」

「ほう?」


 挑発的な言葉と受け取ったレイは、ニナッシュに先を促す。

 ……尚、そんな風に話をしているレイとニナッシュ以外の黒装束達は、死体を片付けたり、怪我をした者の治療をしたりいったことをしている。

 怪我の治療には当然のようにポーションの類が使われていたが、そのポーションはニナッシュがレイに提示した物ではないので、レイもそれには何も言ったりはしない。


「それは一体どういう意味だ?」


 嘘を言ったらどうなるか分かっているな?

 そんな視線をニナッシュに向けるレイだったが、視線を向けられたニナッシュはそんなレイの様子に気が付いていつつも、動揺した様子もなく口を開く。


「簡単なことよ。この建物そのものがマジックアイテムになってるの。……レイも、この建物に向かってくる途中で、壁が隠し部屋みたいになっていたのに気が付いたでしょう?」

「あの隠し部屋もマジックアイテムの効果だったのか」


 ニナッシュの口から出た言葉は、レイにとっても予想外のものだった。

 確かに、この建物そのものがマジックアイテムであるのなら、回収するのは難しい。

 船のような類なら、ミスティリングに収納は出来る。

 だが、地面にしっかりと土台が埋まっているような建物ともなれば、収納するのは無理だった。

 これが、例えば日本ではそれなりに見る機会もあった、コンテナハウスのような類の物であれば収納も出来たのだろうが。


「ええ、そうよ。当然だけど、建物全てで一つのマジックアイテムである以上、どこか一部だけを持っていく……といったことは出来ないわね。それでもこの建物が欲しいのなら、ここに住む必要があるわ」

「諦めた方がよさそうだな」


 この建物に住むというのは、レイにとっては有り得ない選択肢だった。

 スラム街でもかなり奥まった場所にある以上、ここを拠点するのは色々と面倒なのだから。

 一応、セトがいるので空を飛んで移動すればそこまで手間でもないのだが……しっかりとした庭があり、食事もマリーナが作ってくれて、貴族街にある関係上治安もいい。

 そのようなマリーナの家とこの建物では、どちらが快適なのかは考えるまでもない。


(地形操作で掘り出して……多分無理だな)


 一瞬、地形操作で建物の周囲を掘ればいけるか? と思わないでもないレイだったが、すぐに自分でそれを否定する。


「そうね。無理に手にする必要もないかと。……もっとも、私達がいなくなれば、別の組織がこの建物をアジトとして使うでしょうけど」

「だろうな」


 その意見は、レイにも否定出来ない。

 実際にこの建物は外の壁に隠し部屋を作ったり、槍を発射して侵入者に攻撃したりと、色々な攻撃方法があるのだ。

 それを思えば、このような便利な建物が空いているのだから、それをアジトとして使いたいという裏の組織は多いだろう。


(そうなると、いっそ壊してしまった方がいいか? 一体誰がこんなマジックアイテムを作ったのかは分からないけど、こういう物騒なのをそのままにしておくのは色々と不味い気もするし。……それに、場合によってはこのマジックアイテムを発動している重要な部品を入手出来るかもしれないし)


 この建物は使えなくなるかもしれないが、これだけの建物を構成していたマジックアイテムの重要な部品なら、それこそ何か使い道があってもおかしくはない。


「壊すか」

「え?」


 まさかこの建物の説明を聞いた上でレイがそのようなことを言うとは思っていなかったのか、ニナッシュの口からは驚きの声が出る。


「その、本気かしら? この建物のことよね?」

「ああ。この建物を放っておけば、またどこかの組織が使うんだろう? だとすれば、そういう連中に使わせるよりも、俺がこのマジックアイテムの重要な部分を貰っておいた方がいい。……それとも、何か不味いことでもあるのか?」

「いえ。私達はレイに負けたんですもの。そうである以上、レイがそうしたいと言うのであれば、私からは何も言うようなことはないわ。……ただ、この建物はスラム街でもそれなりに有名だから、もしレイがこの建物を壊したとなると、恨む人が出て来るかもしれないわよ?」


 心配そうに言ってくるニナッシュだったが、レイはその言葉を正直に受け止めるつもりはない。

 そもそもの話、一見人のよさそうに見えるニナッシュだが、その正体は黒き幻影のギルム支部を率いている女なのだ。

 ただの人のいい女が、そのような真似を出来る筈もない。

 そうなると、すぐにレイが思いつくのは、それこそレイに念を押しながら煽るような真似をして、レイにこの建物を破壊させようとしているといった感じか。


(黒き幻影も、何だかんだとかなり無茶をしたんだろうしな)


 そもそも、現在レイを狙っている新興の組織はかなり無理をしてその地位を確立したのだ。



 だが、その無理というのは当然のように他の組織から多かれ少なかれ恨みを買ってのものであり、そのような組織が、ニナッシュ達黒き幻影がギルムから撤退しようとしているのを知れば、どうなるか。

 勿論、黒き幻影と争った結果、壊滅した組織も多数あるだろう。

 だが、被害は受けたものの、壊滅していない組織というのも多い。

 そのような組織にしてみれば、レイに戦いを挑み、大きな損害を受けてギルムから出るニナッシュ達は、それこそ格好の獲物だろう。

 今までの恨みを晴らせと言わんばかりに、攻撃をしてもおかしくはない。

 ニナッシュもそれを理解しているからこそ、何とか目を逸らしたい。

 その結果が、建物の破壊なのだろう。

 レイとしては、それはどうでも構わない。

 敵対してくるのであれば、それこそ相応の対処をすればいいだけなのだから。


「そうだな、やっぱり壊すか。……お前達が荷物を運び出すまで、どのくらいの時間が掛かる?」

「すぐに終わるとは、ちょっと言えないわね。死んでる子達も埋葬してあげたいし」


 そう言い、床に広がっている黒装束達の死体を見る。

 既に怪我をしている者は手当が終わっているので、現在床に寝転がっているのは死体だけだ。

 その死体を黒き幻影の本拠地まで運ぶというのは、まず無理だろう。

 夏が近くなってきている現在、すぐに腐ってしまう。

 レイのミスティリングがあれば時間を停めることも出来るのだが、レイとしてはそこまで黒き幻影に協力する気はない。

 アイテムボックスの簡易版もあるにはあるが、相応に高価で、何よりアイテムボックスとは違って、収納していても時間が流れる。

 だからこそ、死体はギルムで埋葬し、出来るのは形見として髪を切って持っていくくらいだった。


「そうか。なら、俺は他の組織を潰してくる。それが終わったらこの建物を破壊するから、それまでには消えておけ」


 そう告げ、手を出すレイ。

 ニナッシュも、それが何を意味しているのかを理解しており、約束してあったポーションをレイに渡す。

 一つにつき、白金貨数枚分の価値があるポーションが十本。

 それだけ高価なポーションとなれば、それこそ何らかの理由で腕が切断しても、すぐなら切断した腕を繋げるといった真似も出来る。

 ……失った部位の再生や、切断されて時間が経った部位の癒着となれば、それこそ光金貨が必要なくらいのポーションが必要となるが。


「確かに受け取った。……なら、後は好きにしろ。ただし、俺が戻ってきた時にまだいたら……どうなるか、分かってるな?」


 非常に希少なポーションを受け取ったことで、取りあえずここで殲滅するというのはレイもするつもりはなくなった。

 だが、それでも黒き幻影はレイの命を狙った敵である以上、ここまでの譲歩が最大限となる。


「ええ、分かってるわ。……けど、もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、私達がいなくなってレイが戻ってくるまでにこの建物に入る相手がいるかもしれないけど、その場合はどうするの?」

「一応そういうのがいたら声を掛ける。瓦礫の下敷きになるのを希望するのなら、そのままこの建物から出て来るようなことはないだろうな」


 そんなレイの言葉に、ニナッシュは一瞬だけ頬を引き攣らせながらも、頷くのだった。 

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2020/12/26 12:28 退会済み
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