2196話
「ぐ……くそ……」
首の後ろにデスサイズの刃が触れている男は、悔しげに呟きつつも何も行動に出ない。
もし自分が何か行動を起こそうとすれば、自分の首の後ろに触れているデスサイズの刃が、あっさりと前に引かれる……つまり、自分の首を切断すると、そう理解している為だろう。
そんな男の認識は、決して間違っている訳ではない。
実際に男が何かをしようものなら、レイはすぐにその首を切断するつもりだったのだから。
ドラゴンローブのフードを被っているので、男がレイの顔の全てを確認することは出来ない。
出来ないが……それでも、レイの目を見れば、例え人であろうとも敵対する相手を殺すということに躊躇がないというのは、すぐに分かった。
「降伏する」
「そうか。……一応聞くけど、お前が青の槍のボスで間違いないな?」
「ああ。もっとも、あくまでもギルムにおける、だがな」
「だろうな」
青の槍という組織の本拠地かは分からないが、今回ギルムに進出してきたのは、あくまでも自分達の勢力を広げるのが目的で、言わばここはギルム支部とでも呼ぶべき場所だ。
そのギルムにいる男が、青の槍全体のトップという訳ではないだろう。
もっとも、この世界では質が量を凌駕することは珍しくない。
その辺の事情を考えると、トップが実は組織で最強の者であり、先陣を切って敵の本拠地に乗り込む……というのも、可能性としてはない訳ではないのだが。
「さて、そんなお前に聞きたいことが幾つかある。まずは……そうだな。これは確認の為の質問だが、お前は他の新興組織と協力して俺に暗殺者を送ったな?」
「ああ。……止めておけ」
レイの問いに答えたその男が続けた言葉は、レイに向けて放たれたものではない。
まだ何人か身動き出来る様子だった青の槍のメンバーの一人が、何とかレイに向かって攻撃をしようとしていたのを見た為だ。
この状況でそのような真似をしても、意味はない。……どころか、無駄に死ぬだけだと判断しての行動だろう。
実際にレイも男を尋問しつつ、周囲の気配に気を払うことは止めていない。
当然のように、男が何らかの行動をしようとしていたのは分かっていたので、そちらにも意識を集中していた。
それでも牽制するような真似をしなかったのは、この状況で相手が何をしてきても対処出来ると、そう理解していた為だろう。
「そうだな。せっかく助かった命なんだ。ここで無駄にすることはないだろ」
背中を向けている男を一瞥もせず、レイはそう告げる。
びくり、と。
行動しようとしていた男は、レイが最初から自分の存在に気が付いていたのだと知ると、その動きを止めてしまう。
ボスに止められるようなことがなくても、もし行動を起こしていたら殺されていた。
そう思ったからだろう。
「さて、質問の続きだ。お前達が一体どのくらいの組織が集まっているのかだが……取りあえず聞いておくか」
「何?」
レイの口から出た言葉が、本当に取りあえずといった様子だったのが気になったのか、ボスは疑問の視線をレイに向ける。
自分を狙っている相手の情報を、少しでも得ようとして、自分達を襲ってきたのではないかと、そう思っていたからだ。
もしかししたら、一種のブラフか?
そう思わないでもなかったが、レイの様子を見た感じでは、本当に気にしている様子には見えない。
ギルムに派遣した青の槍の者達を纏めている男だけに、人を見る目には相応の自信があった。
だが、そんな男の目から見ても、レイはとてもではないが誤魔化しているようには思えない。
……実際、レイが男から聞くのは、一応という面が強い。
黒犬の方でしっかりとその辺の情報は入手してあるのだから。
そんな中で、敵の言うことを鵜呑みに出来るのかと言われても、その答えは否でしかない。
だが、もしかしたら黒犬が持っている情報以上の情報があるかもしれないからということで、こうして聞いてるのだ。
……レイにとって、この男に聞くべき内容で一番重要なのはそんなものではない。
「なら、一体何を聞きたい?」
「そうだな。……青の槍から派遣されている暗殺者は、相手に違和感を与えることで殺気を誤魔化したりとか、そういう能力を持っているか? もしくは、他の組織でもそういう能力を持ってる奴を知ってるか?」
レイにとっての最大の疑問は、当然のようにそれだった。
正直なところ、その情報を得られるのであれば、他の組織を襲う必要がないのではないかと、そう思うくらいに。
……もっとも、実際には黒犬から協力して貰ってこうして行動を起こした以上、実際には止めるという訳にはいかないのだが。
「何?」
「俺が知りたいのは、その情報だ。……で、どうだ? 知ってたら教えてくれると、こっちとしても嬉しいんだけどな」
そう言いながら、レイは男の首の後ろに突きつけたデスサイズを僅かにだが手元に引く。
つ、と。
デスサイズの刃であっさりと皮膚が斬れ、血が流れる。
男は流れる血の感触で首が微かにではあるが斬られたと理解したのだろう。
首を振る……のではなく、口を開く。
「残念だが、それは知らない。うちから派遣している者も、そんなマジックアイテムやスキルは持っていないしな」
そう告げてくる男の言葉が真実なのかどうか見定めるように、レイはじっと観察する。
レイは人を見る目にそこまで自信がある訳ではないが、それでも相手が嘘を言ってるのなら、何となく分かることも多い。
そんなレイの目から見て、男が嘘を言ってるようには思えない。
(まぁ、この組織の特色を考えれば、そんなにおかしな話じゃないけど)
レイが見る限り、この組織は全員が青い槍を使っている。
まさに、青の槍という組織名に相応しい武器ではあった。
だが、そんな青い槍を武器とする者が、どうすればレイとセトに違和感を与えることが出来るのか。
(マジックアイテムがあるのなら、青い槍という武器とは関係なく使うことが出来るかもしれないけど。……それもまた、難しいだろうな)
結局、この青の槍という組織は今回の一件に関わってはいても、レイが目的としていた情報を持っていた訳ではない。
そのことを残念に思いながら、レイは口を開く。
「分かった。……それで、最後に言い残すことはあるか?」
レイにとって、目の前の男は自分の命を狙ってきた組織のボスだ。
他にも複数の組織があるが、だからといってこの青の槍のボスをそのままにしておくという選択肢はない。
ここで見逃しても、それこそまた自分を狙ってくるという可能性が高いのだ。
男もそれが分かっているのだろう。レイに向かって命乞いをするでもなく、口を開く。
「俺の命を渡す代わりに、生きている部下は見逃してくれ」
「そうだな。……この組織が溜め込んでいたお宝やマジックアイテムを渡すのなら、生きてる奴は見逃そう。ただし、再度俺に襲い掛かってきたら当然のように殺す。それでもいいのなら、取引をしてもいいが? どうする?」
「構わねえ。それでいい。だが、うちはマジックアイテムは集めていない。宝石や金塊の類はあるから、それで手を打ってくれねえか」
「親父!」
男の言葉にレイが何かを言うよりも前に、レイに蹂躙された中でまだ生きていた者が叫ぶ。
それは男を気遣っての声であり、それだけ男が下の者に慕われていたということの証だろう。
……とはいえ、それでレイが手加減をするということはないのだが。
「分かった。なら、眠れ」
その一言と共に、レイはデスサイズを手元に引く。
その際、男が一切の苦痛を感じることなく殺したのは、せめてもの慈悲といったところか。
『親父いいいいいいいいいいいっ!』
先程レイを狙った者以外にも、まだ生きていた者がいたのだろう。
複数人の叫びが部屋の中に響き渡る。
その声が切っ掛けとなったのか、デスサイズで首を切断されても、その鋭さからか全く血が出ていなかった男の首から、まるで噴水のように血が溢れ出る。
「っと……これは……」
それこそ天井にまで届くような血の噴水に、レイは血が付着しないように後方に跳躍しながらも、驚く。
別に、今まで人の首を切断したことがなかった訳ではない。
だがそれでも、ここまで派手に血が吹き出るというのは殆ど見たことがなかったからだ。
切断された男の首は、床を転がって男達の方に向かう。
まだ動ける男達は、転がってきた男の首の下に辿り着くと、皆が泣く。
(裏の組織って話だったから、利害関係とか打算とか、そういうので繋がってると思ってたんだけど、ちょっと意外だったな)
それは、レイの正直な気持ちだ。
とはいえ、だからといって自分を狙った相手を許すつもりはレイにはなかったが。
「さて、じゃあ俺はそろそろ行く……前に、お前達が溜め込んでいたお宝がどこにあるのかを教えて貰おうか」
「貴様ぁっ!」
首となった自分達のボスの死を悲しんでいたところに、無遠慮に掛けられた声。
それも、自分達が溜め込んだ金銀財宝の類を寄越せという言葉に、レイの攻撃で運よく打撲程度ですんだ男が立ち上がり、睨み付ける。
だが、そうして睨み付けてくる相手に、レイが向けるのは呆れの視線だ。
「忘れてるのかもしれないが、そもそも俺がここに来たのは、お前達に暗殺されそうになったからだぞ? 自分を暗殺しようとした組織を率いていた奴の頼みを聞いて、まだ生きてる奴は殺さないでやっている。なのに、それが不満なら……」
手にしていたデスサイズと黄昏の槍を構える。
「お前達も死ぬか? 俺があの男と約束したのは、あくまでもお前達がこれ以上攻撃してこないのなら見逃すというだけだ。つまり、攻撃してくるのなら、相応の対処を取る」
この場合の相応の対処というのが何を意味しているのかは、この場にいる全員が理解出来た。
即ち、殺すのだと。
「それは……」
そもそも、ここでレイに襲い掛かっても勝てるとは思えない。
万全な状態で待ち伏せしていたにも関わらず、レイに傷の一つも与えることが出来なかったのだ。
その辺の事情を考えると、皆が多かれ少なかれ怪我をしている状態で、それも武器の類も手放している者が多い今の状況で、レイに勝てる訳がなかった。
……それでもレイに反抗したのは、やはり慕っていた人物が殺されたからだろう。
その慕っていた人物の遺言によって、こうして自分達はレイに殺されずにすんでいる。
それが分かりながらも、やはりレイに不満を抱くなという方が無理だった。
「……この部屋を出て、右にある部屋の中に置いてある。これでいいだろ。さっさと行け」
右肩を骨折している男が、怒りを押し殺した表情でそう告げる。
レイもこうして言うのなら嘘ではないだろうと判断し、頷く。
もしここで嘘を言っているのなら、それこそレイが再度戻ってきて、自分達を殺すと、そう理解している筈だった。
「お前達がこれからどうするのかは分からない。分からないが、それでもまた俺を狙ってくるようなことがあった場合、今度は命を助けて貰えるとは思わないことだ。さっきその男にも言ったが……」
首と、その首を切断され、その切断跡から吹き上がっていた血の噴水がようやく収まってきた死体を一瞥してから、レイは言葉を続ける。
「そもそもの原因は、お前達が俺の命を狙ってきたことだ。それで反撃されたからって俺を恨むのは、それこそ逆恨みでしかないぞ」
そう告げ、レイは部屋から出る。
レイが出た後の部屋で何か怒鳴ったり、床や壁を叩く音が聞こえたが、それを気にせずに右の部屋に入る。
すると、確かにそこには金塊や宝石といった物が置かれていた。
「なるほど。つまりここは倉庫として使われていたのか。……妙に無防備だけど」
裏の組織のアジトである以上、そのような場所に好んで盗みに入るような者はそういないだろう。
レイは異名持ちとなれるだけの実力があったからあっさりと倒せたが、青の槍の構成員はそこそこの実力者が揃っていた。
それこそ、新興の組織としてギルムに乗り込んできて、生き残っただけの実力の持ち主ではあるのだ。
スラム街に住んでいるその辺の住人が盗みに来ても、あっさりと見つかって殺されるだろう。
そう考えると、この部屋の中にそのまま金塊や宝石それに金貨や白金貨までおいておくのは、そうおかしな話ではない。
「お? これってインゴットか? もしかして魔法金属だったりする可能性もあるかもしれないな」
レイが初めて見る金属の塊。
いわゆる、インゴット。
具体的にそれがどのような金属のインゴットなのかは、レイにも分からない。
だが、もしかしたら何らかの魔法金属の可能性もあるだろうと判断し……取りあえず、倉庫の中にある物は手当たり次第にミスティリングに収納していくのだった。