2190話
n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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その建物は、黒犬という組織……スラム街の多くの者に信頼され、恐れられ、好意を抱かれているという組織の建物としては、そこまで立派という訳ではなかった。
どちらかと言えば、普通の建物と表現した方がいいだろう。
ギルムにおいても、二階建ての建物というのは決して珍しい訳ではなく、普通にある代物だ。
また、スラム街の組織ということで何らかの防御手段があるようにも見えなかった。
もっとも、レイは別に盗賊という訳ではないので、罠の有無を見分けるような能力はそこまで高い訳ではないのだが。
あるいは、ここにビューネがいた場合は、何らかの罠を見分けることが出来たのかもしれないが。
「グルルゥ?」
ドラゴンローブをクチバシで引っ張ったセトは、もういい? もういい? と聞いてくる。
それが一体何を意味しているのかというのが分かったレイは、建物を見て少し考えた後で頷く。
「そうだな。構わないぞ」
「グルルルゥ」
嬉しそうに喉を鳴らすと、セトは七十cm程の大きさから、いつもの三m程の大きさにまで戻る。
ここに来るまでは狭い道を通ることも多かったので、そのような場所を通れるようにサイズ変更のスキルを使っていたのだ。
……もっとも、結構な長さを歩き続けていたこともあり、途中で何度かスキルを使い直したりもしていたが。
最初はセトのスキルに驚いた案内役の男だったが、今はもう慣れたのか大きくなったセトの姿を見ても特に何かを言う様子はない。
代わりに、先を急ぐように促す。
「ほら、行くぞ。レイ達が来るってのは、もう知っている。あまり待たせる訳にもいかないからな」
「……もう知っている?」
男の言葉にそう疑問を口にし、同時に納得する。
ここに来るまで結構な遠回りをしたように思ったのだが、その理由がこれだったのだろうと。
(俺達を完全に信用した訳じゃなかったってことか。……まぁ、当然だけど)
レイは特に不満を抱くようなこともなく、男の行動に納得する。
そもそもの話、もし自分が男の立場であっても、同じように前もってレイの存在を知らせるといった真似はするだろうと、そう思った為だ。
これが普通の相手――黒犬に用があるのが普通と言えるかどうかはともかくとして――なら、男もそこまではしなかっただろう。
だが、相手は異名持ちの冒険者にして、これまでスラム街にある裏の組織の幾つかに壊滅的な被害を与えてきたレイだ。
黒犬が危険を感じ、レイを迎える準備をするのも当然といえるだろう。
ともあれ、レイとセトは男に連れられて建物に向かう。
当然の話だったが、建物には護衛の者が存在している。
レイが見たところ、それなりの強さを持っているのは間違いなかった。
(へぇ。……まぁ、ここが黒犬のアジトなら、腕の立つ奴を用意しておくのは当然か。その上、俺が来るって知ってたんだし)
男達を眺めながら、レイはそんな風に考える。
……実際には、レイはともかく男達の方は異名持ちのレイを前にするということで、かなり緊張していたのだが。
それを表に出さない辺り、護衛としては十分な実力を持っていることの証だろう。
「セト、ここで待っててくれ」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは若干残念そうにしながらも、すぐに頷く。
自分の身体の大きさを考えれば、それも仕方がないと思ったのだろう。
レイも一応サイズ変更を使えば入れるのでは? と思ったのだが、外側を警戒して欲しいと思ったのも、間違いのない事実なのだ。
現在起きている暗殺者の一件に関しては、それだけ警戒する必要があるのだ。
(催眠術か洗脳か。もしくはそれ以外の攻撃方法かもしれないけど、それによって敵が厄介な手段を取ってくる可能性があるしな。……いや、本当に厄介極まりない)
どのような手段で、黒犬のアジトに案内すると言った男を操ったのか、レイには分からない。
あるいは、元々敵があの男を何らかの理由で引き入れていたという可能性もあり、それが余計にレイに難しいことを考えさせる結果になっていた。
「セトは外だな。……じゃあ、よろしく頼む」
「分かった」
セトを外に残すというレイの言葉に、ここまで案内してきた男はアジトを守っている男に軽く声を掛けると、レイに建物の中に入るように促す。
レイもそれには特に反対するつもりはなく、あっさりと建物の中に入り……その瞬間、多数の視線が自分に向けられたのを理解する。
建物の中は、比較的広い事務所といったような感じの作りで、そこにいた多くの者が建物に入ってきたレイに視線を向けたのだ。
それでもレイが即座に警戒しなかったのは、視線の中に敵意の類が存在しなかったからだ。
今の状況から、建物の中にいる黒犬の者達は別に自分に敵対的な訳ではないというのが分かったので、レイも特にこれといった反応はしなかった。
そして、レイを引き連れた男が建物の中でも奥のテーブルで何らかの仕事をしていた人物に近付いていく。
四十代から五十代程で、見かけも決してそれらしい人物ではない。
一見すれば、裏の組織の人間とは思えない、そんな人物だ。
気弱そうな様子も見せているのを考えると、本当にこの人物がある程度の地位にあるものなのか? と、そうレイが疑問に思ってもおかしくはない。
だが、レイをここに連れて来た男は、迷いなくその男に話し掛ける。
「カオノラさん、レイを連れてきました」
「え? ああ、ご苦労様。どうでしたか? 誰かに襲われたりといった真似はしませんでしたか?」
「はい。その辺は心配いりません。待ち伏せしていないような場所を選んでここまでやって来ましたので」
「そうですか。……では、レイさん。私は黒犬のカオノラと申します」
「……もしかして、お前が黒犬のボスなのか?」
「いえいえ。まさか、そんなことはありませんよ。私にそんな真似は、とてもではないが出来ません。言ってみれば、ボスとの連絡役ですよ。黒犬はそれなりに頼られている組織ですし、その全てをボスに知らせるわけにもいきませんから」
「あー……まぁ、そうだろうな」
これだけの多くの者が働いているのを見れば、黒犬が非常に忙しいというのは容易に理解出来る。
……そんな中で自分も黒犬を頼ってやって来たのだから、それに関しては何と言えばいいのか微妙なところだった。
「それで、レイさんの知りたいことというのは、襲ってくる暗殺者についてですね?」
「ああ。それ以外にも、俺とセトがギルムに来てから違和感があるんだが、それの正体についても何とかして欲しい。マジックアイテムかスキル、もしくは魔法……といったのが関係しているんだと思うんだが」
「……なるほど。そちらは少し難しいところですね。ボスに聞いてみましょう」
「あ、そうそう。これ」
そう言い、レイはミスティリングから取り出した手紙……マリーナの書いた手紙を渡す。
その手紙を受け取ったカオノラは、封筒に書かれていた送り主たるマリーナの名前を見て、ほう、と小さく呟く。
マリーナがわざわざ手紙を書いたくらいだから、黒犬とマリーナの間には何らかの繋がりがあるとは思っていたが、どうやら自分が思っていた以上の何かがあるらしいとレイは納得する。
(マリーナはダークエルフで、長い時を生きてる。それを思えば、裏の組織との繋がりの一つ二つあってもおかしくはないか)
マリーナの生きてきた時間を考えると、その可能性は十分以上にあるのは間違いなかった。
マリーナに知られると、怒られ……はしないだろうが、微妙な態度になりそうなことを考えていたレイだったが、やがてカオノラはレイを見て口を開く。
「この手紙があれば、ボスが会うのは間違いないでしょう。……ただ、一応聞いてくる必要があるので、そこのソファに座って少々お待ち下さい」
そう言い、カオノラはレイの前から去って行く。
「じゃあ、俺もそろそろ戻るから、この辺で失礼するよ」
レイがソファに座ると、ここまで案内してきた男がそう言ってくる。
レイにしてみれば、ここまで案内してくれた男には感謝するしかない。
「そうか。ここまで案内してくれて助かった」
「何、スラム街でレイに暴れられたりしたら、洒落にならない被害を受けるしな。それを思えば、このくらい何ともないって」
そう言い、軽く手を振ると去っていく。
レイがいるとスラム街が崩壊するとでも言いたげな様子に若干思うところがないと言えば嘘になるが、自分の命を狙われたのなら、レイもそれに反撃しない訳にはいかない。
そうなれば、当然のように周囲に被害は出てしまう。
もっとも、それでスラム街が崩壊するようなことになるという時点で、色々とおかしいのだが。
ともあれ、男が去ってから数分が経過すると、カオノラが扉から姿を現す。
「お待たせしました、レイさん。こちらにどうぞ。ボスがお会いするそうです」
そうしてカオノラに連れられて、奥の部屋に向かう。
二階建てである以上、当然二階もあり、ボスはそこにてもおかしくないのでは? という疑問が若干レイの中にはあったが、カオノラが案内したのは別の部屋で間違いないのだ。
だとすれば、二階は何か別の用途で使ってるのだろうと、そう思いながらレイは部屋の中に入る。
そうして部屋の中に入った先にいたのは……
(エルフ? いや、エルフにしては耳の長さが短い。となると、ハーフエルフか?)
部屋の中にあったのは、ハーフエルフと思しき男が座っているソファと、向かい合うように置かれている三人用のソファ。
部屋の中にあるのは、本当にそれだけだった。
敢えて別の物をあげるとすれば、ハーフエルフの男が読んでいた、マリーナの書いた手紙か。
「どうした? 入ってこいよ。俺に話があってきたんだろ?」
手紙から顔を上げてそう声を掛けてくるハーフエルフの男は、外見だけなら三十代程か。
とはいえ、ハーフエルフもエルフ程ではないにしろ、寿命は長い。
レイが日本にいた時に読んだ小説や漫画、もしくは遊んだゲームといったものでは、ハーフエルフというのはエルフからも人間からも嫌われるという設定のものがあった。
だが、このエルジィンにおいては、無条件でハーフエルフが嫌われるといったことはない。
激しく嫌悪される地域もあれば、双方から優しくされるといった地域もある。
そういう意味では、レイの前にいるハーフエルフがどのような子供時代をすごしてきたのかというのは、レイにも分からなかった。
とはいえ、相手がどのような生い立ちかでレイも態度を変えたりはしない。
男の言葉に頷き、三人用のソファに座る。
「では、ゾラック様。私はこの辺で失礼します。まだ、仕事が残ってるので」
「おう、頑張れ。ただし、無理はするなよ。しっかりと休むことを忘れるな」
ハーフエルフ……ゾラックの言葉に、カオノラは頷くと部屋を出ていく。
「ああいう奴が黒犬の中でも高い地位にいるってのは、驚いたか?」
「そうだな。それは否定しない。俺が思っていた……それに知っていた裏の組織と、大分違ったのは間違いないしな」
「お前の知ってる裏の組織ってのは、大抵が外道共だろ。そういう連中と一緒にされるのは、あまり面白くないな。……もっとも、黒犬も裏の組織だけに色々と人に言えないこともやってるけどな」
「その関係でマリーナと会ったのか?」
「いや、マリーナさんとはもっと前だな。俺が一人でどうしようもない時に助けてくれたんだよ」
ゾラックのその言葉は、レイにとっては少し意外だった。
だが、何だかんだと面倒見のいいマリーナの性格を考えれば、それは寧ろ納得出来ることでもあるように思える。
「そうか。その縁もあって黒犬はマリーナと協力関係にあった訳だ」
「……言っておくが、私情で組織を運営したりはしないぞ」
鋭い視線でレイを見ながら、ゾラックは告げる。
レイもそんなゾラックに頷きを返す。
少し話しただけではあるが、ゾラックの頭が切れるというのはレイにもすぐに分かった。
「それだと俺も助かるよ」
「ふん」
レイの言葉にゾラックは若干面白くなさそうな表情を浮かべる。
ゾラックにしてみれば、マリーナは恩人であると同時に母親……もしくは姉のような存在だ。
そんなマリーナが目の前の男と一緒にいたいが為にギルドマスターを辞め、冒険者に戻ったというのは、ゾラックにしてみれば決して歓迎出来ることではない。
とはいえ、それは別にレイがマリーナに強要した訳ではなく、マリーナ本人が決めたことである以上、目の前の人物に思うところはあっても、それを口に出すようなことはしない。
……何より、黒犬という組織を率いる者として、深紅の異名を持つレイとの繋がりは是非欲しいものだったのだから。
「で? 欲しいのは情報。それでいいのか?」
ゾラックは、そうレイに尋ねるのだった。