0219話
バスレロがどの程度の腕なのかを確認する為、シスネ家の屋敷にある庭へとやって来たレイ達。そんなレイ達が見たのは、何故かせっせと枯れ枝を集めているセトの姿だった。
「えっと、先生。これってどうなってるんでしょうか?」
バスレロが思わずといった様子でレイへと尋ねるが、レイにしてもその問いに明確に答える言葉は持っていない。
故に、どこか呆れた様に溜息を吐きつつも小さく肩を竦めるのだった。
「さて、グリフォンが枯れ木を集める習性を持っているとかいうのは聞いたことがないな。まさか巣作りだとかではないと思うが……まぁ、恐らくただ何となく邪魔だったからというのが正解なんだろう」
「グルゥ」
その通り、とばかりに喉を鳴らすセト。
実際に裏庭に散らばっていた大きめの枯れ木をわざわざ1ヶ所に集めたのは、純粋に寝転がるのに邪魔だったからという理由以外はない。もちろんグリフォンであるセトは枯れ枝で傷を負う程に柔な身体をしている訳ではないが、だからと言って地面に寝転がっている時に枯れ枝が邪魔であるというのは変わらないのだ。よって、快適に過ごす為に枯れ木を片付けたというのが正しかった。
もっとも、雪が降ってくる外で寝転がって快適に過ごせるという時点で首を傾げられてもおかしくはないのだが。
「あー……運動するのに邪魔になる程の大きい枯れ木は、幸いセトが片付けてくれたみたいだからな。取りあえず始めるとするか。バスレロ、準備はいいか?」
「あ、は、はい!」
集めた枯れ木の横に寝転がってレイ達へと視線を向けているセトに目を奪われながらも、レイの言葉に勢いよく頷くバスレロ。
「アシエ、お前はこのままここにいても寒いだろ。屋敷の中に戻ってもいいぞ。怪我をしたら呼ぶから」
「いえ。坊ちゃまの訓練ですから、見守らせて下さい」
どこかほんわかした雰囲気を醸しだしているアシエだったが、レイの言葉には1歩も退かない様子で言い募る。
「けど、俺やバスレロはこれから模擬戦で動き回るけど、お前はそうもいかないだろう? 黙って見ていると身体が冷えて風邪を引いたりするんじゃないのか? そうなったりしたら、困るのはバスレロ達だと思うんだがな。何しろこの屋敷のメイドはお前1人なんだから」
「そ、それはそうですけど……でも……」
どこか心配そうにバスレロへと視線を向けるアシエ。何しろ、これまでは独学での戦闘訓練しかしてこなかったのだ。初めて人に習う戦闘訓練なのだから、見ていたいという思いもあるし、何より怪我をした時にすぐに自分の回復魔法が必要だろうというと思ったのだ。
だが肝心のバスレロが小さく首を振ってアシエへと言葉を掛ける。
「アシエ、僕は大丈夫だから屋敷の中に戻ってて。先生の言う通り、アシエが風邪を引いたりしたら色々と大変なことになりそうだし」
シスネ男爵家の家事の類を1人で受け持っているアシエ。もしレイやバスレロの言う通りに風邪を引いたりしたら、色々な意味で大変なことになるのは間違い無かった。
アシエ本人もバスレロの言葉でそれを自覚したのだろう。どこか残念そうな表情をしつつも、それ以上何かを言うまでも無くレイへと向かって頭を下げてくる。
「では、私はこれで失礼します。レイさん、坊ちゃまのことをよろしくお願いします。怪我をしたらすぐに呼んで下さい。どこにいても駆け付けますので」
「分かった」
レイがしっかりと頷くのを見て、それでも心配そうに何度かバスレロの方へと視線を向けつつもアシエは屋敷の中へと戻っていく。
「愛されてるな」
その背を見送りつつ、バスレロへと笑みを浮かべながら告げるレイ。
それを受けたバスレロは、こちらも笑みを浮かべて頷く。もっとも、その笑みはどちらかと言えば照れくさそうな笑みと表現すべきものだったが。
「アシエはうちの家には過ぎたメイドですよ。……僕としては、自分の幸せを求めて欲しいんですけどね」
そんな風に、とても10歳には見えない言葉を紡ぐ。
「そうだな。だが、お前が今よりも強くなれば怪我をする心配はしなくてもいいようになる筈だ。……さて、話はここまでにしておくか。準備はいいか?」
「……はいっ!」
レイの言葉に大声で返事をし、腰に下げていた長剣を抜く。
もっとも長剣とは言っても、それはバスレロにとっての長剣だ。普通の冒険者にしてみれば、ミドルソードといったところだろう。
そんな様子を見ながら、レイはミスティリングから己の武器を取り出す。ただし、そこから出て来たのは既にレイの象徴とも呼べる武器になったデスサイズではなく、はたまた柄や穂先の全てが深緑の茨の槍でもなく、あるいは鞘に青い宝石の埋まっている流水の短剣でもない。以前レイがランクアップ試験の時に盗賊達から押収した鉄の槍だった。
「……先生は身の丈以上の長さを持つ大鎌を使うと聞いてるんですが」
その槍を見て、微かに気分を害したように呟くバスレロ。
バスレロにしてみればあからさまに手を抜かれているように見えるのだから、無理も無かった。
「そうだな。確かに普段はデスサイズを使っているが、今はあいにくこの槍で構わない。そもそも、今回の手合わせはお前の実力がどの程度なのかを確認する為のものだ。それなら、この鉄の槍で十分だろう」
「む……」
そしてレイの言葉を聞き、バスレロは怒りと憤りで頬を紅潮させる。
やはり自分と相手との力量差があると分かってはいても、それでもレイが本気を出していないというのは面白くないらしい。
「じゃあ、僕が先生に攻撃を当てることが出来たら本気で相手をして貰えますか?」
「あー……そうだな。まぁ、そういうことにしてもいいが」
「グルルルゥ」
そんな2人のやり取りを、雪の上で寝転がりながら眺めていたセトが思わず喉を鳴らす。
「……先生。あのグリフォン。セトっていいましたっけ。何て言ってるんです?」
「さて、どうだろうな。俺も別にセトの言葉を正確に分かる訳じゃないしな。あくまでもニュアンス的なものでしかない」
「それでもいいですから。どんなニュアンスだったか教えて下さい」
どんな意味の鳴き声だったのかは、セトの放っている雰囲気のようなもので大体分かっているのだろう。それこそニュアンス的なもので。
「……お前が俺に攻撃を当てるのはまず天地がひっくり返っても無理とか、そんな感じだろうな」
もちろんそこまで明確にセトの言葉を分かる訳では無いが、それでも今の自分の言葉はセトの鳴き声とニュアンス的な意味ではそう変わらないだろう。そう思いながらレイは告げる。
「っ!? ……分かりました。それではその余裕を無くして見せます。……行きますよ!」
侮られたと判断したのだろう。レイへと声を掛けると、腰から剣を抜いてレイへと斬り掛かって行く。
「やああぁぁぁっ!」
気合いの声と共に振り下ろされる一撃。その一撃を、レイは右足を後ろへと引いて半身になることで回避する。
「くっ!」
自信のある一撃だったのだろうが、あっさりと回避されて唇を噛むバスレロ。そのまま斬り上げるようにして斜めへと剣を振るう。
「っと」
レイの持っていた鉄の槍で刀身を弾くキンッ、という金属音が周囲へと響く。
(先生に槍を使わせた! これなら攻撃を当てるのも出来るかも!)
バスレロは手応えを感じながら内心で喜びの声を上げ、そのまま刀身を真横に薙ぎ払い、振り下ろし、斬り上げ、突きを放つ。
だが、その突きは回避され、弾かれ続ける。そのまま1分程、連続で刀身を繰り出し続けるバスレロだったが、レイへと命中するような一撃を放つことは出来ないでいた。そして……
「足下がお留守になってるぞ」
レイのその呟きと共に、鉄の槍の石突きの部分で足を薙ぎ払われたバスレロが地面へと転ばされる。
(まぁ、薙ぎ払いとはいっても、石突きの部分でやってるんだし酷い怪我は無いだろ。俺にしてもドラゴンローブを着てるから怪我の心配は無いし)
「くっ!」
地面へと倒れ込んだバスレロだったが、すぐにまた起き上がって剣を構える。
「よし、まだまだいけそうだな。来い」
「はい! やあああぁぁぁぁっ!」
レイの声に頷き、再び地を蹴って剣を構えたまま間合いを詰めてくる。
振り下ろされる剣を回避し、あるいは槍の柄や石突きの部分で受け止め、受け流し、弾きながらバスレロの動きを確認していく。
(動きに関しては、10歳として考えればかなりのものだろう。……ただ、それでもあくまでも同年代での話だ。恐らくゴブリン1匹を相手にしてようやく互角かどうか……ってところだろうな。そう考えると、やっぱりまだまだ冒険者としてやっていくのは厳しいな。まぁ幾ら何でもすぐに冒険者としてやっていく訳じゃないだろうし、ムエットにしろすぐにどうこうなる可能性は少ないんだから、それは余計な心配か?)
バスレロの攻撃を捌きながら内心で呟くレイだったが、10歳の子供が殆ど独学でここまでの力を身につけたという事実を考えると、確かにバスレロには剣の才能があるのは確かだろうと認めるのだった。だが。
「ほら、また足下が疎かになっているぞ」
石突きの部分が、再び攻撃を仕掛けようとしてきたバスレロの足を掬い上げる。
「うわぁっ!」
「どうした? もう終わりか?」
「まだ、まだです!」
いいようにあしらわれている自分が許せないのだろう。唇を引き締めながら再び立ち上がる。
(これは独学の弊害だろうな。1人で稽古をして身につけた剣術だから、足下に隙が出来ているのを誰も指摘する者がいなかった訳か。そして、それを指摘されないが故に、そのまま成長して足下を疎かにする癖が出来てしまっている。少し頭のいいモンスターなら、まず間違い無くその隙を突いてくるだろう。そうなると、足下の隙については最優先で矯正するべきだな)
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅー……」
荒い息を吐きながらも、呼吸を整えるべく深呼吸をするバスレロ。
本来であれば、その決定的な隙を突くのが当然なのだろうが、今回の場合はあくまでもバスレロがどこまで戦えるのかを見るための模擬戦だ。その為には十分に力を発揮して貰った方がいいと判断し、レイは鉄の槍を手にじっとバスレロの準備が整うまで無言で待ち受ける。
そして少し離れた場所から寝転がって様子を窺っていたセトにしても、この模擬戦の最後が近づいて来ていると判断したのだろう。円らな瞳で2人の動きをじっと見つめていた。
「……行きます!」
呼吸を整えたバスレロが、最後の力を振り絞り剣を構えたまま間合いを詰める。
幾度となく全力の一撃をレイにより回避され、あるいは弾かれ、いなされてきたバスレロ。10歳の子供であればとっくに体力が尽きてもおかしくない程に疲労が溜まっている筈だが、その間合いを詰めてくる速度は今日レイが見た中で最も鋭い踏み込みだった。
「はぁっ!」
気合いの声と共に、正真正銘最後の力を振り絞った横薙ぎの一閃が放たれる。もちろんその渾身の一撃は10歳の子供が放ったものだ。だが、それでも全力を込められて放たれたその一撃は、ランクG程度の冒険者であれば回避するのに苦労する者もいるだろう威力と速度の一撃だった。
レイはその一撃の鋭さを感じると、そのまま後ろへと1歩下がる。バスレロにしてみれば極限のタイミングで放たれた一撃だっただけに、その1歩は果てしなく大きい1歩となり、剣の切っ先はレイの目の前を通り過ぎていく。
「ふっ!」
そこへと放たれたのは、槍の柄の一撃。石突きを剣の刀身へと絡ませ、捻り込むようにして上へと弾く。
「あっ!?」
一瞬で手の中から消えた剣の感触に、思わず声を上げるバスレロ。そして次の瞬間には、少し離れた場所へと空中を舞っていた剣の落ちる音が聞こえてくる。
「そんな、こんな簡単に……」
あっさりと弾かれた一撃が信じられなかったのだろう。自分の手と、地面に落ちている剣へと幾度も視線を向け、やがて最終的には信じられないような視線をレイへと向ける。
「何だ、もしかして俺に一撃を与えられるつもりだったのか? これでも一応ランクC目前の冒険者だ。幾ら何でも、お前のような子供相手にそうそう簡単にやられる訳にはいかないだろう」
そう告げるレイだったが、その言葉は自分の外見が15歳程度であり、同時にこの世界の冒険者としてはかなり華奢な体格をしているというのを忘れているかのような一言だった。何しろ、外見年齢が15歳程度となると、バスレロとは5歳程の違いしかないのだから。
もっとも、子供の頃の5歳差というのはこれ以上無い程の年齢差だ。1~2歳程度の違いでもその身体能力の違いは大きいのに、それが5年分なのだから。
「うう……」
それでも、やはり自分の剣の腕には自信があったのだろう。悔しそうに呻きながらレイへと視線を向けてくるバスレロ。
レイは苦笑を浮かべ、そんなバスレロの頭を軽く撫でながら口を開く。
「とにかく、大体の能力は把握した。今日を入れて1週間、よろしく頼むぞ」
こうして、レイは1週間程戦闘訓練の相手としてシスネ男爵家に雇われることになったのだった。