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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2179/3865

2179話

「うーん……こうしてみると、やっぱりまだ違和感は消えないな。一体何があってこうなってるのやら」


 ギルムの街中を歩きながら、レイはそう呟く。

 特に誰に言うでもない独り言だったのだが、それを聞いていたセトは小さく喉を鳴らす。

 そうしながらも、セトは周囲の様子を絶えず探っており、何か怪しい物はないか、怪しい者はいないかといった具合に……少し神経質なのではないかと思うくらい、真剣な様子を見せている。

 セトにしてみれば、先程の大道芸を見ている時にレイが狙われたのはそれだけ悔しかったのだろう。

 幾ら大道芸が目を惹くものだったとはいえ、実際にレイが暗殺者に襲われるのを防ぐことが出来なかったのだ。

 勿論、あれだけ人が集まっていた場所でセトがその実力を発揮しようと思った場合、周囲に大きな被害を与えていただろう。

 セトもそれは分かっているのだが、それでも……やはりむざむざレイを狙わせるような真似をしてしまったというのは、セトにとって非常に悔しいことだった。

 レイもそんなセトの様子は理解しているのか、周囲の様子を神経質なまでに確認しているセトをそっと撫でる。


「ほら、落ち着け。別にあの件はセトが悪い訳じゃない。俺だって、あの状況では対処するのが難しかったしな。……それに、襲ってきた奴にはしっかりと報いをくれてやったし」


 男の股間を蹴り潰し……いや、それどころか股関節を蹴り砕くような一撃。

 少なくても、あの男は男としての機能を果たすのは一生不可能だろう。

 そんな致命的な一撃を相手に与えたのだが、レイはそれを特に後悔していない。

 ……いや、寧ろ男としての機能は殺したが、男の命そのものは奪わなかったのだから、感謝して欲しいとすら思っていた。

 勿論、それを直接口に出したりといった真似はしないが。


「ん? ほら、セト。あそこで冷たい果実水を売ってるみたいだぞ。ちょっと買っていかないか?」


 もう夏も大分近くなっており、日中の気温もかなり暑くなってきている。

 また、太陽が降り注ぐ日光も非常に強烈なものがあった。

 だからこそ、マジックアイテムや魔法を使って冷やした果実水というのは、非常に人気がある。

 ……もっとも、レイはドラゴンローブの効果で全く暑さを感じていないし、雪が降ってる中や日中の砂漠であっても普通に眠ることが出来るセトだ。

 この程度の暑さでは、特に堪えるということはない。

 とはいえ、快適な状態であっても、冷えた果実水というのは非常にありがたい。

 そうである以上、屋台に寄らないという選択肢はレイの中にはなかった。


「グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトは少しだけ興味深そうに鳴き声を上げる。

 セトにしてみれば、出来ればレイが襲われるようなことがない場所に移動したいと、そう思ってはいるのだろう。

 だが、冷たい果実水というのは、セトにとっても非常に……それはもう、かなり魅力的なのは間違いない。

 そうである以上、レイが寄るのならと、セトも屋台に向かって歩き出す。

 とはいえ、いつもと違って周囲の状況をしっかりと確認している辺り、完全に警戒を解いている訳ではないのだが。


「いらっしゃい。おや、レイとセトか。うちの果実水は冷たくて美味いよ。果実の配合も俺が研究に研究を重ねたからな」


 屋台の店主が、レイとセトの姿を見て自信に満ちた様子でそう告げてくる。

 この季節になれば、果実水を売ってる店は増える。

 もっとも、果実水を冷やすマジックアイテムは結構高価な代物である以上、増えはするが増えすぎるといったことはない。

 そんな果実水を売ってる店でも、基本的には味が同じとなることはなかった。

 何しろ、どの果実を使うか。何種類の果実を使うか。その果実の割合は。

 そのように、様々な理由から店によって味が違うのだ。

 だからこそ、屋台によっては好みの味の店もあるし、自分に合わない屋台もある。

 そういう意味で、屋台の店主が言う果実の配合……組み合わせやその割合は、果実水を出す上で非常に重要な役割となるのだ。


「そこまで言うなら、一杯貰おうか」

「はいよ。セトの分もだよな?」

「グルゥ!」


 店主の言葉に、当然! と喉を鳴らすセト。

 果実水そのものは既に出来ているので、すぐに出される。

 店主が口にした通り、冷たい果実水の入ったコップを手にするレイ。

 セトもその果実水を飲もうとして……


「グルルルルルルゥッ!」


 果実水の入ったコップを前足で素早く蹴り上げ、同時にコップを口に運ぼうとしたレイに体当たりをする。


「うおっ!」


 まさか、いきなりセトに体当たりをされるとは思っていなかったレイは、その体当たりをまともに食らい、吹き飛ぶ。

 とはいえ、セトも本気でレイを攻撃するつもりで体当たりをした訳ではない以上、レイは何とか体勢を立て直す。


「ちょっ、おい、セト?」

「グルゥ……グルルルルルゥ」


 レイの言葉に、セトは屋台の店主を鋭い視線で睨み付けたまま、喉を鳴らす。

 何故急に? とそんなセトの様子を疑問に思ったレイだったが、先程の一幕を……突然背後から短剣で一突きされた時のことを思い出す。

 大道芸人の芸に目を奪われ、セトはその存在に気が付くことが出来なかった。

 だからこそ、今はこうしてすぐに反応したのだろうと。


「ちぃっ!」


 数秒前までは気のいい屋台の店主に見えた男は、自分の渡した果実水が……飲めば間違いなく死んでいただろう無味無臭の毒の入った果実水を吹き飛ばされたのを見て、即座に次の行動に移る。

 屋台に隠していた短剣を手に、セトを無視してレイに向かって突撃するのだが……


「馬鹿が」


 そうレイが呟くのと、屋台の店主……いや、暗殺者が背後から振るわれたセトの前足の一撃によって吹き飛ばされるのは、ほぼ同時だった。


「ぐおおっ!」


 セトの一撃で吹き飛ばされた男は、そのまま屋台にぶつかり、その屋台を破壊する。

 それが、セトの攻撃がどれだけ強力な一撃だったのかの、証明となっていた。


「にしても……果実水を俺に飲ませないようにしたとなると、多分毒だな」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは屋台を破壊し、ピクピクと痙攣している男を見ながら、短く喉を鳴らす。


「悪いな、セト。助かった。……俺でも臭いで分からない毒となると、相当なレベルの毒だな」


 レイの五感は、通常の人間よりもかなり鋭い。

 そんなレイの五感ですら、臭いで判別出来なかった毒だ。

 自信満々だった男の様子から考えて、味も殆どなかっただろう。

 まさに、無味無臭の毒。

 ……とはいえ、それはあくまでも人間であればの話で、人間よりも五感の鋭いセトには、果実水の中に毒が入っているとしっかり把握出来た。

 もし獣人がいれば、そちらも五感は普通の人間よりも鋭いので、もしかしたら毒を確認出来た可能性はあった。

 ともあれ、そんな毒を使ってくるくらいだから、敵はその辺の雑魚という訳ではなく、相当の腕前なのは間違いない。

 もっとも、それはあくまでも毒の扱いの話であって、それ以外……具体的には自分で実際に戦った時の強さという意味では、そこまでではなかったようだが。


(いや、セトの攻撃だったのを思えば、当然か?)


 今の騒ぎで、周囲の注目を浴びながらレイは考える。

 人通りがそこまで多い訳ではなかったが、それでもこの周辺にはある程度の通行人がいる。

 増築工事の関係で、現在のギルムはそれこそどこに行っても大抵は人がいる。

 そんな状況でこのような大きな騒ぎを起こしたのだから、それで騒がれない訳がなかった。

 取りあえず、このままだと妙な騒ぎになりかねないと判断し、レイは口を開く。


「あの気絶している男は、暗殺者だ。毒を使った果実水を俺に飲ませようとしたのをセトが察知し、止めてくれたんだ」


 セトが毒入りの果実水を飲むのを止めてくれた。

 そうレイが言うと、他の者達は不思議とその言葉に納得する。

 それだけセトがギルムの住人に愛され、信頼されているということの証だった。

 ……冒険者ではなく一般人にしてみれば、もしかしたらレイよりもセトの方が高い信頼を得ている可能性もあった。


「悪いけど、誰か警備兵を呼んできてくれないか?」

「あ、じゃあ俺が行ってきます」


 レイの頼みに、二十代半ば程の冒険者風の男がそう言うと、その場を走り去る。

 年齢的には未だに十代半ばくらいの外見のレイよりも年上なのだが、冒険者の世界は基本的に実力重視だ。

 例え自分よりも十歳くらい若くても――今回は外見年齢だが――実力がある相手であれば、尊敬する者も多い。

 そういう意味で、冒険者として先程の男はレイの言葉に素早く頷いたのだろう。


「さて」


 警備兵が来るまでにやるべきことはやっておこうと、レイは気絶している男の様子を見る。

 セトもある程度は加減していたのだろう。吹き飛ばされた男は、身体の何ヶ所かは骨折しているようだったが、死んではいない。

 もし本当にセトが手加減抜きで攻撃していれば、それこそ男の上半身は文字通りの意味で砕け散っていただろう。

 情報を引き出す為か、もしくはギルムの住人に凄惨な光景を見せたくなかったのか。


(恐らく後者だな)


 ギルムの住人は皆がセトを可愛がるが、それは同時にセトも自分を可愛がってくれるギルムの住人に好意を持っていることを意味している。

 だからこそ、今回の一件においては周囲にいる人々を怖がらせない為に、力を抜いたのだろう。

 近くにいるのが冒険者であれば、セトもその辺を気にしたりはしなかったのだろうが。


「うーん……それにしても、こいつも違うか」


 気絶している男の手足をロープで縛り、舌を噛んだり毒を飲ませないように猿轡をしながら、男の持ち物を軽く調べたレイは、違和感を生み出しているマジックアイテムの類を見つけることが出来ず、少しだけ残念そうに呟く。

 本気で残念そうではないのは、この男も結局のところは単なる実行犯でしかないと思っていたからだろう。

 もしスキルか何かで違和感を作り出しているのであれば、男がこうして気絶している今は、既に違和感が消えていてもおかしくはないのだから。

 男を縛り上げていると、やがて先程の男の冒険者と一緒に警備兵がやって来る。

 その警備兵は、レイには見覚えがあった。

 大道芸人の件の場所で会ったばかりなのだから、当然だろう。

 そして、今日レイがギルムに入る時に手続きをした相手でもあった。


「またか、レイ」

「ああ、まただ。……そして、まだ続きそうだ」

「違和感か?」


 レイが最後まで言わなくても、承知しているといった風にそう尋ねる警備兵。

 警備兵にしてみれば、今回の一件は前回と同じような感じなのだから、そのように思うのも当然だろう。


「そうなる。この男を調べてみたけど、何もマジックアイテムの類は持っていなかった。気絶してるから、スキルや魔法の効果であっても、本来なら消えてる筈だ。それがないということは……」

「また、別にいるか。……お前、本当に何をしたんだ? こんなに立て続けに狙われるなんて、そうそうないぞ?」


 大道芸人の時はレイを心配していた警備兵だったが、続けて二回目……それも本人に全く被害がないとなれば、心配する気もなくなるのだろう。


「そう言われてもな。正直なところ、人に恨まれる覚えだけで言えば、数え切れない程にあるし」

「……だろうな」


 堂々と人に恨まれる覚えはあるというレイに、警備兵も素直に頷くことしか出来ない。

 とはいえ、その恨まれる理由というのは何の意味もなく善良な者に恨まれるという理由ではない。

 例えば、顕著なのは盗賊狩りだろう。

 盗賊達にしてみれば、レイに強い恨みを抱いてもおかしくはない。

 また、レイと敵対した裏の組織は壊滅的な被害を受けたりといったこともあった為に、そのような者達がレイを恨むこともあるだろう。

 その辺の事情を考えれば、やはり今回の一件は誰が黒幕なのかということを推理するのは難しい。


「そうして正体が分からない以上、結局今の俺に出来るのは、多くの場所を歩いて敵を可能な限り誘き寄せることくらいか。……向こうも手駒がなくなれば自分で出て来るしかないだろうし」

「そうか? 手駒がなくなったら、取りあえずここは退くと考えるような奴かもしれないぞ?」

「それならそれでいい。……いや、よくはないけど、一旦襲われるのがなくなるのなら、問題はない」


 そう告げるレイに、警備兵は微妙な表情を浮かべる。

 普通なら、暗殺者に狙われているのに、それに対して取りあえず黒幕はどうでもいいと、そう告げるのが理解出来なかったからだ。

 少なくても、もし警備兵が暗殺者に狙われたら、その黒幕をどうにかしない限り安心することは出来ない。


(これが冒険者と警備兵の違い……いや、異名持ち冒険者とただの警備兵の違いなんだろうな)


 レイを見ながら、警備兵はしみじみと思うのだった。 

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2020/12/25 20:03 退会済み
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