2176話
今日からN-starにて「異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~」の第2部が開始されました。
更新は月曜と木曜になります。
興味のある方は、是非どうぞ。
URLは
https://ncode.syosetu.com/n8234fb/
となります。
「……何か妙な感じがしないか?」
ギルムに入ったレイは、周囲の様子を見て何らかの違和感を抱く。
少し離れた場所で、次にギルムに入る者の手続きをしていた警備兵がレイに視線を向ける。
続いて市街地に視線を向けるが、警備兵は特に違和感はなかったのか、首を傾げてレイに声を掛ける。
「そうか? 俺が見た限りでは、いつも通りの光景にしか思えないが。……一体どう違うんだ?」
「どうって言われてもな。こう……雰囲気?」
「雰囲気? ……ちょっと待ってくれ」
警備兵は手続きをしていた相手にそう言い、改めてギルムの市街地を見る。
そこで警備兵の視線に入ってきたのは、いつも通りに賑やかな様子だ。
ギルムの増築工事の関係で例年よりも圧倒的に多くの者が動き回っているその様子は、活気のある日常としか警備兵の目には映らない。
警備兵が一時的にギルムに入る手続きを止めてまで周囲を確認したのは、警備兵にとってレイの直感というのは信頼するに値する為だ。
今まで何度となくレイの能力を見せつけられている以上、レイが違和感があると言った場合、それを適当に受け流すような真似は到底出来ない。
だが……それを承知の上で警備兵が周囲の様子を確認しても、特に何かに気が付くといったことはなかった。
「うーん、そうか? 俺が見た限りだと、特に何も違和感はない、いつも通りの光景なんだが。……あれとかじゃないよな?」
不意に警備兵が示したのは、少し離れた場所で何らかの言い争いをしている商人と冒険者。
少し耳を傾ければ、護衛の態度が悪いといった内容や、約束されていたより食事の質が悪かったといったようなやり取りが聞こえてくる。
それだけで、一体何があったのかというのは容易に予想が出来る。
商人が護衛として雇った冒険者との間のトラブルだろうと。
何らかの素材を採ってきたり、特定のモンスターの討伐依頼の類ならともかく、護衛となると当然のように護衛するべき相手がいる。
そうなると、相性やお互いの間で色々と問題があったりして、現在レイが見ている光景のように揉めるといったことは、頻繁にある訳ではないが、珍しい訳でもない。
……もっとも、中にはここで無理矢理問題にして、少しでも護衛の報酬を安くしようと考える者もいるのだが。
だが、それは悪手でしかない。
そのような真似をすれば、当然のように冒険者の間に情報が回り、護衛の依頼に限らず、何らかの依頼を出しても好んで引き受けようとしない者も多くなるし、もっと酷い場合にはギルドが依頼を拒否する場合がある。
そうなれば、商人にとっては致命傷に等しく、最悪は破産する羽目になってしまう。
とはいえ、それはレイには関係ないので、視線の先のやり取りを眺めつつも、首を横に振る。
「いや、違うな。もっと別の何かだ」
「……そう言われてもな。俺には分からないぞ? おい、ちょっといいか?」
「俺も別に違和感とかはねえよ」
レイと話していた警備兵が、少し離れた場所でギルムに入る手続きをしていた別の警備兵に声を掛けるが、返ってきた言葉はそのようなものだった。
「……らしいぞ? やっぱりレイの気のせいじゃないのか?」
「そう言われてもな。やっぱりどこかに違和感があるのは間違いないんだが。……セトはどう思う?」
「グルゥ」
レイの言葉に同意するように、セトが喉を鳴らす。
無条件でレイに賛成しているのはなく、セトもまたギルムに漂う雰囲気から、どこか違和感があると判断しているのだろう。
「レイだけじゃなくて、セトもか」
警備兵の呟きが少しだけ深刻な色を帯びる。
もしレイだけが違和感があると判断しているだけなら、警備兵ここまで深刻な表情は浮かべないだろう。
もしくは、セトだけでも同様だ。
だが、レイとセトが揃って違和感を訴えているとなると、話は違ってくる。
「うーん……どうする? レイとセトが揃ってとなると、何らかの理由があるような気がする。それがはっきりするまで、ギルムの外に出てるか?」
それは、警備兵にとっては可能な限りの提案ではあった。
現在のギルムの中に何かがあるのなら、ギルムに入らなければ全く心配する必要がない。
消極的ではあるが、違和感……この場合は危険と言い換えてもいいが、それに近づかないのが最善の選択なのは間違いないのだから。
だが、レイはそんな警備兵の言葉に首を横に振る。
「いや、このままギルムを進む。どういう理由で違和感があるのかは分からないが、いつまで違和感があるのか分からない以上、ここで退いても意味はないだろうし」
「それは……まぁ、そうだけど」
警備兵も、レイの言葉に反論出来ない。
実際に今回の一件を考えると、ギルムの何が理由で違和感があるのかが分からない。
少なくても、警備兵はその違和感の理由を口にすることは出来なかった。
「だろう? だから、安心しろ」
「……いや、今の話の流れで安心しろと言われても、言葉が繋がってないような気がするんだが」
「気にするなって。違和感に気が付かないままにギルムに入るのなら危険かもしれないけど、それに気が付いた状況でギルムに入るのなら、それに対処するのは難しくはない。罠があると知ってるのと知らないのとでは、前者の方が安心だろ?」
「いや、普通なら罠があると知ってるのなら、それこそ罠を回避するんだが」
そう言葉を返しつつも、今回の場合は罠があるのがギルムの中である以上、レイがそれを回避して動くといった真似は出来ないかと、納得する。
「俺の場合は、罠を破壊しながら進む感じだな。……ともあれ、この違和感が何を理由にしたものなのかは分からないけど、何か問題が起きる可能性が高い以上、警備兵が必要になるかもしれない。そうなったらよろしく頼む」
「う……そうだな。レイの様子を見る限りだと、間違いなく騒動が起きるか。それも今までの経験から考えると、相当に大きな騒動が。……分かった。でも、出来るだけ周囲の建物とかを壊さないようにしてくれると、こっちも助かる」
「前向きに善処するように検討する方向で進めたいと考える所存です」
「……何だ、その言葉。何かの、魔法の呪文か?」
「そんな感じだな」
警備兵とそう言葉を交わし、レイは一歩踏み込み……ふと、昨日暗殺者に襲われたことを思い出し、警備兵に尋ねる。
「そう言えば、昨日俺が暗殺者に襲われた件で何か聞いてるか?」
「ああ、その話は聞いてる。ただ、沈黙を守ってるらしいぞ」
「口が堅いな」
昨日の演劇暗殺者とも呼ぶべき二人を警備兵に引き渡したことで、何らかの情報を得られるのではないかと思ったレイだったが、その予想は外れた。
尋問を担当する者が聞いて、それでも口を割らないということは、その辺のチンピラではなく、しっかりと訓練された者であることを意味している。
もっとも、レイが戦った時のことを思い出せば、その時点でその辺のチンピラではないということは理解出来ていた。
「ああ。……とはいえ、他に手段がない以上、専門家に任せておくしかないだろ。それとも、レイが尋問するか?」
「止めておく」
レイに尋問の心得はない。
これがその辺のチンピラだったりすれば、それこそ軽く痛めつけたり実力の差を思い知らせれば、知ってることをすぐに喋ってくれるだろう。
だが、尋問に対する訓練を受けた者であった場合、その手の技術のないレイが幾ら尋問しても、それは無意味に相手を痛めつけるだけで、それは拷問と呼ぶべきものだ。
レイとしては、その手の技術がないのだから、自分が無理にどうこうする必要はないと判断する。
警備兵も本気で聞いた訳ではないのだろう。
すぐに頷いて口を開く。
「じゃあ、こっちは俺達にまかせておけ。それよりも、その違和感とやら……気をつけろよ」
何だかんだと、レイと警備兵の付き合いは長い。
レイが最初にギルムに来た時からの付き合いなのだから。
それだけに、警備兵もレイの実力を知りながらも、気をつけるようにと口に出す。
そんな警備兵の言葉に、レイは軽く手を振ってギルムの中を進む。
ギルムの中を進めば、それだけ違和感が強くなっていく。
(何だ? これが敵意とか殺気とか、そういうのならまだ分かる。けど、そういう類のではなく……ただの、違和感)
敵意や殺気なら、レイもそれに対処するのは難しくはない。
だが、そこにあるのは違和感であって、敵意や殺気ではない。
その違和感こそが、レイにとって行動を鈍くしていた。
「セト、分かるか?」
「グルゥ……」
人混みの中を歩きながら、レイはセトに尋ねる。
だが、セトは申し訳なさそうに喉を鳴らすだけだ。
ここがギルムの外……そして人があまりいない場所であれば、セトも違和感の主を特定することが出来たかもしれない。
しかし、ここは人が大勢集まっているギルムだ。
それも増築工事の為に多数の人が集まっている。
そんな中で、違和感の源を探るというのは、例えセトであっても難しいのは間違いない。
「そうなると、どうする? この違和感の正体がはっきりするまでは、伐採した木の納入も待った方がいいと思うか?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは迷ったように喉を鳴らす。
このような場合、どうすればいいのか迷っているのだろう。
レイはそんなセトの頭を撫でる。
すると、そんなセトの姿を見つけたのか、何人かの子供達が近づいてくる。
「あ、セトだセト! わーい、セト! 遊ぼう!」
「ちょっと待ってよ。あたしもセトちゃんと遊ぶぅ!」
十歳にもなっていないような子供達が、セトと一緒に遊ぼうと騒ぐ。
いつもであれば、少しの時間はセトと遊ばせてもいいところなのだが……今の状況でそれを許容する訳にはいかなかった。
「悪いな。今はちょっと忙しいんだ。また今度セトと遊んでくれないか?」
こう言えば、普通の……それこそ、冒険者ならすぐにレイの言いたいことを理解して、レイ達を自由にしてくれる。
いや、冒険者ではなくても多くの者がそうしてくれるだろう。
だが……今回は違った。
何しろ、相手はまだ十歳にも満たない子供だ。
そんな子供達が、レイの言いたいことを理解し、言うことを聞いてくれる筈もない。
「えー! やだー! セトと遊ぶの! 遊ぶったら、あそぶの……うわあああああああああああん!」
げ、と。
感情が高ぶったせいか、いきなり泣き出した子供に、レイは焦る。
まさか、いきなりこのような場所で泣かれるとは、思ってもいなかったのだろう。
だからこそ、レイは一瞬どうすればいいのか迷う。
元々セトと子供を一緒に遊ばせるようなことが出来なかったのは、あくまでもレイが抱いていた違和感が理由なのだ。
このまま子供を放っていけばいいのか、それとも子供を泣き止ませてセトと遊ばせればいいのか。
もしくは、干した果実のような甘味で誤魔化せばいいのか。
そうして迷うレイだったが、子供が泣けば当然のように目立つ。
ましてや、それがセトの近くで泣いているとなれば尚更だろう。
周囲の人の注目に、どうするべきかと少し迷い……レイはしょうがないと、子供の頭を撫でながら、干した果実を渡す。
「ほら、これをやるから泣き止め」
「えぐっ?」
泣いていた子供は、漂ってきた甘い香りに興味を惹かれたのか、泣き止む。
そして、そっとレイが差し出した干した果実を手に取り、甘い香りに導かれるように口の中に入れる。
「ふわぁ……」
干されたことで、濃縮された甘さが子供の口の中一杯に広がる。
日本で育ったレイは、それこそ小さい頃から駄菓子屋といった店で甘味の類を買うことが出来た。
だが、この世界において甘味というのは基本的に高価な代物だ。
一般市民が買えない程に高価という訳ではないが、子供が自分の小遣いで買えるような代物でもない。
そういう意味では、こうしてレイに干した果実を貰った子供は、運がよかったのだろう。
そして……当然のように、一人の子供がそのような美味しそうなものを貰っていれば、他の子供達もそれを欲しくなる。
「ねぇ、お兄ちゃん。私にもちょうだい?」
「あ、俺も俺も」
「僕も欲しい」
多くの子供達が、レイに自分も干した果実が欲しいと訴えてくる。
そんな様子にどうしたらいいのか迷ったレイだったが、それでも一人だけにやって、他の子供達にやらないと、また泣かれるのでは? とミスティリングの中から干した果実を新たに取り出す。
「ほら、お前達にもこれをやるよ。ただ、俺とセトは今はちょっと忙しいから、セトと遊ぶのはまた今度にしてくれ。いい……っ!?」
いいか? そう言おうとしたレイは、一瞬だけ鋭い殺気を感じ、そちらに視線を向ける。
だが、レイが視線を向けようとした瞬間には、既にその殺気は消えており、レイにも一体誰が今の殺気を発したのかは分からなかった。
(それでも、違和感の正体は殺気……正確には殺気を隠している何かに関係あるというのが分かったのは収穫だったな)
そう思いながら、レイは干した果実を子供達に渡すのだった。