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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2173/3865

2173話

 レイたちが生誕の塔の側で寝静まっていた頃……ギルムにあるスラム街の中で、とある人物が動き回っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……どう? ねぇ、どう? いいの? ここがいいの? ほら、ほら、ほらぁっ!」

「ごぶぇ……や、やめふぇくれ……俺が悪ふぁった……だふぁら、もう……」


 殴られた衝撃で男の顔は腫れ上がり、まともに言葉を喋ることも出来なくなっている。

 それでも男に馬乗りになっている人物は、嬉しそうに何度も何度も拳を振り下ろす。

 外見だけを見れば、可憐と呼ぶに相応しい顔立ち。

 だが、月明かりで照らされるその可憐な顔には、現在返り血がべっとりと付着している。

 それこそ、素の状態が可愛いからこそ、余計に見ている者は恐怖を覚えるだろう。

 その可憐な人物……フランソワの顔に付着している血は、馬乗りになってフランソワが拳を振り下ろしている男の返り血だけではない。

 周囲で気絶して倒れている、何人もの男達からの返り血だ。


「あら、そっちが最初に襲ってきたんでしょう? なのに、自分が殴られるのは嫌って……それはないんじゃない?」


 そう言いながら、再び男を殴るフランソワ。

 男は止めて欲しいと何度も訴えているのだが、結局それが聞かれることはなく……フランソワの振るう拳の一撃により、あっさりと気絶する。


「もう、だらしないわね。……取りあえずこれである程度の人数は確保出来たけど……どうするべきかしら。私が連れていくのは面倒だし。そうなると、起きるまで待った方がいい?」


 呟きながら、フランソワは考える。

 スラムに来たのは、自分を餌にしてこのような男たちを誘き寄せるためだった。

 これからのことを思えば、肉壁は可能な限り多い方がいい。

 ……とはいえ、気絶している男達に向かってレイに攻撃をしろと言っても、それをすぐに引き受けるとは思えない。


(そうなると、もっとしっかりと言い聞かせる必要があるでしょうね。……ただ、それで今は素直に従っても、本当に最後まで従うかとなると、少し難しいでしょうし)


 フランソワによって気絶するまで殴られた男達にしてみれば、フランソワに逆らうということは考えられないだろう。

 しかし、それはあくまでも普通であればの話だ。

 ……もしその辺の相手に喧嘩を売れといった命令程度であれば、男達も大人しく従うだろう。

 だが、もしその相手がセトを連れたレイだとすれば、どうなるか。

 本当の意味で事情を知っている者であれば、まずレイと敵対したいとは思わない。

 レイに攻撃をした場合、待っているのがどのような未来なのかというのは、明らかなのだから。

 その辺の事情を考えた場合、レイに攻撃しろと言われても、従う者は皆無……という訳ではないだろうが、それでも多くはないのは明らかだ。

 であれば、やはり今回の一件に関してはもっと別の……何らかの方法を考える必要がある。

 とはいえ、その方法が見つからないのが問題なのだが。

 しかし、その方法が見つからないからといって諦めるという選択肢はフランソワにはない。

 自分だけの問題であれば、フランソワもあるいはあっさりと諦めていた可能性があるだろう。

 だが、弟のことを思えば、フランソワがそれを諦めるといった真似が出来る筈もなかった

 だからこそ不可能であると思っていても、今はどうにかする必要がある。

 そうして考えていると……


「誰っ!?」


 鋭く叫び、フランソワの視線は建物の陰に向けられる。


「ほっほっほ。まさか私が見つかるとは思いませんでしたね。いや、お見事お見事」


 そう言いながら建物の陰から出て来たのは、かなり太っている男。

 とてもではないが、建物の陰に入っていられるとは思えない、そんな男だ。

 声から男だとは分かったが、その顔は大道芸人がするような化粧に覆われており、一体どのような顔をしているのかははっきりとは分からない。

 だが、こうしてみている今であっても、間違いなく実力者であるというのは理解出来た。


「もう一度聞くわ。……誰?」


 鋭く、殺気の込められた視線を男に向けるフランソワ。

 だが、太っている男は特にそんなフランソワの様子を全く気にした様子がなく、黙って笑みを浮かべているだけだ。

 ぎりり、と。奥歯を噛みしめる音がフランソワの口の中から周囲に響く。

 それでも即座に殴りかかったりしなかったのは、目の前の男が明らかに普通とは違うと……少なくても、自分の周囲で気絶している男達とは違うと、そう理解しているからだろう。

 風船のような体型をしている男が隠れられる場所ではない、そんな場所から姿を現したのだ。

 明らかにただ隠れていた訳ではない。魔法か、スキルか、マジックアイテムか……もしくは、それ以外の何かか。

 その辺りの理由はフランソワにも分からなかったが、それでも目の前の男がただものではないということだけは、明らかだった。

 だからこそ、迂闊に殴り掛かるような真似は出来ない。


「さて、私が妻とどのようにして結婚したかですね」

「……違うわ」


 目の前の男が何故か現状とは全く違う話を口にしたことで一瞬意表を突かれたフランソワだったが、すぐにそう返す。

 そもそも、目の前の男が結婚をしているというのも驚きだったが。

 フランソワにしてみれば、このような男を結婚相手に選ぶなどというのは、悪趣味にしか思えない。

 少なくても、自分であればこのような男と結婚をしたいとは思わないだろう。

 もっとも、フランソワも顔にはまだ気絶している男達の返り血が大量に付着しており、幾らフランソワが可憐な容姿をしていても、そのような相手と結婚したいと思う男は……いない訳ではないだろうが、それでもそう多くないのは間違いない。


「おや、そうでしたか。では、どうやって私が妻と出会ったかの話でしたかな?」

「……ふざけているのなら、帰って貰える? 今は見ての通り忙しいの。まだ他にもやるべきことは幾らでもあるんだから、あんたのような人に構っていられる時間はないの」


 目の前にいる男が、生半可な実力者ではないというのはフランソワにも理解出来る。

 だが、理解出来るからといって、その相手に時間を奪われるような真似を許すつもりはないし、そのような余裕もない。

 だからこそ、用事がないのならさっさと去れと。そう告げたのだが……男は、面白そうに笑い声を上げる。


「ふぉふぉふぉ。深紅のレイを相手にするには、この程度の連中が幾らいても意味がありませんよ」


 先程とは若干違う笑い声を上げた男だったが、フランソワの方はそんな男の笑い声に全く気が付いた様子もなく、男に鋭い視線を……それこそ殺気混じりの視線を向けて、口を開く。


「何故私がレイを狙うと知ってるの?」

「さて、何故でしょうかね。ただ、一つ言わせて貰えるのなら……その情報は、集めようと思えば容易に集めることが出来るということですよ」


 ぎりっ、と。

 先程と同様……いや、先程よりも尚強く奥歯を噛みしめる音がフランソワの口から漏れる。

 フランソワと契約を結んでいるトリパーラは、どちらかと言えば小物と表現してもいいだろう。

 だが、それでも小物は小物だけに、相応に自分のことを知っており、迂闊に情報を流すような真似はしない。

 ましてや、フランソワはトリパーラが上にのし上がっていく為の最強の駒。

 自分の最強の駒の情報を流すとは、フランソワには思えない。


「何が目的?」

「何、私達と貴方の目的は同じ。であれば、手を組んではどうかと思いましてね。……ちなみに、その辺りの理由については貴方にもそれなりに関わってきますが、どうします? 話を聞きますか?」


 そう言われれば、フランソワとしてもその言葉に乗らない訳にはいかない。


「分かったわ。それで、これからどうするの? 私としては、出来るだけ早く目的を達したいんだけど」

「そうですね。……取りあえず……」


 そう言いながら、男はふわりと浮かぶ。……正確には跳躍しただけなのかもしれないが、見ているフランソワにしてみれば、その風船を思わせる太っている体格と合わせて、本当に飛んだように見えた。見えたのだが……

 ぐしゃり、と。

 男が着地したのは、フランソワから離れた位置に倒れていた男……の頭部。

 その軽やかな跳躍とは裏腹に、着地した衝撃が相当なものだったのは間違いないだろう。

 呆気なく頭部は潰れ、周囲には脳みそや血、骨の欠片といったものが撒き散らかされる。


「私の話を聞かれるのは困るので、処分しました。……構いませんよね? 全く運の悪い。もう少し気絶していれば、特に死ぬ必要もなかったのに」


 一人の命を奪ったというのに、男に罪悪感の類は一切ない。

 とはいえ、ここがスラム街であると考えればそこまでおかしな話ではないのだが。

 元々この世界で人の命の値段は安い。

 それがスラム街にいる者ともなれば。その値段は更に安くなる。

 だからか、フランソワも自分が倒した男が殺されても、特に気にした様子はない。


「しょうがないわね。……でも、これ以上ここで無駄な騒ぎを起こせば、また目が覚める人がいるかもしれないわ。少し場所を移しましょ。そこで詳しい話を聞かせてちょうだい」

「ひゃひゃひゃ、随分とお優しいですな」


 三度笑い声が変わる男だったが、フランソワはそんな男の様子を全く気にした風もなく口を開く。


「そう思うのは勝手だけど、私には時間がないの。出来るだけ早くレイの命を奪う必要があるのよ。その目的を達成する為には、貴方の提案に従った方がいいと思ったから、こうしているだけよ」

「なるほど、なるほど。……では、ここで時間を潰すのもなんですし、さっさと行くとしましょう」


 そう男が告げ、その場を後にする。

 フランソワがついてくるかどうかも、全く確かめている様子はない。

 ついてこないのなら、それはそれで問題ないと、そう思っているのだろう。

 勿論、フランソワにとっては弟の命が懸かっている以上、ここで行かないという選択肢はない。

 肉壁を調達しようとしていた流れからは大きく変わってしまったが、それでもよりよい方に変わったと、そう自分に言い聞かせる。

 そうして男の後をついていき、三十分程。

 スラム街の中でもかなり奥まった場所に到着する。

 当然の話ではあるが、スラム街と一口で言っても、場所によって危険度は変わる。

 スラム街の中でも外側に……一般的な街中に近い場所であれば、危険度はそこまで高くはない。

 もっとも、それはあくまでもスラム街全体で見た話の場合であり、幾ら外側に近い場所でも、スラム街はスラム街。

 普通のギルムの市街地に比べれば、明らかに危険なのだが。

 ともあれ、スラムの中でも奥まった場所にある二階建ての建物の中に男は入っていく。

 フランソワは周囲の様子を警戒しながらも、男の後に続く。

 スラム街にある割には、比較的綺麗な建物。

 そう思いながら建物の中に入ったフランソワだが、その瞬間に素早く周囲を見回す。

 自分と目の前の男以外に、何人もの気配が周囲にあったからだ。

 フランソワも、自分の腕には自信がある。

 それこそ、その辺の冒険者程度であれば容易に倒せるだけの実力は。

 にも関わらず、フランソワは建物の中に入るまで他の者達の気配を感じることが出来なかった。

 

「へぇ、僕達の存在に気が付いたよ、この子。……ダーブが連れて来たから期待はしてたけど、予想以上だ」

「けっ、それでも結局俺達の存在に気が付いただけで、対応は出来ないんだろ? そんな奴が役に立つのか? 相手はあの深紅だぞ?」

「あら、私はこの子みたいな可愛い子は好きよ? 実力もきちんとあるみたいだし、心配はいらないんじゃない?」

「そんなことより、腹減ったよ。ギルムに来れば美味い食い物を食わせてくれるって言ってたのに」


 そんな声が聞こえてくる。

 老若男女問わず、何人もがいることに気が付いたフランソワは、自分をここへ連れて来たダーブという男に視線を向け、説明を求める。

 ダーブはそんなフランソワの視線に大袈裟な動作で肩を竦めてから、口を開く。


「ふむふむ。まずは前提条件となることを、一つ問おうか。フランソワ、君は現在ギルムに多くの裏の組織が入ってきているのを知ってるかね?」

「ええ。ただし、その多くが生き抜くことが出来ずに壊滅していったんでしょう? ……つまり、ここにいるのは……」


 フランソワに最後まで言わせず、ダーブは頷いて口を開く。


「そうです。ここにいるのは、このギルムで生き残った新興組織から派遣されてきた者達。そして……私達の目標は、深紅の異名を持つレイを殺すこと。……どうです? 貴方の目的と同じでしょう? なら、協力してみませんか?」


 笑みを浮かべて告げながら、ダーブは道化のように大袈裟な仕草で手を前に差し出すのだった。

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