表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2165/3865

2165話

 取りあえずダスカーに事情を説明したレイは、これ以上は自分の仕事ではなくダスカーの仕事だと判断し、領主の館を後にする。

 ……ダスカーは、何とかしてウィスプのいる地下空間に行ってみたいと思い、その方法を考えるのに熱中していたようだったが。


(多分、仕事が本気で忙しくて、そういうことを考えることで気分転換をしてるんだろうな。……まぁ、本当に問題がないと判断したら、それを実行する可能性はあるけど。ただ、それを実行したら、ダスカー様の部下達は怒るだろうな)


 しみじみと呟きつつ、レイは錬金術師達のいる建物に到着する。

 いつもより来るのが早く、いつもより持って来た木の数が少ない。

 そのことに何人かの錬金術師が不満そうな顔をしていたが、レイにとっても今の時間こうしてここにやって来るというのは予想外だったのだから、その辺で責められても困る。

 そんな中でも何人かの錬金術師達は、いつものようにレイに珍しいモンスターの素材がないかと言ってきた。

 それに面倒臭そうに対処していたレイだったが、ふと湖で倒したワニのような口を持つトカゲについての話してもいいのでは? と一瞬思うも、あの湖が異世界から転移してきた場所である以上、今は言わない方がいいと判断する。

 だが……一瞬考えたレイの様子を見て、これは脈があると思ったのだろう。

 錬金術師からの攻めはより一層激しくなる。


「レイ、その様子を見る限りだと、何かあるんだな? どんな素材だ?」

「ちょっと待ちなさいよ。あんただけ聞くつもり? 私にも教えなさいよね!」


 そんな様子に、他の錬金術師達もレイの下に集まってくる。

 木の処理はいいのかと、そう突っ込みたくなるレイだったが、今の錬金術師達に何を言っても無駄だろうというくらいは、レイにも予想出来た。

 そんな訳で、レイは少し考え……やがて、口を開く。


「そうだな。木の処理とかが上手く出来た相手にはこの情報を教えてもいいかもしれないな」


 何気なく呟かれた言葉ではあったが、錬金術師達をその気にさせるには十分なだけの効果があった。

 その言葉を聞いた錬金術師達は、急いで自分の仕事を終わらせるべく、自分の作業場に戻っていったのだ。


(あれ? 俺、もしかしてやらかしたか? 異世界の湖に生息しているモンスターだとは言わず、未知のモンスターってことにすれば……多分、大丈夫だよな? うん、きっと大丈夫の筈だ。ギルドの方に多少迷惑を掛けるかもしれないけど。……あ、でも錬金術師があのトカゲをしっかりと調べれば、もしかしたら何か新しい素材の使い方とかを思いつくかも?)


 自分でも半ば無理矢理ではあると思ってはいたが、それでも錬金術師達の好奇心の強さを思えば、決して不可能ではないように思えた。

 とはいえ、この錬金術師達が暴走する可能性は決して否定出来ないのだが。

 ともあれ、自分に寄ってきた錬金術師達がいなくなったことに安堵し、レイは建物を出る。

 そんなレイを出迎えるのは、当然のようにセトだ。


「グルゥ? グルルルルゥ!」


 嬉しそうに喉を鳴らして近づいて来るセトの頭を撫で、一人と一匹はそこから立ち去る。

 途中で幾つかの屋台で串焼きを買ったりして、街中を見て歩く。

 そんな中で、裏通りにある屋台を見て回っている中で、不意に怒声が聞こえてきた。


「喧嘩か?」


 明らかに喧嘩にしか思えない声。

 だが同時に、何故こんな場所、こんな時間に? という疑問を抱く。

 今が夜であれば、まだ酔っ払って喧嘩をしている者がいても、理解は出来る。

 しかし、今はまだ日中だ。

 ……勿論、日中から酒を飲んでいる者もいるし、酒を飲んでいなくても喧嘩をするくらいは普通に出来る。

 だがそれでも、今のこの状況を考えると疑問の方が強いというのは間違いない事実だった。


「グルゥ?」


 どうするの? とセトがレイの方を見て喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に、レイはどうするべきか考える。

 何か妙な感じがするのは事実だ。

 何より、見ず知らずの相手が喧嘩をしていたとしても、わざわざレイがそれに関わる必要もない。

 ギルムにおいて、元々喧嘩というのはそこまで珍しいものではないのだから。

 ましてや今は、増築工事の仕事を求めて多くの者達が集まってきており、その中には腕っ節が自慢の者も多い。

 だからこそ、わざわざ関わる必要はないと判断し……この場から立ち去るべく、セトに視線を向ける。


「きゃあああっ! ちょっと、お願い! 止めてってば! ねぇ、もう……誰か助けてよぉ……」


 女の泣き声が耳に入ると、レイはその動きを止める。

 これが酔っ払った男同士の喧嘩であれば、レイも足を止めるといったことはしなかっただろう。

 だが、今回は違う。

 聞こえてきたのは男の声だけではなく、女の声だ。

 これを無視してこの場を立ち去れば、後味が悪くなってしまう。

 そう判断したレイは、喧嘩を止めるくらいなら特に手間ではないだろうと判断し……未だに怒声の聞こえてくる方に向かって進む。

 レイの隣を歩くセトは、いいの? と喉を鳴らしながら視線を向けてくる。

 この喧嘩に巻き込まれれば、無駄に時間だけが経過するのだと、セトもそう理解してるのだろう。

 レイもそんなセトの心配は理解しているが、女の……それもかなり切羽詰まった悲鳴を聞いて、それを放っておくという真似はしたくなかった。

 ここでレイが助けに行かなかった影響により、後日怪我をした女を見るのはあまりいい気分はしない。

 勿論、今この状況ではその女の顔も何も理解出来ない以上、無視するのが一番賢い考え方なのだろうが。

 ともあれ、後味の悪さを感じないためという理由により、レイは声の聞こえてきた方に進み……やがて行き止まりになっている場所に到着する。

 そこには三人の男女の姿があった。

 共に二十代から三十代程に見える男二人がそれぞれに殴り合いの喧嘩をしており、こちらも同年代の女が何とかその喧嘩を止めようとして男達に声を掛けているのだが、男達は殴り合いの真っ最中でそんな女の声が完全に聞こえていないようだった。


(この三人、どういう関係だ?)


 てっきり見知らぬ者同士の喧嘩かと、勝手にそう思っていたレイだったが、二人の男を止めようとしている女の様子を見る限りでは、三人全員が知り合いのように思えた。

 もっとも、そんな疑問はすぐにレイの中で消える。

 例え三人が知り合いであろうとなかろうと、結局のところこの喧嘩を止めればいいだけのだから。


「セト、ちょっと待っててくれ。あの喧嘩を止めてくる」

「グルゥ?」


 一人でいいの? とそんな視線をレイに向けるセトだったが、レイはそんなセトの頭を撫でる。


「気にするなって。あんな素人の三人の喧嘩を止めるくらい、楽に出来るから」


 これが、一定以上の実力を持つ冒険者……そう、例えば生誕の塔の護衛を任されているような冒険者が喧嘩をしているというのであれば、レイもそう簡単には止められない。

 ……問答無用で喧嘩している者達を気絶させるなりなんなりしてもいいというのであれば、出来ない訳でもないが。

 そんなレイの態度から、セトも大人しく引き下がる。

 レイの言ってる言葉は事実であり、あの程度の喧嘩を止めるのはレイなら問題なく出来ると、そう思ったからだろう。


(にしても、あの三人が知り合いだとすれば……一体どんな理由から喧嘩になったんだ? 殺気混じりに喧嘩をするなんてよっぽどのことだぞ?)


 喧嘩をしている者は、あくまでも素人のようにレイには見える。

 にも関わらず、殺気を込めて……つまり、相手を殺そうとして喧嘩をしているというのは、チグハグさ、違和感の類がある。

 つまり、それだけ本気で相手に対して怒っているのだというのは、レイにも予想出来た。

 別に戦いの素人だからといって、相手を殺せない訳ではない。

 それこそ、本当に殺す気になれば、包丁か何かで刺すだけで人はあっさりと死ぬのだから。

 勿論、それはあくまでも素人同士だけの話であって、その相手が冒険者であったりすれば、話はまた別なのだが。


「ほら、喧嘩は止めろ。こんな場所で殺し合うつもりか?」


 殴り合っている二人の男に、そう声を掛ける。

 いきなり声を掛けられた男達……いや、喧嘩を制止していた女も、いきなりの第三者の声に動きを止めて視線を向けてくるが、その相手がレイだと、十代半ばで決して背が高い訳でもない相手だと知ると、男二人はすぐに殴り合いに戻り、女もがっかりした表情を浮かべる。

 レイから少し離れた場所にはセトがいたのだが、三人とも喧嘩に夢中で……そして喧嘩を止めるのに必死で、セトの存在には気が付かなかったらしい。


「はぁ」


 そんな三人の様子に、レイは面倒そうな溜息を吐き、前に進み出る。

 言葉で言っても分からないのなら、実力行使で喧嘩を止めればいいだろうと、そう判断して。


「邪魔だ、このガキ! 引っ込んでろ!」


 男の一人が近づくレイに気が付き叫ぶが、レイはそんな叫びを全く気にした様子もなく進み、やがてそんなレイの存在に我慢出来なくなった男の一人が、喧嘩相手よりもまず邪魔をするレイをどうにかするといったつもりで拳を振るう。

 だが、戦いの素人でしかない相手の拳で、レイを捉えられる筈もなく、あっさりと回避され、足下を払われる。


「がっ!」


 地面に転んだ男の背中に足を乗せ、そのまま動けなくし……残るもう一人の男に視線を向け、口を開く。


「それで? お前もやるのか? やるのなら、相手になっても構わないけど?」

「いや、そんな積もりはない。君が強いのは十分に分かった。それに、俺も好んで喧嘩をしていた訳じゃないんだ。寧ろ、止めてくれて助かった」

「……そうか? 俺から見たら、二人とも相手を殺す気で喧嘩をしているように見えたが?」

「い、いや。そんなつもりはない。……なぁ?」

「そうよ。全く……」


 男が女に視線を向けると、その視線を受けた女は男の言葉に同意し、レイに近づいてくる。


「喧嘩を止めてくれて助かったわ。その、お礼はこれくらいしかないんだけど……受け取って貰える?」


 そう言い、懐から短剣を取り出し……そのまま、レイに向かって振るう。


「っ!?」


 半ば反射的にその動きを回避しようとしたレイだったが、動けない。

 何が起きたのかを半ば本能的に理解したレイは、地面に倒れている男の背中を思い切り踏み抜き、ぐしゃりとした感触と共に、その場から後方に跳ぶ。

 空中にいる一秒にも満たない間に、瞬時に周囲の状況を確認する。

 背骨をへし折られた男は、手を後ろに回したままの状態で痙攣しており、レイに向かって振るわれた女の短剣からは、刃に塗られた液体が数滴、空中を飛んでいる。

 短剣に塗られた液体。

 それが何なのかは、それこそ考えるまでもなく明らかだ。

 一人を殺して――正確には背骨を踏み砕いただけでまだ死んでいないが――もう一人の女は短剣の一撃を回避した。

 そうなると、もう一人は?

 レイは地面に着地するのと同時に、先程まで、もう一人の男がいた場所に視線を向ける。

 するとそこでは、どこから出したのかは分からなかったが、長針……それこそ、ビューネが使っているような武器を投擲している男の姿があった。

 そして、放たれる長針。

 レイは地面に着地した勢いで再度地面を蹴り、その攻撃を回避しながら腰にあるマジックアイテムを起動する。

 レイの魔力によって瞬時に発動したマジックアイテム……ネブラの瞳は、その効果としてレイの手の中に鏃を生み出す。

 同時に、そのタイミングで再び長針が投擲されるが、来ると分かっていれば、その攻撃を回避するのは難しい話ではない。

 長針は回避しにくい武器ではあるが、同時に点の攻撃方法であるが故に、少し身体を動かせば回避するのも難しい話ではない。

 そうして回避しながら、レイは鏃を親指で弾いて男に攻撃する。

 指だけを動かす攻撃方法の為に、隙は小さい。

 だが、それでも隙は隙だ。

 女が毒と思われる液体を塗った短剣を手に、レイに襲い掛かる。

 少しだけレイが驚いたのは、女の動きがかなり俊敏だったことだろう。

 最初に見た時は戦いを知らない身のこなしだと思っていたのだが、今の動きを見ている限りでは、相応の訓練を積んだ者のように見える。

 それは長針を投擲している男も同様だし、確認するような余裕はなかったが、レイが背骨を踏み砕いた男も同様だったのだろう。

 つまり、この場にいた三人は身体を鍛えた上で、意図的にその動きを隠していたのだ。

 もっと専門的な観点の持ち主であれば、隠しているということを察知出来たかもしれなかったが、残念ながらレイはそこまで突出した観察眼を持っている訳ではない。

 見事に、相手に騙されてしまったのだ。


「さて……けど、正体が分かった以上、こっちもそう簡単にはやられないぞ?」


 二人から一旦距離を取りつつ、レイはデスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出し、そう告げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ