2162話
地下空間の調査に関しては、アナスタシアとファナに任せたレイは、地下空間から出るとセトと共に生誕の塔に向かう。
その途中、少し離れた場所で木が倒れるのが目に入ってきた。
誰がそれをやっているのかというのは、明らかだ。
「樵達も頑張ってるみたいだな。ちょっと寄っていくか?」
「グルゥ? ……グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは少し迷った末に樵やその護衛をしている冒険者達に会いに行くことに頷く。
トレントの森の中を進むレイとセトは、やがて話し声が聞こえてきた。
茂みを抜けて顔を出すと、そこでは冒険者達が即座に戦闘準備を整えるが、姿を現したのがレイとセトであると知ると、皆が安堵した様子を見せる。
「何だよ、レイとセトか。あまり驚かせないでくれ」
「悪いな。ちょっと様子を見に来たんだけど……この様子だと、特に問題はないと思ってもいいのか?」
レイが周囲の様子を見ると、そこでは樵や雑用を任されている冒険者達が、伐採された木の枝を払っている。
レイが様子を見た限りでは、特に何か問題があるようには思えない。
そのことに安堵しながら、それでも一応といった様子で尋ねるレイに、冒険者の一人は頷く。
「ああ。とはいえ、まだ今日の仕事は始まったばかりだ。いつモンスターが出て来るか分からない以上、油断をするような真似は出来ないけどな」
「あー……だろうな。でも、さっきの反応を見る限りでは、問題ないと思うぞ」
レイは男の方を見てそう告げる。
実際にレイとセトが茂みから出た時に構えた様子を見る限り、しっかりと周囲の様子を確認していたのは間違いなく、その動きも堂に入ったものだった。
もっとも、トレントの森でケルベロスが出たという情報をギルドに伝えたのはレイで、ギルドの方でもその報告から腕利きの冒険者を護衛として派遣したのだから、この対応は当然なのだろうが。
「そうか? レイにそう言って貰えると嬉しいな。それで、どうする? もう伐採された木は幾らかあるけど、持っていくか?」
「ああ、そうするよ」
普通なら伐採された木を持っていくのは一仕事なのだが、ミスティリングのあるレイにとって、それは全く問題なく運ぶことが出来る。
だからこそ、少ししか伐採された木がなくても、レイはそれを回収していくのだ。
「分かった。じゃあ、伐採した場所まで案内するから、ついてきてくれ。……少し護衛の方を頼む」
レイと話していた冒険者は、仲間の冒険者にそう告げると、レイとセトを連れてトレントの森の中を歩く。
「それにしても、トレントの森もここまで物騒になるとは、思わなかったよな」
冒険者がしみじみと呟くその意見には、レイも同意せざるをえなかった。
「そうだな。もっとも、このトレントの森が出来てから、相応に時間が経っている。最初は動物もモンスターもいなかったけど、どこからともなく、そういう連中がやって来てもおかしくはない」
「あー……だろうな。もっとも、トレントの森にいる者の中で一番の高ランクモンスターはやっぱりセトだろうけど」
「否定出来ないな、それは」
セトは希少種ということになっているので、ランクS相当のモンスターということになっている。
そんなセトが、トレントの森にいる中で一番高ランクモンスターになるというのは、間違いのない事実だった。
「グルゥ?」
呼んだ? と、セトはレイに顔を向ける。
レイはそんなセトに何でもないと首を横に振り、ミスティリングの中から干し肉を一つ取り出し、与える。
それを嬉しそうに食べるセト。
香辛料を多く使った高価な干し肉……ではなく、冒険者が依頼を受けた時に持っていくような、普通の干し肉だ。
そんな干し肉ではあっても、セトはレイから貰ったということで嬉しそうに食べていた。
「……この姿を見ればな」
最後まで口にはしなかったが、それでもレイは男が何を言いたいのかを理解する。
セトが高ランクモンスターなのは、間違いない。
だが、ギルムに住んでいる者達にとって、セトは高ランクモンスターである以前にマスコットキャラ的な存在なのだ。
これは、セトがグリフォンであるにも関わらず、相手から攻撃されない限り自分からは攻撃をしないというのが大きい。
もっとも、相手が何らかの悪事を働いているような場合であれば、セトも攻撃を躊躇ったりはしない。……それでも、相手に大怪我をさせるような真似はしないのだが。
そんなセトの行動から、ギルムの中ではセトが高ランクモンスターというのは知っていても、その実感を持たない者も多い。
……レイとしては、一般人の類ならともかく、冒険者のような面々の場合はあまりセトに慣れすぎて、何らかの理由でセト以外のグリフォンに遭遇した場合、セトと同じように接してしまうのではないか、という不安もある。
セトはあくまでもセト……魔獣術によってレイに生み出された存在だからからこそ、最初から人に慣れていた。
だが、普通の……野生のグリフォンと遭遇した場合に同じようなことをした場合、間違いなくその者は死ぬか、大きな怪我をするだろう。
もしくは運や実力によって襲ってきたグリフォンを倒しても、セトを思い出してとどめを刺すことが出来ず、逃がしてしまうか。
「なぁ、一応聞くけど……セト以外のグリフォンに遭遇した時、手加減をしたりとかはしないよな?」
「当然だろう。相手はグリフォンだぞ? 下手に手を抜くような真似をしたら、それこそ致命傷を負ってしまう」
「……そうか。ならいいんだ」
冒険者にそう言葉を返しながらも、レイは微妙に不安を抱く。
今の返事は、グリフォンと遭遇しても手を抜くといったことはしないと言ってるように思えたが、同時にセトとグリフォンを別の存在として認識しているようにも思えたからだ。
「さて、着いた。もっとも、まだ午前中だからあまり木はないが」
冒険者の男に用意された場所には、その言葉通り枝が払ってある木が数本存在していた。
レイはそれを次々とミスティリングに収納すると、そのままセトと一緒に生誕の塔まで向かうことにする。
もうここでやるべきことは何もないと、そう理解しているからだろう。
「じゃあ、俺はもう行くな。他の連中にもよろしく言っておいてくれ」
「ああ、分かった。頑張ってくれよ」
セトの背に跨がって冒険者と言葉を交わし、レイはそのままセトと共に生誕の塔のある方に向かう。
空を飛べばもっと早く生誕の塔に到着したのだろうが、今は何となく地面を走って行こうという気分だったレイは、セトにそう伝え……セトも特に異論はなかったのか、木々の間を縫うように森の中を進む。
一旦森の外に出れば木々の間を縫うように移動しなくてもいいのだが、レイとセトは寧ろその面倒さを……木々の間を縫うように移動するという行為を楽しんでいた。
そうして走り続けていたセトだったが、不意にその足を止める。
何だ? と一瞬疑問に思ったレイだったが、セトの様子を見れば、何となく事情は理解出来た。
湖の方から、不穏な空気が漂ってきているのだ。
「敵? いや、違うな。これは殺気の類じゃない。不穏な空気ではあるが……」
「グルルルゥ? グルゥ?」
どうするの? 行ってみる? とセトが喉を鳴らす。
レイはそんなセトの様子に癒やされるものを感じながら、さてどうしたものかと考える。
何よりも今の状況では、事情が分からないのが痛い。
もし以前のように何者かが襲ってきたり、偵察をしに来たりといった具合なら、それこそもう戦いになっていてもいい筈だ。
だが、生誕の塔の方から漂ってるくるのは、不穏な空気ではあっても殺気の類ではない。
「しょうがない。いつまでもここでこうしているのも何だし……行くか」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは頷き、森の中を更に進む。
やがて、周囲が見覚えのある景色となる。
生誕の塔の近くにある場所……つまり、トレントの森の端に到着したのだ。
何度かこの辺りは通っている為、レイもこの場所はしっかりと理解していた。
そうしてトレントの森を出ると……
「うわっ、面倒臭っ!」
思わずといった様子で、レイの口からそんな言葉が出る。
何故なら、生誕の塔の前で二つの集団が向かい合っていたからだ。
片方は、ここの護衛を任されている冒険者とリザードマンの集団。
その中でも特に目立つのは、身長三m近い大きさで、更にはその手に大剣を持っているガガの姿だろう。
そしてもう片方は……見るからに貴族と思しき者と、その私兵達。
貴族は中肉中背なのだが、非常に派手な……悪趣味と表現するのが正しいような服を身に纏っている。
私兵達の方も、派手な飾りの付いた金属鎧を身に纏っていた。
そんな二つの集団が向かい合っている光景を見たレイは、何となく事情が理解出来てしまった。
「レイ?」
先程の面倒臭いという言葉でレイの存在に気が付いたのか、冒険者の一人がレイの方を向いて声を掛けてくる。
そんな冒険者に軽く手を振り、レイはセトに乗ったまま冒険者とリザードマンの方に近づいていく。
当然そのようなことになれば、貴族もレイの存在に気が付く。
いきなり事態に割って入ったレイの存在は、貴族にとっても決して愉快なものではなかったのだろう。
不愉快そうにレイを一瞥し、何かを口にしようとして……その動きが止まる。
レイを見て、セトを見て、レイを見て、セトを見る。
何度か同じような行為を繰り返し、やがて恐る恐るといった様子で口を開く。
「お主……深紅のレイか?」
もしレイがセトに乗っておらず、セトがここにいなければ、貴族の男もレイをレイだとは気が付かなかっただろう。
レイの着ているドラゴンローブには、高価なマジックアイテムだと見破られないように、強力な隠蔽の効果もある。
その効果により、セトがいない場合のレイは魔法使いになったばかりのような者にしか見えない。
今まで、何人もがそんなレイに絡んだことにより、最悪の結果を迎えていた。
そういう意味では、セトに乗ったレイと遭遇したこの貴族は、まだ運がよかったのだろう。
「ああ、そうだ。証拠でも見せるか?」
そう言い、ミスティリングからデスサイズを取り出す。
深紅のレイとして有名なことの一つに、大鎌を使うというのがある。
……最近では、大鎌の他に黄昏の槍も使う二槍流というのも、それなりに有名なのだが。
ともあれ、そんな大鎌を持ち、更には大鎌をミスティリングから取り出し……何よりもレイと一緒にグリフォンのセトがいるのを見れば、レイを偽物だとは思えない。
「あ、ああ、確認した。何より、グリフォンを連れてる時点で深紅のレイだというのは分かったからな。取りあえず、その大鎌はしまってくれ」
慌てたように……いや、半ば恐怖混じりに、そう告げてくる貴族の男。
レイの噂の一つに、レイが怒れば相手が貴族であっても、躊躇なくその大鎌を振るうというのがある。
噂では、実際に四肢切断された貴族が十人以上いるというのだから、この貴族がレイに恐怖を抱くのは当然だろう。
この貴族の男は、貴族であるという地位はあっても、実際に自分に戦う実力がある訳ではない。
だからこそ、もしレイが本当にその気になった場合、自分ではどうすることも出来ないと理解していた。
これが、まだ自分の私兵でどうにか出来る相手なら、どうにか対処出来ただろう。
だが、相手は異名持ちのレイだ。
おまけにグリフォンがいるとなれば、対抗するのはまず不可能だった。
だからこそ、貴族の男は何とか穏便に……レイを怒らせないようにして、この場をどうにか収めたかったのだ。
「そうか? なら、そうしよう。……それで、お前は一体誰だ? そもそも、現在この一帯は許可なく入ることが禁止されている筈だが? 勿論ここに来たということは、許可を貰ってるんだよな?」
「そ、それは……」
「レイ」
貴族に話し掛けていたレイに、冒険者の一人が声を掛ける。
そんな冒険者に、レイは視線でどうした? と先を促す。
「この貴族、リザードマンの子供を寄越せと言ってやって来たんだ。で、俺達が断ると、力ずくで奪おうとしていた」
「へぇ」
冒険者の言葉に、レイは貴族を見る。
そんなレイの視線に気圧されたかのように、数歩後退る。
「それで? こっちはそう言ってるけど、これは正しいのか?」
「ぐっ、ぐぅ……そうだ。リザードマンはモンスターだ。それをこちらで確保しても問題はない筈だ」
貴族は自分の行動をこれ以上隠せないと判断したからか、顔に汗を掻きながらもそう告げる。
「……ほう。なら……当然ここを守る俺とは敵対するってことでいいな?」
そう告げ、再度ミスティリングからデスサイズを取り出し、笑みを浮かべながら尋ねるのだった。