2157話
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風の精霊の暴走が落ち着き、十数分。……やがて、先程の男が警備兵を連れてやって来た。
とはいえ、既に事態は終わっている以上、やって来るのは遅かったのだが。
「あー……それで? 一体何がどうなってこうなったのか、聞いてもいいか?」
警備兵がレイに尋ねる。
尋ねながらも、レイを見る目には若干の呆れと責める色がある。
レイが誰かに狙われるのというのは、そこまで珍しいことではない。
だが同時に、襲ってきた相手を殺すのはやりすぎだろうと。そういった意味を込めた視線。
その視線に抗議をするように、レイは口を開く。
「言っておくけど、あの男は俺が殺した訳じゃないぞ。何らかの手段で風の精霊を暴走させ、その結果として半ば自殺したんだ」
「……まぁ、レイの言うことなら本当だと思うけどな」
レイの言葉を疑う様子がないのは、それだけ今までレイが警備兵達と友好的に接してきたからなのだろう。
レイが言うのなら、と。そう信じているのだ。
もっとも、当然レイの言葉を鵜呑みにするのではなく、専門の知識を持った者によって死体を調べたりするのだろうが。
とはいえ、この場合の問題はやはり男の死んだ原因が風の精霊の暴走ということだろう。
おかげで、その辺りを調査出来る者の数は決して多くはない。
レイと一緒にいたアナスタシアは、エルフで精霊魔法の使い手だ。
だが、レイと一緒にいたという時点で、その証言を完全に信用する訳にもいかなかった。
これはアナスタシアに含むものがある訳ではなく、単純にレイと一緒にいたから、というのが大きい。
そうなると、精霊魔法の使い手として有名なマリーナが候補となるが、そのマリーナもレイとの関係が深く、レイを擁護する可能性は決して否定出来ない。
「あー……他に精霊魔法の使い手っていたっけか。いないと、死体をこのままにするって訳にもいかないしな」
警備兵が死体を眺めながら困ったように呟く。
ギルムで警備兵をやっているだけあって、死体を見ても吐いたりといったことはしない。
勿論、死体に慣れたくて慣れた訳ではないのだが。
今は夏も近づいており、日中の気温も高くなる。
そうなれば、当然のように死体は傷んでくる訳で……
「何なら、俺が預かっておいてもいいけど……そんなことも出来ないだろ?」
「残念ながらな」
警備兵にしてみれば、レイのミスティリングに死体を収納しておけば腐るといったことはない。
だが、レイは今回の事件の被害者であると同時に、加害者である可能性もあるのだ。
そんなレイに、死体を預けるなどといった真似は出来ない。
「じゃあ、その辺に関しては任せるけど、それでいいか? 俺がいつまでもここにいると、余計な問題になりそうだし」
「分かった。ただ、この件で何か話を聞きたくなったら、人をやるから……あー……今は貴族街に住んでるんだったよな?」
「ああ。色々とあってマリーナの家に泊まっているから、そっちに連絡をくれ」
そう告げるレイだったが、元々マリーナの家に泊まっているのは、リザードマンのゾゾがレイから離れたくないという妙な忠誠心を発揮したのが大きい。
そのゾゾは現在生誕の塔にいるので、もうマリーナの家に泊まる必要はないのだが。
というよりも、ゾゾの件もあって現在のレイは生誕の塔の護衛として寝泊まりをしている。
そう考えると、マリーナの家に連絡してもレイと連絡が取れる可能性は少ない。
もっとも、レイはトレントの森の木を運ぶ役割があるので、基本的に毎日一回はギルムに来るので、連絡を取ろうと思えば出来ないこともない。
その後、レイは警備兵にある程度の事情を説明すると、アナスタシアと仮面の少女と共にその場を去るのだった。
「さて、それでこの仮面の女がアナスタシアの言ってた助手か?」
「ええ。ギルムに来ているとは聞いていたから、もしダスカーの顔を見て、何もなければこの子の家にも行こうと思ってたんだけど……ちょうどいいから、助手として使うことにしたの」
「……見るからに怪しいんだが」
女の顔を隠している仮面を見ながら、レイがそう告げる。
実際、目や鼻、口といった場所を隠している仮面の女は、見るからに怪しい人物だ。
いや、そもそも仮面で顔を隠している以上、人なのかどうかもはっきりとは分からない。
「ふふふ。そう言うと思ったわ。けど、この子……ファナの場合はこの仮面を被ってないとまともに人と話すことが出来ないのよ。この仮面を被っていても、人と話すのを怖がってるんだけど」
その言葉に、先程アナスタシアが風の精霊を落ち着かせようとしていた時のことを思い出す。
時間が掛かっているので苦戦しているのか? と疑問を懐いたレイに、これが普通だと言った時も、確かにどこか言葉に力がない……というか、レイを怖がっているような気がした。
それでも結局はレイにしっかりと自分の意見を口にしたのは、その仮面の効果だったということなのだろう。
「なるほど。取りあえず事情は分かったけど、それで本当に信頼出来るのか?」
「問題ないわよ。もしファナが妙な真似をしたら……ふふ」
ビクリ、と。
アナスタシアの言葉を聞いたファナは、一瞬動きを止める。
「取りあえず、どうする?」
「今日? 悩ましいわね。マリーナにも会ってみたいし、かといって研究対象の近くにある生誕の塔だっけ? あそこからもあまり離れたくないし……本当に悩ましいわ」
自分がどれだけ悩んでいるのかを示す為か、悩ましいという言葉を二度口にするアナスタシア。
実際、レイもこの場合はどうしたらいいのか迷っていたので、どうするべきなのかということに対しては何とも言えない。
生誕の塔の護衛をしている冒険者は、その多くが腕利きだ。
それこそ、一晩程度であればレイがいなくても問題はないだろうと思えるのだが、それでも万が一ということはある。
そうして迷い……
「うん、そうだな。今日はマリーナの家に泊まろう」
あっさりとそう決める。
もしアナスタシアが特に何かを任されている訳でもなく。単純に精霊魔法の実力が高いマリーナと会ってみたいというだけなら、レイも今日は生誕の塔に泊まりに行っただろう。
あるいは、マリーナの家に連れていってマリーナに紹介し、そのまま自分は生誕の塔の護衛に向かうか。
だが、今のアナスタシアは、ウィスプの研究を任されている人物だ。
ダスカーにとって……そしてレイにとっても最重要と言えるウィスプの研究を任せている以上、多少優遇をするくらいは当然だろう。
「あら、いいの? なら、遠慮なく。ファナも行くでしょ?」
「え? 私もですか? でも、その……」
まさか自分もマリーナの家に連れていかれるとは思っていなかったのか、ファナは戸惑った様子を見せる。
しかし、そんなファナの手を掴んだアナスタシアは、言い聞かせるように顔を近づけ、口を開く。
「い・い・わ・ね?」
言い聞かせるというよりは、寧ろ脅しているようにしか見えないそんな様子だったが、アナスタシアとファナのことだからと思えば、迂闊に口も挟めない。
これが二人の普通だと言われれば、納得するしかなかったからだ。
ともあれ、そんな訳でレイとアナスタシア、ファナの三人は今日マリーナの家に泊まることになるのだった。
(そうなると、生誕の塔の方に連絡をしないと駄目か。……だとすれば、領主の館に行って馬車に……いや、今の時間から馬車を走らせるとは限らないか。となると、やっぱり一度生誕の塔に直接行って、今日はマリーナの家に泊まるって言ってきた方がいいな)
そう判断したレイは、アナスタシアとファナの二人に一度生誕の塔に行って事情を話してくると伝えると、セトと共にその場を離れるのだった。
「うーん、セトがいないと正直なところ護衛がやりにくいんだけど、無理は言えないしな」
生誕の塔の護衛を任されている冒険者が、少し困ったように呟く。
ここを護衛するとなると、当然のようにセトの鋭い五感というのは非常に大きい力だ。
そのセトがいないとなると、いつものように余裕を持って護衛をするといったことは出来ない。
とはいえ、冒険者にとってはそれが普通なのだ。
常にセトと共に行動しているレイはともかく、それ以外の冒険者は普通ならセトのような仲間と一緒に見張りをするなどといったことはないのだから。
「取りあえず、明日にはまたこっちに戻ってくるから、よろしく頼む。……ゾゾ」
少し離れた位置で仲間に何らかの指示を出していたゾゾは、レイが自分の名前を呼んだのに気が付き、近づいてくる。
『レイ様、どうしましたか?』
「悪いが、俺は今日はこっちじゃなくてマリーナの家に泊まる。こっちの方はよろしく頼む」
そう告げると、ゾゾは誰が見ても分かる程に、がっかりとした様子を見せる。
ゾゾにとって、レイというのは自分が命懸けで忠誠を尽くす相手なのだ。
それだけに、主たるレイが自分と違う場所にいるというのは、どうしても落ち込んでしまう。
それでもレイに従うようになってからある程度の日数がすぎたからか、今では何があっても常に自分がレイの側にいなければならないとは思っていない。
この辺りは、ガガというゾゾの兄の存在も影響しているのだろうが。
『分かりました。……そう言えば、ガガ兄上がレイ様と模擬戦をしたいと言ってましたよ。今度こそ勝ってみせると』
「あー……うん。悪いけど、それについては後回しだな。今は色々と忙しくて、そんな余裕がないから。ただ、朝の訓練をする時に模擬戦をやるのなら、受けて立つって言っておいてくれ」
レイの言葉に、ゾゾが一礼する。
そんなゾゾから離れ、レイはリザードマンの子供達と遊んでいるセトを呼び……ギルムに戻るのだった。
「こ、これは……よくもまぁ……」
アナスタシアの口から、感嘆混じりではあるが明らかに呆れの声が出て来る。
生誕の塔から戻ってきたレイとセトは、待たせていたアナスタシアとファナの二人と共に貴族街にあるマリーナの家にやって来た。
そうしてマリーナの家の正門前に到着したアナスタシアが口にしたのが、その言葉だった。
その言葉の意味をレイは理解出来なかったが、それでも何となく予想することは出来る。
マリーナの家は、精霊魔法によって快適な状況に保たれており、また防犯的な意味でも精霊魔法によって守られている。
言ってみれば、精霊魔法を無駄に使いすぎているということなのだろう。
実際にアナスタシアの様子を見れば、そんな風に思っているくらいはレイでも容易に予想出来る。
もっとも、ファナは仮面を被っていることから何を考えているのかが分からないが。
「ねぇ、レイ。一応聞いておくけど……この屋敷の主人がいない状況で、私が入っても問題ないの? この家に掛けられている精霊魔法の様子を見る限りだと、誰かが勝手に入ったりしたらもの凄く問題がありそうなんだけど」
「その辺は大丈夫だ。この家で暮らすようになった時、マリーナからもその辺については問題ないと言われるし」
マリーナがいない時、この家に住む者が誰かを連れて来た時、精霊がそれを許可しないなどということになったら、不味いことになる。
だからこそ、精霊はその辺りの曖昧さを許容するようになっていた。
「そう? 信じるわよ? これだけの精霊達に守られた家、その辺の要塞よりも強い防御力を持つんじゃないかしら」
アナスタシアは精霊魔法の使い手として精霊の姿を確認出来るだけに、マリーナの家の強固な防御力を理解出来るのだろう。
そんな様子を眺めつつ、レイは口を開く。
「ほら、早く中に入るぞ。いつまでもこのままって訳にはいかないだろ。それとも、マリーナが帰ってくるまで、ずっとここで待ってるのか? ……まぁ、場合によってはそろそろ帰ってきてもおかしくはないだろうけど」
そろそろ夕方という時間帯だ。
早い者は既に仕事を終わらせているだろうし、そうなれば当然のように診療所で働いているマリーナの仕事も終わる。
……実際には、仕事が終わって酒場に行って酒を飲み、それで気が大きくなって喧嘩をして怪我をする……というような者が、毎晩のように出ているのだが。
その辺は、仕事に関係しての怪我ではないので、基本的にマリーナは治療をしていなかった。
自腹でポーションを買って治療するか、怪我の痛みを我慢して仕事をするか。
「そうね。……いつまでもここで待ってる訳にはいかないわね。なら……行くわよ」
自分に気合いを入れるように深呼吸をし……やがて、アナスタシアはマリーナの家の敷地に足を踏み入れるのだった。