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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2147/3865

2147話

 ダスカーに対する報告。そして気晴らしに付き合ったレイが領主の館から出て次に向かったのは、ギルムの中にある高級宿……夕暮れの小麦亭。

 レイにとっても見覚えのある宿だ。

 当然だろう。ここはレイが部屋を取っている宿なのだから。


(まさか、ここに泊まっているとは思わなかったな。というか、よく部屋を取れたと驚くべきか)


 夕暮れの小麦亭は、格式の類はそこまで高くはないが、食事が美味く、各種マジックアイテムで快適に暮らせるようになっており、宿泊費用も高いが強い人気を持つ宿だ。

 当然のように人が大量に集まっている今のギルムの状況を考えると、部屋を取ろうとする者は多い。

 それだけに、大抵満室になっているままだった筈だ。

 にも関わらず、ダスカーが世話になったアナスタシアというエルフの学者が部屋を取ることに成功したというのは、レイにも驚きだった。

 最初はダスカーが口利きしたのか? と思ったのだが、実際には偶然部屋が空いたタイミングでアナスタシアがやって来たらしい。

 もっとも、夕暮れの小麦亭を推薦したのはダスカーだったのだが。

 あるいは、ダスカーもアナスタシアとレイの顔合わせを期待して夕暮れの小麦亭を勧めたのかもしれないが。


(ただ、ダスカー様も俺が最近はマリーナの家に泊まってるって分かってる筈だし、それ以前に今は生誕の塔で護衛をしていて、ここに戻ってくることが殆どないのは知ってる筈だけど)


 そんな風に思いながらレイは宿のカウンターにいるラナに近づいていく。


「あら、レイさん? 珍しいですね」


 とてもではないが、泊まっている客に言うべき言葉ではない。

 だが、ここ最近のレイの行動を思えば、その反応は至極当然のものだった。


「ちょっと忙しくて。それより、ダスカー様から、アナスタシアって人……いや、エルフか。エルフが泊まってるって話を聞いて会いにきたんだけど」

「それは、また。……彼女に会いたいのでしたら、まず私が話を聞いてきますが、それで構いませんか?」


 大袈裟なと思わないでもなかったが、考えてみれば相手がエルフ、それも女となると、そのような対応であってもおかしくはないのかと思い直す。

 あるいは、もしかして自分が夕暮れの小麦亭にいない間に、そんなことが起きたのかとも。

 夕暮れの小麦亭は値段も高い為に、そう簡単に泊まることが出来る場所ではない。

 泊まっている者の中には、相応に社会的な立場のある者もいる。

 そのような者達なら、珍しいエルフと会っても妙な真似はしないだろうが……それでも絶対とは言えない。

 そもそも、金を持っていても性格が悪いという者を、レイは何人も見ている。


「分かった。じゃあ、取り次ぎを頼む。さっきも言ったけど、ダスカー様からの紹介だと言って欲しい」

「少々お待ち下さいね」


 そう言うと、ラナはカウンターから出て階段を上っていく。

 レイはそんなラナの姿を見送ると、カウンターの前にあるソファに座る。

 日中ではあるが、宿の中にいる者の数は多い。

 それは、やはりこの宿に泊まっている者は、日雇いの仕事をしているのではない者達が多いということなのだろう。

 だからこそ、本来なら増築工事で働いている者が多い時でも、こうして宿にいる者が多いのだ。

 宿の中を動き回っている者達は、ソファに座っているレイを見て何故このような子供がここに? と疑問の視線を向けたり、この宿でレイと顔見知りなので軽く頭を下げて挨拶をしたり、レイの正体を知っているので、出来ればお近づきになりたいと話し掛ける切っ掛けを窺っていたり……といったように、様々な態度の者が多い。

 そのような者達の様子を眺めていたレイだったが、やがてラナが階段から降りてきたのを見て、立ち上がる。

 ラナの後ろには、緑の髪を持つエルフの姿。

 年齢としては、二十代後半から三十代前半といったところか。

 もっともマリーナを見れば分かるように、エルフの外見年齢というのは全く当てにならないのだが。

 顔立ちはエルフらしく整っている。


(女……だよな、うん)


 見るからに整っている顔立ちをしているエルフを見ながらも断言出来なかったのは、そのエルフの着ている服の前方が平べったかったからだ。

 そう、端的に言えばそのエルフは貧乳と呼ぶべき体格だったのだ。


(いや、ここはいらない波が立たないように、スレンダーって表現すればいいのか?)


 レイが普段一緒にいる人物は、その殆どが巨乳と呼ぶに相応しい身体付きをしている。

 エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人は勿論、アーラも平均よりも大きめの胸をしているし、ギルドの受付嬢のケニーもそうだ。

 ビューネはまだ子供なのでそちら方面で考える必要はなく……レイの知り合いの中で、階段を降りてくるエルフ……アナスタシアと思しき相手と胸の大きさで一番近いのはレノラだろう。

 ただし、そのレノラも自分よりも胸の大きなケニーに頻繁にそのことでからかわれているが、その胸は平均か、平均よりも少し下くらいはある。

 少なくても、服の上からでも盛り上がっている様子を確認出来るくらいには。


「……何か、妙に不愉快な視線を感じたのだけど、気のせいかしら?」


 レイが考えている間に階段を降りきった相手は、目の前に立つレイに向かってそう告げる。

 口元は笑みを浮かべているが、目は笑っていない。

 もしここで下らないことを言えば、一体どうなるか分かってるわよね?

 そう、言葉にはせず、視線に意味を込めてレイを見てくる。

 そんな相手の様子に少し戸惑ったレイだったが、そんなレイをフォローするようにラナが口を開く。


「アナスタシアさん、こっちがレイさん。レイさん、彼女が探していたアナスタシアさんだよ。じゃあ、私はこの辺で失礼しますね」


 二人を引き合わせた事で、もう十分だと判断したのだろう。

 ラナはその場に二人を残し、カウンターに向かう。

 そんなラナを見送ったレイとアナスタシアの二人は、お互いが相手に何と言えばいいのか迷った様子で沈黙を保ち……十秒程が経過したところで、レイが口を開く。


「ダスカー様から話を聞いて、会いに来てみたんだけど……」

「ええ、知ってるわ。何でも、私に調べて欲しいことがあるとか何とか。まったく、あの子も面倒な仕事を回してくれるわね」


 そう言いながらも、アナスタシアの口には笑みが浮かび、目は好奇心で輝いている。

 そんなアナスタシアの姿に、何となくその性格を理解し……同時に、ダスカーをあの子呼ばわりしていることから、何となくその関係性も見えてくる。

 恐らくはダスカーが騎士になるかならないかといったくらいの時、王都に行った頃くらいからの知り合いなのだろうと。

 そういう意味ではマリーナとそう違いはないように思えるのだが、ダスカーがマリーナに苦手意識を抱いているのと違い、こちらは純粋に慕っているように思えた。


「そうか、聞いてるのなら話が早い。……ただ、今回の件は本当に色々と重要なんだ。例えダスカー様の知り合いであっても、迂闊な相手には見せたいと思えない」

「分かってるわよ。レイだったわよね? ああ、私のことはアナスタシアでいいから。とにかく、レイが何をしに来たのかは、何となく予想出来るわ」


 そんなアナスタシアの言葉に、若干やられたと思うレイ。

 ダスカーは、最初からレイとアナスタシアを会わせるつもりで、話をしてあったのだ。

 もっとも、ダスカーの立場として考えれば、それは不思議でも何でもない。

 それこそ、異世界から何かを転移させてくるウィスプなど、出来る限りどうにかしたいと思って当然だろう。


「それで、私を見てどう判断したのかしら?」


 向かい合ってソファに座ると、早速といったようにアナスタシアがレイに尋ねる。

 とはいえ、レイもまだアナスタシアに会ったばかりである以上、すぐに地下空間について調べて貰うという訳にはいかず、拒否も出来ない。


「そう言われても困るな。まだ会ったばかりだし」

「その辺は、勘とか第一印象とか、そういうのでいいんじゃない? まさか、お互いを知る為にずっと話をし続けるという訳にもいかないでしょ? 相手のことを深く知ってから、なんて言わないわよね?」


 そう言い、冗談っぽく笑うアナスタシア。

 本人としてはからかっているだけなのだろうが、なまじ顔が整っているだけに、その破壊力は高い。

 それこそ人によってはあっさりと心を奪われてもおかしくはなかった。

 とはいえ、美人という点ではエレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった面々と一緒に行動することの多いレイは、耐性が高い。……体型的な問題も関係していた可能性があるが。


「まぁ、そうだな。そもそも、ダスカー様が慕ってる相手だし、その辺はあまり気にしなくてもいいか」


 長年会っていないので性格が変わっているかもしれない。

 ダスカーの前でそう口にしたのを忘れたかのように、レイはそう告げる。

 実際、アナスタシアが言った通りただの勘でしかないが、信頼しても大丈夫だというのは、レイにも何となく納得出来た。

 とはいえ、一応念には念を押す必要があり……


「分かった。なら、これからアナスタシアを問題の場所まで連れていく。ただ……ダスカー様が慎重になっているのを見れば分かる通り、かなり重要な一件だ。このことを他の奴に話したりしたら……どうなるか、分かってるよな?」


 軽く殺気を発しつつ、アナスタシアを見るレイ。

 もっとも、軽くと思っていても、それはあくまでもレイの感覚でだ。

 他の者……腕の立つ冒険者や、商人の護衛として雇われている傭兵の類は、当然のようにそんなレイの殺気に反応する者もいる。

 ちょうど宿に入ってきたばかりの冒険者は、レイの殺気を感じて半ば反射的に腰の鞘に手を伸ばす。

 また、食堂から出て来た傭兵はレイの殺気を感じた瞬間に食堂に戻る。

 そんな事が十秒程続き……だが、そんなレイの殺気を受けても、アナスタシアは特に気にした様子もなく頷き、口を開く。


「大丈夫よ。私だって、ダスカーの顔を潰すような真似はしないわ。……もっとも、ギルムには興味深い存在が色々とあるみたいだから、そっちに目移りする可能性はあるかもしれないけどね」


 アナスタシアのその言葉に、レイは何と答えるべきか迷い……やがて口を開く。


「取りあえず、研究して貰いたいのを見て貰えば他に目移りすることはないと思う」


 それは、レイにとって断言出来ることだった。

 異世界から何らかの存在を転移させてくるウィスプなどという存在があるのだから、それに興味を持たないということはないだろうと。


(あ、でもアナスタシアを連れて行くのなら、グリムについて見つからないようにする必要があるな。宝石とか、そういうのを)


 レイにはどのような理由からそうしたのかは分からなかったが、ウィスプのいる地下空間にはグリムが風の精霊を封じたエメラルドのような物を置いていた。

 それを考えると、迂闊にレイの仲間――秘密を話したという意味で――ではないアナスタシアを連れていくのは、面倒なことになる可能性が高い。


(あれ? だとすると、今日そのままってのは不味いんじゃ? 今夜グリムに連絡して……)


 そう思ったレイだったが、アナスタシアはレイが数秒前に口にした言葉に、興味深そうな表情を浮かべている。

 とてもではないが、今の状況で実は明日連れていくなどとは口に出来ない。

 しくじった。

 そう思っても、既に遅い。

 今のアナスタシアの様子を見る限り、ここで今日連れていかないと言うのは、幾ら何でも不自然だ。

 それ以外にダスカーにその件が伝わっても、疑問を抱かれるだろう。

 元々、レイは何度も研究者はまだかとダスカーにせっついていたのだ。

 そんなレイが、研究者が来たというのにトレントの森の地下空間に連れていかないというのは、明らかにおかしい。

 それこそ、何かがあったとダスカーが考えてもおかしくはない。

 それが理由で地下空間を詳しく調べられ、結果としてグリムの研究室に繋がっている場所が見つけられたりしたら、それこそ洒落にもならなかった。


(取りあえず……ウィスプにだけ集中して貰って、それ以外の地面に落ちてる何かは隠すか、一時的に俺がミスティリングに収納するしかないか)


 そうすれば、何とか誤魔化せるだろうと自分を半ば無理矢理納得させると、アナスタシアに話し掛ける。


「そんな訳で、早速目的の場所に行ってみるか? もし何か用があるなら、明日でも構わないけど」


 レイとしては、万が一を考えて出来れば明日にして欲しいとアナスタシアが言ってくれることを期待したのだが……


「そうね。じゃあ、ちょっと準備してくるから、待っててちょうだい」


 やる気満々でそう言い、自分の部屋に戻っていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふむ…4人目…いや5人目の妾かな?(笑)
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