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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2144/3865

2144話

「待て」


 ギルムに向かっている途中、不意にレイがそう呟く。

 その声が予想外に鋭かったからだろう。

 御者は、半ば反射的に手綱を引く。

 馬車だけに、当然のように馬が止まってもすぐに馬車が停まるといったことは出来ない。

 それでも速度を緩めることは可能なのだ。


「どうしたんだ?」

「……どうやら、この黒装束達は向こうにとっても随分と重要な奴らしいな」


 レイの口から出たその言葉で、何が起きてるのか……いや、起きようとしているのかを理解したのだろう。御者の男は驚く。


「襲ってくるのか? こんな場所で?」


 現在馬車が走っているのは、まだ街道には合流していないが、それでも離れた場所に街道は存在するといった場所だ。

 当然のように、街道を進む者達の姿もしっかりと確認することが出来る。

 特に今は、増築工事が行われているギルムに向かう者も多く、だからこそ街道を通る者も多い。

 実際、セトの背の上にいるレイが見ても、商隊と思しき者や、ギルムで仕事を求めてなのか冒険者や一般人と思しき者達の集団もいる。

 そんな者達がいる場所で、まさか襲ってくるような相手がいるというのは、レイにとってもかなり予想外の展開だった。


「向こうにしてみれば、よっぽど俺達に知られたくない事情があるんだろうな」


 正確には、事情を知られたくないというのもあるが、それ以上に大きいのは、組織的な事情だ。

 今回の依頼を受けたのは、ギルムに進出してきたばかりの組織だ。

 それも既存の組織との繋がりがなく、実力で自分達の存在を認めさせた組織。

 ……当然のように、その抗争においても被害を受けている。

 そのような組織にとって、現在使える戦力というのは希少だというのに、その戦力が纏めて捕らえられたのだ。

 組織を運用していく上で、致命的にすらなりかねない。

 それこそ、せっかくギルムで活動出来るようになったのに、即座に潰されかねなかった。

 それを防ぐ為には、どうにかしてレイに捕らえられた者達を救う必要がある。

 当然のように危険は理解しているが、それでもやらなければならないのだ。

 また、レイを相手に一泡吹かせることが出来れば、それは組織としての実力を見せつけるという意味でも大きな利益にもなる。


「どうする?」

「相手は完全にこっちを殺す気だな。……さて、どうするか」


 レイが悩んだのは、純粋に手が足りないからだ。

 ここにいる味方は、レイとセト、それと御者だけとなる。

 そして戦力という意味では、御者は戦力から外れてしまう。

 一応自分の身を守れる程度の実力は持っているのだろうが、レイが見たところ際だって強い訳ではない。

 つまり、純粋な戦力としては期待出来ないのだ。

 質としての戦力であれば、レイも襲ってこようとしている者達に負けるつもりはない。

 セトがいることを考えても、どうやっても正面から戦った場合は負ける要素はなかった。

 ……問題なのは、当然のように向こうもそれを理解しており、だからこそ正面から攻撃してくるとは限らないことだろう。

 正面から勝てないからこそ、何らかの搦め手を使ってくる可能性が高い。

 また、不安要素は馬車の中にもある。

 黒装束の者達は、現在馬車の中にいる。

 縄抜け出来ないよう、しっかりと縛ってあるが、それはあくまでも一人ならの話だ。

 かなり強引に馬車の中に押し込めたのを考えれば、黒装束達はそれぞれが密着している……つまり、仲間に触れて協力出来るということでもある。

 馬車で移動している時であれば、レイがすぐ側にいるので、もしそのようなことがあっても対処出来るが、こうして相手が襲ってくる中で黒装束達に妙な動きをされるというのは、面白くない。


(というか、普通こういう場所で襲ってくるなんて真似をするのか? 街道にも人がいるんだぞ? 絶対目立つだろうし。……目立つ?)


 そこまで考えたレイは、ふと領主の館でのことを思い出す。

 商人の振りをした男が、騎士を殺そうとしていたのを止めたことを。

 普通に考えて、ギルムで領主の館にいる騎士を殺そうとするのは、それこそ組織にとっては自殺行為でしかない。

 放っておけば相手に恐怖したと侮られるということもあり、ダスカーは当然のように暗殺者が所属していた組織に報復するだろう。

 騎士や兵士を有しているダスカーだけに、当然その戦力は高い。

 襲う方も当然のようにその辺の事情は知った上での行動なのだろうから、それこそ後先を考えずに行動に出たように見えてもおかしくはない。

 勿論、実際にはダスカーに報復されても、どうにかする目算があったのかもしれないが。

 ともあれ、街道のすぐ側にあるここで襲ってくるような真似をする相手が、あの暗殺者に重なったのは事実だ。

 何らかの証拠がある訳ではない。

 しかし、どうしてもその二つが無関係とは、レイには思えなかった。


(まぁ、その辺は俺が考えることじゃない。それこそ、騎士団の尋問を担当している奴が聞き出すだろう。その後でどうなるかは、それこそダスカー様が決めることだろうし)


 今ここで何を考えても意味はないと判断し、レイはセトの背から飛び降り、そのまま馬車やセトと併走しながら口を開く。


「セト、敵が襲ってきたら、その連中の相手は俺がする。お前は、馬車の中で黒装束達が妙な真似をしないかどうか、確認していてくれ。……いいな?」

「グルゥ?」


 大丈夫? と喉を鳴らすセト。

 セトも、レイがその辺の相手に負けるなどとは一切思っていない。

 しかし、敵が複数の場所から一斉に襲ってくるとなると、話は変わってくる。


「大丈夫だって。セトがこの馬車を守ってくれてれば、俺は迎撃に専念出来るからな」

「あー……その、出来れば俺も守ってくれれば嬉しいんだけどな」


 レイとセトの様子を窺っていた御者が、馬車の速度を落とし……ようやく馬車を停めると、レイに向かってそう言ってくる。

 御者は、レイが見抜いたように決して強い訳ではない。

 ある程度の実力を持ち、一般人を相手にした場合なら勝てるだけの実力があるが、戦いを専門にして鍛えてきた相手にはまず勝てないと自覚していた。


「分かってる。けど、お前も馬車の様子はしっかりと見ててくれよ」

「……いっそ速度を緩めないで、街道に入った方がよかったんじゃないか?」

「駄目だな。街道に誰もいないのならそれでもよかったけど、今の状況を考えると、街道にいる連中を巻き込むことにもなりかねない」


 レイはそこで言葉を止めたが、実際には街道にいる者達の中にも黒装束の組織の者がいる可能性も考えていた。

 向こうにしてみれば、今回の襲撃はまさに乾坤一擲と呼ぶに相応しい行動だ。

 打てる手があるのなら、それをやらないということはないだろう。


「あー、そうか。今のギルムでそんな真似をすると、人を集めるのが難しくなるな」


 御者の言葉に、レイはそれもあると同意する。

 現在動いているのは増築工事だけだが、その増築工事ですら人手は幾らあっても足りない程だ。

 それがこの先、地上船の研究や建設、香辛料の世話、湖や生誕の塔に関係する諸々……それ以外にも、細かい作業を考えれば、それこそ人手は是が非でも欲しい。

 そんな中でギルムに向かっていた者が戦いに巻き込まれて死んだり怪我をしたとなると、仕事を求めて多くの者達が来る足が鈍りかねなかった。


「まぁ、そんな訳で……来たな」


 馬車が停まったことで、自分達の存在がレイ達に知られていると考えたのか、黒装束の男達が姿を現す。

 草むらに潜んでいた者や、木や石の陰に潜んでいた者達が。


(馬車の中の連中と同じ黒装束なら、間違いなく仲間なんだろうな。……けど、夜ならともかく日中に黒装束はかえって目立つだけだと思うんだが。顔とかを隠したいのかもしれないけど)


 夜の闇に紛れるという意味では、黒装束は有効だろう。

 だが、今は夜ではなく日中だ。

 それは目立つのは間違いなく、実際に街道を進んでいる者達も一体何があったのかといった視線をレイ達の方に向けている。


(いや、寧ろそれが狙いなのか?)


 馬車を包囲する黒装束達を前に、レイは疑問を抱くも……今は、それよりもやるべきことがあるのも事実だった。

 ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、いつもの二槍流の構えをとる。

 それを見た黒装束達は、顔が隠れていて見えないが、それでも雰囲気から驚いているとレイには分かった。

 これは、別に珍しいことではない。

 レイが大鎌と槍という、普通ならとてもまともではない武器の組み合わせで戦うというのは、その珍しさもあって相応に情報が流れている。

 だが、そんなレイを実際に目の前にした場合、その迫力は話で聞いていたからといって、素直に受け止められる筈もない。

 まさに、百聞は一見にしかずという言葉を示すかのような光景だった。

 レイの身長は決して高くはないのだが、その両手に持つデスサイズと黄昏の槍は、双方共に武器としては長柄の代物だ。

 そんな二本を手にするレイは、とてもではないが簡単に倒せる相手とは思えなかった。

 とはいえ、黒装束達もレイが強敵だというのは承知の上での行動だ。

 ここで時間を掛ければ、それこそ街道にいる者がギルムに連絡をして警備兵がやって来るだろう。

 あるいは、警備兵ではなく兵士……場合によっては騎士が来る可能性もある。

 それを考えれば、幾らレイの存在が驚異的であっても、ここで無駄に時間を潰す訳にはいかなかった。

 黒装束の男の一人が、手を軽く振る。

 それが合図だったのだろう。馬車の周囲にいた者達全員が、一斉に襲い掛かる。

 ……それも、襲い掛かったのはレイではない。馬車にだ。

 元々黒装束達の目的は、レイを倒すことではなくレイに捕らえられた者達の奪取だ。

 可能であればレイを倒すことが出来ればという思いもあったのだろうが、そんな思いはレイを見た瞬間に吹き飛び……更にデスサイズと黄昏の槍を構えたところで、どうしようもないと判断せざるをえなかった。

 とはいえ、レイがわざわざ護衛していたからこそ、この馬車に仲間達がいるのだと確信出来たのだから、今更レイに不満を言っても仕方がないのだが。


「飛斬!」


 デスサイズから放たれた飛ぶ斬撃が、黒装束の一人に襲い掛かる。

 その威力は、相手を切断する……もしくは、そこまでいかなくても身体に大きな斬り傷を与えるだけの威力はある筈だった。

 だが、黒装束の相手は服を斬り裂かれ、肩から血を吹き出したものの、その傷は決して重傷と呼ぶべき代物ではない。


(何だ? 黒装束そのものが高い防御力を持っているのか、それとも黒装束の下に鎖帷子のような何かを着ているのか)


 そう疑問を感じつつも、レイの動きは止まらない。

 飛斬を放った反動すら利用して、黄昏の槍が放たれる。

 いつものように右手で放つのではなく、左手を使っての投擲だった、それでも十分な速度と共に飛んでいき……馬車に向かっていた黒装束の腹部を貫通する。

 飛斬の斬撃には強い耐性――それでも斬り傷を負ったが――を持っていたが、飛斬はあくまでも飛斬。

 デスサイズそのものを放った一撃ではない。

 それに比べると、今の一撃は黄昏の槍を投擲したのだ。

 飛斬は防げても、レイの魔力によって強化された黄昏の槍を防げる筈がない。


「何っ!?」


 それを見た黒装束の一人が、驚きの叫びを上げる。

 まさか、自分達の防具をこれ程あっさりと貫かれるとは思っていなかったのだろう。

 そして黒装束から上がった声は、他の者達にしても意外だったのか一瞬動きが鈍り……


「グルルルルルルルゥ!」


 周囲に響き渡るセトの雄叫び。

 王の威圧のスキルが発動し、それを聞いた黒装束達は何人かが動けなくなり、動ける者もその移動速度は極端に落ちた。


「よくやった、セト!」


 今の状況で一番厄介なのは、馬車が攻撃をされることだ。

 正確には、馬車の中にいる黒装束達が解放されることか。

 そんな状況で、セトの王の威圧というスキルは、敵にとって致命的以外のなにものでもない。

 近くにいた黒装束の男に近づいたレイは、黄昏の槍を手元に戻し、大きく振るう。

 穂先ではなく柄の部分で殴られた黒装束は吹き飛び、仲間に命中してようやくその動きを止めた。

 黄昏の槍でも穂先であれば、容易に黒装束、もしくはその下の防具を貫いて致命傷を与えることが出来ただろう。

 だが、今の状況で必要なのはとにかく相手の手数を減らすことだ。

 ここで一人確実に殺すよりも、吹き飛ばしてもう一人……可能であれば二人くらい巻き添えにした方が、効率はいい。

 あくまでも、セトの王の威圧があってのことではあったが……その一撃は間違いなく黒装束達の動きを邪魔し……結果として、数分と掛からずに襲ってきた黒装束達は全滅するのだった。   

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2020/12/24 07:58 退会済み
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