2136話
昨日はなろうの方でトラブルがあったらしく、18時ではなく遅れて更新されたようです。
昨日の2135話をまだ読んでいない人は、そちらを読んでからこの話を読んだ方がいいかと。
「ケルッ……」
レノラは、レイの言葉に何とか驚きを隠す。
ケルベロスという名前は、それだけの衝撃をレノラに与えた。
辺境であっても、ランクBモンスターというのはそう簡単にお目に掛かることが出来る相手ではない。
特にトレントの森は、今まで高ランクモンスターが出て来ることはなかった
……ギガント・タートルのような例外も存在するが、少なくても今のようなトレントの森になってからは、そのような高ランクモンスターが出て来ることはなかったのだ。
もっとも、湖が転移してきたことによって出て来た巨大なスライムもいたりするのだが。
「ああ。それで一応解体はしてきたから、素材とかを売りたいんだけど……どうすればいい?」
「ここでだと目立つので、倉庫の方にお願い出来ますか? すぐに専門の人を向かわせますので」
ギルド職員であれば、その多くがある程度は素材を見分ける目の類は持っている。
だが、それはあくまでもある程度であって、専門家には遠く及ばない。
そのような意味では、やはり今回のレイが持ってきたケルベロスの素材に関しては専用の者を用意した方が確実だった。
レイとしても、専門の知識を持つ人物に素材を鑑定して貰えればそれに越したことはない。
「そうしてくれると、こちらとしても助かる。……それで、トレントの森に関してだが……」
最後まで言わずとも、レイが何を言いたいのかレノラも理解出来たのだろう。
「はい。トレントの森で仕事をする人達には、その辺をしっかりと知らせておきます。……腕の立つ冒険者をそちらに回せればいいのですが」
そう言いながら、レノラは言葉を濁す。
腕の立つ冒険者というのは、幾らでも仕事がある。
そのような冒険者達をトレントの森で働いている樵の護衛に回すというのは、色々と問題があった。
また、高ランク冒険者に仕事を依頼するとなると、当然のように報酬も高くなる。
「その辺は俺には何とも言えないから、ギルドの方に任せるよ。じゃあ、取りあえずケルベロスの素材を持って倉庫に行くから、担当を寄越してくれ」
「分かりました。……ケニーがいなくてよかったですね」
しみじみと告げるレノラだったが、レイはその言葉に何故? と首を傾げる。
ケニーから好意を抱かれているのは分かっているが、それでもわざわざここで名前を出すとは……と。
「ケニーがいれば、何か違ったのか?」
「えっと、その……あまり犬系のモンスターを好んでないんですよ」
「……なるほど」
もしかして、ケニーが猫の獣人だから犬系のモンスターが嫌いなのか? と思わないでもなかったが、レイとしては取りあえずその件についてこれ以上突っ込まない方がいいだろうと判断して、ギルドを出るのだった。
「ほう! これは凄い。ここまでのケルベロスの素材というのは、そう滅多に手に入れられるものではないぞ」
素材の売買を専門にしているギルド職員が、レイの取り出した各種ケルベロスの素材を見て、声を上げる。
レイに対するお世辞というのも幾らかは入っているのだろうが、実際にそう思っての言葉だというのも、間違いではなかった。
とはいえ、レイの持ってきた素材の全てを褒めている訳ではない。
ケルベロスから剥いだ毛のついたままの皮を見て、見るからに残念そうにする。
「首が……ないな」
「あー、うん。ケルベロスを殺す時に、首を三つ纏めて切断したからな」
「そうか。……首がついたままなら、かなり高額で買い取ることも出来たんだが……」
極上の素材だけに、出来れば最良の状態で欲しかったというのが、ギルド職員の正直なところだろう。
そんなギルド職員の様子を見て、レイも何となくその理由を理解する。
「首がついたままだと、剥製にでもしたのか?」
「ああ。ケルベロスの剥製というのは、貴族であれば……いや、貴族でなくても金持ちなら、大抵が欲しがる代物だ。何しろ、ランクBモンスターの剥製だけに、珍しいんだよ」
「……なるほど」
誰も持っていないような物を持っているから、自慢出来る。権威を示せるといった方が正確だった。
レイから見れば、何となく馬鹿馬鹿しいようにも思えるが、貴族同士で色々とやり取りをする時は、それが大きな力となることも事実。
だからこそ、ギルドとしても高値で売れる剥製として、無傷の状態のケルベロスが欲しかったのだろう。
「前もって知ってれば、そういう風に倒すことも出来たかもしれないんだけどな」
そういう風……つまり、首を切断しないような倒し方として、レイが真っ先に思い浮かぶのは首の骨を折るといった戦い方だ。
もしくは心臓を破壊するという方法でもいいが、その場合は下手をすれば魔石が損傷する恐れもあった。
魔石を必要とするレイとしては、出来ればそのような真似はしたくない。
そうなると、やはり首の骨を折るといった方法が必要だった。
「次からは、そういう倒した方をしてくれると助かるよ」
「次からな。……もっとも、ケルベロスといつ次に会えるかどうかは分からないけど」
「まぁ、そりゃそうだ。……ん? 肉はどうしたんだ? ケルベロスの肉は美味いから高く買い取るが」
「あー、悪い。肉に関してはこっちで食べるから」
ケルベロスの大きさの肉を食べるのか? 疑問に思ったギルド職員だったが、レイがアイテムボックス持ちである以上、肉が腐るといった心配はしなくてもいいのだと思い出す。
また、レイはグリフォンのセトを従魔としており、セトの身体の大きさを考えれば、それこそアイテムボックスがなくてもこのくらいのモンスターの肉ならあっさりと食べられるだろうと考える。
「そうか、分かった。……残念だけど、素材はこれで全部だな」
レイが出した素材の中に魔石はなかったが、レイが魔石の収集を趣味としているというのは、ギルドの人間なら大抵が知っている。
珍しい趣味だし、普通ならとても成立するような趣味ではないが、レイ程の強さを持っていれば話は別だ。
だからこそ、ギルド職員はそのことについて何も言わなかったのだ。
こうして、レイはケルベロスの素材をギルドに売るのだった。
「ほら、ここに入ってろ。一応食事はそれなりの奴を出せると思うから安心しろ」
「お手間を取らせてすいません」
地下牢の中に入っている冒険者達の一人が、騎士に向かって頭を下げる。
普通なら地下牢に入れた相手にお礼を言われるなどということはないので、騎士は微妙にやりにくそうにしながらも適当に返事をしてから地下牢から出て行く。
そんな騎士を見送ると、冒険者達は周囲を見回す。
「ここって地下牢だよな? その割には、設備がそこまで悪くないんだけど……どうなってる?」
「うーん、俺達は悪いことをしてないのに、見てはいけないものを見てしまったということで地下牢に入れられることになったから、せめて少しでも不愉快に思わない場所をってことじゃないか?」
「地下牢に入れられてる時点で、どうしようもないと思うんだけどな」
ここにいる男達は、コボルトに追われて湖や生誕の塔のある場所までやって来た冒険者達だ。
騎士の言った通り、食料を始めとした各種補給物資を持ってきた馬車でギルムまでやって来て、事情を理解したギルムの上層部が決めた処遇が、暫くの間、地下牢に閉じ込めておくということだった。
それでも悪いと思っているのか、男達が言ってるように地下牢は地下牢でも、貴族のような重要人物を閉じ込める地下牢に入れられている。
「ともあれ、飯は出してくれるって言うんだし、考えようによってはそう悪くない待遇だろ? こうして寝ているだけでいいんだから」
「身体が鈍るぞ」
そんな会話をしながらも、男達は地下牢の中を見て回る。
重要人物用の地下牢だけあって、五人が纏めて入れられていても、多少狭くは感じるがその程度でしかない。
「うん、結構しっかりしてる。……っていうか、俺達の宿よりも上だぞ、ここ。正直、ここにいたら後で出られなくなりそうでちょっと怖いな」
「ベッドもかなり高級品だしな。うん、その気持ちは分かる。ネズミもいないし」
「いないか? 本当に? ここは地下牢なんだから、ネズミくらいいてもおかしくないだろ」
「あー……まぁ、絶対にいないとは言い切れないな。結局俺達ってそこまで鋭い訳じゃないし」
そんな風に冒険者達は会話をしてると、不意に扉の開く音がする。
その音は男達のいる地下牢の扉が開く音ではなく、地下牢に続く階段の扉が開く音だ。
普通に考えれば、自分達をここまで連れて来た騎士がいなくなったばかりなのだから、食事ということはないだろう。
そうなると、一体誰が来たのか。
男達の中に、もしかして湖や生誕の塔を見た自分達をやっぱり消そうと誰かが来たのでは? と、少しだけ不安に思う。
だが、階段を降りてきたのが毛布を持った使用人であることに気が付き、ほっと安堵する。
夜になれば、この地下室でも寒いだろうと思って毛布を持ってきてくれたのだろうと。
今は春で日中は汗ばむ陽気になることもあるが、夜はやはり寒い。
特にここは地下牢である関係上、余計に寒い。
ベッドの上に毛布の類はあるが、基本的には一人で使う場所である以上、その毛布も一人分しかない。
その辺りの事情を考えて、こうして毛布を持ってきてくれたのだろうと思ったのだ。
実際に毛布を持ってきてくれたのだから。
男達は嬉しそうに地下牢の扉が開くのを待ち……だが、その男は地下牢の前に立ってはいるが、地下牢の扉を開ける様子はない。
「え? ちょっ、おい。どうしたんだ? その毛布は俺達に持ってきてくれたんだよな?」
冒険者の一人が、使用人の男にそう声を掛ける。
だが、声を掛けられた男は、その言葉には答えず全く別のことを口に出した。
「銀の輪、金の輪、ミスリルの輪。その輪を持つのは一体誰?」
「っ!?」
使用人の男の口から出た言葉に、冒険者達は全員が息を呑む。
ここで接触してくると、前もって言われてはいた。
だが、まさかこのような人物が接触してくるとは思わなかったからだ。
ともあれ、今は返事をしなくてはならないと、驚きながらも無理矢理に口を開く。
「木の精霊、トレントが輪を持つ」
「……合い言葉を確認した。さて、俺もこうしていられる時間は少ない。手っ取り早く聞くが、ダスカーは何を隠している?」
その言葉に、冒険者の男は自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから、口を開く。
「湖と塔だ。特に湖は、かなり……いや、とてつもなく広い。塔の方はリザードマンの住処みたいだった。それと、これはどう判断してもいいのか分からないけど、湖の側に巨大な炎の塊があった。何でも、スライムを燃やしてるとか何とか」
「スライムを?」
「ああ。俺達が聞いた話だと、そうだった。ただ、巨大な……それこそ、小さな山くらいはあるんじゃないかってくらいの大きさだ。そんなスライムがいると思うか?」
喋っているうちに興奮してきたのか、冒険者の男は次第に乱暴な口調になっていく。
仲間の男の一人が気をつけろと服を引っ張っているのだが、興奮している様子の男はそれに気が付かない。
「お前の考えは聞いていない。お前の主観じゃなく、自分で見たことだけをしっかりと言え」
興奮している男に対し、使用人は短く告げる。
その言葉には、明らかな苛立ちが含まれていた。
それを敏感に察知した男は、半ば反射的に黙り込む。
自分の前にいるのが、紛れもない強者であるということを半ば本能的に悟ったからだ。
そこから、男は自分が湖で知ることが出来た情報を次々と使用人に話していく。
その内容を最後まで聞くと、やがて使用人は口を開く。
「その情報は間違いなくヴィーン様に知らせておく。暫くはこの地下牢で暮らして貰うことになると思うが、ここから出たらしっかりと報酬は支払おう。今はここにいろ」
「分かった。報酬を楽しみにしてるよ」
そうして短く言葉を交わすと、使用人は牢屋の鍵を開け、持ってきた毛布を投げ込むと立ち去る。
その後ろ姿を見ていた冒険者の男達は、ようやく使用人の姿が見えなくなったところで大きく息を吐く。
「ふぅ……取り合えず俺達の仕事は終わったな」
「ああ。後は無事に報酬を貰えばそれで万々歳だけど……どうなるだろうな」
ヴィーンという人物に雇われてはいるものの、実際にその人物に会ったことはない。
だが、金を稼ぐ為には多少危険な橋も渡る必要があり、だからこそ今回の仕事を引き受けたのだ。
ダスカーが何を隠しているのかを探るという仕事を。
「けどさぁ……さっきの奴、こういう場所に入り込んでるんなら、そっちの方面から情報を得られるんじゃねえの?」
「深入りするなって。ここで深入りすれば抜け出せなくなるぞ」
何となく背筋が冷たくなるのを感じながら、男達は意識して話題を変えるのだった。