2131話
予約投稿ミスで2話連続投稿してしまいましたので、注意して下さい。
「おー! レイ、戻ってきたのか。随分久しぶりな気がするな。今日はここに泊まるんだろ?」
生誕の塔のある場所に戻ってきたレイとセトを、冒険者達や騎士が嬉しそうに迎える。
ここは今のところ安全だとはいえ、ギルムの外であることに違いはない。
それこそ、いつ高ランクモンスターが現れるかもしれないし、湖からは未知のモンスターが出て来かねない。
それを思えば、高い戦力を持っているレイや鋭い五感を持っているセトは非常に頼れる存在なのは間違いなかった。
「ああ。そのつもりだ。現在ギルムの周辺で一番何か起こるか分からないのはここだしな。……それにしても、まだ燃え続けているのか」
既にこの辺りの名物と言ってもいい存在になった、燃えているスライム。
レイも予想はしていたのだが、やはりと言うべきかこうして戻ってきた今もまだ燃え続けてる。
(いい加減燃えつきてもいいと思うんだけど、しぶといな。しかも、体積が減ってるようにも思えないし)
燃えているのなら、スライムの体積が減ってもおかしくはない。
だというのに、その様子が一切見えないということを考えると、それは恐らく……いや、ほぼ間違いなく未だにスライムがレイの使った魔法に対抗しているということを意味していた。
スライムというのは基本的には雑魚でしかない。
だが、そんなスライムであっても、丘や小さな山といったような大きさにまで成長すれば、一定の力を得ることが出来るのだろう。
(こっちもまた、希少種なのか上位種なのか分からないけど)
トレントの森の地下空間にいるウィスプも、希少種か上位種と思われる存在だった。
もっとも、レイは上位種ではなく希少種であると判断していたが。
「ああ、今日はこっちに泊まるよ。昨日は湖から何かモンスターが襲ってこなかったか?」
冒険者に話をしながら、周囲の様子を確認する。
昨夜、もしくはレイがいない間に湖から敵が襲ってきたら、何らかの痕跡があってもおかしくはない。
幸いにも、レイが見回した限りでは特に何か異常があるようには思えない。
であれば、恐らく敵に襲われるといったことはなかったのだろうと判断し、安堵する。
「ああ。あのトカゲとかアメンボとか、それ以外のモンスターが襲ってくるようなことはなかったな」
「そうか。ならいい。……ちなみに、緑人は見つかったか?」
レイはトレントの森でウィスプによってグラン・ドラゴニア帝国から転移させられてきたリザードマンと接触した。
今までの経験から、リザードマンが転移してきた時は緑人も一緒に転移してきていたので、もしかしたら自分達が知らない間に緑人を保護したのではないか。
そう思って尋ねたのだが、残念ながら冒険者は首を横に振って否定する。
「いや、残念ながら緑人は見つかっていない。一応、レイから聞いたから暇な時はある程度その辺を見て回ったりはしたんだけどな。その程度で見つけることは出来なかった」
「そうか。……見つからなかったのなら、しょうがないか」
出来れば見つかっていて欲しかったが、それでも最大の優先事項は生誕の塔の護衛だ。
無理に緑人を探す為に生誕の塔から離れ、その結果として護衛の戦力が少なくなり、湖から……もしくは辺境だからこそのモンスターに襲撃されて、リザードマンの子供や卵に被害が出るよりは、よっぽどいい。
「悪いな」
短く謝罪の言葉を口にする冒険者だったが、それはレイにとっては特に気にする必要のないことだ。
だから軽く首を横に振るだけですませる。
「緑人の件はもういいけど、それ以外に何かあったか? 例えば、誰かが様子を見に来たとか」
スライムを倒す時にレイが使った魔法は、非常に強大な炎を生み出すものだった。
それこそ、ギルムからでも普通に見ることが出来るような。
当然そのような状況であれば、少しでも聡い者であれば情報を集めようとする筈だ。
そしてある程度まで近づけば、湖や生誕の塔を見つけることが出来る。
……それを思えば、いつ誰がここにやって来てもおかしくはない。
一応ダスカーやその部下達がギルムの中で動こうとしている者を止めてはいるのだが、それで絶対に動きを止めるとは限らない。
いや、寧ろ何かがあると判断し、より強い興味を持ってもおかしくはなかった。
「いや、今のところそういう奴は来てないな。けど、遅かれ早かれ誰かがやって来るのは確実だろ?」
冒険者のその言葉を、レイは否定することが出来ない。
実際にそれだけの存在がここにあるというのを、分かっているからだ。
……いや、寧ろレイとしては下手にトレントの森の中央にあるウィスプのいる地下空間に興味を示されるよりは、この湖や生誕の塔で人を引き付けた方がいいのではないかとすら思う。
「そういう連中が来たら、結局俺達の出番なんだろ? 一応上からここに近づかないようにというのは、言われてるんだろうし。来たら、捕まえても構わない筈だ」
「だろうな。……セトがいる以上、誰かが近づいてきてもほぼ確実に見つけれるだろうし」
セトの五感を考えれば、察知されずに近づいてくるのは非常に難しい。
それこそ異名持ちといったような規格外の存在ではなければ、セトを誤魔化せる可能性はまずないだろう。
……もっとも、異名持ちであってもエルクのように戦闘特化の異名持ちであれば、セトの五感を誤魔化すような真似はまず不可能だろうが。
「そうなんだよな。だから、セトが戻ってきてくれたのは非常に嬉しい。ああ、勿論レイもだぞ」
「俺はセトのおまけか? もっとも、俺が戻ってきて嬉しいのは、食事が豪華になるからってのも大きいんだろうけど」
そんなレイの言葉に、話をしていた冒険者だけではなく、他の者達も揃って視線を逸らす。
その態度こそが、レイの言葉が真実を突いた証だったのだろう。
「グルルルゥ?」
ご飯食べるの? と、周囲の様子を見ていたセトが、食事云々という話を聞いて喉を鳴らす。
基本的にセトは、幾らでも食べることが出来る。
普段は周囲の者達に遠慮してあまり食べない――それでも人の換算で考えればかなり食べる――セトだったが、今この状況で色々と食べられるのではないかと、そう期待したのだろう。
そんなセトに、レイはミスティリングの中から出した串焼きを一本渡す。
セトにとっては明らかに物足りない量ではあったが、それでもレイの出してくれた串焼きだからと、美味しそうに食べる。
「なぁ、レイ。今日の夕食は……」
先程まで話していたのとは別の冒険者が、レイに向かって尋ねる。
レイがいなかったのは、昨日だけだ。
だが、その程度であっても物資の補給として持ってこられた料理は、決して美味いものではなかった。
いや、普通ならそれが冒険者としては普通なのだ。
それこそ、普通に依頼をこなしている上で食べる料理としては、十分に上等な料理なのは間違いないのだから。
しかし、レイがミスティリングの中から出す料理は、その全てがレイが実際に食べて美味いと思った料理の数々だ。
適当に作っただけの料理と比べれば、その味の差は圧倒的だ。
味覚というのは、人と合う合わないというのも大きいので、必ずしもレイが美味いと思った料理が全員にとって美味いとは限らない。限らないのだが……幸いにも、今のところ極端に味覚が合わないという者はいないので、特に問題にはなっていなかった。
「今日の夕食は、そうだな。オーク肉とキノコと野菜の具沢山シチューだな」
『おお』
聞くからに美味そうな料理に、聞いていた者の全員が嬉しそうな声を上げる。
(うーん、これでいいのか? というか、ここに集まってるのは全員が腕利きの冒険者である以上、当然のように相応に稼いでいるから、俺が用意する料理よりも美味い料理は普通に食ったことがあってもいいんだけどな)
これは、別にレイが稼いでいないという訳ではない。
盗賊狩りを趣味にしているレイだけに、稼ぎという点ではギルムでもトップクラスだろう。
勿論、ギルムの中にはもっと効率的に稼いでいるような者もいるのだが。
レイの出す料理は、あくまでもレイが美味いと思って確保してある料理であり、それこそ普通の食堂で売ってるような料理も多い。
だからこそ、ここに来るような腕利きならギルムに行けば間違いなく好き放題に食べることが出来るのだ。
もっとも、ギルムにはただでさえ料理を出す店が多いのだが、今は増築工事で人数が更に増えており、その者達を目当てにした店も多いので、料理店は更に増えている。
そこに屋台も加えると、食事をする為の店は更に増えてしまう。
それらを考えると、そのような無数の料理店の中から、美味い料理だけを選ぶというのは難しい。
レイがそのような真似を出来るのは、単純に人より多く食べることが出来る身体を持っているので、それだけトライ&エラーが出来るというだけだ。
……美味そうな店を嗅ぎ分ける嗅覚の類があったり、何より本当の嗅覚という意味でセトが美味そうな店を見つけたりすることも多い。
また、頻繁に屋台で買い物をしているレイは、屋台の店主に珍しい料理、新しい料理の店や屋台があると教えて貰えるという利点もあった。
「ともあれ、夕食まではまだ時間があるんだから、護衛の方はしっかりとやる必要があるな」
その言葉に皆が頷き、それぞれが自分の場所に戻っていく。
何だかんだと、やはり一番強いのは胃袋を握っているものなのだろう。
『レイ様、お疲れ様です』
冒険者達との話が終わったのを確認すると、ゾゾがレイに向かって近づいてきてそう告げる。
実際に言葉で言ったのではなく、石版がゾゾの言葉を翻訳したのだが。
「ああ。そっちにも何か異常はなかったか? 冒険者達に聞いてみた限りでは、何も異常はなかったって話だったが」
『はい。子供達も湖で遊ぶのは控えるようになりましたし。……ただ、少しでも目を離すと、湖に行きそうになるのが困りものです』
「……まぁ、子供だしな」
子供だけに、湖が危険だと言われてもしっかりと理解出来ないのだろう。
何より、トカゲやアメンボが襲ってきたのを、子供達は見ていない。
その辺りを見ていれば、若干話は違ったかもしれないが。
『はい。……一度、見せるべきでしょうか? 何も知らない状況で湖に行って、それでモンスターに襲われるといった事になればやりきれませんし』
「そうだな。後々のことを考えると、やっぱりその辺はやっておいた方がいいと思う。特に今は、このトレントの森で何が起きるか、全く分からない状況だし」
ウィスプの転移の件があるのを考えると、それこそ何があってもおかしくはない。
場合によっては、それこそ子供達だけでどこかに転移される……という可能性も否定は出来ないのだ。
幸いにして、今のところはこの世界に転移してきた者が更にウィスプによって転移されるということはないので、その辺はレイの心配のしすぎかもしれないが。
「後は、いざという時にどういう風に行動すればいいのか前もって決めておくのはいいな。何があった時に、どこを通ってどこに向かうかとか」
レイが思いついたのは、いわゆる避難訓練だ。
日本にいる時、小学校、中学校、高校でやった避難訓練。
とはいえ、日本でやる避難訓練というのは、火事を想定したものが大半だった。
都会であれば別なのかもしれないが、少なくてもレイが経験した避難訓練はそのようなものだ。
だが……それは、あくまでも日本での避難訓練でしかない。
このエルジィンにおいては、それこそモンスターという存在が無数に存在している。
特にここは辺境のギルムであり、今は異世界からやって来た湖から出て来るモンスターもいるのだ。
いざという時にどう動くのかを決めておくのは、決して悪い話ではない。
(とはいえ……)
レイはゾゾから視線を逸らし、生誕の塔を見る。
その生誕の塔には、未だに多数の卵があるのだ。
もしモンスターの類に襲われて逃げるようなことになった場合、その卵をどうするのかといった問題もある。
少なくても、レイはそんな時にどうするのが最善なのかというのは分からない。
いっそミスティリングの中に入れられないか? とも考えたが、基本的に生き物の類はミスティリングに入れることは出来ない。
……卵が生き物なのかどうかは、また微妙なとこではあったが。
「とにかく、その辺もどうしたらいいのか、お前達で一度話し合った方がいいんじゃないか? ガガはこういう時は役に立ちそうにないけど」
『いえ、そんなことは……』
ガガを庇うゾゾだったが、視線の先で何人ものリザードマンを相手に模擬戦をして無双しているガガの姿を見れば、何となくそれ以上は言葉にすることが出来ず、黙り込むのだった。