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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2126/3865

2126話

「あー……何かこうして見ると、久しぶりに帰ってきたって感じがするな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。

 ダスカーとの話を終えてから、樵が伐採した木を運んだり、生誕の塔の護衛をしている者達に今日はギルムに戻るといったことを説明したり、トレントの森に緑人がいるかもしれないということで探し……結果として、マリーナの家に戻ってきたのは夕方になってからだ。

 夕暮れが周囲を赤く染めている中、レイとマリーナとセトがマリーナの家の中庭に入ると、そこではエレーナとアーラが戦闘訓練を行っていた。

 とはいえ、どちらも本来の実力を発揮しての、本当の意味での訓練ではない。

 適度に手を抜いた……言ってしまえば、スポーツ感覚の模擬戦といったところか。

 もっとも、エレーナは当然だがアーラも生身での戦闘力は相当に強い。

 そんな二人が模擬戦を行っているのだから、そこにあるのはかなり高度な内容だったが。


「アーラは力が強いけど、技術が未熟なのよね。……もっとも、アーラの力があれば大抵の相手はその力でどうとでもなるんだろうけど」


 二人の模擬戦を眺めながら、マリーナが呟く。

 基本的には精霊魔法や弓を武器とするマリーナだが、近接戦闘も出来ない訳ではない。

 とはいえ、その技量は決して高くはないのだが。

 それでもアーラの動きに技術よりも力でどうにかするといったことを察することは難しくない。

 隣で見ていたレイもまた、マリーナの言葉に頷く。

 ……とはいえ、レイの場合もしっかりと誰かから体術の類を習った訳ではなく、実戦の中で独自に磨かれていった我流なのだが。

 基本的には身体の動かし方はともかくとして、大鎌のデスサイズを使っている時点で、半ば我流の道しかないのは間違いない。

 ましてや、現在はその大鎌のデスサイズに加えて黄昏の槍も使っているのだ。

 大鎌と槍の二槍流。

 そんな武器を使っている者の身体の動かし方を教えてくれる相手がいるとは、正直なところ到底思えなかったし、実際にいなかった。

 とはいえ、それは決して悪いことだけではない。

 大鎌と槍をそれぞれ持って戦うといった者と戦った経験がある者は、いない。……もしくはいたとしてもかなり少ない。

 つまり、具体的にどのような攻撃をされるのかは全く分からないのだ。

 戦いにおいて、初見殺しというのは非常に強力な武器となる。

 ……もっとも、深紅の異名を持つレイの戦闘スタイルは、その派手な活躍と共にかなり広まっているのだが。

 ただし、噂というのは広まる内にどうしても変質してしまう。

 大きくなったり、小さくなったりといった具合に。

 レイが以前聞いた話によると、口の中から槍を吐いて飛ばす……といった攻撃方法をするといったものがあった。

 一体何がどうやって噂が広まればそうなるのかと疑問に思いもしたが、恐らく槍の投擲が噂の途中でおかしな具合に広まったのだろうと最終的にレイは結論づけた。

 一応槍を使うということで、そちらの動きはある程度参考にしているのだが。


「アーラの力は、剛力と呼ぶに相応しいしな」


 マリーナの言葉にそう返しながら、レイは模擬戦を眺める。

 アーラの外見は美女と呼ぶには十分な程に整っていた。

 実際にレイがアーラから聞いた話によると、パーティの類に参加すれば男に言い寄られることは頻繁にあるらしい。

 だが、アーラの本質は戦士だ。

 それこそ、敵の腕を骨ごと握り潰すことが出来るだけの力を持っている。

 そんなアーラだけに、どうしても技術よりも身体能力に頼った戦いをしてしまうのだろう。

 勿論普通の相手……その辺の兵士と比べれば、アーラも戦いの技術を持っていると言える。

 それでも一定以上の強さを持つ者の目から見れば、やはりアーラの戦い方はどうしても力に頼っているようにしか見えない。

 不幸中の幸いなのは、力に振り回されているのではなく、一応力を使いこなしているという点だろう。

 そんな戦い方ではあったが、それでもやはりエレーナには及ばない。


「終わりだ」


 拳の一撃を受け流し、そのまま懐に入ると顎の下に拳を突きつけ、エレーナが呟く。


「負けました」


 アーラは残念そうにしながら、自分の負けを宣言する。

 アーラにしてみれば、元々エレーナに勝てるとは思っていなかったのだろう。

 それでもある程度食らいつくことが出来たのは、アーラにとって幸運だった。


「アーラも強くなっているのは間違いない。……うん? レイ、今日は戻ってきたのか?」


 自分達の模擬戦を見ていたレイに、エレーナはそう声を掛けた。

 言葉そのものは比較的素っ気なかったが、表情は嬉しそうな色が強い。


「ああ。転移の件にちょっと進展があってな。今日はこっちで休んでもいいということになった」

「進展?」


 興味深そうに尋ねるエレーナ。

 レイが帰ってきたのは嬉しかったが、同時にエレーナはギルムで何かがあった時はその情報を集める役割を持っている。

 そういう意味では、最近ギルムを騒がせている転移についての情報を知ることが出来るのは大きい。

 ……もっとも、色々と人に言えない事情を持っているレイだけに、実家に知らせる情報も取捨選択しているが。

 人に言えないこと……例えば、レイが異世界からやって来たという話を始めとして、それ以外にも様々な秘密がある。

 それはエレーナの判断によって取捨選択される。


「ああ。……取りあえず、転移させているモンスターは発見することが出来た」

「ほう」


 レイの言葉は、エレーナにとっても予想外だったのだろう。

 今まで異世界からの転移は数多かったが、それを誰がやっているのかというのは判明していなかった。

 それが判明したというのであれば、レイの言う通り今回の件に進展が……それも大きな進展があったと言ってもいい。


「それで? 一体誰が……もしくは、何が転移を?」

「モンスターだ。トレントの森の中央部分にある地下空間の中に、巨大なウィスプがいた。その大きさから希少種か上位種……いや、多分希少種だと思うけど、それが異世界からこの世界に転移させていたらしい」

「……ウィスプが?」


 そう尋ね返すエレーナの言葉には、信じられないという色がある。

 当然だろう。

 ウィスプというのは、それなりに知られているモンスターではあるが、それでも異世界から転移させるような能力は持っていないのだから。

 そんなウィスプが、実は異世界からこの世界に転移させていたと言われれば、それに驚くなという方が無理だった。

 だが、エレーナとアーラの信じられないといった様子の視線は、レイとマリーナの二人が揃って首を横に振ることによって、否定されてしまう。


「信じられないかもしれないけど、間違いなく事実よ。……もっとも、実際に転移させるところを見た訳じゃないけど」

「見たことがない? なら……」


 もしかしたら、違うのではないか。

 そう言おうとしたエレーナだったが、それもまたレイの一言で否定されてしまう。


「師匠が見つけてくれたからな。多分、それで間違いない筈だ」


 ……レイもまた、実際にウィスプが転移させているところを見た訳ではない。

 それでも、何故レイがウィスプの仕業なのだと信じているのかは分からなかったが、その師匠という言葉でエレーナも納得せざるをえない。

 エレーナもまた、グリムと会ったことは数える程しかない。

 しかし、そんなエレーナであってもグリムが教えてくれたとレイが言えば、納得しないという選択肢はないのだ。

 それだけの圧倒的な存在感を、グリムは持っていた。


「そう、か。なら仕方がないな」

「え? その、エレーナ様?」


 エレーナがあっさりと納得した様子を見て、アーラは少し戸惑う。

 いつものエレーナであれば、こうまであっさりと納得するようなことはなかったからだろう。

 しかし、エレーナはそんなアーラに対して首を横に振って口を開く。


「構わん。アーラが何を言いたいのかは分かるが、レイの説明を聞けば、納得出来るのだ」


 これは、グリムの能力を知っている者と知らない者、直接接したことがある者とない者の違いだろう。

 少なくても、エレーナはその説明で十分だったのは間違いない。

 エレーナが納得しているのを見て、まだ何かを言いたそうにしたアーラだったが、今の状況で自分が何を言っても話を聞いて貰えないと判断したのか、それ以上口を開くことはない。

 レイの師匠ということも、この辺りには関係しているのだろうが。


「それで、転移をさせている相手がはっきりしたのはいいとして、これからどうするのだ? レイの様子を見ると、倒して終わりになった……という訳でもないらしいが?」

「その辺は、何度も説明するのが面倒だから、ヴィヘラとビューネが帰ってきたら、夕食の時に一緒に説明するよ。とにかく、数日ぶりにここに帰ってきたんだから、今日は少し豪華な料理にしたいところだ」


 構わないか? と視線をマリーナに向けるレイ。

 基本的に一行の中で料理をするのはマリーナだということもあっての問いだろう。

 そんなレイの視線を受けたマリーナは、特に迷う様子もなく頷く。

 マリーナにしても、レイが数日ぶりに帰ってきたのだから、夕食を少し豪華にするくらいなら何も問題はなかった。


「それで、ヴィヘラとビューネはいつくらいに帰ってくるんだ? 今日も見回りだよな?」


 ヴィヘラとビューネに出来る仕事で、もっとも求められているのはやはり見回りだろう。

 そう断言して告げるレイだったが、他の面々もそれを否定する様子は見せない。

 実際にヴィヘラとビューネの二人に、今のギルムで一番向いている仕事は何かと言われれば、やはり見回りだというのを理解しているからだろう。

 勿論、実際には討伐依頼も普通に存在している。

 もしくは、特定のモンスターの素材を欲している、というような依頼もあった。

 しかし、ヴィヘラにしてみれば、そのような依頼よりも多くの問題が起き……そして問題の多くで力自慢の者たちが暴れるようなことが多い、街中の見回りが面白いと思うのは当然だろう。

 現在のギルムには多くの者が集まってきており、その中には自称腕利きという者も多いし、口には出さないが実際に腕利きという者も多いのだから。

 全員が問題を起こす訳ではないが、冒険者として腕利きである以上は当然のように我の強い者も多く、そのような者達が集まって、騒動が起きない筈はない。

 もっとも、大抵はヴィヘラを満足させることが出来ないような相手でしかないのも、事実だが。


「ヴィヘラのことだから、面白い戦いを求めて自分から騒動を起こしてそうな気がするんだが。……気のせいだな」

「そうね。レイの言う通り気のせいだと思うわ」

「うむ。私も気のせいだと思う」

「えっと……じゃあ、私も気のせいということにしておきます」


 ヴィヘラの性格を知っている皆が、そう言う。……正確には、自分に言い聞かせるようにしていたというのが正しい。

 尚、レイ達の会話に口を挟まなかったセトとイエロの二匹は、数日ぶりにあったということもあってか、仲良く中庭の中を走り回っていた。

 お互いを大事な友達だと思っているだけに、数日ぶりに会えたのが嬉しかったのだろう。

 そんな二匹の様子を眺め、レイは気分を切り替えるように口を開く。


「とにかく今日の夕食はちょっと豪華な料理にするってことで異論はないな? なら、早速準備をするか」

「そうね。でも、豪華な料理といっても、どういう料理にするの?」

「そうだな。……ガメリオンの肉を使った料理とかはどうだ?」


 レイの言葉に、この場にいた全員が――レイの気のせいか、遊んでいた筈のセトとイエロまでもが――嬉しそうな様子を見せた。

 当然だろう。ガメリオンの肉というのは、それだけ上質の食材なのだから。

 冬にしか獲れない食材で、しかもガメリオンも兎のモンスターとは思えない程に凶悪な性格をしている。

 その肉は当然その季節にしか食べられない。

 干し肉のように加工すれば話は別だが、どうしても生の肉と比べると味が落ちてしまうし、ガメリオンの肉は生のままで食べたいと思う者が多い。

 燻製にすれば日持ちもするし味も増すので、そちらに加工する者もいるのだが。


「賛成。じゃあ、蒸し焼きにでもしましょうか。レイ、窯を出してくれる? それと、確か以前サラミナの葉をミスティリングに収納してたわよね?」


 サラミナの葉というは、かなり大きく爽やかな香りを発する葉だ。

 レイの感覚で言えば、蓮の葉に近い形をしている葉で、肉や魚、野菜といった食材を包んで蒸し焼きにする時に好んで使われる。

 マリーナの言葉にレイは頷き、大人しく指示された様々な食材をミスティリングから取り出すのだった。

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