2118話
地下道……という表現が相応しいのかどうかは分からなかったが、レイとグリムの二人はその中を進む。
レイもグリムも、夜目が利く。
それでも夜目というのは明かりが何もない場所では見ることが出来ない。
レイはともかく、グリムはアンデッドであるということもあって光源がなくてもしっかりと見ることが出来た。
そんなグリムはレイを見て、視界を確保するのに困っている様子だったので軽く手を一振りする。
瞬間、空中に薄らとした光球が生み出された。
その光球はそこまで明るくなかったが、これはあくまでもレイの目を明るさで眩しくさせない為のものだ。
夜目の利くレイであれば、この程度の明るさで十分だと、そう思ったのだろう。
「悪い」
レイもグリムが自分のことを思って光球を生み出してくれたというのが、分かっている。
だからこそ、レイはグリムに感謝の言葉を口にしたのだ。
『構わんよ。今回の一件では、レイの行動があってこそのものじゃからな』
そう言いながらも、実際にはレイのことを思ってのことなのは間違いない。
もしこれがレイの言葉で調べるようなことでなくても、グリムはレイの為に明かりを作るような真似をしたのは確実だろう。
グリムの作った光球を光源にしながら、地下に進むレイとグリム。
歩き始めてから数分が経つが、未だに底には到着しない。
「これ、具体的にどのくらいの長さの通路なんだ?」
『さて、その辺は儂にも分からんな』
「……グリムが作った通路だろ?」
なのに、何故分からないのか。
そう告げるレイに、グリムは首を横に振る。
『この能力については、まだ不明なところが多いのじゃよ。儂が使い慣れていないということもあるじゃろうしな。……それにしても、まさかレイと一緒にこのような真似をすることになるとは、思いもしなかった』
「そうか? ……言われてみればそうか」
最初はグリムの言葉に疑問を抱いたレイだったが、グリムがアンデッドである以上は、そう簡単に出歩くようなことは出来ない。
いや、自分だけでならともかく、レイと一緒に歩いている場所を人に見られれば大変なことになるのは間違いなかった。
「そういう意味では、ここは最適な場所だった訳だ。……もっとも、それで喜べるかどうかは別問題だけど。あ、別にグリムと一緒にいるのか嫌だとか、そういう訳じゃないぞ」
『うむ』
レイの言葉に短く頷くグリムだったが、表情……正確には声にはだしていなかったが、内心では安堵していた。
レイを孫のように思うようになった今となっては、その孫に嫌われるというのは非常にショックなのだから。
だからといって、レイを甘やかすといった真似はするつもりがなかったが。
とはいえ、こうしてグリムが魔法を使って異世界からの転移の原因となる場所を調べるといった真似をする辺り、傍から見れば十分に甘やかしていると思われてもおかしくはない。
グリムとしては、甘やかすというよりも自分が興味を持った存在を目にしたかったというのが正しいのだが。
「グリムも、生きてた頃はこうして冒険者のような活動をしていたのか?」
『そうじゃな。似たような真似はしておったよ。とはいえ、ゼパイル殿達に比べれば比較出来ぬが』
グリムも、十分に天才と言えるだけの能力の持ち主ではあった。
そんなグリムの不幸は、同世代にゼパイルやゼパイル一門のように、天才の中の天才と言うべき者達が集まっていたことだろう。
天才という言葉ではあっても、その天才にはより上位の天才とでも呼ぶべき者がいた。
一を聞いて十を知るのが秀才であり、百を知るのが天才だとすれば、ゼパイルやゼパイル一門の面々は一を聞いて千、万を、場合によってはそれ以上を知ることが出来る者達だ。
一定以上のラインより上にいる者を天才と評するにしても、そのラインよりも上の存在は全てが天才となり、その天才の中でも能力差は大きくなってしまう。
そのような意味で、グリムや……それ以外にも天才と呼ばれつつもゼパイル一門に匹敵しなかった者達にとって、大きな不幸だったのは間違いない。
「ふーん。ゼパイルってやっぱり凄かったんだな」
『当然じゃ。そもそも、そのような天才達でなければ魔獣術などという新たな魔術を生み出すような真似は出来ん』
そう言いながらもどこか得意げな様子なのは、グリムにとってゼパイルやゼパイル一門の面々が未だに憧れの対象だからなのだろう。
思い出補正も入っているのではないか? とレイも思わないではなかったが。
「なら、ゼパイルなら異世界に転移するような真似は出来たと思うか?」
グリムが作り出した小さな明かりだけを頼りに通路を進みつつ、レイはグリムに尋ねる。
レイにしてみれば、異世界……日本で事故に遭って死んだ自分の魂に接触するような真似をしたのは凄いが、異世界に直接転移するような真似は出来なかったのではないかと、そう疑問に思ったからだ。
ゼパイルが異世界に直接転移出来るのであれば、それこそ自分の魂を見つけるよりも、別の方法があっただろうと。
……実際、他の国はともかくとして、日本という地区に限定すれば異世界に行きたいかと尋ねられた場合、頷く者は決して少なくない筈だというのがレイの予想だった。
特に漫画やアニメ、小説、ゲームといったサブカルチャーを楽しんでいる者であれば。
そのような真似をしなかった以上、ゼパイルは世界と世界の狭間……次元の狭間にいることは出来ても、異世界に直接転移出来なかったのではないか。
そうレイが指摘すると、グリムは地面の少し上を浮かびながら、滑るように進んでいた足をピタリと止める。
『儂が……ゼパイル様でも無理なことをなそうとしている……?』
「ん? ああ、多分な。ただ、ゼパイルやゼパイル一門が異世界に行けなかったというのは本当に俺の予想でしかないけどな。タクムがいる以上、確実だと思うけど」
タクム・スズノセ。
それはゼパイル一門の一人で、レイと同郷の存在だ。
学生服を着ていたことから、多少時代が前後するかもしれないが、レイと同じ日本の出身者と思われる人物。
もし本当に異世界に転移出来るのであれば、タクムは日本に帰りたいと思っても不思議ではない筈だった。
だが、結局そのような真似が出来なかった以上、異世界に転移は出来なかったのだろう。
『ふむ、なるほど。儂がゼパイル殿を……ゼパイル殿をな……』
しみじみと、感慨に耽るかのようにグリムが呟く。
グリムにしてみれば、ゼパイルというのはあくまでも憧れの対象であり、自分が追いつくということは考えたこともなかったのだろう。
再び進み始めたグリムを追うように進みながら、レイは口を開く。
「ゼパイルが出来なかったことをやってみるというのも、悪くないんじゃないか?」
それはグリムを励ます為に言ってるだけではなく、少なからず打算もある。
もしグリムが自由に異世界に行けるようになったら、もしかしたら……本当にもしかしたら、万が一、億が一の可能性ではあるが、レイも日本に行けるかもしれないのだ。
勿論、今の自分の姿は日本にいた時の佐伯玲二ではない。
家族や友人達も、今の自分を見て佐伯玲二だとは認識しないだろう。
それでも……それでも、出来れば家族や友人達に一目会いたいと思うのは当然だった。
『レイにそう言われると、何となく出来そうな気がしてくるのう。……それも、今回の一件でどうなるか次第で大きく変わりそうじゃがな。……見えてきたぞ』
通路を進んでいたグリムが止まり、そう呟く。
そんなグリムの言葉に、レイもまた前方に視線を向けた。
するとそこには、確かにグリムが言うように通路が終わっており、その先からは薄らと明かりが見える。
明らかにこの先に何かがあるということを示していた。
「……さて、何が出るかだな。あんなに転移させるような何かがあるんだから、よっぽどの大物なのは間違いない」
気持ちを落ち着かせるように息を吸い、そのまま何があってもすぐ対処出来るようにミスティリングを意識しながら通路を進む。
セトが自由に移動出来ない程度の広さである以上、当然ながらこのような場所でレイの武器たるデスサイズや黄昏の槍を取り出すことは出来ない。
もっとも、この先にある可能性が高い空間の広さがどれくらいのものなのかが分からない以上、もしかしたらそこでもデスサイズや黄昏の槍を取り出せない可能性が高いのだが。
ともあれ、レイとグリムは慎重に……ではなく、素早く通路を通って明かりのある場所に向かう。
本来ならもっと慎重に移動した方がいいのだろうが、グリムやレイがいる以上、何があっても容易に対処出来るからこその行動だろう。
そして空間に出たレイとグリムは、何故この空間が明るかったのかを理解した。
「これは……」
空間の広さは、貴族の家が一軒か……場合によっては二軒は入るだろうくらいの広さ。
高さはグリムの作った通路を降りてきたのと同じくらいで、大体十mあるかどうかといったところだろう。
そんな場所の中心付近に、光の塊……いや、炎の塊が存在していた。
これもまたかなりの大きさの炎の塊で、四mから五m程の高さがあり、幅も似たようなものだ。
『ウィスプじゃな』
「ウィスプ? それって、ウィルオウィスプか?」
ウィルオウィスプ。
人魂とも精霊とも呼ばれている存在で、通称はグリムが口にしたようにウィスプ。
モンスターなのは間違いないが、人に攻撃的な存在もいれば、逆に人懐っこく助けたりもする。
とはいえ、レイが知っている――本での知識だが――限りでは、ウィスプというのは小さいのは拳程の大きさで、大きくても人の頭部くらい。
とてもではないが、現在レイとグリムの視線の先にあるような大きさではない。
だからこそ、レイも最初はウィスプだと口にしたグリムの言葉に納得出来なかったのだ。
だが、グリムはレイの言葉に頷きを返す。
『うむ。儂が見る限り、大きさは違うがそれ以外はウィスプで間違いない。……ただ、炎の色が薄いのが気になるが』
「薄い?」
そう言われ、レイもウィスプを見てみるも、ウィスプを見るのはこれが初めてである以上、その色が薄いのかどうかは理解出来ない。
だが、グリムはそんなレイとは違って、長い時を生きている――という表現が正しいのかレイには分からなかったが――存在だ。
当然のようにレイよりも深い知識を持っており、モンスターについても多くのことを知っている。
だからこそ、レイとしてはグリムがそう言うのであれば納得するしかない。
『そうじゃ。勿論、ウィスプも様々な種類がいる以上、炎の色も個々によって違う。青、赤、黄、白、それ以外も様々にな』
そう言われたレイは、改めて視線の先に存在する巨大なウィスプに視線を向ける。
色は黄色に近い色だが、これで色が薄いのかと言われれば、そうか? という疑問の方が強い。
「色の件はともかくとして、何だってウィスプが……それもこんな巨大な奴がここにいるんだ?」
『ここにいる以上、理由は一つしかないと思うが?』
グリムの言葉の意味は明白だった。
何故自分達がここに来たのかと。
それを考えれば、ここにいるウィスプが何をしていたのかというのは、明らかだ。
それでもレイがそのことにすぐに思い至らなかったのは、レイが知ってる知識ではウィスプにそのような……それこそ、異世界との転移などという能力があるとは思っていなかったからだろう。
しかし、ここまでパズルのピースが揃えば、レイも答えに辿り着く。
「希少種」
『うむ。もしくは上位種という可能性もあるがの』
レイの言葉をあっさりと肯定するグリム。
そんなグリムの言葉を聞きながら、レイは改めてウィスプに視線を向ける。
レイとグリムが近くにいるのに、全く攻撃する様子を見せず、ただ空中に漂い続けているだけだ。
(グリムがいるからか?)
例えウィスプの希少種や上位種であっても、グリムという桁外れの存在を目の前にすれば、勝ち目などある筈がない。
それを察して、動けないのか。
そう思ったレイだったが、グリムとウィスプを見比べているのに気が付いたのか、グリムは頭蓋骨を横に振る。
『儂がいるから動かない訳ではない。先程の色が薄いというのにも関係しておるが、恐らくは……異世界からの転移を繰り返したことにより、極度に魔力を消耗したのじゃろう』
そう言われれば、レイも納得せざるを得ない。
リザードマンや緑人を転移させただけならともかく、生誕の塔や巨大な湖も転移させたのだ。
それを思えば、レイのように莫大な魔力を持つものであっても、魔力が足りるかどうか。
そう考え……ならば、何故今日再びリザードマンを転移したのだ? と疑問に思うのだった。