2115話
新しくやって来たリザードマン達は、あっさりとガガやゾゾの支配下に入ることを了承した。
とはいえ、それは当然だろう。
新たにやってきた五人のリザードマン達は、もしガガやゾゾの支配下に入らないとなると自分達だけで行動する必要がある。
全く見知らぬ土地、それも言葉すら通じない場所で自分達だけで行動することになってしまう。
ガガのような強さを持つのであれば、もしかしたら自分達だけで何とか出来るかもしれない。
しかし、今の状況でリザードマン達がそのような真似が出来るかと言われれば、それは極めて難しい。
これからのことを考えれば、やはりガガやゾゾの支配下に入るのは当然だった。
そうして夜……皆が湖の方に注意しながら食事を行う。
今日も今日とて、レイがミスティリングから取り出した料理に舌鼓を打つ。
それでも皆食事の時は多くの者が湖の方を何度も確認するのは、昨日は夕食の最中にトカゲのモンスターが大量に出て来たからからだろう。
「それで、新しいリザードマン達はどんな感じだ?」
山菜と猪の肉のシチューを食べつつ、レイはゾゾに尋ねる。
『特に問題はないかと。……ただ、あの燃えているのは何かと気になっていたようですが』
「あー……あれな」
ゾゾの視線を追ったレイが見つけたのは、相変わらず燃え続けているスライム。
未だに燃えつきる様子もなく、燃えている炎が消える様子もない。
夜となり、太陽が消えた現在では光源としての役割を果たしている存在。
「で? 何て答えたんだ?」
『この湖から出て来たスライムを、レイ様が燃やしたと。それでも全く燃えつきる様子がないので、今は放っておいてるとは言いましたが』
「……なるほど」
ふと、レイは食事の準備――ミスティリングから取り出した料理を器に盛り付けるだけだが――をしている時に、何人かのリザードマンから畏怖の視線を向けられたのを思い出す。
模擬戦でガガに勝ったということもあって、リザードマン達からは尊敬の視線を向けられることも珍しくはないレイだったが、畏怖の視線を向けられたことは殆どない。
それだけに、あのリザードマン達が恐らくは今日来たリザードマン達だったのだろうと、そう判断する。
「取りあえず、湖にいるモンスターには気をつけるように言っておいた方がいいな。転移してきたリザードマンがどのくらいの強さなのかは分からないけど、ゾゾやガガよりも弱いのは確実だろ?」
『そうですね。転移してきたリザードマンの中でも、かなり下の方になるかと。兵士になってから、まだそんなに経っていないそうなので』
「新兵か」
それで俺の実力を察知することが出来なかったのか。
そう思いながら、それでもセトの外見で相手を威圧し、無駄な行動を取らせるようなことがなかったことに、安堵する。
レイとしても、相手が攻撃をしてくれば反撃せざるを得ないのだ。
言葉も通じない以上、向こう側が何を考えているのか分からないので、何があっても殺すといったことはするつもりはなかったが。
『はい。なので、色々と教えることがありますね』
「大変そうだけど、喜んでる奴も多いんじゃないか?」
『否定はしません』
現在この生誕の塔に住んでいるリザードマン達は、基本的にやるべきことはない。
一応生誕の塔の護衛という仕事はあるのだが、何者かが襲ってくるということは滅多になかった。
傭兵に襲撃された実績がある以上、全く何もしないという訳にはいかないのだが、それでも護衛という名目でやるべきことがないというのは、非常に大きい。
だからこそ新人に色々と教えて訓練をするというのは、言ってみれば絶好の暇潰しなのだ。
(あ、でも湖からモンスターが来たりする可能性もあるのを考えると、完全に油断は出来ないのか。……まぁ、セトがいれば敵が襲おうとしてもすぐに察知出来るだろうけど)
人間と比べて非常に高い五感や第六感、魔力を感じる能力といったものがあるセトだけに、昨日のようにトカゲが湖からやってきても、すぐに察知することが出来る。
だからこそ、レイとしてもセトに周囲の警戒を任せることが出来た。
実際に何者かが転移してくる前兆を何度となく察知しているという実績は、この場合大きい。
「ともあれ、湖には油断しないように言っておいてくれ。まだどんなモンスターがいるのかは分からないからな。一応学者達も調べてくれたが、まだ岸の付近だし。そう言えば、帰ったんだよな?」
未知の存在を前にした学者は、当然のように昨日に続いて今日もこの湖までやって来ていた。
レイが特に学者に注意を払わなかったのは、学者達がレイやセトに興味を示すよりも湖の方に興味津々だったからだろう。
冒険者やリザードマンの一部もそんな学者に協力したりしていたのだが、レイとセトはそちらには手を出していなかった。
『はい。物資を持ってきた馬車に乗って帰りました』
「そうか。……一応聞くけど、残ってる奴はいないよな?」
学者というのは、強い好奇心を持っている者が多い。
少なくても、この湖に来た学者は好奇心が強かった。
でなければ、見たこともない魚を食べたり、初めて見る貝を触ったりといった真似はしないだろう。
『全員帰っています。……何人かはここに残りたがっていた者もいたようですが』
そのような者も、補給物資を持ってきた者達が無事に連れて帰ったと、そういうことらしい。
「なら問題はないか。じゃあ、もういいぞ。ゾゾも食事を楽しんでくれ」
『分かりました』
ゾゾとしては、正直なところレイの側にいたい。
だが、自分がずっとレイの側にいるのはよくないと、そう理解しているので、こうしてレイの言葉には素直に頷く。
そうしてゾゾが立ち去ったのを見ると、レイはまだ食事をしている面々を一瞥した後で、その場を後にする。
向かうのは、マジックテント。
今日、ふと思った疑問……このトレントの森にいる何か、もしくは誰かかもしれないが、そのような存在が異世界から何らかの意図があってか、それとも本当にランダムになのかは分からないが、転移させているという可能性はあるのかといった疑問を、グリムに聞いてみようと思った為だ。
……また、この転移にはグリムが関わっていないかどうかを確認する意味もある。
一応以前グリムの仕業ではないのかと聞いて、違うという答えは貰っているのだが、こうも転移が……それも桁外れの転移が続くと、レイが知ってる限りではグリムくらいしかそのようなことが出来る相手は存在しない。
だからこそ、念の為にもう一度聞いておこうという思いがあった。
もしかしたらグリムが気が付かないうちに、何らかのマジックアイテムが作用していたり、儀式魔法として成立してしまっているという可能性も十分にあるのだから。
そのような意味でも、グリムと再び話す理由は十分にあった。
「セト、誰かが勝手にマジックテントの中に入ろうとしたら、止めてくれ。テントの外側から呼び掛けるなら、気にしなくても構わない」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せて! と喉を鳴らす。
そんなセトを一撫でしてから、レイはマジックテントの中に入る。
そしてマジックテントの中に入ると、グリムと繋がっている対のオーブを取り出す。
「グリム、グリム。聞こえるか、グリム?」
そうして何度か呼び掛けていると、やがて対のオーブにレイにとっては既に見慣れた顔――正確には頭蓋骨だが――が映し出された。
『ふむ、レイか。どうしたのじゃ?』
レイが自分に連絡をしてきても、特に驚くようなことはない。
……実際には嬉しいのを表に出さないようにしているのだが、頭蓋骨のグリムを見て表情を分かれという方が無理だった。
「ちょっと相談があってな。この前リザードマンのことを相談しただろ?」
『うむ。石版を渡した件じゃな?』
「ああ。ただ、あれからまだ転移が収まらなくてな。リザードマンや緑人どころか、リザードマンの国の王城の一部とか、それどころかリザードマンがいたのとは違う世界の巨大な湖そのものまで転移してきたりしてるんだよ」
『……ほう』
数秒の沈黙の後、グリムの口からは興味深そうな声が出る。
転移魔法を得意としているグリムにとって、異世界から……それも一つの世界ではなく、更に別の世界からも転移してくるというのは、非常に興味深いのだろう。
『別の世界から転移してきたというのは、間違いないのか?』
「少なくても、ゾゾ達はそんな湖を知らないって言ってたし、その湖から出てきたモンスターは未知のモンスターが多いし、何よりモンスターが魔石を持っていない」
『ほう』
再びグリムの口から興味深そうな声が出る。
自分もアンデッドで分類的にはモンスターである以上、魔石がないモンスターというのには強い興味を惹かれるのだろう。
グリムの性格を考えれば、もしグリムがモンスターではなくても興味を惹かれた可能性は十分にあったが。
「そんな訳で、転移の件だし改めてグリムに聞こうと思ってな。グリム自身が気が付かないうちに、実は何らかの理由で転移魔法が発動してましたとか、そういうことはないか?」
『儂がそのような真似をすると?』
若干不機嫌そうな様子を見せるグリム。
当然だろう。グリムにしてみれば、自分の手元にある素材やマジックアイテムをしっかりと管理していないと、そう言われたも同然なのだから。
寧ろレイが相手だからこそ、この程度で済んでいると言ってもいい。
もし親しくもない相手にそのようなことを言われていれば、それこそこの場に転移してきて死を与えるといった真似をしてもおかしくはなかった。
「一応聞いてみただけだよ。あの目玉の素材の件とかもあったし。……そうなると、それ以外に理由があることになるんだが、ちょっと俺の予想を聞いてくれるか?」
『構わんよ』
グリムが頷いたのを見て、レイは自分が思いついたことを口にする。
トレントの森のどこか……もしくはトレントの森そのものが、異世界からリザードマンや緑人、生誕の塔、湖といった存在を転移させているのではないか、と。
とはいえ、それは何らかの確証があってのものではなく、あくまでもレイの思いつきでしかない。
そんな説明を聞いたグリムは、対のオーブの向こう側で少しだけ考える。
レイにしてみれば、それこそ一蹴されてもおかしくはないような思いつきだっただけに、そんなグリムの態度は少しだけ意外だった。
「……どう思う?」
『可能性がないとは言えんのう。ギルムは辺境であるが故に、何があってもおかしくはない。そもそも、レイが現在いるトレントの森も普通に出来た森ではないのだろう?』
「そうだな。ただ、このトレントの森が出来た原因と思われる奴は倒した……つもりだったんだけどな」
ふぅ、と息を吐きながら、改めて辺境という地の理不尽さを感じてしまう。
辺境だからという理由であらゆる事態が説明されてしまうのだ。
(あ、でも俺も『レイだから』って理由で納得されることが多いし、それを思えばこの件もそこまで不思議じゃないのか? 勿論、それはそれで面白くないけど)
そんな風に思うが、今は関係ないだろうということで、頭を切り替える。
「そうなると、やっぱりこのトレントの森が一番怪しいと思うか?」
『儂はそのトレントの森を知らんから何とも言えないが、有り得るかどうかで言えば、十分に怪しいだろう』
一度、トレントの森に来て貰ってグリムに調べて貰った方がいいのか?
そう思わないでもなかったが、現在のグリムは目玉の素材を使っての実験で忙しいというのは、レイも知っている。
無理にここまで来させる訳には……と、そう思っていたレイを前に、グリムは口を開く。
『よかろう。お主がいるトレントの森、少し興味深い。これから少し調べに行っても構わんかな?』
「え? いや、そうして貰えれば俺は助かるけど……いいのか? あの目玉のモンスターの素材で色々と研究してたんじゃ?」
だからこそ、レイとしても連絡を控えていたのだ。
だが、そんなレイの言葉に、グリムは問題ないと首を横に振る。
『研究が少し行き詰まっていたのも事実じゃ。息抜きとして、そのトレントの森とやらを見に行くのは構わんじゃろう』
「いいのか? こっちとしては助かるから、構わないけど」
『儂がいいと言っておるのだから、気にするでない。レイの顔も直接みたいしな』
「……まぁ、そういうことなら、こっちとしては構わない。いや、寧ろ望むところだと言ってもいいくらいだ」
レイにしてみれば、グリムが望んでここに来てくれるのであれば、それを拒否するようなことはない。
グリムが来るのを歓迎すべく、笑みを浮かべてグリムと話をするのだった。