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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2095/3865

2095話

 騎士がうんざりとした様子を見せているのを眺めていたエレーナ達だったが、最初にその沈黙を破ったのはヴィヘラだった。


「それで、レイ。結局あの炎は何を燃やしてるの? いつの間にか湖が出来てるのも気になるけど、私としてはそっちの方がもっと気になるわね」


 そう言いながらも湖の方を見てるのは、湖から出て来た存在がレイに襲い掛かったのだと、そう理解している為だろう。

 巨大な炎を目にし、そこにやって来ればそこには巨大な湖が存在していたのだ。

 それを考えれば、現在燃やされている存在がどこからやって来たのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだろう。


「簡単に言えば、湖の底に巨大なスライムが存在していたんだよ。それこそ、山や丘と見間違えるような、そんな巨大なスライムがな」

「スライム、ね」


 スライムと聞き、少しだけ残念そうな表情を浮かべる。

 ヴィヘラにとって、スライムというのはあまり戦っていて楽しい相手ではないのだろう。

 魔法を使わずにスライムを倒すには、スライムの核たる魔石を破壊する必要がある。

 だが、普通のスライムならまだしも、レイが戦った程の巨大なスライムともなれば、魔石を破壊するのも大変だ。

 ましてや、スライムの魔石は半透明だったり、体内を自由に動いたりすることもあり、見つけにくい。

 実際にレイは目の前のスライムと戦っていた時も、どこに魔石があるのかは分からなかった。

 だからこそ、もしかしたら異世界からやってきたこのスライムには、魔石がないのかもしれないと、そう思ったのだが。


「ああ。かなり厄介な奴だった。……いや、奴だと表現すべきだろうな。まだ死んでないし」

「……死んでないの?」


 未だに燃え続けているスライムを見ながら、マリーナは……いや、それ以外の新しく来た面々は唖然とした様子で炎に視線を向ける。

 熱さこそ感じないが、それでも見ただけでその炎がどれだけの威力を持っているのかは容易に理解出来る。

 だからこそ、その炎に燃やされながらも未だに死んでいないというのが理解出来なかったのだ。


「あの炎が燃え続けているというのは、まだ燃やされているスライムが生きているということの証だ。……幸いなのは、あのスライムが燃やされている間は何も出来ないということか」

「スライムなら、痛覚とかそういうのがないんだし、普通に燃やされながらでも行動出来そうなものだけど」

「そこは俺の魔法だから、としか言いようがないな」

「そうね。レイだものね」


 はぁ、と若干の呆れと、何よりも強敵との戦いを楽しみに来てみれば、レイが戦っていたのはスライムだったということが非常に残念で、息を吐く。

 とはいえ、苦手な相手であっても強敵なのは間違いなく、もしここにスライムがまだいれば、恐らくヴィヘラは戦いを挑んでいただろう。


(そう考えると、マリーナにこの件を頼むのは若干不安でもあるんだよな)


 もしまだ湖の底にスライムがいると判明した場合、ヴィヘラは間違いなく嬉々として戦いを挑むだろう。

 それこそ苦手な相手だからということを全く気にした様子もなく……いや、寧ろ苦手な相手を克服するという意味で、スライムに戦いを挑むという光景がレイの頭の中にはあった。

 ……だからといって、この湖が危険かどうかを確認しない訳にもいかず、レイは興味津々で自分達の話を聞いていたマリーナに声を掛ける。


「スライム云々に関係あるんだが、ちょっとマリーナに頼みたいことがある」

「頼みたいこと、ね。……あの燃やされているスライムをどうにかしろっていうのなら、無理よ? 元々私は火の精霊とは相性がよくないし」

「いや、それじゃない。実は、その湖の中をマリーナの精霊魔法で調べて欲しいんだ。この湖は、ギルムにとって非常に大きな利益になるのは間違いない。けど、あのスライムのようなモンスターが他にも湖の中にいるとすれば、迂闊に漁も出来ないだろ」


 レイの言葉に、マリーナは納得して頷く。

 近くで湖を見ていたエレーナも、湖のことを調べるのなら水の精霊との相性がいいマリーナに頼むのは、決して間違いではないと話を聞いて頷いていた。


「漁、ね。そう考えると少しやる気が出て来るわ。ギルムでは、どうしても生の魚は手に入りにくいし。……私達は、レイのおかげでその辺を全く心配しなくてもいいけど」


 レイがマリーナの家で食事をするようになってから、ミスティリングに収納されている多くの生魚が提供された。

 だが、それはあくまでもレイが海や川で獲った魚をミスティリングに収納してあるから出来ることだった。

 それ以外にも、セトがいてこそ気楽に海に出掛けることが出来たのだが。

 そのようなことは、あくまでもレイだからこそ出来たことであって、普通ならギルムで新鮮な魚を食べることは出来ない。

 しかし、この湖があれば話は別だ。


(多分異世界から転移してきた湖だろうから、その魚を食えるかどうかは分からないけど。……いや、ゾゾ達はこの世界の魚を食ってたんだし、平気か? とはいえ、この湖がゾゾ達の世界から転移してきたとも限らないのが、判断の難しいところだけど)


 レイもまた、湖に視線を向ける。

 未だに燃え続けているスライムのような存在が他にいないことを、願うだけだ。


「頼めるか?」

「ええ、任せて。ただ、精霊に調べて貰うんじゃなくて、この湖にいる水の精霊に聞くという形になると思うけど。じゃあ、早速やるけどいい?」


 レイの言葉に頷き、マリーナは水の精霊に語り掛け……


「あら?」


 ふと、その動きを止める。

 こと、精霊魔法においては絶対的とも言える信頼を抱いているマリーナだけに、レイは……そして周囲にいた他の面々も、不思議そうな視線をマリーナに向けた。


「どうかしたのか?」

「……ちょっとこの湖にいる水の精霊は、気難しいみたいね。その辺は後で説明するわ」


 気難しい? とレイは疑問を抱く。

 水の精霊と相性のいいマリーナなら、それこそすぐにでも湖の中を調べられると思っていたからだ。

 だが、何らかの意味ありげな視線を考えると、気難しいというのが何らかの建前である可能性は高かった。


(精霊……精霊? あ、もしかして湖が別の世界から来たから、精霊も性格とか相性が違ったりするのか? そもそもの話、精霊がいない可能性だってあった訳だし)


 まだ確定した訳ではないが、恐らくは正解なのだろうことを考えながら、レイはじっとマリーナの様子を見守る。

 全員が、マリーナの様子を見守り……やがて数分が経つと、湖の中から直径一m程の水球が浮かび上がり、マリーナの前までやって来た。

 空中を移動する水球というのは、見慣れていなければ驚くべき光景だが、マリーナと一緒にいれば、そこまで珍しいものではない。

 そして、精霊はやがて再び湖の中に戻っていく。


「ふぅ」


 小さく息を吐いたマリーナは、笑みを……いつものように強く女の艶を感じさせる笑みを浮かべながらレイを見て、口を開く。


「取りあえず水の精霊に聞いてみたけど、巨大なスライムはレイが倒した……倒してる? 一匹だけみたいね」

「今のだけで情報を集めたのか?」

「ええ。元々あの水の精霊はこの湖にいたんだもの。湖の状況は大体把握してるみたいね。……問題なのは、意思疎通が難しいことだけど」


 最後の小さく呟いた言葉に、レイは最初手間取っていた理由に納得する。


(精霊との意思疎通をどうやってるのかは正確には分からないけど、リザードマンの言葉が違うように、精霊もそうなのか? いや、でもすぐに意思疎通出来たみたいだしな)


 ともあれ、マリーナの言葉はレイを安心させるには十分だった。


「ちなみに、あのスライム以外に危険なモンスターはいないのか?」

「うーん……それが、さっきも言ったけど意思疎通が難しいのよね」


 困ったように告げるマリーナだが、それ以上の詳しいことは口にしようとしない。

 この場で口にしない方がいいと判断したのか、それとも単純に精霊魔法について話しても理解出来ないと思ったのか。

 その辺りの理由はレイにも分からなかったが、ともあれ湖についての話に戻す。


「湖が完全に安全……とは限らないだろうけど、それでもあのスライムのような規格外の存在がいないと分かっただけで、助かる。次の問題は……この湖で獲れる魚が食えるかどうか、か」


 この湖が異世界からやって来たのであれば、その魚も当然未知のものとなる。

 せめてグラン・ドラゴニア帝国のあった世界からやって来た湖なら……と、レイは半ば自分でも思っていないようなことを期待する。

 もしグラン・ドラゴニア帝国のある世界から転移してきた湖なら、ゾゾ達が湖の魚を知っている可能性が高い。

 だが、もし湖がレイの予想通りにこの世界でも、ゾゾ達の世界でもない、第三の世界から転移してきた存在だとすれば、まずどの魚を食べられるのかということを調べる必要がある。

 それこそ、魚の中にフグのような毒を持つ魚がいないとも限らないのだから。

 フグのように美味い魚がいれば、我先にと食べかねず、それで毒の被害が広がりかねない。

 ……もっとも、レイはフグを食べたことなどないのだが。


「その辺は、おいおい調べていくしかないでしょ。まさか、精霊に聞くわけにもいかないし。……聞けないのよね?」


 一応、念の為といった様子でヴィヘラがマリーナに尋ねるが、それには当然のように首を横に振られてしまう。


「やっぱりね。そうなると、まずは魚とかを捕まえるところからやる必要があるんだけど……この湖、一体どれだけの種類の魚がいるのかしらね」

「あー……うん。それはちょっと調べるのがひたすら面倒臭そうだな」


 ヴィヘラの言葉に、レイが同感といった様子で相槌を打つ。

 目の前に広がっている湖は、まさに広大と言ってもいい。

 そこに一体どれだけの種類の魚がいるか、それこそ考えるだけで面倒になる。

 ましてや、魚だけではなく貝やカニの類もいるだろうし、セトに乗って上空を飛んだ時に見た、水に濡れても全く濡れていない毛を持った動物の類も生息しているのだ。

 それら全てを調べるとなると、相当な苦労があるのは間違いない。

 レイは日本にいた時にTVで見た、アマゾンでは毎日のように新種の生物が発見されているという特集を思い出す。

 勿論、この湖の広さはアマゾン程に広くはないのだが、それでも異世界から転移してきた湖となると、どうしても最初は新種だらけになるだろう。

 それでも日本……いや、地球と違い、新種を見つけたら登録したりといった真似をしなくてもよく、それどころかモンスターの新種ならともかく、魚や植物、虫、貝といった新種を見つけても、そこまで騒ぎにならないのは、この世界らしい……いや、辺境らしいと言えるが。

 そもそも、未知のモンスターや動物が多数生息しているからこそ、辺境と呼ばれていることもあり、新種の生物はそこまで珍しいものではない。


「その辺は、おいおいやっていきましょ。学者とか……素材として使えるかもしれないとなると、錬金術師達が張り切ったりするでしょ。それに未知の生物が多いということは、薬師辺りも張り切るかしら。湖の畔に生えている植物とかは、何らかの薬効を持つ可能性も否定出来ないし」

「そっち関係の連中は、寧ろ嬉々としてこの湖に来そうだな。取りあえず、水の精霊によれば危険はないようだし」

「そうね。ただ、あくまでも燃えているスライム程に強力なモンスターはということで、それ以外に他のモンスターの類が存在する可能性は決して否定出来ないけど」


 レイ達を襲い、未だに燃え続けているスライム程に凶悪ではなくても、人を襲う存在の類はいてもおかしくはない。

 ましてや、これだけ広い湖ともなれば、魚型のモンスターがいないとも限らない。……いや、確実にいると思った方がいいだろう。


(異世界から転移してきた湖となると、魚でもモンスターでもない、第三の存在とかいてもおかしくはないんだよな)


 せめて、この湖が本当に第三の世界から転移してきたのか、単純にゾゾ達の世界から転移してきたのだがゾゾ達も知らない湖なのか、グラン・ドラゴニア帝国以外の国から転移してきたのかということが、はっきりとすればいいんだが。

 そう思いながら、レイは未だに燃え続けているスライムに視線を向ける。

 既に燃え始めてから随分と時間が経つのだが、一向にスライムが燃えつきる様子はない。

 延々と燃え続けているその様子は、正直なところ魔法を使ったレイから見ても、いつまで燃え続けているのかといった疑問を抱くには十分だった。

 もしかして、このまま今日一日……いや、それどころか、数日、十数日、数十日……場合によってはそれよりも長く、燃え続けるのではないかと思い、レイは微妙に嫌そうな表情を浮かべるのだった。

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