2072話
生誕の塔を襲っていた者のうち、その大半は結局捕らえられることになった。
レイやセトが追い、怒り狂ったゾゾは殺す気で攻撃し、生誕の塔を守っていた者達も最低限の人数だけを残して追撃したにも関わらず、幾らかは逃がしてしまったのだ。
襲撃者達の能力が高かったというのもあるが、やはり一番大きな理由としては襲撃者達が逃げる時に皆が纏まって逃げるのではなく、四方八方に逃げたというのが大きい。
逃げる者の心情としては、纏まって逃げたいと思う。
だが、襲撃者達は纏まって逃げるのではなく、四方八方に散っていった。
そうなれば狙われた者は捕まるなり殺されるなりする可能性が高いが、それ以外の者は逃げ切れる可能性が高くなる。
そういう意味で、襲撃者達は非常にしたたかだったのだろう。
「で、結局こいつらはどういう奴なのか分かったのか?」
レイは、捕らえることは出来ても尋問が得意という訳ではない。
その辺の盗賊ならレイが力を見せて数人殺しでもすれば呆気なく情報を漏らしてくれるのだが、今回の襲撃者達は盗賊達とは比べられない本物のプロとでも呼ぶべき者達だった。
だからこそ、レイが少し痛めつけるような真似をしても口を割るということはなく、その手の技術を持っているという者に任せたのだ。
「はい。どうやら、冒険者ではなく傭兵のようですね」
「傭兵か……」
ベスティア帝国との戦争に冒険者が参加したように、冒険者もまた傭兵的な一面を持っているのは間違いない。
そんな中で、傭兵というのは異質な存在であるのも、また事実だった。
基本的には対人の仕事だけを引き受け、モンスターの討伐依頼といったものは受けない者達。
自分達は傭兵だからということで、冒険者登録をしていない者も多い。
……実際には冒険者ギルドのようなギルドが傭兵にはないので、ギルドカードという身分証を得る為に冒険者登録をする者もそれなりにはいるのだが。
「ギルムにやって来る商人の護衛として雇われる傭兵も多いと噂で聞きますし、多分この者達もそのようにしてやって来たのでしょう」
「厄介だな。ただ、傭兵だとすればさっきの逃げる時の手際のよさや、ここを襲撃している時に互角に渡り合っていた理由も納得出来る」
レイが最初に予想したように、襲ってきたのが盗賊の類であれば容易に勝っていただろう。
しかし、襲ってきたのは盗賊ではなく傭兵。
だからこそ、あそこまで苦戦していたのだ。
生誕の塔に突入されないように守りながら戦っていた、というのもこの場合は大きいだろうが。
「それで、傭兵がこの生誕の塔を襲ってきた理由は? ……ギルムにとっては大事な場所かもしれないけど、傭兵達にとってはそこまで美味しい標的って訳でもないだろ? この中にいるのはリザードマンなんだし」
実際には、リザードマンはリザードマンでも、この世界のリザードマンではなく異世界のリザードマンで、その上、国を建国することが出来る程のリザードマンだ。
それも、国の規模はミレアーナ王国と変わらないとなると、とてもではないがただのリザードマンとは言えない。
だが、その件を知っているのは少数である以上、生誕の塔にいるリザードマンを傭兵達が襲う理由としては弱いとレイには思えた。
「どうやら、依頼をされたようです」
「……依頼?」
「はい。とはいえ、誰から依頼されたのかということは、口を割りませんでしたが」
「その辺は傭兵にとっても義理立てしてるということか。時間を掛けて尋問すれば、その辺りも口を割らせることが出来るか?」
「どうでしょうね。追加の尋問については、警備兵に任せた方がいいと思いますが」
尋問を担当した冒険者の言葉を聞いたレイは、騎士に向かってどう思う? と視線を向ける。
レイの視線を受けた騎士は、厳しい表情で口を開く。
「出来るだけ早急に情報を得られるのであれば、こちらは特に問題はない。この生誕の塔は、ダスカー様にとっても非常に重要な代物だ。また、ゾゾ達リザードマンはこちらに友好的な存在でもある。そのような場所だけに、危険は可能な限り早く排除したい」
ゾゾはそんな騎士の言葉に、満足そうに、そして嬉しそうに頷く。
ゾゾにとっても、この生誕の塔は大事な代物だ。
そんな場所をそこまで大事にするという騎士の存在は、ゾゾから見ても好意的な気持ちを抱くのは当然だった。
「なら、取りあえずこいつらは縛って馬車に突っ込んでギルムに送るということで」
レイの言葉に、話を聞いていた全員が異議なしといった様子で頷く。
「それで、この件はこの件でいいとして……何でまたリザードマンがこんなに大量にやって来たんだ?」
騎士が、到着した馬車から降りたリザードマン達……そして何より、他のリザードマンよりも一際大きな体格のガガを見ながら、レイに尋ねる。
リザードマン達は生誕の塔が襲われたということで、若干苛立ちを見せていた。
それでも暴発しなかったのは、ガガが上手い具合にリザードマン達を抑えていたからだろう。
もしこの場でリザードマンが暴れるようなことになれば、最終的には自分達に不利益になると、そう判断しているのだ。
そのような真似をしながらも、今回の一件を政治的なカードになると判断している辺り、第三皇子としての立場からだろう。
「生誕の塔を守るのは、ここにいる人数だけじゃ戦力不足になるってダスカー様が判断してな。どうせ生誕の塔を守るなら、リザードマン達に守らせた方がいいってことになった」
「それは……いや、けど、色々と不味くないか? 食料とかを持ってきた時に、敵と間違えられるだろ」
戸惑ったように告げる騎士の言葉に、レイは問題ないと隣にいるゾゾに視線を向ける。
「ゾゾがここに残ることになったから、石版を使えば意思疎通は出来る。言葉が分からないで戦闘になるなんてことは避けられる筈だ。……もっとも、今回の一件を考えると言葉が通じないとか関係なく近づいてくる相手を敵として認識しそうだけど」
「それは否定出来ないな。というか、下手にこちらの言葉が分かるとなると、騙そうとする奴も現れるんじゃないか?」
言葉が通じなければ、生誕の塔に近づいてきた相手を問答無用で攻撃してもおかしくはない。
だが、言葉が通じるとなれば会話が可能であるということになり、そうなれば口が上手い者を交渉役にすれば、ゾゾを騙せる可能性は十分にある。
『これでも、一応は皇族の端くれ。口の上手い者を相手にするのは慣れています』
騎士の心配をそう言って否定したのはゾゾ。
心配されていた相手に大丈夫だと言われても……と、微妙な表情になった騎士だったが、レイが見る限りではゾゾがそう簡単に騙されるようなことはないと思えた。
ただ、一つだけ心配なのは……
(不思議な程にゾゾは俺に忠誠を誓っているから、俺の名前を出されてたりすればあっさりと騙されそうな気がするんだよな。……もっとも、忠誠心が高いだけに俺の名前を使って騙した相手を絶対に許さないだろうけど)
マリーナの家で行われている模擬戦では、ゾゾが勝てるのはビューネしかいない。
マリーナと精霊魔法抜きでの模擬戦をやれば勝てるかもしれないが、マリーナは精霊魔法以外では弓を武器としており、近接戦闘も出来ない訳ではないが、とても本職とは呼べない程度の実力だった。
そんな訳でマリーナは模擬戦に参加していないが、ゾゾはレイ、エレーナ、ヴィヘラ……そして、アーラにも負けてしまう。
もっとも、アーラはエレーナの側近と言うだけあって元々それなりの強さを持っていたが、レイと初めて会った時から多くの戦いを潜り抜け、その実力は本物と言っても間違いではない強さを持つ。
ましてや、その剛力はレイですら驚く程のものであるし、ゾゾが単純な力でアーラに敵わないというのは、力比べで証明されている。
このように模擬戦ではビューネ以外には勝てないゾゾだったが、それは相手が悪すぎるだけだ。
その辺の冒険者程度であれば、ゾゾは楽に勝てるだけの実力を持っている。
レイの名前を使って騙しに来た者がいれば、その者はゾゾによって最悪の結末を迎えることは間違いのない事実だった。
「そんな自殺志願者はいないと思うけどな」
「ん? どうしたんだ急に?」
「いや、俺の名前を使ってゾゾを騙そうとする奴が出て来るかもしれないと思ってな。けど、もしそんな奴がいたら、間違いなくゾゾに……」
『殺します』
即座に、それこそ一瞬の躊躇いもなくゾゾはレイの言葉に繋げる。
それこそ、話を聞いていた騎士や冒険者が我知らず後退る程の雰囲気を発しながら。
「出来れば殺さないでくれれば助かる。手足の一本や二本はともかく、情報を得る必要があるからな」
レイはゾゾの忠誠心がどれだけのものなのかは知っていたので、他の二人のように特に驚いた様子もなく、そう告げる。
『分かりました。レイ様のお言葉であれば』
若干不満そうな様子ではあったが、ゾゾは短くそう告げる。
それを確認してから、レイは騎士と警備兵に気になっていたことを聞く。
「そう言えば、傭兵の方はどう対処するんだ? 冒険者なら馬鹿な真似をしないと思うけど、傭兵だとそういうことをやりそうなんだよな」
「一応、ダスカー様に今回の件を報告した後で、現在ギルムにいる傭兵を調べてみる予定だ。傭兵が全員こちらの敵に回るとは思えないが、それでもどのような相手がいるのかというのは、調べておく必要があるからな」
「傭兵ですか。具体的に、現在どれくらいギルムにいるんでしょうね」
「警備兵の方に問い合わせれば、大体は分かる筈だ。勿論、素性を隠して入って来ているような奴もいるから、確実に全員分かる訳じゃないだろうが」
あー、なるほど、と。
レイは騎士の言葉に納得する。
ギルムに入るには警備兵の手続きを受ける必要がある以上、当然のようにその辺りの情報に一番詳しいのは警備兵なのだ。
「なら、そっちは任せてもよさそうだな。……ゾゾ、ガガや他のリザードマン、それとここに残る冒険者たちと一緒に生誕の塔を守ってくれ」
『そこは守れ、と。命令して下さい』
「……分かった。なら、生誕の塔を守れ」
レイの命令に、ゾゾは嬉しそうに一礼する。
レイの強さに心酔しているゾゾにとって、レイから下される命令に従うというのは喜びなのだろう。
一礼した状態から顔を上げると、ゾゾはガガを含めて他のリザードマン達に声を掛ける。
現在の状況やこの辺りについての説明をしているんだろうゾゾを見ていると、レイは騎士に呼ばれた。
「レイ、俺はそろそろ傭兵達を連れてギルムに戻る。出来るだけ早く警備兵に引き渡して情報を聞き出したいし、ギルムにどれくらいの傭兵がいるのかも確認したいしな」
「分かった、頼む。けど、そうなると代わりの騎士はどうなるんだ?」
現在、生誕の塔にいる騎士は、昨夜来た騎士一人だけだ。
そうなると、この騎士がギルムに向かえば、ここには誰もいなくなる。
もちろん、絶対に騎士がいなければ駄目だという訳ではないのだが、それでもやはり騎士という地位を持つ者がいた方が、何かあった時に便利なのは間違いない。
その騎士がいなくなるのは不味いのではないか。
そう、レイは言いたかったのだ。
「そうだな。ギルムに戻ったらすぐに代わりの騎士をここに向かわせる。……ゾゾにその辺を言っておいてくれるか? 間違われて攻撃されたりしたら、洒落にならないからな」
「今回の件を考えると、色々と間違う奴も多そうだしな。ゾゾはともかく、他のリザードマン達にはちょっと厳しいだろうし」
一度この世界の者達に襲われた以上、リザードマン達の中に不信感が生まれるのは仕方のないことだ。
それでも完全に信じるのを止めないのは、ダスカーがリザードマン達を保護して食事や寝床を与えたり、意思疎通をする為に文字や言葉を教えたりといったことに手を回したというのがある。
また、ゾゾに忠誠を誓われ、ガガと互角にやり合った……いや、お互いに奥の手を出してはいなくても、その状況でガガに勝ち、気の合う友人のような関係になったレイがここにいる、というのも大きい。
「分かった、そっちの件を頼む。……そろそろ、ギルムの人員だけでどうにかするのは限界になってきたような気がするんだけどな。ダスカー様はその辺どう考えていると思う?」
ギルムの増築工事がなければ、ダスカーも転移の一件に全面的に集中出来ただろう。
だが、現在のギルムは増築工事が行われており、現在はそちらの方に労力を集中しているのは事実だ。
そうである以上、転移の件に関して割ける人手はどうしても少なくなる。
それは不味いのではないか。
そう告げるレイに、騎士は難しい表情で頷く。
「俺もそう思う。だが、ダスカー様のことだから、何らかの手は打っているはずだ。騎士としては、そんなダスカー様を信じるのみだ」
そう告げ、騎士は傭兵達の護送の用意を始めるのだった。