0207話
騎士達の護送馬車を襲った犯人達の拠点を見つけたら、その制圧に力を貸して欲しい。
そう言われたレイだったが、内心では首を傾げる。
(何でわざわざ俺にそれを頼む? 戦力的な問題か? それにしたって、警備隊にしろ騎士達にしろ、組織だって行動するのが基本だろう。そう考えると、それを乱す俺をわざわざ組み込む必要は……いや、あるか。まず敵の狙いが俺であるとなると、俺を取り込むことによって街に余計な被害が広まる可能性が減る。同時に、もしランガ達よりも腕の立つような相手が敵にいた場合の切り札ってところか? 警備隊はともかくとして騎士団辺りには腕の立つのが揃ってそうな気もするが)
「分かった。ならギルドの方に指名依頼を出してくれ」
「すまないね。君達冒険者は、基本的に冬は休業するってのに」
申し訳なさそうに頭を下げるランガだったが、レイにとっては暇を持て余すような時間がないのというのは逆に望むところだった。
(もっとも、暇潰しで依頼を受けたなんて言われれば、気を悪くするのは確実だから口に出しては言えないけどな)
内心で呟き、それを誤魔化すかのように首を振る。
「気にするな。俺にしても、もう少しでランクアップ出来るって話だからな。今回の件は悪いことばかりじゃないさ」
「そう言って貰えると助かるよ。じゃあ、早速だけどギルドの方に行こうか」
サンドイッチを数個纏めて口の中へと放り込み、話していた為に冷めてしまったお茶で流し込んだランガが立ち上がる。
サンドイッチ自体は近くのパン屋かどこかから買ってきたのだろう。それなりに美味かった為に若干名残惜しそうにしながら、レイもまた立ち上がるのだった。
「ランガ隊長、じゃあ俺も皆の応援に回るので」
警備兵も同様に立ち上がり、ランガに軽く一礼して部屋を出て行く。
「ああ。情報については残ってる人に集中して集めて欲しい」
「はい、分かってます」
「ふぅ……さて、じゃあ行くとするかな」
大きく伸びをし、寒さ対策がされたマジックアイテムのローブを着込んでレイを促す。
「さ、行こうか。今回の件ではレイ君にも色々と迷惑を掛けると思うけど、よろしく頼むよ」
「ああ、問題無い。……それにしても、そんなローブ1枚で外に出ても平気なのか?」
先程出て行った警備兵は、防寒用にかなり厚めのローブを身に纏っていた。だが、今レイの前に立っているランガが身に纏っているのは、かなり薄いローブ1枚だけだ。それを不思議に思って尋ねたレイに、ランガは笑みを浮かべて頷く。
「ああ。このローブはこう見えても一応マジックアイテムでね。ある程度だが耐寒の能力が備わっているんだ。吹雪をどうにか出来る程の能力はないけど、今くらいの寒さならどうにかなるんだ」
「……へぇ、それは興味深いな」
マジックアイテムに興味のあるレイが呟くが、ランガは苦笑して首を振る。
「君がマジックアイテムの収集をしているのは知ってるけど、これはそこまで大仰な物じゃないよ。銀貨数枚あれば十分買える程度の安物だからね」
「安物、ねぇ」
安物でもあっても、他の警備兵が使っていないところを見ると一般の警備兵にはなかなかに手が出しにくい代物なのだろう。そう判断しつつも、耐寒という意味ではより高性能のドラゴンローブがある為にそれ以上興味を引かれなかったレイは、ランガと共にギルドへと向かうべく建物を出るのだった。
「あ、レイ君……と、ランガさん? また、随分と珍しい組み合わせね」
セトと別れてギルドへと入ったレイとランガに向け、ケニーが放った第一声がそれだった。
ギルドとしても、冒険者の多くが休業に入っている為に暇なのだろう。いつもはレノラを含めて数人は受付嬢がいるのだが、今はケニー1人だけが暇そうに書類のチェックを行っていた。それだけにケニー自身がご執心のレイの存在に気が付くのが早かったのはある意味当然だったのだろう。
ランガも、一瞬だけギルドに併設されている酒場で昼間から酒を飲んでいる冒険者達へ羨ましそうな視線を向けてから、ケニーへと言葉を返す。
「やぁ、ケニーさん。実はちょっと彼に指名依頼を出そうと思ってね」
「……もしかして、噂になってる襲撃事件?」
ケニーにしても……あるいは冒険者ギルドの受付嬢であるからこそか、やはりその事件については既に知っていたらしい。微かに眉を顰めて小声でランガへと尋ねる。
何しろ街中で起きた殺人事件だ。しかも被害者は騎士が数人。それ程に物騒な事件であるだけに、情報の広まりは早かったのだろう。
「まぁ、そうなるね」
「でも、何でレイ君を? 強いのは分かるけど、それはあくまでも戦闘でしょう? 捜査とかには向いてないと思うんだけど」
「確かにそうなんだけど、昨日の騎士達が護送していた犯人を捕まえたのが彼だからね。それに実際問題、今回の襲撃事件の犯人は恐らく腕が立つのは間違い無い。何しろ騎士を全滅させてるんだからね。それに対する切り札って面もあるんだ」
「分かったわ。じゃ、指名依頼だから書類は通常のじゃなくて……えっと、どこにあったかしら」
通常の依頼と指名依頼では、やはりギルドに提出する依頼書も違うのだろう。カウンターの向こう側で手こずりながらも、1枚の書類を取り出してランガへと手渡す。
「この書類の記入をお願いね」
「分かった」
そう言いながら素早く書類を埋めていくランガ。
さすがに警備隊の隊長だけあって、この手の書類には慣れているのだろう。殆ど躊躇う様子も無くペンを進めていく。
「ねぇ、レイ君。大丈夫なの?」
そんなランガの様子を見ながら、ケニーがレイへと声を掛ける。
「大丈夫かどうかと言われれば、正直分からないとしか答えようがないな。何しろ元々の原因が俺だったのは間違いないが、ここまで事態が大きくなってしまった以上は俺に構ってる暇は無い……と思う」
ベスティア帝国にしてみれば、どこまで自分の存在に重要性があるのか分からない為にそう言葉を返すレイ。
(実際問題ここまで事態が大きくなってしまった以上は、俺に拘るよりも街を脱出するのを優先すると思うんだよな。警備隊が街の出入りに関して目を光らせているからすぐには逃げ出せないだろうが、そんな状態を何週間、何ヶ月も続ける訳にはいかないうえに、壁は壁で乗り越えるのはまず無理だろうし)
ギルムの街に限らず、街を覆っている壁はマジックアイテムの一種と言ってもいい。効果としては幾つかある。壁の強度を増すというものや、壁を乗り越えようとする相手に対して衝撃を与えるもの。あるいは飛行可能なモンスターへの対策として街の上空を覆うようにして結界を張ることが出来るというものだ。もっとも、最後の結界については相応の魔力が必要になる為に常時発動している訳では無いが、さすがにこの状況でなら何らかの飛行手段を警戒して結界を発動しているだろうというのがレイの判断だった。
(とは言っても……)
呟き、脳裏を過ぎったのはベスティア帝国が作り出したと思われる、転移を可能にするマジックアイテムだ。
(あのマジックアイテムを使えるのなら検問してようが、結界を張ってようが無意味なんだよな。もう街にいない可能性も大きいし)
「レイ君、どうしたの?」
「あぁ、いや。何でも無い。それにしても、つくづくこの街は騒ぎに事欠かないと思ってな。俺がこの街にきてから、オークの集落が発見されたり、鉱山が閉鎖されたり、魔熱病の材料を運んだりと色々あったし。そして今度は騎士に対する襲撃事件だ」
「確かに例年よりも事件は多いけど、ここは辺境だしね。今回の襲撃事件はともかく、オークが集落を作るなんてのは数年に1度程度の頻度であるし。……まぁ、さすがに騎士団の襲撃事件なんてのは稀だけど」
どこか暗い様子で溜息を吐くケニー。いつも明るいケニーにしても、街を守る象徴とも言える騎士達が襲撃され、殺されたのは不安を煽るらしい。
「ケニーさん、これでいいかな?」
「あ、はい。ちょっと待って。……えっと、うん、問題無いです。それでレイ君はこの指名依頼を受けるってことでいいんだよね?」
「ああ」
「分かったわ。じゃあ後はこっちで処理しておくからもういいわよ。……気を付けてね」
ランガから受け取った書類に問題が無いのを確認すると、レイへと指名依頼を受けるかどうかを尋ねるケニー。
それに頷いて依頼の受諾を表明すると、その時点で指名依頼は成立したのだった。
「じゃあ、私は早速上司に届けてくるから。この件が片付いたら食事にでも行こうね」
そう言い、ケニーはカウンターの奥へと消えて行く。
「さて、じゃあ僕達も本部に戻ろうか。基本的に、レイ君には事件が解決するまでは本部にいてもらおうと思ってるんだ」
ギルドを出て行きながらランガと依頼を受けている間の話を詰めていく。
「襲撃班が俺を狙ってきた時に、周囲を巻き込まないようにってことか」
「それもあるし、敵の隠れている場所を見つけた場合に急襲する時の戦力としても期待している。何しろ、言っちゃ悪いけど警備隊は荒事に慣れているとは言っても、基本的には喧嘩とかしてる人達を取り押さえるのがメインだからね。もちろん冒険者同士の喧嘩で殺しになることもそれなりにあるけど、それでも国の裏の存在を相手にやり合えるかと言われるとちょっと厳しい。……せめてもの救いは、騎士団も積極的にこっちに協力してくれてるってことかな。何しろ警備兵とは違って、街を守る為の純粋な戦力として存在している騎士が襲撃されて殺されているから。騎士団にしても面子やら何やらがある訳さ」
「グルルルゥ」
ギルドから出て来たレイとランガを見つけ、喉を鳴らしながらセトが近付いてくる。
立ち上がったセトを見て、セトに構っていた子供や冒険者、商人、あるいは街の住人達も残念そうな溜息を吐いてから散っていく。
雪がちらついている為かその人数はいつもより少なかったが、それはある意味しょうがないことだっただろう。
「セトも暫くよろしく頼むね」
「グルゥ」
ランガがセトを撫でているのを見ながら、ふと思いつくことがあった。
それはTVドラマとかではお馴染みの展開である警察犬だ。
もちろんセトがグリフォンであり、その身体は獅子、つまりは猫科のものだというのはレイも理解しているが、グリフォンであるが故にその五感は鋭く、尚且つ魔力を感知する能力も持っている。特に嗅覚が鋭いのは、ダンジョンでアンデッドの巣窟であるエリアに入った時に証明済みでもあった。
「なぁ、ランガ」
「ん? 何かな?」
セトの背の滑らかな毛の感触を楽しんでいたランガへと声を掛けるレイ。
思いつきを言ってもいいものかどうかを数秒程迷ったレイだったが、そんなレイの迷いに気が付いたのだろう。髭の生えている厳つい顔を真面目な表情に変えてレイへと視線を向ける。
「言ってくれ。どんな内容なのかは知らないけど、恐らく今回の事件に関わることなんだろう? どのみち今は何も手掛かりが無いんだ。それなら例え突拍子のないものだとしても、何かの参考になるかもしれない」
「そうか? 一応前もって言っておくが、これはあくまでも思いついただけであって、確実に効果があるとは言えないんだが……それでもいいのか?」
「ああ、問題無い」
ランガにしても、どんな小さなものでもいいので手掛かりを欲していた。その可能性があるのならどんな意見だろうが、むしろ歓迎する気持ちだった。
そんなランガの思いを理解したのか、小さく溜息を吐いてからレイは口を開く。
「知っての通り、セトはグリフォンであってその五感や魔力を感じる能力は俺達よりも鋭い」
「確かにそうだろうね。なにしろランクAモンスターなんだ。その辺の他のモンスターと比べてもその能力が高いのは明らかだ」
「つまりだ。五感……嗅覚も格段に優れている訳だが」
「……っ!? そうか! なるほど、確かにそれは考えつかなかった。犬や狼系の獣人の鼻では無理でも、確かにセト程の高ランクのモンスターなら可能性はある」
レイの一言が完全に予想外だったのだろう。数秒程沈黙した後で顔を驚愕に染め、やがて興奮したように頷くランガ。
元々警備隊には、臭いに関しても追跡できるように犬や狼系の獣人がいる。それでも馬車が燃え尽きているという影響もあり、臭いの痕跡を追うことは出来なかったのだ。だが、と。ランガの目は円らな瞳で自分を見上げているセトへと向けられる。
「セトなら……」
こうして見ている限りでは、どう見てもちょっと大きめな愛玩動物のようにしか見えない。だがそれでも、目の前にいるのは間違い無く高ランクモンスターであるグリフォンなのだ。これで確実に襲撃班達の下へと辿り着けるとは限らない。それでも試せる手段があるというのに、それを試さないというのはランガにとって怠惰以外のなにものでもなかった。
「レイ、セト。……悪いけど、僕と一緒に今回の襲撃場所へと来てくれるかな?」
ランガのその問いに、レイは黙って頷く。セトもまた喉の奥で小さく鳴いて同意するのだった。