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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2068/3865

2068話

 ミレイヌがスルニンに説教をされている光景は、当然のように多くの者に見られていた。

 だが、そこに関われば間違いなく自分にとっても藪蛇になると思っているのか、誰も止める様子はない。

 ……仕事やら何やらを気にせずにセトの下に駆けつけてきたのだから、擁護のしようもなかったが。

 とはいえ、ミレイヌとしてはもう少ししたらギルムに戻るつもりだったし、仕事を全面的にサボるといったつもりもなかった。

 ただ、空いている時間にセトと遊びたいと……そう思い、そこで天敵――生物的な意味ではなく、天が与えた敵という意味で――のヨハンナと遭遇してしまったのだ。

 ともあれ、少し離れた場所で行われている説教は放っておき、やって来た面々はそれぞれ情報交換なり、引き継ぎなりといったことをする。


「レイ、悪いけどお前も領主の館に戻ってきて欲しいそうだ。ダスカー様が用事があると言っていた」

「あー、うん。分かった」


 突然生誕の塔が転移してきて、それを真っ先に感じたのがセトで、最初にここまでやって来たのはレイとセトなのだから、それを考えればレイもダスカーが自分を呼び出す理由は理解出来た。


(というか、それ以外にも絶対に結界を破った件についての話もあるよな。……マリーナは、取りあえず大丈夫だとは言ってたけど)


 マリーナの言葉だけに信じられるし、結界の件について本格的な追求はないと思うが、それでも今回の一件を考えると、色々と事情を説明する必要は出て来るだろう。

 そして、微妙に嫌みを言われたりするのは、多分間違いない。

 ……ダスカーも、昨夜の件は一刻も早く行動しなければならないというのは分かっていたのだろうが、それでも結界を強引に破ったのはやりすぎだったのだろうと。


「俺が行くのはいいけど、ゾゾはどうするんだ? ゾゾがいないと、意思疎通が出来ないぞ?」


 現在は、ゾゾが生誕の塔にいたリザードマンの女と話をしており、レイ達との通訳をしている。

 だが、レイがギルムに戻るとなると、当然のようにゾゾもそれについてくる筈だった。

 そうなると、生誕の塔にいたリザードマン達との意思疎通は不可能になる……とまではいかないが、それでも難しくなるのは確実だ。

 特にここが生誕の塔という特別な場所である以上、何らかの問題が生まれる可能性がある。


「あー……出来ればゾゾにはこっちに残って欲しいが、それでもどうしても無理なら、少しの間はここに残る連中だけで頑張ってくれってことだ」


 騎士のその言葉に、レイは頷く。

 恐らく、ダスカーの話が終わったら自分はまたここに戻ってくるのだろう。

 そうなれば、当然のようにゾゾも一緒にここに戻ってくることとなり、意思疎通の問題もそこまで難しくはなくなる。

 だからこそ、少しの間は自分達だけで頑張れと。

 それがダスカーからの指示といったところか。


「分かったなら早い。じゃあ、早速行くか。レイも準備してくれ」

「準備してくれって言われてもな。……夕暮れの小麦亭やマリーナの家ならともかく、ここでどうしろと? そもそも、俺は起きたばかりで朝食すらまだなんだが?」

「朝食は、ダスカー様が用意してくれているらしいから、心配するな」

「それは……なるほど、分かった」


 領主の館で出る料理は、かなり美味い。

 それこそ、ギルムの領主という立場のダスカーが雇っており、他の貴族の使者や、場合によっては貴族本人がやって来ることもある。

 そのような客に料理を出しているのだから、腕の悪い料理人を雇える筈もない。

 実際にレイが領主の館で何度か食べたことのあるサンドイッチも、かなり美味かった。

 正直なところ、パンに具材を挟むだけというサンドイッチで、何故ここまで他の店と味が違うのかと疑問に思ったことも多いくらいには。

 だが、それでもレイは昨日食べた山鳥の丸焼きが頭に残っていた。

 マリーナが手間暇を掛けて作った料理は、まさに絶品と言ってもいい。

 その料理を食べた翌日だけに、どうしても食事と言われれば昨日の歓迎会で出て来た料理の数々を思い出してしまう。


「どうしたのよ?」


 自分を見ているのを疑問に思い、マリーナが尋ねる。

 レイはそんなマリーナの言葉に首を横に振り、改めて騎士に頷く。


「分かった、それでいい。出発は今すぐか?」

「ああ。出来れば急いで欲しい」


 騎士の言葉に、レイはマリーナと……エレーナとアーラに向ける。

 寝る前にギルムに戻ったエレーナとアーラの二人が再びここに来ているのは、生誕の塔から出た時に既に確認してある。


「だそうだけど、どうする? エレーナとアーラは、来たばかりだろうけど」

「私はそれで構わんよ。生誕の塔に異変がないのは確認出来たし」


 その言葉に、レイはそう言えばエレーナは何気に可愛いものが好きだったな、と思い出す。

 以前迷宮都市のエグジルでビューネと初めて会ったときも、エレーナは積極的に話し掛けていた。

 だからこそ、リザードマンの子供達に興味を持ったのだろう。


(まぁ、エレーナのことだから、これからリザードマンと戦えなくなるってことはないだろうけど。……でも、リザードマンの肉を使った料理は……どうだろうな。俺も以前はともかく、今は食べたいと思わないし)


 不幸中の幸いなのは、リザードマンの肉はそこまで多く出回っていないということか。

 ……もっとも、レイは自分が今まで接してきたリザードマンと、ゾゾやガガのようなリザードマンは明らかに別物だと思っていた。

 この世界のリザードマンは、少なくてもレイが接した限りでは明らかにガガやゾゾよりも知能が低く、意思疎通を試そうともしない。

 ある程度の知能は持っているのだが、その方向性が明らかにゾゾやガガ達と違う。


(まぁ、もしかしたら将来的にはゾゾ達のような感じになるかもしれないけど)


 取りあえずは違うだろうと考えつつ、レイは素早く準備を整えて馬車に乗り込む。

 当然のようにエレーナ、マリーナ、アーラ、ゾゾが馬車に乗り込み、セトもまた馬車の側までやって来る。

 そうなると、セトと遊んでいたヨハンナも自分と一緒に来るのか? と思ったレイだったが、そのヨハンナは未だに叱られているミレイヌの方に向かう。


(からかいに行ったのか?)


 一瞬そう思ったレイだったが、ヨハンナは叱られているミレイヌではなく、叱っているスルニンに何かを言う。

 どのような会話をしているのか気になったレイだったが、馬車が出発したことで、それを知ることは出来なかった。

 ただ、微かに見えたのはスルニンがミレイヌに手を出して、立たせている光景だった。


(へぇ、仲が悪いってだけじゃないんだな)


 てっきりミレイヌとヨハンナは徹底的に仲が悪いのだと思っていただけに、ヨハンナがスルニンに説教を止めるように言った様子だったのは、意外だった。

 そんなことを考えつつ、馬車はギルムに向かう。


「そう言えば、やっぱり今日はトレントの森の伐採はなくなったんだな」

「ああ。今回の一件を考えると、さすがにな。昨夜から今朝に掛けて、ダスカー様はかなり忙しくしていたぞ」

「あー……だろうな」


 レイが見ても、今回の一件はかなり忙しかったというのが理解出来る。

 そうである以上、ギルムの領主たるダスカーにとっては、レイが想像していた以上にやるべきことが多かったのだろう。

 ましてや、生誕の塔が転移してきたのは真夜中だ。

 その状況で何か行動をしようとしても、連絡を取れる相手は少ない。

 結果として、朝方――それでも皆が動き始めるよりも前――に色々な場所に連絡をする必要がある。

 その前にも出来ることは色々とやっておく必要があり、結局ダスカーはレイとセトが結界を突破した時に起こされてから寝る暇もなく、動き回っていた。


「領主の館に戻ったら、少し精霊魔法で癒してあげた方がいいかもね。ダスカーのことだから、寝不足くらいでどうにかなるようなことはないでしょうけど、判断力が低下するのは不味いでしょうし」


 マリーナの言葉に、騎士はお願いしますと頭を下げる。

 ダスカーの負担が少しでも減るのなら、それは騎士にとっても喜ばしいことだ。

 そんなことを話しているうちに馬車はギルムに到着し、本来よりも簡単な手続きで街中に入り、領主の館に向かう。


(リザードマンと緑人が転移してくるようになってから、何だか毎日のように領主の館に来てるけど……それでも、まだ慣れないな)


 窓から外の様子を眺めつつ、不意にレイの腹が空腹を主張する。

 朝食は領主の館で用意していると聞かされた為に、結局何も食べていない。

 食べようと思えば、それこそミスティリングの中には幾つも料理が入ってはいるのだが、どうせなら空腹で美味い朝食を食べたいと考えるのは当然だろう。

 ダスカーの心遣いを無視するというのにも、罪悪感があったのだが。

 ともあれ、領主の館に入ったレイが見たのは……


「いやまぁ、予想はしていたけどな」


 訓練場の近くを通り掛かった時、リザードマンとしては並外れた巨体を持つガガが騎士を相手に模擬戦をしている光景。

 昨日も同じ光景を見たよな、と思いつつそんな光景を眺める。

 何故屋敷の中ではなく訓練場にやって来たのかというのを考えるも、それはガガがここにいるからだろうことは明白だった。

 現在ギルムにいるリザードマンの中で一番偉いのは、グラン・ドラゴニア帝国の第三皇子たるガガだ。

 それだけに、生誕の塔がトレントの森の隣に転移してきたということも、説明する必要があったのだろう。

 もっとも、ゾゾがレイと一緒に行動していただけに、ガガに生誕の塔についてどこまで説明出来たのか、レイには理解出来なかったが。

 簡単な意思疎通ならともかく、残念ながら生誕の塔がこの世界にやって来たということは、とてもではないが身振り手振りで説明出来るようなことではない。

 相手の言葉を自分に理解出来る文字に翻訳してくれる石版を持っているゾゾも、昨夜は馬車ですぐにレイを追った。

 その辺りの事情を考えれば、まだガガは生誕の塔に関して知っているとは、レイにも思えなかった。


(というか、仮にも第三皇子ともあろうものが、模擬戦とかをやってもいいのか? 参加している騎士達も、お遊びとかじゃなくて本気で掛かっていってるし。……まぁ、それでもガガは余裕だけど)


 視線の先で行われている模擬戦は、騎士達が必死になってガガに攻撃を仕掛けているという光景だった。

 昨日見た模擬戦でも同じように騎士達が本気になっていたが、今レイの視線の先で行われているのは、昨日よりも更に騎士が本気になっている戦いだ。

 そこまで騎士が本気になっても、ガガには攻撃を当てることすら出来ない。

 それは、ガガがミレアーナ王国と同程度の規模を持つグラン・ドラゴニア帝国の中でも五本の指に入るだけの強さを持っているということの、何よりの証明でもあった。


「凄いわね、ガガ。ヴィヘラが喜ぶだけはあるわ」


 昨夜の歓迎会が終わってからのヴィヘラとガガの模擬戦を思い出したのか、マリーナが感心したように言う。


「だろう。騎士達の訓練としても、ガガ殿というのは格好の模擬戦相手だ。あれだけ強いのに、相手に致命的な怪我をさせないようにも注意してるしな」

「あら、ダスカー。少し疲れてるって話だったけど、元気そうね」


 訓練場でガガの模擬戦を見ていたレイ達に、ダスカーが近づいてそう話すが、マリーナからは心配するような、それでいて若干からかうかのような、そんな声が発せられる。

 いつもならダスカーも何かを言い返しているのだろうが、今はレイとセトが結界を破った一件から寝るような時間もとることが出来ずに、疲れているのだろう。

 

「ダスカー様、結界の件は……」

「いや、いい。それについてはマリーナから聞いてるから、気にするな。レイのお陰で、生誕の塔だったか? その一件に素早く対応出来たんだ。それを思えば、責めるつもりはない」


 結界を強引に突破した件を謝ろうとするレイだったが、ダスカーはそんなレイに謝る必要はないと告げる。

 実際、もし生誕の塔についてレイが行動を起こすのが遅かった場合、一体どうなっていたのかは全く分からないのだから。

 ダスカーにしてみれば、レイとセトには感謝すれども、不満を言うつもりはない。

 レイもそのことに気が付いたのか、少しだけ安堵した様子を見せる。

 マリーナが任せろと言っていたのだから、大丈夫だとは思っていたのだが、それでもやはりこうして直接ダスカーから問題ないと言われれば、安堵するのだ。


「ありがとうございます」

「気にするなって言っただろ。……それより、朝食は用意してあるから、それを食べながら話をするとするか。……ああ、ガガ殿の分も用意してある」


 少し前に食事を済ませているガガだったが、それでも身体を動かしたことで空腹になったのか、ゾゾの通訳を聞いて嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。

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