2052話
武器を地面に落として降参の仕草をしたガガから、レイもまたデスサイズと黄昏の槍を放す。
「ゾゾ、一応聞いておくけど、武器を手放したってことは、ガガは負けを認めたということでいいんだよな?」
『はい、そうなります。……しかし、あのガガ兄上に勝つとは……』
石版に表示された文字からでも、ゾゾの驚きがレイには理解出来た。
だが、レイはデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納しながら、笑みを浮かべて口を開く。
「ゾゾは俺に負けて従ったんだろう? なら、俺が強いのはいいことだと思うけどな」
『それは間違いありません。ですが……その……』
言葉を濁すゾゾだったが、何を言いたいのかはレイにも理解出来た。
ガガと戦い、まさかレイが勝つとは思っていなかったのだろう。
レイのことを知っていれば、ある程度予想は出来ただろうが、ゾゾがレイに仕えるようになってから、まだそれ程の時間が経っていない。
事実、今の戦いを見ていた騎士や冒険者達は、レイが勝っても特に驚いた様子を見せていない。
いや、寧ろレイと互角に戦ったガガに感心すらしていた。
……そんな者達とは逆に、ガガの部下は自分達の強さの象徴が負けたことに驚くことしか出来ない。
ガガであれば、誰と戦っても絶対に勝つ。
そう思っていたのだろう。
だが、実際に戦ってみればレイに負けてしまった。
とてもではないが、そのことを信じられず、リザードマンの中には動くことすら出来ずに固まっている者もいる。
そんなリザードマン達を、ゾゾは複雑な視線で眺める。
グラン・ドラゴニア帝国の皇子として……そして何よりガガの弟として、ゾゾはガガの強さを知っていた。
そして、ガガの部下がガガを強く慕っていることも知っている。
だからこそ、そんなガガが負けたというのは、ゾゾから見ても驚きだったのだ。
だが、それと同時にゾゾにとっても強者の象徴の一人だったガガに勝ったレイに仕えていることが、誇りに思える。
「ゾゾ、通訳を頼む。取りあえず、俺が勝った以上は、ここにいる間は緑人達に危害を加えるような真似はするな。いいな?」
ゾゾが石版に書かれたレイの言葉をガガに告げると、ガガは妙にすっきりとした表情で頷き、その後で口を開く。
『分かったそうです。ただし、たまに模擬戦をして欲しいと』
ガガとの模擬戦は、レイにとっても有益なものになるのは間違いないので、向こうからの申し出を断る必要はない。
「ヴィヘラという、強敵との戦いを好む奴がいるから、そっちとの模擬戦もやるように言っておいてくれ」
レイの提案にゾゾは頷き、ガガに何かを言う。
ガガの強さを考えれば、ヴィヘラは間違いなくガガとの模擬戦を希望する筈だった。
そして、ガガの強さに不満を覚えるということは……恐らくではあるが、ないと思われる。
ガガはそれだけの強さを持っているのだ。
(まぁ、マリーナの家の庭がどうなるかは……正直なところ、分からないけど)
ヴィヘラとガガが本気で戦った場合、マリーナの家の庭が受けるダメージは相当なものとなる。
特にガガは、その巨体や大剣、また尻尾を地面に突き刺して第三の足として使ったりといったような戦い方をする以上、どうしても地面は荒れてしまう。
とはいえ、その荒れた地面もマリーナの精霊魔法を使えば、修復するのは難しくないとレイは知っているのだが。
だが、すぐに修復出来るからとはいえ、自分の家の庭が荒らされることを嬉しく思う筈もない。
取りあえず、マリーナにはその辺を言っておいた方がいいだろうと判断し、レイは改めてガガを見て……ふと、気が付く。
(あ、ガガは負けても相手に従うとかはないのか)
ゾゾとの戦いでは、勝ったところで自分に従うといったことになった。
だが、ガガはレイに負けても、特に従うような様子を見せることはない。
レイとしては、リザードマンの従魔はゾゾがいればそれで十分だという思いがある。
だからこそ、今回の一件でガガが自分に従うといった真似をしなかったのは、助かったと言ってもいい。
(そうなると、これはゾゾだけなのか? もしくは、皇位継承権が低ければとか? 後で聞いておいた方がいいかもしれないな)
そう思いつつ、レイはゾゾに話し掛ける。
「ゾゾ、ちょっとガガの大剣を貸してくれないか聞いてみてくれ」
レイの興味は、ガガの持つ大剣に移る。
実際、ガガの大剣はデスサイズと真っ正面から打ち合っても、刃こぼれの一つもない。
普通の武器であれば、それこそ武器が切断されるにも関わらず、だ。
そのような武器に、レイが興味を持つのは当然だろう。
(最初から武器を賭けて戦ったりとかした方がよかったか? 見た感じ、マジックアイテムなのは間違いないし。……待て。そうなると、グラン・ドラゴニア帝国にはマジックアイテムを作れる錬金術師がいるのか?)
ミレアーナ王国と同程度の規模の国である以上、錬金術師の一人や二人いてもおかしくはない。
それでも、レイから見てリザードマンと錬金術師というのは、結びつかなかった。
魔法使いなら、まだ分からないでもないのだが。
リザードマンの錬金術師というのを考えていたレイだったが、ゾゾの話を聞いたガガは、大剣をレイに渡す。
普通ならその大剣……身長三m程のガガが持っても、大剣と認識出来るだけの大きさの大剣は、ガガの半分近い身長しかないレイであれば、到底持つことが出来ないだろう。
事実、ガガの部下のリザードマンの中には、レイが大剣を落とすのではないかと心配――レイの身の安全ではなく、大剣に傷が付かないか――をする者もいた。
周囲にいる騎士や冒険者達も、そんなレイの様子を心配そうに見守る。
だが……レイは渡された大剣を特に苦労する様子もなく持ち上げる。
ガガが持っていても大剣と認識出来るような、そんな大剣だ。
レイが持つと、既にレイが大剣を持っているのではなく、大剣の付属物としてレイがいるかのような……そんな印象すら周囲に与えた。
レイも周囲からの視線は理解しているのか、大剣の重さや大きさではない別の何かでやりにくそうな表情を浮かべていた。
ともあれ、そんな大剣を持ち……振るう。
長剣ならお遊び的な意味で持ったことはあったが、長剣と大剣では色々と違う。
それでも剣は剣である以上、その辺の素人が使うよりは振り回すことが出来た。
デスサイズのように空気を斬り裂くのではなく、空気を破壊しながら振るわれる一撃……といった印象をレイは受けた。
十回程大剣を振るうと満足し、その大剣をガガに返す。
差し出された大剣を素直に受け取ったガガだったが、自分でも最初は使いこなせず、今のように使いこなすまでは長年の修行があってようやくの武器を、ここまで容易に使われたことに、若干思うところはあるようだったが。
「これは、マジックアイテムだな?」
『はい。ガガ兄上の大剣は、間違いなくマジックアイテムです。ただし、私が知ってる限りでは特にこれといった特別な能力はありません。ただ、ひたすらに頑丈で刃こぼれせず……といった能力と、小さな傷ならガガ兄上の魔力を使って再生するということくらいですね』
「それはまた……使う者が使えば、随分と凶悪な効果を持つマジックアイテムだな」
例えば斬撃を放つといった能力だったり、刃に炎を纏わせるといたような、見て分かるような能力ではない。
だが、大剣そのものが、ただひたすらに頑丈なだけというのは地味ではありながら、使う者が使えば非常に強力な武器となる。
そして、ガガはその使うべき人物として相応しいのは間違いなかった。
『はい。ガガ兄上の力の一端を担っている武器です。……その、レイ様。ガガ兄上がレイ様の武器の大鎌を借りたいと』
「あー……そうだな。まぁ、俺も武器を借りたんだし、それを考えると拒否は出来ないか。ただ、大鎌……デスサイズはかなり重いぞ?」
レイとセトであれば、殆ど重さを感じずに振るうことが出来るデスサイズだが、それ以外の面々が持つ場合は、百kgもある重量が直接その身にのしかかることになる。
ガガの大剣もかなりの重量なので、もしかしたらデスサイズを持つことも可能かもしれないが……と。
そう思いながら、レイは先程ミスティリングに収納したデスサイズを取り出し、ガガに渡す。
「っ!?」
それを受け取ったガガの手は一瞬にしてデスサイズの重量によって地面に手をつきそうになり……それでも、ガガの筋力はそれを防ぐ。
手に持つデスサイズがかなりの重量があるというのは、大剣で直接打ち合ったガガだからこそ知っていた。
知っていたのだが……それでも、レイが片手で持っていたことを考えると、どうしてもその重量を軽く見てしまったのだろう。
……それでも、曲がりなりにもデスサイズを持つことが出来たのは、ガガが文字通りの意味で人外の膂力を持っていたからか。
普通なら手に持っただけで押し潰されてもおかしくないデスサイズを、曲がりなりにも振るってみせる。
当然のように、ガガは大鎌を扱ったのはこれが初めてである以上、その一撃には鋭さはない。
それでも、デスサイズを振るえたというだけで、ガガの膂力の強さ、そして身体の動かし方の上手さが証明されている。
(あ、尻尾を使ってるのか)
尻尾を地面に突き刺し、デスサイズを振るう反動で身体が動かないように固定している様子が目に入り、本当に上手く尻尾を使いこなしていると感心する。
その後、何度かデスサイズを振るったガガは、少しだけではあるがその動きが上達した。
とはいえ、やはり大鎌という武器は使いにくいらしく、満足するとレイにデスサイズを返す。
レイはそれを片手であっさりと受け取るが、それを見たガガは驚くよりも呆れるだけだ。
デスサイズがミスティリングに消えると、ガガはゾゾに何かを話し掛ける。
『ガガ兄上が、何故あのような使いにくい武器を使っているのか、と。そう聞いています。レイ様なら、それこそ槍や長剣でもよかったのではないかと』
その言葉に、レイは何と答えればいいのか、迷う。
ガガにしてみれば、使いにくい大鎌を使わなくても、それ以外の武器でもレイは十分強いと判断したのだろう。
実際にデスサイズと共に使っている黄昏の槍は、十分以上に使いこなせているのだから。
とはいえ、デスサイズは魔獣術でレイの魔力によって生み出されたマジックアイテムだ。
折角なので、それを使わないという選択肢はレイにはなかった。
実際に多数の特殊な能力を持っており、魔獣術で生み出されただけあり、魔石によって新たなスキルも習得出来るのだから。
だが、魔獣術について知っている者はほんの少数でしかなく、それをこのような場所で言う訳にもいかないのは事実だ。
よって、レイはいつものように設定を口にする。
「このデスサイズは師匠から貰った武器なんだ。ガガの大剣と打ち合ったのを見れば分かる通り、その辺にある武器とは一線を画している」
最近、師匠のことを説明することが多くなってきたなと、そう思いながら告げるレイに、ガガは完全には納得していないながらも、頷きを返す。
「それよりこれからのことだけど……」
デスサイズの話題をこのまま続けるのは少し不味いと判断したレイは、そう言って話題を移す。
とはいえ、実際にガガ達がこれからどうするかというのは、非常に重要なことでもある。
領主の館の広さを考えれば、ガガ達を寝泊まりさせるくらいは出来るだろう。
だが、今日だけで一気にこれだけ増えたのを思えば、これからも同じように次々とリザードマンが増えることになりかねない。
そうなれば、いずれ領主の館でも全員を泊まらせることは出来なくなってしまうだろう。
(やっぱり、最善なのはロロルノーラ達と一緒にトレントの森で暮らして貰うことなんだが……ただ、それが出来るのか? という問題もあるんだよな。ロロルノーラ達は、ダスカー様が色々と考えているだろうし。というか、グラン・ドラゴニア帝国の連中は、何で緑人達を有効利用しないで弾圧してたんだ?)
グラン・ドラゴニア帝国は、ミレアーナ王国と同じくらいの大きさだということを、レイは知っている。
であれば、ダスカーのように緑人達の能力を活用して、植物について国家事業の類を行ってもいいのではないか。
そう、レイが思っても不思議ではない。
だが、何故か……本当に何故か、グラン・ドラゴニア帝国は緑人達を弾圧はしても、有効活用するといった真似はしなかった。
ゾゾにその辺りの事情を聞いても、皇帝からの命令であるということしか分からない以上、どうしようもない。
(まさか、グラン・ドラゴニア帝国の皇帝が今度は転移してきたりとか、そういうことは……ないよな?)
何だか微妙な不安を覚えつつ、レイはガガとの話を続けるのだった。