2051話
周囲に響き渡った金属音は、レイのデスサイズとガガの大剣がぶつかりあって生み出された音。
だが、その金属音を生み出したレイとガガは武器をぶつけあったまま、お互いに驚愕の視線を相手に向けている。
お互いがお互いに、まさか自分の一撃を相手がこうも正面から受け止めるとは思っていなかったからだろう。
レイにしてみれば、デスサイズは百kgの重さを持つ金属の塊だ。
それをレイの人外と称してもいい腕力で振るっているのだから、まさか相手が三mの大きさを持つリザードマンの巨人とでも言うべき相手であっても、受け止めるとは思わなかった。
だからといって、デスサイズの一撃で相手が吹き飛ぶといったことを考えていたのではなく、レイの一撃を回避するなり、受け流すなりといったことをするのではないかと、そう思ったのだ。
また、ガガにしても驚きは同様だった。
その巨体から生み出される攻撃は、今まで多くの敵を一撃で戦闘不能にしてきた威力を持つ。
ガガの持つ大剣……身長三mのガガが持っていても大剣と呼んでもいいその武器は、それだけの威力があるのだ。
だが、レイはその大剣の一撃をデスサイズで……しかも、片手で持った武器で受け止めている。
それも、自分の半分程の大きさしかない相手がだ。
ガガにとっては、とてもではないがこの世の光景とは思えない。
とはいえ、双方共に驚きはしたものの、相手が強いというのは分かっていた以上、動きを止めたのはそこまで長い時間ではない。
最初に次の動きを見せたのは、レイ。
右手のデスサイズでガガの大剣を受け止めたまま、次に振るわれたのは左手の黄昏の槍。
ガガの胴体目掛けて振るわれた、横薙ぎの一撃。
レイがデスサイズを片手で手にしていたということもあり、ガガも左手の一撃は警戒していたのだろう。
振るわれたと思った瞬間、デスサイズとぶつけ合っていた大剣を握る手の力を弱め、レイがそれを感じた瞬間には後方に跳躍していた。
一瞬後には、ガガのいた場所を黄昏の槍の一撃が通りすぎる。
半ば反射的に黄昏の槍に続いてデスサイズを振るおうとしたレイだったが、距離を取ったガガと視線が合うと、その動きを半ば無理矢理にだが止めた。
ガガの様子から、迂闊に追撃をするとカウンターを放ってくるのは間違いないように思えたのだ。
そんなガガの様子に、リザードマン達がざわめく。
リザードマン達が知っているガガというのは、後退するような真似はせずに攻撃のみを行うといった者だったからだ。
勿論、絶対に後退しないという訳ではない。
それでは、猪突猛進なのだから。
だが、ガガにとっては自分と同格以上の相手と戦う時でもなければ、前進しながらの攻撃だけで全てが片付く。
そんなガガが後退したということは、やはりレイという人物の強さというのは、ガガに並ぶ程のものなのだ、と。そうリザードマン達が認識してもおかしくはない。
ゾゾのみは、レイの強さを知っていた為に、一連の動きを見てもそれが当然といった様子ではあったが。
そして、驚いているのはリザードマン達だけではなく、この場にいる冒険者、騎士、樵といった者達も同様だった。
こちらは、ガガがレイと互角に戦っていることに対する驚き。
レイという存在は、ギルムにおいてもトップクラスの実力を持ち、ミレアーナ王国を代表する冒険者の一人になっていると言ってもいい。
まだ戦闘が開始されてからの短時間ではあるが、それでもレイと互角に戦っているということは、ガガの力量が非常に高いということを意味している。
レイの力を知っているからこその、驚き。
もしくは、ギルムに来たばかりでレイの噂は聞いていたが、実際にその目で見て噂が決して間違いではなかったことが……いや、場合によっては噂の方が控えめなものだったことを理解したが故に驚いている者もいた。
「やるな」
お互いに距離を取ったままで、レイが呟く。
その言葉の意味は理解出来なかったのだろうが、ガガもまたレイに向かって何かを呟く。
レイもそんなガガの言葉の意味は理解出来なかったが、それでも分かっていることは、お互いに相手の実力をしっかりと認めたと、そういうこと。
恐らくガガが口にしたのも自分が口にしたのと同じような言葉だったのだろうと判断し、レイはデスサイズをガガに向ける。
ガガもまた、大剣の切っ先をレイに向け……次の瞬間、二人は同時に地面を蹴った。
「はぁあああっ!」
レイの口から出る雄叫びの如き声。
その声と共に振るわれるデスサイズは、ガガの身体を……否、命を刈り取ろうとするかのような、鋭い一撃となって放たれる。
この戦いは、言ってみれば模擬戦のようなものだ。
だが、レイにしろガガにしろ、双方の攻撃は命中すれば相手の命を奪っても不思議でも何でもない威力を持っていた。
「●●!」
ガガもまた、雄叫びを上げながらレイに向かって大剣を振るう。
再び空中でぶつかりあうデスサイズと大剣。
しかし、今度の結果は前回と違った。
空中で大剣とデスサイズがぶつかりあったところまでは同じだったのだが、お互いの武器がぶつかり合った瞬間、明確にレイの持つデスサイズが大剣を押しのけたのだ。
それはつまり、身長三mのリザードマンが両手で振るった一撃と、ガガの半分程の身長しかないレイが片手で振るったデスサイズの一撃では、後者の方の威力が高いということを意味していた。
ましてや、レイは二槍流。
デスサイズの一撃をガガは何とか受け止めたが、次の瞬間にはレイの左手に握られていた黄昏の槍の穂先が、ガガの身体を貫かんと突き出される。
「っ!?」
ガガもレイが両手にそれぞれ武器を持っているのは分かっていたが、それでもデスサイズの一撃に打ち負けるとは思わなかったのか、一瞬行動が遅れる。
その一瞬は、レイにとっては十分大きな隙だった。……が……
「なっ!?」
次の瞬間に驚きの声を上げたのは、レイ。
何故なら、ガガはデスサイズに打ち負けたその姿勢のまま、後方に跳躍したのだ。
足の一切を動かさずに。
普通なら、その行動はとてもではないが理解出来ないだろう。
実際、レイもガガがどうやって移動したのかが分からなかった。
それこそ、超能力のサイコキネシスや、場合によっては異世界ならではの魔法でも使ったのではないかと、そう思うくらいに。
だが、距離を取る前にガガのいた場所を見れば、その理由を理解出来た。
足のあった場所の後ろ。そこの地面が掘り返されたようになっていたのだ。
リザードマンの身体付きを思えば、何を使ってそのような真似をしたのかということは、容易に想像出来た。
(尻尾、か。……厄介な)
レイはこれまで何度かゾゾと模擬戦を行ってきたが、その中で尻尾を足のように使って移動するといった真似をされたことはない。
それはつまり、ゾゾには出来ずにガガには出来るという方法なのだろう。
つまり、尻尾を第三の足として使うことが出来るということになる。
ガガはそんなレイに向かって獰猛な笑みを浮かべたまま、再び大剣を構える。
そんなガガを迎え撃つように、レイもまたデスサイズと黄昏の槍を構えた。
再び周囲に満ちる沈黙。
だが、今度の沈黙は最初の時のように長く続くことはない。
まるでお互いにタイミングを合わせたかのように、同時に地面を蹴ってお互いに距離を縮めると、それぞれが武器を振るう。
絶えることなく響き渡る金属音。
だが、そんな戦いの中でも形勢は次第にはっきりとしてくる。
速度ではレイ。力でもレイ。技術でもレイ。
そんな、レイに有利な戦いが続く。
ガガも、並の戦士ではない。
何とか不利な状況に対処しようと、色々と仕掛けてはいるのだが、その全てをレイによって封じられてしまう。
ガガはその膂力を活かした戦い方をするリザードマンではあるが、グラン・ドラゴニア帝国でも五本の指に入るだけの実力を持つと言われているだけあって、力だけの戦士ではない。
その辺にいる戦士と比べても、明らかに上の技量を持っている。
だが、その技量で繰り出す一撃がレイには通じない。
大剣を振るう時に手首を微かに動かして大剣の軌道を僅かに揺らしても、すぐに対処される。
フェイントを仕掛けても、あっさりとそれを見抜かれ、それどころかその隙を突くかのような一撃を放たれ、何とか防ぐ。
振り切った一撃が回避された瞬間に、その速度を活かしたままで次の連撃に続けるも、まるでそれが分かっているかのようにデスサイズで止められる。
そのように様々な攻撃を放つも、その全ての効果がないのだ。
とはいえ、ガガによる攻撃を全て防いでいるレイだったが、こちらもまた反撃の隙を狙うのに苦労していた。
デスサイズとまともに打ち合えば、力で負ける。
それを理解したからか、ガガはデスサイズの一撃は防ぐのではなく回避する。
黄昏の槍の一撃は大剣で受け止めるといったこともするのだが。
レイにとって非常に有利な状況でありながら、それでもガガが何とか食らいつくことが出来ているのは、やはり先程と同様に尻尾を上手く使っているというのが大きい。
時には第三の足として、もしくは第三の手として。
攻撃に補助に回避にと、様々な場所で上手く使ってくるのだ。
(ちっ、このままだと、下手をすると殺してしまうぞ)
黄昏の槍を横薙ぎに振るいながら、レイは現状の不味さを知る。
このまま戦いが続いても、勝てるという自信はレイの中にはあった。
だが、それはあくまでも本気で……殺す気で攻撃をすればの話だ。
今回の戦いは、お互いに本気ではあるが、相手を殺す気はない。
そもそも、ゾゾから聞いた話によるとガガはグラン・ドラゴニア帝国の第三皇子という立場にある人物だ。
その上で五本の指に入る実力者である以上、明らかに重要人物なのは間違いなかった。
もし本当にガガを殺すようなことになってしまえば、それはダスカーの立場として非常に不味いことになってしまう。
だからこそ、本気ではあるが殺す気で戦ってはいない。
……本当に殺す気で戦うのであれば、それこそ炎帝の紅鎧を使ってしまえばいいのだから。
「いや、考えてもしょうがないか。……もう少し厳しく行くぞ」
そう告げるレイだったが、ガガはレイの言葉を全く理解出来ていないので、大剣を構えたままで首を傾げるだけだ。
ゾゾに通訳を頼めば良かったのかもしれないが、今はとてもそのような気分ではない。
今までガガも色々な相手と戦ってきたが、それでもレイと同じだけの強さを持つ者は非常に少ない。
それこそ、自分と同じく五本指と数えられている者達くらいだろう。
レイは自分の半分程の大きさしかないというのに、だ。
そんな相手との戦いに、ガガはかなり熱くなっている。
既に、その頭の中からはこの戦いが始まった理由すら存在せず、今はどうすればレイに勝てるのかと、それだけが頭の中にあった。
そして……ガガは、レイに勝つ為には奥の手を使うしかないと判断する。
そんなガガの様子から、何かを仕掛けてくると判断したレイは、一気に前に出る。
ガガが何をやろうとしているのかは分からないが、それが何らかの奥の手であるというのは、容易に想像出来た。
そうである以上、わざわざその奥の手を使うのを待つ必要もない。
向こうの奥の手と思しき攻撃がされる前に、一気に潰す。
そのつもりで前に出たのだが……急速に近づいてくるガガの顔が、してやったりといった笑みを浮かべたような気がした。
一瞬、してやられたか? と思ったものの、既に行動を起こしてしまった以上はどうしようもない。
そのまま一気に距離を詰め……その瞬間、ガガの口が大きく開く。
瞬間、レイの脳裏を様々な情報がよぎる。
リザードマン、ゾゾ、ガガ、エレーナ、イエロ、グラン・ドラゴニア帝国。
そして……ブレス。
半ば反射的に、レイはスレイプニルの靴を発動し、空気を蹴って強引に軌道を変える。
それとほぼ同時に、ガガの口から炎が放たれる。
一瞬前までレイがいた場所を貫いていく炎。
もしドラゴンローブがなければ、皮膚が軽く火傷をしていてもおかしくはない。
そんな間近で炎を回避したレイは、まさか今の一撃が回避されるとは全く思っていなかった為に動きの止まっているガガに対してデスサイズを振るう。
ガガの首の後ろにはデスサイズの刃が触れており、顔面には黄昏の槍の穂先が突きつけられる。
こうなってしまえば、ガガはもう動けない。
出来ることは、自分の命と引き換えに大剣を振るうことくらいだが……それも今の状況を思えば、無駄になるということは容易に想像出来た。
結果として、ガガが選んだのは……がらん、という音を立てて大剣が地面に落ちる。
武器を手放し、自分の負けを認めることだけだった。