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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2049/3865

2049話

 転移してきた巨大な……リザードマンの巨人と呼んでも決して間違った表現ではないその相手は、特に何か言葉を発することもないままに、周囲を見回す。

 自分がどこにいるのかが分からず、だからこそ周囲の様子を観察しているといったところか。

 その巨大なリザードマンの目が周囲を見回せば、当然のようにレイやセト、ゾゾ……それ以外にも樵や冒険者達といった面々が視界に入る。


「●●●●、●●●?」


 不意にそのリザードマンが、ゾゾに向かって何かを話し掛ける。

 当然のように、その言葉はレイには理解出来なかったが、分かるのはその言葉には覇気のようなものが……それこそ、他の者を従わせるような何かが備わっていたことだろう。

 実際、リザードマンの声を聞いた冒険者の何人かは、我知らず後退っている者もいる。

 

「●●。●●●」


 ゾゾもそのリザードマンに言葉を返す。

 その言葉を聞いていたレイは、ふとゾゾの持っている石版が自分の方に向けられているのを理解した。

 何を考えてゾゾがそのような真似をしたのかというのは、明らかだった。

 ゾゾが、少しでも情報をレイに与えようとしての判断だろう。

 石版は、巨大なリザードマンの言葉を翻訳は出来ないが、ゾゾが口にした言葉は翻訳出来るのだから。


『兄上、兄上も緑の者共の討伐に来たのですか』


 明らかにゾゾが口にした言葉と石版の内容では長さが違っていたが、ともあれその文章から視線の先にいる巨大なリザードマンが誰なのかはレイにも理解出来た。

 明らかに他のリザードマンとは違う外見から予想は出来ていたのだが、やはりあのリザードマンもグラン・ドラゴニア帝国の皇子なのだろう。


(あれだけの巨体だし、もしかしたら皇帝じゃないかとも思ったんだが……そういう意味では、皇子でまだ運が良かったのか?)


 そう思いつつ、ゾゾのもう一人の兄……今はギルムの地下牢で拘束されているザザと比べて、同じ兄でも明らかに目の前のリザードマンの方が格上の存在だった。

 そう、文字通りの意味で格が違うのだ。

 ザザは、ゾゾよりは下ではあったが、それでもそこまで差がある訳ではなく、同レベルと言っても間違いのないような相手に思えた。

 だが、目の前の巨大なリザードマンは、それこそザザは勿論、ゾゾよりも圧倒的に格上の存在だと思える。


『はい、この方はレイ様。私が負けて、現在仕えているお方です』


 レイが考えている間にも、巨大なリザードマンとゾゾの会話は続いており、石版にはそんな文字が表示される。


(今のは、俺が誰なのかというのを相手が聞いて、ゾゾが答えたといったところか)


 そんなゾゾの言葉に、巨大なリザードマンは一瞬だけ驚いた表情を浮かべると、レイを興味深そうに眺めた。

 もっとも、巨大なリザードマンの半分程の身長しかないレイが、デスサイズと黄昏の槍を手にしているのだ。

 傍から見れば、明らかに異常な存在と言えるだろう。

 それだけに、巨大なリザードマンにしてみれば、レイは興味深い存在と思えたのだろう。


「●●●●、●●●●●●、●●!」


 何を言ってるのかは分からないが、レイは目の前のリザードマンが自分に向かって何かを言ったというのは分かった。

 言葉を理解出来ない以上、向こうが何を言ってるのかを知るには、石版を持つゾゾに頼るしかなかった。


「ゾゾ」

『私を従えたということは、レイ様は強き者であるのだろうと』

「あー……なるほど」


 石版に書かれたゾゾの言葉に、レイは巨大なリザードマンに視線を向ける。

 だが、そのリザードマンは、今度はレイではなくゾゾに視線を向け、何かを言う。


『はい。レイ様達とは言葉が通じませんが、この石版を使えば私の言葉がレイ様の使っている文字に、レイ様の言葉が私の使っている文字となって表示されます』


 ゾゾの言葉は、巨大なリザードマンの興味を引いたのだろう。

 その巨大な身体の中でも、見て分かる程に巨大な手をゾゾに向かって伸ばす。

 言葉を発するようなことはなくても、ゾゾに対して何を要求しているのかというのは容易に理解出来た。

 だが、ゾゾはそんな相手に首を横に振る。


『これは、最初に使った者にしか使えません。試してみましたが、私以外の者は書かれている文字を何故か読むことは出来ませんでした』


 そんなゾゾの言葉ではあったが、それを信じることが出来ないのか、巨大なリザードマンはゾゾに向かって更に手を伸ばす。

 手を伸ばしてくる相手に、ゾゾは少し困ったような表情を浮かべ……やがてレイに尋ねる。


『レイ様、ガガ兄上にこの石版を貸してもいいでしょうか? ガガ兄上は、自分で実際に試してみないと納得しません』


 そのゾゾの言葉で、ガガというのが巨大なリザードマンの名前だと判明する。

 とはいえ……と、レイはガガに視線を向けた。

 見たところ、その巨体もあって明らかに脳筋と呼ぶに相応しい性格をしているように思える。

 石版がグリムからの借り物である以上、自分が使えないからといって破壊する……などということになれば、非常に困ってしまう。


「そのガガだったか? そいつは、自分が使えないからといって、石版を破壊したりとかしないか?」

『大丈夫です』

 

 レイが驚いたのは、ゾゾがそう断言したことだろう。

 ザザを相手にした場合は、半ば問答無用……寧ろ相手を見下している様子すらあったというのに、ガガに対しては信頼……いや、敬愛すらしているように思えたからだ。


「分かった。けど、もし何かあった場合は即座にガガを攻撃することになる。それでもいいのか?」


 ガガ、と何度かレイが口にしたので、その言葉だけは聞き取れたのだろう。

 ゾゾに向かって手を伸ばしたままだったガガは、レイに視線を向ける。

 だが、レイはそんなガガの様子は全く気にせず、ゾゾに視線を向けていた。


『問題ありません。ガガ兄上は、こう見えて短気ではありませんので』


 ぐっぐっぐ、という妙な笑い声がガガの口から漏れる。

 レイとゾゾは石版を使って会話をしているが、その石版に文字を表示させるには実際に口に出す必要がある。

 つまり、ゾゾが口にした言葉はしっかりとガガにも聞こえていたのだろう。

 ……それでも怒るのではなく笑い声を上げるのは、多少悪口を言われたくらいで怒るような短気さは持っていないということの証だった。

 少なくても、ザザよりはまともな性格をしているのだろうと判断し、レイはゾゾに石版を貸すことを許可する。

 その後、ゾゾはガガに石版がどのような物なのかを説明し、十分扱いに注意するように言ってから、その石版を渡す。


「●●●」


 小さく呟き、石版に話し掛けるガガ。

 だが、石版には文字が表示されない。

 それを確認してから、レイはガガに……いや、正確にはガガの手にしている石版に向かって話し掛ける。


「俺の言葉が分かるか?」


 レイの言葉が終わると同時に、石版に表示される文字。

 ガガはその文字を読もうとするが、やはり領主の館でロロルノーラが試してみた時のようにその文字を読むことが出来ない。

 その後も、何度か同じことを繰り返すようにレイが石版に向かって話し掛けるが、ガガがそれを読むことは出来なかった。

 念の為ということで、ガガがゾゾに石版の文字を読めるのかと試せば、こちらは当然のように読むことが出来る。

 その証明として、レイとゾゾがお互いに軽く手を上げたり、数歩横に移動したりといったことをやれば、ガガとしてもゾゾはしっかりと石版の文字が読めており、ゾゾにしか石版が使えないということを納得するしか出来ない。

 十分程が経ち……やがて、ガガは石版をゾゾに返す。

 本当にゾゾにしか石版を使えないのだと、そう理解したのだろう。


「さて、石版の件が片付いたところで……ゾゾ、ガガを紹介してくれないか? お前の兄さんなのは分かるけど、具体的にどれくらいの地位にいるのか……そして、どれくらい強いのか」

『ガガ兄上は、グラン・ドラゴニア帝国の第三皇子。そして、グラン・ドラゴニア帝国の中では五本の指に入る実力を持っています』

「これは……また……」


 ゾゾの口から出た言葉は、レイが予想していた内容に近かったが、それ以上に予想外のものでもあった。

 ゾゾが第十三皇子で、ザザが第十一皇子。

 であれば、ゾゾがここまで敬っており……その上、もうとてもではないがリザードマンと呼ぶのが躊躇われるような姿をしているガガが、ゾゾよりも格上の存在だというのは理解出来た。

 だが、それでもまさか第三皇子だとは思わなかったし、同時にグラン・ドラゴニア帝国の中でも五本の指に入るだけの実力の持ち主であるというのも、また予想外だ。

 

(俺から見ても、ガガはかなりの実力者だ。それこそ、もしここにヴィヘラがいれば戦ってみたいと思うのは確実なくらいに。とはいえ……)


 ゾゾの言葉に納得するのと同時に、疑問も抱く。

 レイが知っている限りでは、グラン・ドラゴニア帝国というのはミレアーナ王国と同じくらいの国力や国土を持った国の筈だった。

 そのような国……しかも人ではなく、リザードマンというモンスターが作った国の中で五本の指に入る強者が、この程度、と。

 少なくても、レイが知っている限りではミレアーナ王国にはレイと同等、もしくは強い相手というのは相応にいる。

 仲間内でも、エレーナはそうだろう。

 ……実際にはヴィヘラもその域に達しているのだが、ヴィヘラの場合はベスティア帝国の皇女ということで、ミレアーナ王国の人間として、レイは考えていなかった。

 ヴィヘラ本人は、レイの側にいるという意味でミレアーナ王国の人間であると思っているのだが。

 また、マリーナも強さという点で言えば上から数えた方がいいのだが、マリーナの場合は戦闘方法は弓と精霊魔法という、完全に後衛系だ。

 どうしても、一対一の戦いとなると不利になる。

 精霊魔法で壁を作ったりといったことも出来るのだが、レイやヴィヘラといったレベルになれば、その効果は薄くなる。

 ともあれ、それ以外にもレイが思いつくだけで何人か強いと思える相手はいる。

 そんなレイの目から見て、ガガは強い。間違いなく強いのだが……それでも、決して自分が勝てないと思える程に強いとは思えなかった。

 強くはあるし、戦えば間違いなく苦戦する。

 だが、最終的に勝つのは間違いなく自分であると、そう本能的に理解してしまったのだ。


「何だってそんな重要人物がここにいるんだ? 転移してきたってことは、ロロルノーラ達の森にいたってことだろ?」

『はい。……正直、私も分かりません。ガガ兄上、何故兄上があの森に? 皇帝陛下からの命令ですか?』


 レイの疑問に同意しつつ、ゾゾがガガに尋ねる。

 ガガは真剣な表情で頷き、口を開く。


『え? 私とザザ以外にも? それは……』

「ゾゾ?」

『はい。実は私とザザ以外にも、何人かの皇族が緑人の住む森にやってきて、行方不明になっているそうです。それで、ガガ兄上がやってきたと』

「……第三皇子で、国の中でも実力者が、そんな得体の知れない場所を調べる為にやってきたのか?」

『ガガ兄上は丁度仕事がなくて暇だったのと、何か面白いことがあるかもしれないから、という理由らしいです。……ガガ兄上らしい』


 ゾゾの様子から、ガガの性格は何となく理解出来たレイだったが、問題なのはゾゾ、ザザ以外にも皇族が森の中で消えたということだろう。


(単純に、まだこっちと接触していないだけなのか? トレントの森の大きさを考えれば、それも分からないではないけど)


 実際に、レイが知らない間に転移してきて、トレントの森を動き回っていたリザードマン達と接触したということもあったのだから、その考えは決して的外れなものでもない筈だった。


「そうなると、まだトレントの森をお前の兄弟姉妹といった者達が動き回ってるのか?」

『可能性はあります』


 元々、トレントの森にいるリザードマン全てをこちらで保護したとは思っていないレイだったが、ゾゾのその言葉でそれは決定的になった。

 それは、レイにとってもあまり面白いことではない。

 下手をすれば、樵達がそのような相手と接触するという可能性は十分にあるのだから。

 いや、最悪の展開を考えると、まだそちらの方がいい。

 トレントの森を歩き回っている間に森から出てそのまま歩き続け、やがて街道に到着し、そこを歩いている商人や旅人達に襲い掛かるといった真似をされるという、最悪の結果を迎えるよりは。


(一応トレントの森の周囲には騎士を配置してるって話だったけど……それが、不幸中の幸いか? いや、この場合は焼け石に水か)


 その騎士の目的は、無断でトレントの森の木を伐採する者がいないようにということからのダスカーの指示だったのだが、トレントの森の広さを考えると、それはレイが考えた通り、焼け石に水以外のなにものでもないだろう。

 とてもではないが、この広さの森を完全に把握するということは、今の騎士の人数では出来ないのだから。

 ましてや、増築工事の一件で自由に動かせる騎士の数も減っているのだから。

 ともあれ、レイはガガを眺め……これから一体どうしたものかと、そう悩むのだった。

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[気になる点] あと何人皇子が転移してくるのか [一言] 面白い
2020/12/20 00:35 退会済み
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