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レジェンド  作者: 神無月 紅
増築工事の春
2041/3865

2041話

「へぇ、猪が出て来たの。トレントの森も結構動物が増えてきたのね」


 いつものように、マリーナの家で行われている夕食の時間。

 今日の食事の材料として出された猪の肉に、それをどうやって入手したのかをマリーナが疑問に思い、それにレイが今日の午前中にあったことを口にした時にマリーナの口から出て来たのが、今の言葉だった。

 ダークエルフのマリーナとしては、やはり森には動物が……生命が多くなれば、それは嬉しいことなのだろう。

 嬉しそうな笑みを浮かべているマリーナだが、そんなマリーナとは裏腹にヴィヘラはあまり面白そうな表情ではない。

 ヴィヘラにしてみれば、動物よりも強力なモンスター……それこそ、辺境ならではの強力なモンスターが出て来て欲しいというのが正直なところなのだろう。

 強敵との戦いを楽しみにしているヴィヘラならではといったところか。


「そうだな。かなり大きな猪だった。その猪も、ゾゾの一撃であっさりと倒すことが出来たけどな」


 猪の肉ではなく、魚を蒸して酸味のあるソースを掛けた料理を食べていたゾゾが、レイの言葉に顔を上げる。

 それに何でもないと態度で示しつつ、レイは言葉を続ける。


「今回の件で、ゾゾに対する信頼は上がったと思ってもいいだろうな」

「そうでしょうね。自分で仕留めた獲物を、皆に振る舞ったんだし。……少なくても、その件でゾゾを嫌いになったなんて人はいないんじゃない?」


 マリーナの言葉に、レイは頷く。

 ……実際には、レイはそこまで深く考えて今回の件を行った訳ではない。

 ただ、折角の猪なのだから、どうせなら昼に全員で美味く猪肉を使った料理を食べたいと、そう思っただけだ。

 実際に内臓や色々な部位の肉を使ったスープや、串焼きの類はかなりの美味だったのは間違いない。

 それが結果としてゾゾに対する友好度や好感度を上げることになったのだから、それは単純に運が良かったというだけなのだろう。


「もしかして、そこまで考えてなかったのではないか?」


 レイの様子を見ていたエレーナが、若干の疑念を込めた様子でレイに尋ねる。

 マリーナやヴィヘラ、アーラ……果てにはビューネからも視線を向けられたレイは、そっとあらぬ方を見る。


「ん!」


 そんなレイに向かって、ビューネは真っ先に声を上げた。

 とはいえ、それは別にゾゾの件でどうこうという訳ではなく、自分も美味い猪の料理を食べたかったと、そう態度で示しているだけなのだが。

 猪の肉はまだそれなりに残っているが、内臓の類はスープに使って全て消費している。

 ビューネとしては、猪の内臓の料理を食べてみたかったのだろう。

 レイにはそこまでビューネの言いたいことは分からなかったが、それでも今回の一件について何か不満を持っているというのは分かったので、手元にあった料理……猪肉のローストの置かれた皿をそっとビューネに渡す。


「ん」


 そんなレイの態度に、ビューネは若干機嫌を直した様子――それでも表情は変わらないが――で、料理の入った皿を受け取ると、しっかりと味わう。


「ふふ。レイもビューネには敵わないのね」


 一連の行動を見ていたヴィヘラが、笑みを浮かべつつ、そう告げる。

 本人としてはそのようなつもりは全くないのだが、傍から見ればそのように見えても仕方がないのだろう。


「それはともかくとして、トレントの森の方で転移してくる傾向とか、精霊魔法でどうにか察知出来ないのか?」


 このままだと微妙な話になりそうなのを察したレイは、半ば強引に話題を変える。


「え? 精霊魔法で? うーん……そうね……」


 レイの言葉に少し意表を突かれた様子のマリーナだったが、少し考え……やがて、首を横に振る。


「多分無理ね。そもそも、転移を察するという時点で難易度が高いもの。しかも、私も色々と忙しいから、トレントの森にいる訳にもいかないし」

「なら、遠隔操作的な感じは? この家を守っている精霊魔法とかは、マリーナがいなくても効果を発揮してるんだろ?」

「あのねぇ。レイも魔法使いなら、それがどれくらい難しいか、分かるでしょ?」

「……いや、俺の魔法と精霊魔法は違うだろ」


 本来なら、レイは炎の魔法しか使えない自分と、精霊魔法を使うマリーナは違うだろと言いたかった。

 だが、この場にはレイの事情を知らないアーラとビューネがいる。

 ゾゾも当然のようにレイの事情は知らないが、そもそもゾゾは殆ど言葉を理解出来ていないので、その辺は気にしなくてもよかった。


「そうね。でも考えてみれば分かるんじゃない? 私がそこにいても出来るかどうか分からないのに、そこで更に遠距離から見張るのは……それこそ、精霊が妙な行動をしかねないわ。いっそ、誰か他の人をトレントの森に見張りとして置いておいた方がいいんじゃない?」

「……言われてみれば、そうか? とはいえ、夜にギルムの外にってのはな」


 夜にギルムの外に出るというのは、余程の実力の持ち主でもなければ自殺行為でしかない。

 トレントの森にはあまりモンスターが出てこないが、それでも全く出てこないという訳ではないのだ。

 そんな状況である以上、誰かを派遣するというのは難しい。


(そういう意味なら、ヴィヘラとかもってこいではあるんだけど)


 強敵との戦いを好むヴィヘラなら、それこそ頼めば二つ返事で引き受けるだろう。

 だが、夜のトレントの森の中となると、もしヴィヘラに何かあった時にレイ達ではどうしようもないという思いがある。

 戦いを好み、実際にそれに相応しいだけの強さを持っているヴィヘラだったが、別に最強という訳ではない。

 高ランクモンスターだったり、単純に相性が悪いモンスターが相手だったりした場合は、ヴィヘラであっても負ける可能性は十分にある。

 それを思えば、ヴィヘラには夜のトレントの森で見張りを任せるといった真似は出来なかった。

 ある意味で、それはヴィヘラの実力を信じていないということになるのかもしれないが、レイにとってもヴィヘラは大事にすべき身内の一人という認識だ。


「何? 言っておくけど、私は行かないわよ?」

 

 レイが自分を見ているので、何を考えているのか分かったヴィヘラだったが、その口から出た言葉はレイにとっても完全に予想外のものだった。


「え? いいのか?」

「あら、もしかして行って欲しくなかったの?」

「そんなことはないけど……ただ、ヴィヘラのことだから行きたいって言うんじゃないかと思ってたから」

「そうね。少し前ならそうしたかもしれないわ。ただ、最近は毎日のように朝に模擬戦が出来ているし、何より……」


 そこで一旦言葉を切ったヴィヘラは、焦らすように野菜がたっぷりと入ったスープを口に運ぶ。


「睡眠不足は美容の大敵。……でしょ?」

「うむ」

「そうね」


 ヴィヘラの言葉に、エレーナとマリーナが当然といった様子で同意する。

 その連携は、レイが何か口を挟む隙は一切なかった。

 とはいえ、レイもヴィヘラが何故そのようなことをしているのか……誰の為に美容を気にしているのかというのは、当然のように知っている。

 そんなヴィヘラの行動を、嬉しく思っても不満に思うようなことはない。


「あー……うん。そう言うのなら、しょうがないよな」

「そうね。しょうがないわね」


 レイの言葉に、マリーナは面白そうな笑みを浮かべてそう告げる。

 そんなマリーナに何かを言おうとしたレイだったが、マリーナはレイが口を開くよりも前に、話題を変える。


「今のギルムには結構な数の冒険者がいるんだし、腕利きなのに変人と呼ぶべき人もいるでしょ? なら、そういう人に頼ってみるのはどう?」


 腕利きなのに変人。

 正確には、腕利きだから変人と言うべきか。

 腕の立つ冒険者というのは、どこか普通ではないという者も多い。

 そういう意味では、レイは腕利きと言われる冒険者の中でも、まだ普通寄りの方だった。

 ……少なくても、レイ本人はそう主張している。

 もっとも、それを他の冒険者達がどう思うかは、また別の話だが。

 恐らく、レイが変人だと思っている者達も、自分が変人だと思うかと言われれば、それを素直に認めない者も多い筈だった。

 とはいえ、中には自分が変人だというのを理解した上で活動している者もいるのだが。


「その辺は俺が判断出来ることじゃないし……ダスカー様を含めて、ギルムの上層部でもそのくらいのことは考えているだろうから、そちらに任せればいいだろ」


 そう、レイは告げる。

 実際にダスカーであれば、その辺を理解出来ていない筈もないのだ。

 だからこそ、レイが妙な口出しはしない方がいいだろうと判断し、野菜たっぷりのスープを口に運ぶ。

 肉の類は殆ど使われていないスープではあるが、それでも野菜の甘みと旨みがたっぷりと出ている為か、そのスープは十分満足出来る味となっている。


「レイがそう言うのなら、それでいいけどね。……けど、こう毎日転移してくるとなると、これからも色々と困るわね。今日までの様子を考えると、恐らく明日も転移してくるんでしょう?」

「だろうな。それはほぼ間違いないと思われる」

「……実際問題、何が理由で転移してきてると思う?」


 マリーナの言葉に、レイだけではなく他の面々も――ビューネは料理に集中し、ゾゾは言葉が分からないので理解していなかったが――考える。

 一度程度なら、何らかの偶然……それこそ魔法の暴走のような可能性も考えられる。

 だが、こうも毎日連続して転移してくるとなると、それは明らかに何者かの意思を感じさせる。

 とはいえ、緑人とリザードマンが一緒に転移してきているのを考えれば……


(その何者かは、緑人達を助けて欲しいと思って転移させているのか?)


 実際、転移してきた時に緑人がリザードマンに攻撃されている状況だったというのが多い以上、レイは自分の思いつきが決して的外れではないように思える。

 とはいえ、リザードマンが緑人達を攻撃していない状況でも転移してきたのを考えると、その考えも絶対に合っているという訳ではない。


「何が理由で転移というより、どうやって転移してるのか、ってのが問題だろうな。緑人やリザードマンの能力なのか、それとも緑人達がいた場所に何か理由があるのか、もしくはそういう道具があったりするのか……出来れば偶然とかそういうのが理由だとは、考えたくないけど」


 偶然転移してくるというのは、それこそレイは考えたくない。

 そもそもの話、レイは緑人やリザードマン達をこの世界の存在ではなく、異世界の存在だと予想している。

 そうなると、偶然緑人やリザードマン達はこの世界に転移してきたということになるのだ。

 そのような偶然が、一度だけではなく、何度も繰り返されるとなれば、それは既に偶然とは呼べない。


(偶然も三度繰り返せば必然となるってのが、何かであったよな)


 それを考えると、リザードマン達が転移してきた回数は既に三度を超えている。

 偶然ではなく必然だと確信するには、十分な理由があった。


「そうなると、考えられるのはマジックアイテム……いえ、アーティファクトの効果かしら?」


 ヴィヘラが口にしたアーティファクトというのは、古代魔法文明の遺跡やダンジョンから発掘される、現在の技術では作ることが出来ないマジックアイテム。

 例えば、レイが持っている対のオーブの類もその一つだろう。

 レイが持っているのは、ダンジョンから発掘された物だが。


「もしくは、いっそアーティファクトじゃなくて遺跡そのものの効果とか?」


 マリーナがそう言葉を続ける。

 冒険者として長く活動しており、ギルドマスターとしても活動していたことのあるマリーナだからこそ、そのような遺跡についても心当たりがあったのだろう。


「そういう遺跡もあるのか」

「ええ。とはいえ、生きてる遺跡というのはかなり珍しいけどね」


 そんな風に会話をしながら、レイ達は食事をするのだった。

 ……出来れば、今回の一件がグリムの仕業ではないようにと祈りつつ。






 食事が終わった後、レイ、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの四人は以前にも使った部屋の中にいた。

 ビューネはセトやイエロと遊んでおり、アーラは書類仕事を片付けている。

 ゾゾはレイと一緒に行動したかったようだが、この部屋に入れるのはどうかと……正確には、これから対のオーブを使って話す相手をゾゾに見せない為に、廊下で待機して貰っている。

 ゾゾにとって、アンデッドのグリムがどのような存在なのかは、会話が出来ない以上、正確に把握出来なかったからだ。

 もしグリムと話しているレイ達を見て、敵だと認識して暴れるようなことになっては、非常に困る。


「グリム、聞こえているか? グリム」


 昨日までと同じように反応がないのか。

 そんな風に思いながら対のオーブに声を掛けていると……


『なんじゃ?』


 不意に、対のオーブに見覚えのある骸骨が映し出されたのだった。

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