2006話
剣と魔法の世界で俺だけロボットの方も更新しています。
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「そう、それで今回の樵の人達は大人しかったんですね」
レイから事情を聞いたレノラは、そう告げる。
最初に樵を運んだ時は、レイと樵達の間である程度の友好関係が築かれていた。
だが、今回連れてきた樵達は、レイに対して怖がっている……という訳ではないが、一歩退いた態度で接していたのだ。
その理由が、問題を起こした村でのやり取りが原因だったのだと知り、レノラは寧ろ納得した。
「ああ。あの村以外の場所では、何も問題はなかったけどな。それで、あの村に関しては?」
「それは当然、制裁でしょ」
レイとレノラの話題に、隣で話を聞いていたケニーが口を挟む。
ケニーにしてみれば、ギルドを騙し、その上でレイに対して敵対的な相手だけに、ケニーにとっては絶対に許せない相手なのは間違いなかった。
「ほら、ケニー。落ち着きなさい。まずはその村がギルドにどんな依頼をしてきたのか……そして、ギルドの方にどんな不満を言ってきたのかといったことを調べないといけないでしょ。それが分かったら、ケニーが言うように、何らかの対処をする必要があるかもしれないけど」
レノラがケニーを落ち着かせる。
……正確には、落ち着かせてはいるのだが、当然のようにレノラもその村と村長に対して憤りを感じていた。
ギルド側に何らかの不手際があったのであれば、その件について何らかの保証をするのは間違っていない。
だが、それを悪用して短絡的に金儲けをしようと考えるのは、とてもではないが許すことが出来なかった。
自分がギルドの職員だからというのもあるが、それ以上にそんな人物が村長をやっている村ともなれば、ギルドによって制裁される可能性が非常に高い。
もっとも、別に制裁といっても、武力行使を行ったりといったことではなく、その村からの依頼はギルド側で受けないか、それこそ制裁金を含めてとんでもない額の報酬――ゴブリン一匹の討伐に白金貨数枚といったような――を求められたりといったことだ。
そうなれば、困るのは村長ではなく村人だろう。
短絡的で自分勝手な村長の為に、何の罪もない村人がそれに巻き込まれるというのは、レノラにとって到底許容出来ることではない。
「その辺は結局ギルドの上層部で決めることだろうから、俺からは何とも言えないけどな」
レイも当然のように村長の態度を不愉快に思っていたのだが、ギルド職員という意味で今回の件では関係者と言ってもいい二人がこうして怒っているのを見ると、何となくそれ以上怒るといったことは出来なくなってしまった。
結局その村の処分はギルドに任せる事にし、話題を変える。
「それで、取りあえずこれで追加された樵は二十人近くになったけど、樵の追加はまだいるのか?」
「え? あ、はい。依頼の方は何人と決まってはいませんので。勿論、それはレイさんがまだ問題なければ、の話ですが」
レイの口から出た村長の一件を考えれば、もうこの依頼は引き受けたくないとレイが言ってもおかしくはない。
今はレイに対する指名依頼という形になってはいるが、もしレイが今回の件でこれ以上この依頼は引き受けたくないと言えば、レノラとしては……いや、ギルドとしては、それを受け入れない訳にはいかなかった。
元から、レイにかなり無理を言って頼んだ依頼だったのだから。
そもそも、移動するだけであればセトでなくても普通に馬車を使って村を回り、樵を集めてくるといった方法をとることも出来る。
だからこそここでレイがこれ以上はこの依頼をやらないと言っても、依頼をしてきたギルムの上層部や問題になった村の一件に今まで気が付かなかったギルドは困るかもしれないが、それを理由にレイにどうこうして欲しいとは言えない。
……実際、レイの場合は樵を集めてくるといったこと以外にも、やるべき仕事は多くあるのだから。
「あー、どうだろうな。後どれくらい樵を集めたいと思っているのかにもよるな。もう数人程度ならやってもいいけど、もっと大勢を集めるのなら、それこそやっぱり馬車とかが何台も纏まって移動した方が楽そうに思えるし」
樵達をセト籠に詰め込んで移動する時は、移動速度は速いがセト籠の中にいる樵達はかなりストレスを感じていたのは間違いない。
本来なら五人前後――とはいってもかなり余裕をもっての人数だが――が乗るセト籠に、樵として鍛えているだけあって、筋骨隆々の男が十人近くも押し込められて移動するのだ。
当然移動中にリラックスはまず出来ないので、かなり頻繁に休憩を入れることになってしまった。
だが、馬車であれば最初から複数台の馬車を用意すれば、移動する際にそこまで窮屈な思いをしなくてもすむ。
とはいえ、馬車での移動とセト籠での移動では、その速度に圧倒的なまでの差があるのだが。
「分かりました。ではその辺を上の方に聞いておくと同時に、レイさんの要望として伝えておきます。明日か明後日には、その辺がはっきりすると思いますので」
「そうしてくれると、こちらとしても助かるよ。……じゃあ、俺はもう行くな」
「あ、ちょっとレイ君。私と一緒に軽く何か食べない? 最近、良いお店を見つけたんだけど」
ケニーの口から出た言葉に、レイが強く興味を惹かれた様子を見せる。
レイと一緒にデートをしたいケニーが、どこか良い雰囲気で、美味い料理を出す店がないのかと、頑張って探した甲斐があった。
「ちょっ、ケニー! まだ仕事が終わってないでしょ!」
「あら、今日の分の仕事はもう少しで終わるし、その後なら自由じゃない?」
「それは……でも、レイさんだって色々と用事があるんだから、無理をさせちゃ……」
「それを決めるのは、レノラじゃなくてレイ君じゃないかしら。……どう、レイ君」
「あー、そうだな。一応マリーナが夕食を用意してくれてるんだけど……」
マリーナという名前が出ると、ケニーも何とも言えなくなる。
このギルドで働いている者の多くが、前ギルドマスターのマリーナに世話になった経験を持っている為だ。
……中には今年の春からギルドで働き始めた者もいるので、そういう者達はマリーナとの関わりが薄い。
「えっと、じゃあ……駄目?」
「いや、あまり時間が遅くならなければ問題ない。ケニーと一緒に食べた後で、マリーナの家に向かえばいいだろうし」
「レイ君、それ……いや、レイ君だし、らしいと言えばらしいんだけど……軽くではあっても、私と食事したあとで、更に夕食を食べられるの?」
「ケニーの言う軽いってのが、具体的にどのくらいの量なのか分からないから何とも言えないけど、それでも俺はかなり食べる方だしな。多分大丈夫だろ。夕食の方も、別に出された料理を全部食べなきゃいけない訳じゃないし」
こういう時も、レイのミスティリングは大活躍する。
普通なら余った料理を翌日の食事にまわしたりするのだが、当然ながらそうなると料理の味は作ったばかりの時に比べると、随分と落ちている。
だが、時の流れが止まっているミスティリングの中に収納しておいた場合は、出来たて……いや、食事が終わった後の料理を収納するので出来たてではないが、それでも普通に置いておくよりは味の劣化は少ない。
とはいえ、レイ以外にもセトやビューネといった食べ盛りの者達がいる以上、料理が余るということは基本的にないのだが。
「うーん。まぁ、レイ君がそう言うのなら、私は構わないけど。何だかんだで、レイ君と一緒に食事をするのは久しぶりだしね」
「そうだったか? じゃあ、取りあえず……えっと、どうすればいい? まさか、ここで待ってる訳にもいかないし」
現在は午後四時をすぎている。
今はまだそこまで混んではいないのだが、もう一時間もすれば仕事が終わった冒険者達が報酬を貰いに来て、ギルドの中は一気に混むことになるだろう。
そんな時間帯に、あまり場所をとらないとはいえレイがギルドの中にいるというのは、邪魔でしかない。
だが、そんなレイに対し、ケニーは大丈夫と笑みを浮かべて口を開く。
「今日は私、忙しくなる前に仕事を終わるから。……この前、ちょっと他の娘に頼まれた時にね」
ねぇ? と、そうケニーがレノラに視線を向けて尋ねると、レノラの方も今の言葉に思い当たることがあったのか、不承不承ではあるが納得した様子を見せる。
(レノラがこうして認めるってことは、後ろ暗いところのない理由なんだろうな)
冒険者になってから数年。
最初からレイの担当として付き合ってきたレノラの性格は、当然のようにレイにも理解出来た。
それだけに、レノラの様子からケニーの言葉に問題はないと判断したレイは、頷きを返す。
「分かった。じゃあ、俺はどこにいればいい?」
「うーん……見つけた場所は隠れ家的なお店で、ちょっとセトちゃんが入るのは無理だから、セトちゃんを誰かに預けるか何かして欲しいんだけど。……本当なら、セトちゃんと一緒に食事出来る場所がよかったんだけどね」
ケニーも、愛らしいセトのことは気に入っている。
だが、それでも体長三mもあるセトと一緒に食事を出来る店となると、どうしても限られてしまうのだ。
今回レイを案内する店は小さな店で、とてもではないがセトと一緒に食べるといったことは出来ない。
事情を説明するケニーに、レイは少し残念そうにしながらも、そうかと納得する。
セトの大きさを考えれば、入れる店が減ってきているのは間違いのない事実なのだ。
サイズ変更を使って店に入っても、中でスキルの効果が切れたりといったことになれば、大きな騒動になるのは確実だった。
「分かった。じゃあ、俺は一旦セトを……そうだな。マリーナの家に預けてから、戻ってくるよ。その頃になれば、ケニーの今日の仕事も終わってるのか?」
最初は夕暮れの小麦亭の厩舎に預けようかと思ったレイだったが、セトも出来れば好きなように走り回れるような場所、更にはエレーナとアーラが現在住んでおり、セトの友達のイエロがいるマリーナの家に預けてきた方がいいだろうと判断する。
セトの性格を考えれば、レイと一緒に食事に行きたいと思うだろうが、同時にイエロと一緒にマリーナの家の庭で遊び回りたいとも思う筈だった。
「ええ、お願い。レイ君が戻ってくるまでには、私の方も今日の分の仕事は終わってると思うから。……そうね、待ち合わせにしましょう!」
その方がデートらしいし、という言葉を隠しながら、ケニーはそう告げる。
レイはそんなケニーの考えを理解しておらず、特に何かを考えるまでもなく頷きを返す。
「分かった。それで待ち合わせはどこにするんだ?」
「うーん、そうね。ギルドから少し離れた場所に小物屋があるでしょ? ほら、ちょっと前にセトちゃんの木彫り人形が売りに出されて有名になった」
「ああ、あの店か」
本格的に春になるかならないかといった頃に、セトの木彫り人形が売られたということで、かなり話題になった店のことを、レイは思い出す。
この世界には肖像権やら何やらといったものは当然のように存在しないので、セトを使った商売をしても何も問題はない。
セトも、その小物屋の店主に色々と料理をご馳走して貰った、というのも大きいだろう。
特に何か悪辣な商売をしている訳ではないので、レイも特にそこまで気にした様子はない。
なので、セトも特に不満を言うではなく、その店には好きにやらせていた。
勿論、その店が色々と問題のある行動を……それこそ、セトの毛だとか羽毛と称して実はセトのものでも何でもないものを使った抱き合わせ商法をしたりといった真似をすれば、色々と対処もするのだろうが。
少なくても、今のところはそんな様子は一切なかった。
それどころか、値段を抑えめにしてある程度の安値でセトの木彫り人形を売っているのは……その店の店主がセト愛好家の一人で、少しでも多くの者達にセトのことを知って欲しいからというのが大きいのだろう。
「そ。あの店で待ち合わせにしましょ。それでいい?」
若干呆れの視線を向けるレノラの横でそう尋ねるケニーに、レイは問題ないと頷く。
待ち合わせの場所をしっかりと決めても時間まで決めないのは、細かい時間を知る術がないからだろう。
レイは時計を持っているが、基本的にこの世界において時計というのはかなりの高級品だ。
……もっとも、ギルドの受付嬢というのはかなりの高給取りなので、場合によっては時計くらい持っていてもおかしくはないのだが。
「分かった。じゃあ、俺は取りあえずセトをマリーナの家に連れていってくる。また、後でな」
「ええ。今日は楽しい食事にしましょうね」
最後にそう言葉を交わし、レイはギルドを出て行くのだった。