2005話
剣と魔法の世界で俺だけロボットの方も更新しています。
https://ncode.syosetu.com/n0434fh/
樵を連れて来た日の夜、レイはいつものようにマリーナの家の庭で食事をしていた。
「それで樵の人達は結局、どこで暮らすことになったの?」
パンを手で千切りながら尋ねるマリーナに、レイは串焼きに手を伸ばしながら答える。
「ギガント・タートルの解体をやってる時に、スラム街の連中が泊まっていた倉庫だな。一応他にも幾つか選択肢が用意されてたみたいだが、結局全員で一緒に泊まることにしたらしい」
樵達も、ギルムにやってくる時に一緒に泊まったことにより、ある程度樵達の間に強い連帯感が生まれたというのが大きいのだろう。
また、やはり樵達はギルム以外からやって来たので、そのような者達は一緒にいることにした……というのが、レイの予想だった。
ともあれ、レイは依頼である樵の輸送の第一弾は終わったので、明日から数日はまたトレントの森にある伐採した木材を運ぶといった仕事をしたあとで、また樵を集める依頼をこなすことになるだろう。
「樵の数がそこまで少なかったのは、ちょっと予想外だったわね。まぁ、増築工事が本格的に始まったから、というのも大きいのでしょうけど」
レイの言葉に続くように、ヴィヘラがそう告げる。
「正確には、腕の良い樵だな。俺には分からないけど、樵も腕の善し悪しによって伐採した木とかに色々と影響があるみたいだ」
そう言いながら、レイは樵達の会話を思い出す。
今回募集したのが腕の良い樵だったということもあり、当然のようにレイとセトが連れて来た樵達はその水準をクリアしている者達だ。
それだけに、移動中に休憩している時や、食事の時とかに樵同士で話している内容が、そのようなものだったのだから。
伐採する際の注意事項やら何やらをそれぞれ話し、それにお互いに納得していたり、もしくはそれは違うと議論になったり。
レイが木を伐採する時は、それこそデスサイズで一閃すればそれで呆気なく木は倒れる。
だが、それはあくまでもレイだからこそ出来ることであって、普通はそう簡単にはいかない。
だからこそ、それぞれの樵に流儀があるのだろうと、話の内容は専門的なものだったので殆ど理解出来なかったが、それでも何となく理解は出来た。
「そこまで違ってくるの? でも去年はそういうのはあまり気にしてなかったじゃない」
「去年は去年で、かなり忙しかったしな。そういうのを気にしていられるような余裕もなかったんじゃないか? もしくは、去年の一件でそれが問題になって、今年からその辺を重要視するようになったのかもしれないし」
「なるほど。反省を活かすというのは重要だな」
戦場での戦いが長い分だけ、エレーナにもその辺については納得出来るところがあったのだろう。
また、他の面々もそんなエレーナの言葉に納得するように頷いていた。
「まぁ、樵に関してはそんな感じだ。俺が連れて来た連中が全員一緒の場所に泊まるって選択をしたのは、その辺りにもあるのかもしれないな」
お互いに自分の技術や流儀を話したからこそ、気を許すことが出来たのかもしれない。
そう、レイは告げる。
実際に腕の立つ樵だけを連れて来たということは、連れてこられた樵達は自分達の住んでいた場所ではトップクラスの技量を持っていた筈だ。
つまり、他の樵達は話に付いてこられなかった、もしくは理解出来ないということが多く、そういう意味でもしっかりと自分の話が通じる相手がいるというのは嬉しかったのだろう。
そういう意味では、今回のギルムへの出稼ぎは樵達にとっていい刺激となったのは間違いない。
「なるほど。だが、そういう場合は気をつけた方がいいぞ?」
「え? 何でだ?」
若干ではあっても深刻そうに告げたエレーナの言葉が理解出来ず、レイは首を傾げる。
だが、エレーナはそんなレイに対し、しみじみとした口調で言葉を続ける。
「今回はたまたま相性の良い者同士だったから問題がなかったかもしれないが、時には同じような境遇だというのに、相性的に最悪ということがある。……自分と似ているからこそ、許せないといったな」
「ああ、同族嫌悪か」
正確には同族嫌悪というのは違うのだが、それでもレイの言葉のニュアンスは伝わったのだろう。
エレーナ以外の面々――食事に夢中なビューネ以外――は、レイの言葉に頷く。
「似た境遇だからこそ、相手に対して敵愾心を持ったりする奴もいるから、気をつけた方がいい。特に、今回の場合は村や街から出稼ぎに来るんだろう? なら、言っては悪いが、その人物が村や街にいない方が仕事を良好に出来ると判断して、性格的に問題のある奴を送ってくる可能性もある」
「……さすがに、それはないと思うけどな。ギルムからの要請だぞ? ダスカー様は、色々な意味で名前が知られてるんだ。そんなダスカー様が治めている場所からの依頼に、そんな人物を出してくるってのは、色々と不味いと判断するんじゃないか?」
「どうだろうな。世の中には自分が一番偉いと思っている者もいて、だからこそ何でも自分の思い通りになると、そう考える者も多い。レイも色々と経験して、その辺は知ってるだろ?」
そんなエレーナの言葉にレイは頷きつつも、そこまでの馬鹿はそういないのだろうと、そう思うのだった。
「そう、思っていたんだけどなぁ……」
はぁ、憂鬱そうに溜息を吐き、目の前に広がっている光景を眺める。
「いいか、俺はこいつが俺と一緒に仕事をするというのは認めない。何があっても、絶対にだ」
「ふざけるな! それこそ、俺だってお前と一緒に仕事をするのはごめんだよ!」
言い争いをしているのは、同じ村の樵達……ではなく、全く別の村の樵だ。
最初に樵をギルムに送り届けてから、数日。
その樵達がトレントの森での仕事に慣れ、溜まっていた伐採された木もレイがミスティリングで運び終えた後、再び樵を集める為にセトと共にギルムを出たのだが……その結果が、現在目の前に広がっている光景だった。
「困りますな」
そうレイに言ってきたのは、この村の村長だった。
つまり、現在レイの前で喧嘩をしている樵を推薦した人物だ。
「そうだな。出来れば、もっと性格的に問題のない人物を用意して欲しかったけど」
「そう言われましても、デルトネがうちの村では一番腕の良い樵なのは間違いないので。それで、どうします? こちらとしてはもうデルトネをギルムに出稼ぎに向かわせるということで話が付いてますし、冬までの間の樵の仕事もそれに合わせて準備をしているのですが」
「腕はそこまでではなくてもいいから、もう少し性格的に問題のない樵だと助かる」
そうレイが言うのも、現在言い争いになっている最大の理由は、デルトネという樵が視線が合った瞬間に喧嘩を売っていたからだ。
二十代半ばくらいの男、しかも樵という仕事をしているだけに、血気盛んであってもおかしくはない。
だが、それでも目が合った瞬間に喧嘩を売るというのは、正直どうかと思ってしまう。
だからこそ、他の樵にして欲しいと、そう言ったのだが……
「残念ですが、うちの村から出せる樵はデルトネだけですな」
村長は、あっさりとそう告げる。
それを聞いたレイは、さてどうしたべきかと考え……すぐに決断し、口を開く。
「じゃあ、悪いけど今回の一件はなかったってことで」
「ほう? 腕の良い樵を欲しているのでは?」
「そうだな。腕の良い樵は欲しい。けど、仕事をするのに支障がある程、性格的に問題のある奴はいらない」
「そう言われても、困りましたな。先程も言ったとおり、こちらから出せるのはデルトネのみです。デルトネがいらないと言われても、代わりに出せる者は……」
そう告げる村長の様子を見て、レイには察することがあった。
今回の腕の立つ樵を集めるという一件については、ギルムの方でもかなり急であるということは分かっているのだろう。
その為、報酬に関しては前金として幾らか樵やその住んでいる場所に渡してある。
(つまり、この村長はその前金をもっと欲しているのか、それとも最初から前金だけを貰って樵を派遣する気はなかったのか……さて、どっちだろうな)
確信した訳ではないが、恐らく間違いないだろうという判断がレイにはあった。
そんな村長の態度に若干苛立ちは覚えるが、そこまで強いものではない。
前金に関しては、別にレイの金でも何でもなく、今回依頼をしてきたギルム上層部が支払っているものだから、というのも大きいだろう。
それでも冒険者が侮られるような真似をされれば面白くはないし、何よりも今回の一件が広まるとこの村長と同じような真似をする者が出てこないとも限らない。
そうなると、レイがやるべきことは決まっていた。
「分かった。じゃあ、あの樵はいらない。前金の方も返さなくていいから、そっちで貰ってくれ」
そんなレイの言葉に、村長の顔には醜悪と呼んでもいいような笑みが浮かぶ。
まさに、この村長が最大限利益を得られる、そんな展開だったからだろう。
デルトネは性格に問題があるとはいえ、実際に腕の良い樵だ。
そのデルトネを派遣する前金だけに、この村にしてみれば結構な額になる。
それを貰った上で、デルトネも派遣しなくてもいいというのであれば、まさに村長にとって最大限の利益を得ることとなっただろう。
……もっと、それはあくまでも短期的な利益を、の話だが。
「それで本当にいいのですか?」
「ああ。これからは色々と大変だと思うけど、その辺は自分で招いた結果だ。俺からは何も言うことはないな」
「……は? それは、一体どういう?」
レイの言っている意味が理解出来なかったのか、もしくはその言葉に不吉な響きを感じ取ったのか。
それは分からなかったが、村長の理由を問う視線に、レイは特に気にした様子もなく言葉を続ける。
「別にそこまで難しい話じゃない」
そう言い、デルトネやそのデルトネと争っていた樵、そして他の樵に……様子を見ている村人達からも視線を向けられながら、レイは言葉を続ける。
「今回の一件は全てきちんとギルドに報告するということだ。それだけで全て決められたりはしないだろうが、それでもこの村のことについてギルドの方では色々と調べると思う。その結果、何かあった場合は……まぁ、ご愁傷様ってところだな」
村長とやり取りをした時の様子から、恐らく今回のようなことは初めてではないというのは、レイにも容易に予想出来る。
それがギルドに知られれば、当然のようにこの村は何らかの制裁を受けてもおかしくはない。
そう、例えばこの村の近くに何らかのモンスターの群れが棲み着いて、その討伐をギルドに依頼しようとしても受け付けて貰えない、といったように。
(見た感じだと、この村にはギルドの支部はないみたいだから、それで勘違いしたのかもしれないな)
セトに乗ってこの村に降りる前、上空から村を見ることは出来た。
その中には、ギルドの支部と思しき場所はない。
……もっとも、この村にあるようなギルドの支部ともなれば、それは小さくてもおかしくはない。
であれば、上空から見ただけでは分からなかった可能性もあるが。
「馬鹿なっ! ふざけるな! そんなことが許されると思っているのか!」
最初の穏やかそうな口調とは一変し、レイに向けて叫ぶ村長。
先程までの態度は猫を被っていただけで、恐らくこちらが素なのだろうというのは、レイにも容易に理解出来た。
とはいえ、幾ら村長が叫んでも、そこに迫力は存在しない。
いや、この村長が治める村人達にはその迫力で命令出来るかもしれないが、多くのモンスターや達人と呼ばれる者達と戦ってきたレイにとっては、この村長が叫んでもいきなりの行動に少し驚くだけだ。
「許されるかどうかは、別に俺が決めることじゃない。ギルドの方で決めることだ。まぁ、特に何か後ろめたいことがないのなら、多分問題にはならないだろうから、気楽に待っていればどうだ?」
「なっ……冒険者風情が、そのような態度を儂にとっていいと思っているのか!?」
「思っている」
少しは動揺するだろうと思っていた村長だったが、レイはあっさりとそう告げる。
それこそ、お前は全く眼中にないと言いたげなその態度は、村長の持つ強い自尊心を傷つけ、怒りで顔が赤く染まっていく。
だが、レイはそんな村長に特に何も感じさせない視線を向け、口を開く。
「さっきも言ったが、後ろめたいことがなければ特に問題はない筈だ。これから色々と厳しいことになるかもしれないが……まぁ、頑張れ。そんな訳で……」
「待てやこらぁっ! 勝手に何でも決めつけてんじゃねえっ!」
レイの言葉の途中で、問題になっていた樵……デルトネが拳を握り締めてレイに殴りかかる。
だが、レイはその一撃を特に見もせずにカウンターを放ち、デルトネは自慢の筋肉をあっさりと貫いた一撃に意識を失い、地面に崩れ落ちる。
「ま、こんなもんだろ。……じゃあ、次に行くからセト籠に戻ってくれ」
レイはデルトネを一瞥すると、他の樵達に向かってそう告げる。
村長は、まさか村でも力自慢だったデルトネがこうもあっさりと負けるとは思っていなかったのか、結局レイ達がいなくなるまで何も言うことは出来なかった。