2000話
祝!2000話です。
N-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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剣と魔法の世界で俺だけロボットの方も更新しています。
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「……で、増築工事が始まってから暫く経ったけど、感想は?」
夜、マリーナの家の庭。
いつものメンバーが集まり、いつものように食事をしながら言葉を交わしていた。
そんな中で出たレイの言葉を聞き、最初に口を開いたのはヴィヘラだった。
「とにかく、大変ね。まだ春になったばかりだというのもあるけど、だからこそ騒動を起こす人が多いわ」
間違いなく、この場にいる中では一番大変なのはヴィヘラだろう。
そうレイも理解しているので、労るような視線を向ける。
……実際にやっている仕事量という点では、トレントの森で伐採された木をギルムまで運ぶというレイが一番多いのだろうが、レイの場合はミスティリングを使い、セトに乗って移動している。
伐採された木を大量に収納するのは大変だったが、それでも他の面々と比べれば楽なのは間違いない。
とはいえ……
「仕事そのものはそこまで大変じゃないけど、伐採された木を持っていくと錬金術師達が集まってくるのは、かなり面倒だな」
『ああ』
レイの言葉に、ビューネ以外の者達が揃ってそう答える。
レイが持つ目玉の尻尾……正確にはその一部を、錬金術師達が欲しているのは、この場にいる全員が見たことのある光景なので知っていた。
かといって、ダスカーに雇われて増築工事には必須の木材加工をしているのだから、そんな錬金術師達に暴力を振るう訳にはいかない。
いや、事情を話せばダスカーは問題ないとしてくれる可能性も高かったが、ただでさえ木材が足りない増築工事が更に遅れることになってしまう。
……また、錬金術師達にあるのが純粋な知的好奇心だけで、悪意の類がないというのも、この場合は大きかっただろう。
「そういう意味だと、仕事をしてないで休みだったビューネが賢かったな」
「ん!」
レイの言葉に、ビューネはパンを食べながら自慢げにいつものように一言呟く。
もっとも、仕事をしないということは、当然のように収入がないということでもあるのだが……幸い、ビューネの懐にはまだ余裕がある。
そもそもの話、ビューネは朝食は夕暮れの小麦亭で食べているが、その後はずっとマリーナの家にいるので、ここで昼食も夕食も食べていた。
つまり、食費という意味ではビューネはかなり節約をしていることになる。
そしてお洒落の類にも興味のないビューネは、服装も実用性重視の物しか買わない。
金を使うとすれば、戦闘で使う長針等の消耗品や、屋台での買い食いといったところか。
そのくらいであればビューネはまだ暫くの間は遊んで暮らせるだけの余裕がある。
とはいえ、ビューネはその育ちから金は稼げる時に稼いでおきたいという思いがあるので、いつまでも遊んで暮らすといったことはないだろう。
また、ヴィヘラが現在やっている治安を守る仕事というのをやる為には、ビューネはかなり役に立つ。
実際に、ヴィヘラが仕事をする時にビューネを誘っているのを何度か見ているレイとしては、恐らくそう遠くないうちにビューネはヴィヘラと共に去年同様の仕事をするのだろうという予想が出来た。
「今年は、これ以上何もないといいんだけどな」
「……レイ、まだ今年が始まってから、そう時間は経ってないのよ? それに、レイの性格……いえ、性質を考えると、間違いなく今年も色々と事件に巻き込まれるでしょうね」
レイの言葉を聞いたマリーナは、そう断言する。
それに何かを言い返そうとしたレイだったが、自分が今まで経験してきたことを考えると、決してマリーナの言葉を否定出来ないのは事実だった。
レイに告げたマリーナも……いや、それ以外の面々も、その意見には同意せざるをえなかったのか、揃って静かに頷きを返す。
「むぅ」
若干の不満を抱くレイ。
とはいえ、ここで自分が何かを言えばそれが何倍にもなって……それも正論で返ってくるというのが分かっているだけに、出来るのはオークの肉がたっぷりと入っているシチューを食べるだけだ。
「取りあえず、この春から増築を進めて……今年で一体どれくらい出来るか、だな」
「ふふっ、そうね」
レイが話題を変えようとしているのは、当然笑みと共にそう告げたマリーナにも、そして他の面々にも理解出来た。
とはいえ、全員がそんなレイの行動に深く突っ込むことはなく、話を続ける。
面倒に巻き込まれるのは嫌だと、そう言っているレイだったが、実際に何らかの面倒に巻き込まれれば、何だかんだと積極的に行動をすると、そう理解しているからだというのも大きいだろう。
「どのくらい、ね。……今年は春から一気に進めるのだから、去年とは違ってかなり進むんじゃない? 増築工事をやってるって知って、仕事を求めて来る人も多いし」
「人が多くなりすぎても、困ると思うんだけどな。去年だって結局人が多すぎて、泊まる場所が足りなくなっただろ?」
高級な宿ですら客が満員になり、それでも宿が足りず、最終的には増築工事が行われている場所のすぐ側に大きな小屋を作り、そこで雑魚寝といった生活をしていた者が多かったのだ。
去年ですらそのような状況だったのだから、今年は更に人数が増えるとなると、去年と同じことになるのではないか。
そう考えたレイだったが、マリーナは問題ないと口を開く。
「ダスカーが、一度やった失敗を繰り返すと思う? その辺の心配はいらないわよ」
「具体的には?」
「前もって大きな小屋を幾つも建ててるわ。それも、去年と違ってもっとすごしやすくなるように設計された小屋をね。それと、ギルムの住人の家に宿泊出来るように制度を整えているわね」
「それは……前者はともかく、後者は色々と危ないんじゃない?」
マリーナの説明に、ヴィヘラがそう告げる。
実際、見ず知らずの相手を泊めるというのは、普通なら躊躇する。
あるいは、ここが日本であればそこまで人の良い相手もいるかもしれないが、ここは日本ではなくエルジィン、それもミレアーナ王国に唯一存在する辺境のギルムだ。
そのような場所に住む者達が、見ず知らずの相手を自分の家に泊めるなどといった真似をするとは、ヴィヘラだけではなくそれ以外の面々も信じることは出来なかった。
(日本には民泊とかいうのがあったけど……この世界だと、難しいと思うんだけどな)
レイも、日本にいた時にホテルでも何でもない普通の家に旅行客を泊める、民泊というのをニュースで見たことがあった。
だが、それをこの世界でやるのはかなり無理があるだろうと、そう思う。
「そうね。ダスカーもその辺で悩んでいたから……結局、ある程度自分、もしくは一緒に暮らしている家族が強さに自信がある人だけが民泊を許可されたそうよ。とはいえ、ここはギルムだから……分かるでしょ?」
「元冒険者って奴は多いしな」
マリーナの説明に、レイは納得したように頷く。
実際、働きに来た者の中に血の気の多い者はいるだろうが、本当の意味で命のやり取りをした経験のある元冒険者の前で、そのような者達がどれだけ強がれるのかは、疑問だった。
もっとも、ギルムに来る者の中には冒険者も当然いるので、ダスカーの施策が絶対に安全という訳でもないのだろうが。
「そうね。聞いた話だと、意気投合して剣の稽古をしたり……とか、そういう風に上手くやっている人達もいるらしわよ。……もっとも、逆に性格が合わなくて、という事もあるらしいんだけど」
「その辺は、相性とかもあるんだろうな」
人と人の間には、何故この二人がここまで仲が良い? といった風に感じる程に相性が良い場合もあれば、絶対に仲良くはなれないと、そう思える程に根本的に性格の合わない、相性の悪い相手というのもいる。
その辺は、傍から見てすぐに分かる訳ではない。
実際に会ってみて、それでようやく分かるのだ。
「そうなると、冒険者だけに乱闘騒ぎになったりとか、そういうこともあるんじゃないのか?」
「まぁ、ないとは言えないみたいね。とはいえ、ダスカーのやることだし、その辺で大きな問題になっていないようではあるけど」
「信用出来る相手だけなら、砂上船を宿代わりに使ってもいいけどな。まぁ、ダスカー様が許可しないか」
ダスカーにとって、砂上船というのは増築工事を終わったギルムにとって大きな産業になる筈だった。
とはいえ、砂上船を砂ではなく地上でも動かせる地上船に改修出来るようになるまでといったことや、その地上船を建造する為の造船工場を建てたりといったことを考えると、それが具体的にいつになるのかはレイには分からなかったが。
だが、ダスカーの立場としては、当然のように数年、もしくは数十年先を見据えてギルムを運営する必要がある。
その鍵となる砂上船を、誰とも知らない相手に対する者達の宿泊場所として使うのというのは、恐らくレイが申し出ても却下するだろう。
レイがその辺りを説明すると、当然のように皆が同意する。
だが……と、同意した後で、マリーナが口を開く。
「確かにダスカーはレイの持つ砂上船を研究対象にするのは間違いないでしょうけど、レイの砂上船だけしか調べないって訳じゃないと思うわよ? 砂上船を調べるにしても、他にも砂上船を何隻か買って、それで調べるでしょうね」
「そういうものなのか? けど、砂上船を地上船に改修して建造するにしても、本当に成功するかどうかってのは分からない以上、半ば賭けに近い感じになると思うけど」
当然の話だが、砂上船というのは普通に購入するとなると非常に高額なマジックアイテムだ。
地上船に改修出来るかどうかも分からない以上、その砂上船を何隻も購入するというのは、リスクが高いとレイには思えた。
ギルムの周囲に砂漠でもあれば、購入した砂上船も使い道があるのかもしれないが、残念ながらそのような場所は存在しない。
つまり、解析や改修が出来なかった場合、その砂上船は無駄になる可能性が高いのだ。
「まぁ、その場合は確かに無駄な買い物になるかもしれないけど……ギルムの経済規模を考えれば、そのくらいは問題ないでしょ」
実際、ミレアーナ王国唯一の辺境たるギルムは、非常に裕福なのは間違いない。
砂上船を数隻買う程度の余裕は、多少痛いといった程度で済むのは間違いないだろう。
その上で、こうしてギルムの増築工事も行っているとこで……そう考え、ふとレイは疑問を抱く。
「そう言えばダスカー様はギルムで地上船を作ることにしようとしているみたいだけど、その場合って工場はどこに置くんだろうな?」
「それは……やっぱり、現在増築中の場所でしょ?」
レイの口から出た疑問に、ヴィヘラは当然のようにそう答える。
実際、地上船を作るくらいの大きさの工場ともなれば、今のギルムに作ることは出来ない。
そうなれば、当然のように作るのは現在増築している場所になるのは明らかだったが……
「そうなると、地上船を出す専門の巨大な扉とかも用意することになるのか?」
「普通に考えれば、そうでしょうね。……ダスカーもその辺は考えてると思うわよ」
続いて、マリーナがレイの疑問に答える。
実際のところ、増築工事の全てをレイが知っている訳ではない以上、マリーナがそう言うのであれば、恐らくはそうなのだろうと納得することしか出来ない。
(まぁ、地上船を主要産業の一つにしたいって言ってたのはダスカー様だし、マリーナが言うように、当然その辺については色々と考えてるんだろうけど)
そんな風に思いつつ、レイは明日からの仕事について思いを馳せる。
今は、とにかく増築工事が一気に進んでいる状況で、トレントの森の木材が少しでも多く必要となっている。
……その為、レイはギルドを通してダスカーから新たな仕事を頼まれたのだ。
それは、幾つかの村や街を回って、樵を出来るだけ多く集めてくる、という風に。
今のギルムは、トレントの森の木材の需要に対し、供給が全く追いついていない。
錬金術師達の方はまだ余裕があるということで、現在必要なのは、少しでも腕の良い樵なのだ。
レイにしてみれば、樵を集めるだけならそこまで大変そうには思えないのだが……この場合、普通の樵ではなく、腕の良い樵というのが重要なのだ。
正直なところ、レイには樵の腕の善し悪しというのはどこで判断されているのかは分からない。
それこそ、木を切る速度なのか、それとも切った木を倒す方角を自由に決められるのか、あるいは切った後の木の処理……枝とかを落とす作業なのか。
ともあれ、トレントの森の木は普通の森の木よりも特殊で、腕の良い樵が必要になるということだけを聞かされている。
実際には、デスサイズを使えば、レイもあっさりと木を伐採するようなことは出来るのだが……レイだけに頼るのは危険だと、そう考えての仕事なのだろう。
(その辺は、本職の連中に任せておけばいいか)
結局、レイはあっさりとそう考え……食事や話に集中するのだった。