1995話
今日も剣と魔法の世界で俺だけロボット、更新しています。
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焼きうどんの屋台を呼んで、当初の予想とは違うが好きなだけ焼きうどん……それ以外にも様々な鉄板焼き料理を食べ、レイが渡したギガント・タートルの肉を使ったステーキといった料理も食べ、全員が満足するだろう打ち上げを終えた翌日……レイは、マリーナと二人で領主の館に向かっていた。
エレーナとアーラは、今回の一件をギルムにいる貴族派の貴族に説明したり、アネシスに提出する報告書を書いたりと忙しい。
ヴィヘラは、ビューネの護衛という意味でギガント・タートルの解体の現場にいる。
もっとも、昨日目玉を倒した効果が早速現れたのか、コボルトやそれ以外にも目玉が召喚したのだろうモンスターが姿を現すといったことはなく、非常に暇そうにしていたが。
セトは、イエロと共にギルムの中でも雪掻きで雪が集められている場所で子供達と一緒に遊んでいる。
「悪いな、昨日の今日で来て貰って」
領主の館の、執務室。
そこで書類を読んでいたダスカーは、ソファに座ってメイドが用意した紅茶とドライフルーツを食べている二人にそう告げる。
「いえ、報告しなければならないんなら、出来るだけ早く報告した方がいいと思いますしね」
「そうね。今回の件は色々と気になるところもあったし。そういう意味では、やっぱりしっかりと情報の摺り合わせは必要でしょ。ダスカーも、そう思ったから私達を呼んだんでしょうし」
「あー……まぁ、そんな感じだ。一応、レイから渡された触手は地下空間で直接目玉と戦って生き残った奴に確認をとって、本物だというのは理解した。それと、あの尻尾だったか? そちらも現在調べているところだ。……明日にとは言わないが、数日以内には渡せると思う」
「早いですね。もう少し時間が掛かると思ってましたけど」
錬金術師がしっかりと調べるとなれば、当然のように時間が掛かってもおかしくはない。
ましてや、今回戦った目玉はこの世界の存在ではなく、異世界の存在だと思われる。
そうである以上、錬金術師にしてみれば、少しでも情報を得ようとして、それこそ場合によっては年単位で調べたいと思う者がいてもおかしくはない。
……もっとも、尻尾も言ってみれば生ものだ。
それこそ年単位で調べるといったような真似をすれば、腐ってしまう可能性は否定出来ないのだが。
「まぁ、そうだな。錬金術師や学者どもにしてみれば、もっとしっかりと調べてみたいってのが本音なのは分かってるが、あれは結局お前の物だ。それを、俺の権限でどうこうは出来ないな。……もしどうしても調べたいのなら、それこそ自分達でレイに交渉に出向くだろうさ」
そうしたら、レイの方で貸すかどうかを判断してくれ。
ダスカーがそう続け、レイもその言葉に頷く。
実際、あの目玉の尻尾が非常に稀少な存在なのは間違いないのだが、だからといってそれが具体的にどのようなマジックアイテムに使えるのかというのは、レイには分からない。
その辺を錬金術師に調べて貰うという意味では、決してダスカーの提案は悪いものではなかった。
もっとも、レイには黄昏の槍を作れる程の凄腕の錬金術師が知り合いにいるのだから、話を聞くとすればそちらの方が先なのだろうが。
「さて、それでだ。……まずは直接レイとマリーナの口から、昨日の一件を聞かせて貰おうか。もっとも、空飛ぶ目玉はギルムからでも確認出来たがな。それに、戦いの痕跡はこっちでも確認したが、実際に戦ったのはお前達だけだからな」
「分かりました」
あの戦いの現場にいたのは、レイ達だけだ。
ましてや、目玉もグリムが持っていった以上、残っているのは戦いの結果荒れた大地のみ。
……もっとも、ダスカーが心配していたように大規模な被害という風にならなかったのは、運が良かったのかもしれないが。
そんな光景を作り出したうちの一人たるレイは、戦いの光景をダスカーに説明していく。
遠くからではしっかりと把握することが出来なかった、目玉の醜悪な外見。
そして何より、色々な意味で特殊と呼ぶに相応しい能力の数々。
それらを聞きながら、ダスカーはしみじみと今回の一件をレイ達に全面的に任せて良かったと安堵する。
ダスカーも自分の部下の騎士や兵士、警備兵といった面々については強い自信を持っているのだが、それはあくまでも普通の敵を相手にする場合での話だ。
レイから聞いた通りの強さを持った目玉を敵にしてギルムの戦力を投入していれば、間違いなくその被害は大きなものになっただろう。
そうなれば、春から再開される増築工事で人手が足りなくなるのは確実だろう。
何しろ、去年ですら警備兵だけでは人が足りず、兵士や騎士といった面々を色々な場所で働かせていたのだから。
それで何とか回って……いや、結局手が足りずに冒険者を治安維持要員として雇うことになったのを考えると、もし今回の一件で人手が減っていればどうなったかは、考えるまでもない。
ましてや、去年と違って今年は春から増築工事をするという情報は広まっている以上、ギルムにやって来る者の数は間違いなく去年よりも多くなる筈だった。
「なるほど。……なるほど」
一度頷き、その数秒後に再び頷くダスカー。
そんなダスカーの様子に、紅茶を飲みながらレイの話す様子を見ていたマリーナは、小さく笑みを浮かべて口を開く。
「自分ならどう戦ったか……なんてことを考えてるのかしら?」
「ぐっ、そ、それは……」
マリーナの口から出た指摘が図星だったのか、ダスカーは思わずといった様子で口籠もる。
ダスカーは領主になる前は騎士をしており、その強さはミレアーナ王国の中でも有名だった。
領主となった今では実戦から遠ざかっているが、それでもいざという時――数年前に行われたベスティア帝国との戦争等――の為に、毎日の訓練は欠かしていない。
それだけに、今回の一件では騎士や兵士達、警備兵の戦力が減らなかったことを喜ぶと同時に、自分が戦ってみたかったという思いもあったのだろう。
「まぁ、ダスカーの気持ちも分かるけど、領主だというのをしっかりと自覚しておきなさい。……そうね、強い相手と戦いたいのなら、それこそヴィヘラ辺りなら喜んで相手をしてくれるんじゃないかしら」
「無茶を言うな、無茶を」
ダスカーは、ヴィヘラがベスティア帝国の皇女であることを知っている、数少ない人物だ。
それだけに、そのヴィヘラと戦ってみないかというマリーナの言葉に素直に頷ける筈もない。
「その件はひとまず置いておくとして……これで、冬からギルムを困らせた一件は、取りあえず解決したわね」
「……そうだな。本当に取りあえずでしかないが」
若干渋い表情を浮かべるダスカー。
今回の一件は確かに解決した。
だが、それはあくまでも実行犯を捕らえただけでしかなく、裏で糸を引いていた相手を捕まえるといったことはまだ出来ていない。
つまり、場合によっては今回と同じようなことが、またギルムで起こる可能性があるのだ。
ましてや、今回は冬でギルムにいる住人の数は少なく、ダスカーが思っていたよりは大きな騒動にならずに済んだ。
そして冒険者に関しても、冬ということもあり大勢がギルムでいつでも動ける――中には酔っ払ってそれどころではない者もいたが――状況にいた。
状況が非常にギルムにとって有利だったと、そう言ってもいい。
もしこれが春から秋にかけての増築工事で人が多く集まっている時であれば……それこそ、増築工事の現場が活発に動いている時にコボルトが大量に現れていれば、どうなったか。
ダスカーは、それを考えただけで頭が痛くなってしまう。
そういう意味で、やはり冬に今回の一件が起こったのは、ギルムにとって幸いだったのだろう。
「で、今回の件の黒幕については、何か分かってるの?」
「ある程度はな」
マリーナの問いに、そう言葉を濁すダスカー。
マリーナやレイを信頼しているダスカーだったが、この一件については自分達で解決するという思いがあった。
そもそも、敵は国王派……それも全ての国王派という訳ではなく、国王派の中でも特定の一部である可能性が高い。
そうである以上、この一件は武力だけでどうにか出来る筈もないし、ダスカーの立場としても、出来れば自分の力で解決したいところだった。
……勿論、武力を使う必要があるのであれば、セトという高速で移動出来る相棒を持っているレイに頼るという選択肢は存在していたが。
「そう。まぁ、大変だろうけど、頑張ってね」
マリーナは、そんなダスカーの思いを悟ったのか、手を貸そうか? と直接尋ねるような真似はしない。
だからといって、マリーナが今回の件に怒りを感じていない訳ではないのだが。
このギルムという場所は、マリーナにとってもそれなりに長い間住んでおり、ましてや今の領主たるダスカーを子供の頃から知っているだけに、思い入れも強い。
ましてや、今はレイと共に……そしてエレーナやヴィヘラといった一緒に行動している面々と出会った街でもある。
そのような場所にちょっかいを掛けられて、それでマリーナが愉快に思う筈もない。
それでもマリーナが直接行動を起こしていなかったのは、ギルムの領主がダスカーであると理解している為だ。
マリーナの口から出た頑張ってというのは、その言葉通りの意味も含まれているが……他にも、このようなふざけた真似をしてきた相手にはしっかりと報復を行うようにという念押しも含まれている。
ダスカーも、自分の治めているギルムにこのような真似をしてきた相手をそのままにしておくつもりはないので、当然だといったように頷きを返す。
「俺の治めるギルムで、ここまでふざけた行動をしてくれたんだ。その礼はしっかりとしないとな」
今回の一件は、下手をすればギルムが壊滅してもおかしくはなかっただけに、ダスカーの中にも強い怒りがある。
それこそ、もし黒幕を見つけたら倍……いや、それ以上にして返すといった決意を抱く程に。
だが、すぐにダスカーは自分が怒りに任せて書類を握り潰していたことに気が付き、慌てて手を開く。
ダスカーの力で握り締められた書類は、破けこそしていないものの、それでも書いてある文章を読むのに少し苦労する程度の状態にはなっていた。
それを、何食わぬ顔で執務机の上に置き、伸ばしながら口を開く。
「それで、話は変わる……訳じゃないが、レイの師匠は今回の戦いに満足したのか?」
一瞬、師匠? と口を開きそうになったレイだったが、すぐに今回の一件……グリムが目玉を転移させるのを、自分の師匠という仮想の人物にやって貰うといったカバーストーリーを作っていたことを思い出す。
「はい。多少苦戦しましたけど、あの目玉はかなりの強敵でしたからね。それに、あの目玉の大部分を師匠が報酬として貰ったということもあって、不満は抱いていないようでした」
「……そうか。なぁ、レイ。一応、本当に一応聞いてみるんだが、お前の師匠はギルムに住んで貰うということは出来ないのか?」
「難しいでしょうね」
正確には無理でしょうと言いたいところだが、それを言えば何故言い切れるのかと尋ねられる。
その理由が、グリムがアンデッドだからということである以上、尋ねられても言える筈もない。
「そうなのか。出来れば、今回の一件のようないざという時に力を借りられるということで、ギルムに住んで貰いたかったんだけどな。一応、こっちで用意出来るような物は出来るだけ用意させるが、それでも駄目か?」
「難しいでしょうね」
再度、先程と同じ言葉を口にするレイ。
ただ、今度の難しいというのは、先程と意味が違う。
グリム程の存在ともなれば、それこそダスカーがギルムで用意するような素材やら何やらは、自力で容易に集めることが出来るだろう。
そうである以上、もしグリムがアンデッドでもいいから来て欲しいとダスカーが考えても、グリムにメリットは存在しない。
……いや、レイ達と同じギルムに住むことが出来るというのは、ある意味でメリットになるかもしれないが。
ともあれ、現状でグリムがギルムに住むというのは、リターンよりも圧倒的にリスクの方が大きいのは間違いない。
それをグリムが認めるのかと言われれば、レイにしてみれば首を傾げることしか出来ない。
レイだけではなく、マリーナもその言葉に同意するように頷く。
「取りあえず、レイの師匠に頼るんじゃなくて、ギルムの戦力で何かがあった時に対処出来るようにした方がいいでしょうね」
「それは、分かってるんだけどな。それに、色々と手は打ってるんだが……」
ダスカーの口調に若干の苦さがあったのは、やはり今回の一件を自分達だけで片付けることが出来なかったからだろう。
その後、今回の一件ではなく世間話を話し……三人はゆっくりとした時間をすごすのだった。