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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1988/3865

1988話

 ギルムから出たレイ達に、騎士が近づいていく。

 レイ達がギルムから出るのを待っていた騎士だけに、その表情に不満はない。

 本来なら、騎士という身分の者が冒険者を相手に待っているというのは、不満を抱いてもおかしくはないのだが……レイがどれだけの実力を持っているのか、そしてレイと一緒にいる、姫将軍の異名を持つエレーナに、元ギルドマスターのマリーナ、そして……騎士はその素性を知らないが、元ベスティア帝国の皇女たるヴィヘラ。

 そのような人物達を待っているのだから、騎士に不満がある筈がなかった。

 ……いや、騎士の性格によっては、そのような面々でも自分が待っていなければならないというのを面白くないと思ってもおかしくはないのだが、幸いにもこの騎士はそのような性格ではなかった。

 だからこそ、この騎士がレイ達の案内役として選ばれたのだろうが。


「どうぞ、こちらです。あの馬車に乗って移動しますが、構いませんか?」


 レイを相手にしている時はそこまで丁寧でもないのだが、それでも騎士が丁寧な言葉遣いをしているのは、やはりエレーナ達がいるからだろう。


「うむ、頼む。それで……具体的に、どれくらいギルムから離れることになるのか、聞いても?」


 エレーナのその問いに、騎士はこれから起こることを知っている身として緊張しながら、そしてエレーナを始めとする絶世の美女と呼ぶに相応しい面々の姿に顔を赤くしながらも、口を開く。


「はい。少なくても皆さんが戦っても周囲に被害が出ない場所を、とのことです。……戦場を想定している場所からある程度離れた場所には、既にこちらの戦力も揃っています」


 レイ達だけで十分。

 そうダスカーも思ってはいたのだが、それでもいざという時のことを考えるのはギルムの領主として当然のことであり、いざという時の為に備えるのは当然だった。

 ……もっとも、レイ達で勝てない相手に、騎士や兵士といった者達でどうにか出来るとはダスカーも考えておらず、現在ギルムに滞在する冒険者の中でも腕利きの者達には指名依頼という形で戦力を揃えたのだが。


「そう。なら、思い切り暴れてもいい訳ね」

「あの……出来ればギルムに被害が及ばない範囲でお願いします。今回の一件を、ギルムの住人の多くは知らないので」


 懇願するような騎士の視線に、マリーナは視線をレイに向ける。

 ……レイは、マリーナに視線を向けていたが。

 この馬車の中にいる者で、広範囲の攻撃を得意としているのは炎の魔法を得意としているレイと、精霊魔法を得意としているマリーナだ。

 だからこそ、お互いがお互いに対してあまり派手にやるなといった視線を向けたのだが、相手が自分と同じことを考えていたと知り、微妙な表情になる。

 そうして、微妙な雰囲気のまま馬車は進み……やがて、馬車の窓に何人もの兵士や騎士が見えるようになってきて、速度を落としていく。


「えっと、その……到着しました。グラダラス様が待ってますので、そちらにご案内しますね」


 グラダラスという名前には、レイも聞き覚えがあった。

 ギルムの騎士団の中に何人かいる隊長職のうち、高い実力を持つ有名な人物だ。

 もっとも、レイは直接会ったことはないが。


「グラダラスか。話には聞いてたけど、会うのは初めてだな」

「あら、そう? ダスカーの部下なんだから、レイなら会ったことがあると思ったけど」


 ダスカーと昔から親しいマリーナは、当然のようにグラダラスを知っていた。

 今回のような作戦を任されるには相応しい実力もあるというのを、知っている。


「普通の騎士とかならともかく、騎士団の中でもお偉いさんとはあまり会う機会がないしな。……エレーナは? ダスカー様と結構会ったりしてるんだしグラダラスに会ったことはないのか?」

「名前は聞いたことがあるが、会ったことはないな。……ヴィヘラは……聞くまでもないか」

「どういう意味かしら。まぁ、会ったことがないのは事実だけど」


 基本的に、ヴィヘラはギルムでは冒険者としてすごしている。

 ダスカーを含めて、その正体を知っているのは非常に少ない。

 だからこそ、ヴィヘラがグラダラスと会う機会がなかったのは、当然なのだろう。

 この辺は、ヴィヘラにとっても痛し痒しといったところか。


「それでもこれから会えるんだから、いいでしょ。ほら、行くわよ」


 マリーナに促され、レイ達は馬車から降りる。

 すると、そこで馬車の外を歩いていたセトが近づいてくる。

 そっと頭を寄せてくるセトを撫でながら、レイ達は兵士や騎士が集まっている中を進む。

 そんな中を歩きながら、ふとレイは疑問を抱く。

 予想していたよりもここにいる戦力の数が少なかった為だ。


(どうなってるんだ? まさか、ダスカー様に限って戦力を出し惜しみするような真似はしないと思うけど……そうなると、戦力を伏せている場所はここだけじゃないとか。まぁ、普通に考えれば戦場が決まってるんだから、一ヶ所じゃなくて戦場を囲むように戦力を配置してもおかしくはないけど)


 周囲を眺めつつ、セトを撫でながらそんな風に考えながら騎士に案内され、やがて天幕の前に到着する。


「グラダラス隊長、皆さんをお連れしました」


 騎士の言葉に、やがて天幕の中から一人の男が姿を現わす。

 出て来たのは、三十代半ば程の男。

 身体付きは筋骨隆々……といった程ではなく、中肉中背よりは若干上といったところか。

 それでいながら視線には鋭い光があり、見ただけで実力者であると確認出来る。


「よく来てくれた。事情については大体ダスカー様から聞いているから、俺から言えることは頑張ってくれといったことだけだ。……何か質問があれば聞くが?」


 冒険者のレイや素性を隠しているヴィヘラはともかく、姫将軍の異名を持つケレベル公爵家の令嬢たるエレーナや、元ギルドマスターのマリーナに対する言葉遣いとしては、ぶっきらぼうと言ってもいいだろう。

 だが、別にエレーナやマリーナに対して、隔意を抱いている……という訳ではなく、これがグラダラスにとっては普通の対応なのだ。

 それを知っているマリーナは、特に気にした様子もなく話を続ける。

 エレーナも戦場での時間が長いだけに、この程度で怒るといったことはない。

 ……唯一、エレーナに対する言葉遣いが乱暴だという理由で、エレーナ本人ではなく、その部下のアーラの方が不満そうにしていたが。


「そうね。一応聞いておくけど、ここの戦力が少ないのは、戦場になる場所を中心にして散らばってるからかしら」

「正解だ。出来ればもっと戦力を用意したかったのだが、こちら以外にも色々とやるべきことがあるので、戦力としてはこれが最大限だった」

「なるほど。なら、これも一応聞いておくけど、今回の戦いは私達……正確には、私とレイ、エレーナ、ヴィヘラ、そしてセトの四人と一匹だけでやる、それは聞いてるのよね? もし戦いの中で貴方達が出て来たら、色々と面倒なことになるわ」

「……それも、聞いている。正直なところ、レイの師匠には色々と言いたいことがない訳でもないが……今回の一件を解決するには、どうしてもその力を借りなければならないというのは知っている」


 騎士団の隊長の一人として、グラダラスにも今回の一件で思うところは色々とあるのだろう。

 特に、ギルムを守る為の自分達が、今回の触手との戦いに参加出来ないというのは、不満を抱いても当然だった。

 もしこれで、今回の件を自分達だけでどうにか出来るという自信があれば、それこそレイ達に頼るような真似はしなかっただろう。

 だが、それが出来ない以上、手助けをしてくれる相手の要望に沿うのには納得するしかない。

 ……勿論、その要望に沿った上で触手の討伐が失敗しようものなら、レイ達に対して恨み言の一つや二つは言うつもりであるが。

 そうして、騎士や兵士、レイ達以外の冒険者を使い、触手を倒すのだ。

 グラダラスの様子から、その全てを読み取った訳ではないだろう。

 それでも、何となくではあっても考えていることが分かったマリーナは、さっさと触手を倒してしまった方がいいだろうと判断し、口を開く。


「さて、じゃあいつまでもこのままという訳にはいかないし、そろそろ行きましょうか」


 マリーナの様子に若干の疑問を抱いたレイ達だったが、別に特にここで敢えて何かをする必要がない以上、不満を言うことなく指示に従う。


「じゃあ、俺達は行くよ。恐らく何も問題はないだろうけど、もし何かあったらすぐ対処出来るように頼むな」

「言われるまでもない」


 最後に短く言葉を交わすと、レイ達は天幕から出る。


「エレーナ様、お気を付けて。イエロの面倒はお任せ下さい!」

「ん!」


 アーラとビューネの二人が、それぞれエレーナとヴィヘラに激励や応援の言葉を告げる。

 アーラの腕の中には、この場に残るイエロの姿があった。

 もっとも、ビューネの方はいつもと変わらず一言だったので、その意味を正確に理解出来るのはヴィヘラしかいなかったが。

 レイ達も大体の意味は理解出来るのだが、やはりビューネと細かいやり取りをするというのであれば、ヴィヘラの存在は必須だ。


「こうして見ると、俺とマリーナだけ見送りの相手がいないんだな」

「そうね。でも、レイにはセトがいるでしょ? 一緒に戦いに参加するんだから、見送りは必要ないでしょうけど。……そう考えると、私だけが孤独なのね」


 言葉とは裏腹に、笑いながら冗談っぽく告げるマリーナだったが、実際にこれから戦いに行く中で一番顔が広いのは明らかにマリーナだ。







 元ギルドマスターという肩書きは、決して小さなものではない。

 もっとも、付き合いが広いからといって、それが深いかどうかというのは、また別の話なのだが。


「ん? そう言えば、ほら。マリーナが精霊魔法を教えてる奴はどうしたんだ?」

「ああ、メール? メールなら今日は私がこっちで忙しいから、休みにしてるわ」


 冬の間だという期間限定の弟子ではあったが、それでも弟子は弟子だ。

 ましてや、レイが見たところではメールというダークエルフはマリーナに強い憧れを抱いているように見えた。

 メールも顔立ちは整っていたが、どちらかと言えば美人ではなく可愛いと表現される愛らしさ。

 それもあって、妖艶な美人と呼ぶに相応しいマリーナに対し、憧憬の念を抱いたのだろう。

 そんなメールだけに、もし今日これから行うことを知っていれば、アーラやビューネのようにマリーナを応援していたのは間違いない。


(いや、寧ろ一緒に戦いに行きたいとすら言ったかもしれないな。……連れていくのは無理だけど)


 ビューネはともかく、アーラですら戦いに連れていくのは無理なのだ。

 そしてレイが見たところ、メールは精霊魔法があって遠距離から攻撃出来る分だけ有利だが、接近された場合は、アーラはともかくビューネにすら及ばない。

 それが分かっている以上、今回の戦いに連れていくといった真似はまず出来なかっただろう。

 ……それがなくても、グリムの件があるので、連れていくのは難しかっただろうが。


「レイ、マリーナ、どうかしたのか?」


 アーラとのやり取りを終えたのか、エレーナがそう声を掛けてくる。

 振り向けば、そこにはエレーナだけではなくヴィヘラの姿もあり、どこか面白そうな視線をレイとマリーナの二人に向けていた。


「いや、何でもない。ただ、もしここにマリーナの弟子がいたら、マリーナもそっち側にいただろうなって話をしていただけだ」

「ああ」


 レイの言葉で、弟子というのが誰のことなのかを理解したのか、エレーナとヴィヘラはそれぞれ頷く。

 二人ともメールに直接会ったことはないが、土壁の件もあってレイやマリーナからその辺の話は聞いている。

 その話を聞いただけでも、もしここにメールがいればどう反応したのかが分かったのか、それぞれが笑みを浮かべていた。


「そしてレイの場合は、相棒のセトが一緒に戦場に行くから、エレーナ達のようなやり取りはしなくてもいい、というのもあったわね」

「グルゥ?」


 今までずっと黙ってレイに撫でられていたセトが、どうしたの? と首を傾げ、円らな瞳をマリーナに向ける。

 レイ達もそうだが、セトもこれから強大な敵を相手に戦いを挑むようには思えない程に、リラックスしていた。

 これは、別に相手を侮っている訳ではない。

 実際に触手の能力を見たレイやヴィヘラから見ても、相手は強敵だというのは十分に理解している。

 それでも、強敵と戦うというだけであれば、レイ達は今まで何度となく経験してきているのだ。

 ある程度の緊張はあっても、必要以上の……それこそ、不利になるような過度な緊張というのは、レイ達の中にはない。


(グリムが見ているってのも大きいんだろうけど)


 勿論、グリムが見ているというのは、グリムが自分達を助けてくれるといった訳ではない。

 それどころか、グリムはレイ達が危機に陥っても助けようとはしないだろう。

 それが分かっていても、レイは不思議と不安を抱くということはなく……ある意味、清々しいとすら表現してもいいような気分で話を終え、戦いの場に向かうのだった。

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