1981話
グリムとの関係について、多少修正を入れました。
「ふーん……なるほどね」
いつもの夕食の時間。
レイはそこで、今日ランガから聞いたことをその場にいる者達に話していた。
内容が内容なので、一応他者には話さないようにと言われてはいたのだが……パーティの面子には話してもいいと、そのような許可は貰っていた。
もっとも、正確にはこの場にいる中でもエレーナとアーラの二人はレイのパーティメンバーではないのだが。
それでも二人の立場を考えれば、その件を知っていてもおかしくはないだろうし、もしランガがそれを知っても、特に気にしないだろうという思いがレイにはある。
「生贄か。……正直なところ、あまり面白くはない話だな」
武人のエレーナにとって、やはりそこは面白くないのだろう。
だが、それでもギルムで起きている出来事であり、同時にレイから聞いた話が真実であれば、少しでも被害を出さないようにと考えた場合、やはりその手段が一番効果的だと思わざるを得ない。
とはいえ、エレーナが不承不承とはいえその意見を受け入れたのは、生贄とする人物が死刑囚だからというのもあるし、何よりも期間が決まっているというのが大きい。
「うーん……生贄ね。ねぇ、レイ。その生贄って、必ずしも人じゃないといけないの? その儀式がどのような形式で行われたのかは私にも分からないけど、それでも普通に考えた場合は、人以外の……それこそ、モンスターとかでもいいんじゃない?」
生贄の話を聞き、何かを考えていたマリーナの口からでたのは、そのような言葉だった。
それは、レイにとっても目から鱗とでも呼ぶべきアイディア。
最初に赤布達が生贄となっていたことから、てっきり生贄というのは人でないといけないと、そう思っていた。
だが、もしかしたら……と、そのような可能性が提示されたのだから。
勿論、それが絶対に成功するとも限らない。
あるいは、どのようなモンスターなら成功するのかといったことも調べる必要があるだろう。
それでも、人間ではなくモンスターを生贄にして時間を稼げる可能性が出てきたというのは、大きい。
「明日にでも、ランガに話を通してみるか」
「私もちょっとダスカーの用事があったから、ついでにその辺を話してみるわ」
「助かるけど、ダスカー様に用事? 何かあったのか?」
レイが知ってる限りでは、ダスカーはマリーナを苦手にしていた。
それでいて、嫌っている訳でもないのだが。
ともあれ、そのような理由からダスカーはマリーナの来訪をあまり喜ばないのでは? と、そう思いながら視線を向けると、視線を向けられた本人は何故か嬉しそうに笑みを浮かべる。
マリーナが何を考えているのかは、レイにも分からない。
だが、この笑みを見る限りでは、ダスカーにとって不幸な出来事が待っているような気がする。
「あー、その、何だ。ダスカー様も今回の一件で色々と大変だろうから、あまりからかうような真似はするなよ」
多分駄目なんだろうな、という思いを抱きつつも、レイはマリーナにそう告げる。
(まぁ、ランガを見れば分かるように、間違いなく今回の一件では疲れている筈だ。それを思えば、ダスカー様の気分転換という意味では……まぁ、そんなに間違ってる訳でもない、のか?)
これ以上深く考えた場合、何となく面倒な事になりそうな予感がしたレイは、半ば強引に自分をそう納得させる。
そんなレイの様子を見たマリーナは、嬉しそうな笑みを浮かべて口を開く。
「任せておきなさい。しっかりと気分転換させてきてあげるから」
「……俺の心を読むなよ」
「あら、別にそんなつもりはないわ。ただ、レイの場合は考えてることが顔に出やすいというのもあるし、何より私がレイの様子をしっかりと確認しているから、分かるのよ」
マリーナの何気ない言葉。
だが、その言葉はレイの頬を薄らと赤く染めるのには十分な威力を持っていた。
「ん、こほん。……その、ダスカー様も大変だろうし、気分転換は必要だろうな、うん」
結局レイが口にしたのは、ダスカーを生贄に捧げるということだった。
触手に対して生贄を捧げるダスカーを、生贄に捧げる。
ふとそんなことを考えたレイだったが、すぐに首を横に振ってそれを否定する。
「それで、触手とやらに生贄を捧げるのは分かった。ある程度の期限を決めているというのもな。それで、期限が来たらどうするつもりなのだ?」
レイとマリーナのやり取りを見ていたエレーナが、そう告げる。
そんなエレーナの様子に、レイが若干拗ねた表情を見ることが出来るのは、マリーナが言っていたのと同じような理由なのだろう。
「あー、うん。取りあえずその間に触手を地下空間じゃなくて、別の場所……それこそ、ギルムから離れた場所に呼び出せないかを試して、それで成功すれば倒してもいいらしい」
「……それこそ、短期間でそんなことが出来るのか?」
レイの言葉があまり信用出来なかったのか、エレーナは首を傾げる。
とはいえ、レイもランガからそのように言われたことをそのまま話しているだけであって、何らかの確証がある訳ではない。
「どうなんだろうな。ただ、ランガも全て俺に話している訳じゃない以上、多分何らかの勝算は間違いなくあると思うんだが」
「その辺も、明日ダスカーの所で聞いてくるわ。もし本当に何も手段がなかったら、どうにかする方法を考えないといけないし」
「ああ、そうしてくれ」
レイはダスカーを尊敬しているし、その能力を認めてもいる。
だが、それはあくまでも領主としてのダスカーの能力であって、魔法関係で詳しいのかと言われれば、それは必ずしも頷くことは出来ない。
(そうなると、こっちでも何か考えておいた方がいいのか? ……あの触手をどこかに移動……ん?)
触手を移動させるということを考えていたレイだったが、ふと何か思い当たることがあり、その動きを止める。
当然のように、食事をしながら会話をしていた他の者達も、突然動きを止めたレイの様子に疑問を抱く。
「レイ、どうしたの?」
呼び掛けるマリーナだったが、レイはその声が聞こえていないかのように、自分の考えに集中していた。
(本来なら移動出来ない存在を、移動させる? どこかでそんなことをやったよな。空間の裂け目……いや、違う。そういうので移動出来なかったというのは、多分なかったと思う。そうなると、もっと別の何か……何だ?)
もう少しで思い出せそうなのに、思い出せない。
そんな歯痒い思いをしながら、深く、深く考え込んでいき……
「レイ、どうした?」
マリーナに続き、エレーナもまたそんなレイの様子に疑問を抱き、尋ねる。
そして、エレーナに話し掛けられた瞬間、レイの中にあった悩みはあっさりと解消する。
そう、その相手とはエレーナと一緒に継承の祭壇にあるダンジョンに潜った時に、遭遇したからだろう。
そして、港街エモシオンでレムレースという巨大なモンスターを地上に転移して貰ったのだ。
巨大なシーサーペントとでも言うべきモンスターだったが、そのような巨体を持つモンスターであっても、リッチ……いや、その実力からリッチロードと呼ぶに相応しいグリムにしてみれば、対処するのは難しい話ではなかった。
自分の手に負えないことで相手に頼るということには若干思うところがないでもなかったが、今のギルムの状況を考えれば、自分の面子云々といったことを言えるような状況ではない。
ダスカーは生贄を使って時間を稼ぐと言ってるが、昨日の戦いの中で触手が負ったダメージを思えば、確実に成功するとも言えないのだ。
であれば、確実にそれを出来る相手に頼るというのは、自分達の手でこの一件を解決出来ないという悔しさはあるが、どちらを優先するのかは考えるまでもない。
「そうなると……どうやってダスカー様を説得するのか、だな」
自分の考えの中に深く入り込んでいた為だろう。
レイは、我知らずそのように呟く。
ここにいるのが、レイだけであればそこまで気にする必要はない呟き。
だが、ここにはレイ以外にもエレーナ達がいる。
そうなれば、当然今の発言はどのような意味からのものだったのか、といったように疑問に思うのは当然だろう。
「レイ? ダスカー殿の説得とは?」
「え?」
エレーナの言葉で、自分が口に出していたということに気が付いたのだろう。
レイは、一瞬だけしまったといった表情を浮かべる。
だが、レイとグリムとの関係がこの先も何かあれば連絡を取る――実力的に、現在は一方的にレイが頼る形になっているが――ことになるべき相手だ。
だからこそ、レイとパーティを組んでいる……いや、自分を愛してくれているエレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人にはグリムから力を借りる件を話した方がいいのかもしれないと思い直す。
(それでも、あくまで話すのは三人だけだな)
レイと長い付き合いになるだろう三人に、今回グリムから力を借りることを話すのはいい。
だが、アーラとビューネ……特にビューネは、今は紅蓮の翼というパーティで一緒に行動しているが、将来的には迷宮都市エグジルに戻ることが確定している。
それだけに、グリムの一件を話すのは、出来るだけ避けた方がいいのは間違いない。
情報を引き出す方法が色々とある以上、それなら最初から知らなければ喋りようがないというのがレイの判断だった。
その点、グリムのことを知っていても、アーラは猪突猛進といった様子になることが時々あるが、それでもエレーナのことを慕っている関係もあり、エレーナが喋るなと言われれば安心出来た。
また、ビューネと違ってきちんとした大人として扱ってもいいという点も大きい。
……それでも何らかの手段で情報を奪われる危険はあるのだが、不思議とレイにはアーラがそのような場面になっても、迂闊に情報を漏らすようには思えなかった。
薬や魔法、マジックアイテム……それらを使われても、エレーナに対する敬愛の一心でそれらを突き破りそうな思いすらある。
以前ヴィヘラが意識を失っていた時の件はともかく、今回の一件はギルムにとっては致命傷に近くても、レイ個人に限ってはそこまで大きなダメージではない。
そんな状況でグリムの、アンデッドの力を借りるというのは、他の者に知られればレイやエレーナ、マリーナにとっては致命的となる可能性もあった。
「レイ? どうしたのよ?」
「……もしかしたら、本当にもしかしたらだが、地下空間にいる触手をどうにか出来るかもしれない手段がある」
ようやく口を開いたレイの言葉に、直接話し掛けたマリーナだけではなく、それを聞いていた者達は当然のように驚く。
ビューネですら、食事の手を止めて驚きの視線を向けていたのだから、レイの口から出たのがどれだけ驚くべき内容だったのかということを表していた。
「本当?」
「ああ。……ただ、正直なところかなり際どい方法を使う必要がある」
知り合いとはいえ、アンデッドとなっている人物に頼むのだ。
際どいどころか、詳細を説明すれば明確なまでに問題視される方法だろう。
レイの言葉は、オブラートに包む……どころか、その上で風呂敷に包んですらいるようなものだ。
「どういう手段なの?」
そんなレイの態度を知りながらも、マリーナの代わりにヴィヘラが尋ねる。
直接地下空間で触手と戦っているだけに、ヴィヘラにしてみればレイが言ってるようなことを簡単にできるとは思わなかったのだろう。
もっとも、レイが見栄や嘘といったことでそのようなことを口にするとは、ヴィヘラも思わない。
それだけに、レイがどのような手段で行うのかといったことに強い興味を抱く。
だが、ヴィヘラに……そして他の面々からも視線を向けられたレイは、言葉を濁す。
「これは本当に際どい方法だ。だからこそ、出来ればあまり人に知られるといった可能性は残したくない。……具体的に言えば、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人だけに話したい。勿論、その方法を聞いた後で、それぞれが言うのは構わないと思うけど」
そう言い、レイはアーラとビューネの二人に視線を向ける。
そんなレイの仕草の意味は明らかだったが、当然のようにここで部外者的な扱いをされて面白い筈がない。
「ちょっと待ってください。それはつまり、私やビューネが誰かに情報を漏らすかもしれないと、そういうことですか!?」
「ん!」
非難するアーラの声にビューネが同調する。
そんな二人の思いは、当然のようにレイにも分かる。
今まで一緒に行動してきたのに、何故そんなことを、と。
「お前達の気持ちも分かるけど、世の中には思いも寄らない手段で情報を聞き出す方法が存在する」
魔法や薬、マジックアイテム、そしてハニートラップとか……と考えたレイだったが、ふと視線の先にいるのがアーラとビューネの二人であることを思い出し、ハニートラップはないかと判断する。
アーラは十分に顔立ちが整っており、美女と呼ぶに相応しい容姿をしている。
だが、エレーナに対する敬愛の念からか、男には全く興味を持たない。
ビューネはそもそも、男と意思疎通をすることすら難しい。
それらの事情を思えば、ハニートラップはないなと確信しつつ、二人に説明する為に口を開くのだった。