1975話
N-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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ランガとの会話を終わらせたレイとヴィヘラの二人は、自分達がいた屋敷から出る。
取りあえず、自分達が強制捜査を行った屋敷に戻って欲しいと、そう頼まれたからだ。
元々今回のグループ分けは、戦力がある程度均等になるようにして分けられている。
その中で、レイとヴィヘラの二人は集められた冒険者の中でも突出した実力の持ち主であり、だからこそレイ達のグループには冒険者の数が少ない。
それはつまり、ジャビスによって雇われている屋敷の護衛とでも言うべき者達がいた場合、レイ達がいた屋敷では戦力が極端に少なくなっているということでもある。
さすがに二人だけでは……ということで、他にも冒険者が振り分けられてはいるが、その冒険者は決して突出した実力を持つような者達ではない。
そうである以上、今の状況によっては非常に厄介なことになりかねなかった。
……とはいえ、それはレイとヴィヘラが地下空間に行ったという時点で、そう変わらないものであったのだが。
「グルルルルルゥ!」
レイとヴィヘラが屋敷に向かっていると、不意にそんな聞き覚えのある鳴き声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けたレイが見たのは、予想通りにセトの姿。
嬉しそうに……本当に心の底から嬉しそうに鳴き声を上げつつ、セトはレイに向かって思い切り顔を擦りつけてくる。
甘えてくるセトを受け止め、その頭や顔、身体といった風に場所を選ばずに撫でるレイ。
セトにとっては、そんなレイの態度が嬉しかったのだろう。喉を慣らしつつ、もっと撫でてと余計に甘えてくる。
「ねぇ、レイ。……言っても意味がないかもしれないけど、目立ってるわよ?」
ヴィヘラのその言葉に、レイは嬉しそうなセトを落ち着かせ、周囲を見回す。
この辺り一帯の屋敷は軒並み警備兵や冒険者によって強制捜査が行われているが、それでも誰もこの辺を通らないという訳ではない。
強制捜査を受けている屋敷の主から相談を受けた使いの者や、もしくは何の関係もない通りすがりだったりと、それなりに人の通りは多い。
そんな場所で、こうしてセトと思う存分じゃれ合っている光景というのは、当然ながら目立つ。
もっとも、目立つといってもそれは悪い意味ではなく、どこか微笑ましかったり、羨ましそうだったりする視線を向けられるといった感じだったが。
少なくても、ジャビスを担いで移動している時に向けられるような視線ではない。
「ん? ああ、そうだな。いつまでもこのままって訳にはいかないか。……俺達はこれから屋敷に、強制捜査をしていた屋敷に戻るけど、セトはどうするんだ?」
「グルゥ?」
レイの言葉に、セトが愛らしい様子で首を傾げ、やがて再び鳴き声を上げる。
もっとも、それはレイに甘えていた時のような鳴き声ではなく、やる気を感じさせるような、そんな鳴き声だ。
レイと戯れていたセトだったが、自分の仕事を思い出したのだろう。
屋敷から逃げ出すような怪しい奴がいたら、捕まえるようにと。
(とはいえ、通行人も結構いるし……それを考えれば、屋敷から逃げ出す相手を見つけるってのは、難しそうな気もするけど。……いや、セトなら超感覚とか、そういうので怪しい相手を見つけてもおかしくはないな)
やる気を見せているセトを眺めつつ、そんな風に思うレイ。
セトはレイの様子から何かを感じ取ったのか、どうしたの? といった様子で小首を傾げる。
それに何でもないと首を横に振り、再びレイはセトに手を伸ばす。
「よし、じゃあ取りあえず……頑張ってこいよ」
そう言って撫でると、セトは嬉しそうに喉を鳴らしてからその場を立ち去る。
「……相変わらずね」
今のやり取りを見ていたヴィヘラが、呆れと羨ましさの交じった様子でそう告げる。
ヴィヘラから見て、レイとセトの間にある繋がりというのは一種羨ましく思えてきてしまうものなのだ。
だからこそ、今のように呟いたのだが……呟かれた本人の方は、そんなヴィヘラの複雑な様子には気が付かず、首を傾げる。
「うん? どうかしたのか?」
「いえ、何でもないわ。それより、早く私達が担当した屋敷に行きましょ。向こうで騒動が起きていたりすれば、大変だし」
「そうか? まぁ、それならいいけど。なら、行くか」
ヴィヘラが微妙に拗ねているのは感じたレイだったが、その理由が分からない以上は迂闊に何かを言った場合、余計に拗れる危険がある。
だからか、取りあえずその件には触れないようにして、自分達が最初に担当した屋敷に向かう。
幸いにもと言うべきか、その後は特に何かがある訳でもなく、レイとヴィヘラの二人は屋敷に到着する。
……もっとも、ただ歩いているだけで何か騒動が起きれば、それはそれで大変なことになるのは間違いないのだが。
「え? あれ? レイさんとヴィヘラさん? 何だって外からやってくるんですか?」
屋敷に到着した二人を見て驚きの声を上げたのは、強制捜査中に屋敷から出て行ったり、もしくは中に入ろうとした者がいた場合に止める為に門の前で待機していた警備兵だ。
もしかして、レイとヴィヘラが屋敷を出て行くのを見逃した!? と一瞬焦る警備兵。
当然だろう。もし本当に見逃していたとすれば、間違いなく始末書ものとなってしまうのだから。
だが、そんな警備兵を慰めるように、レイは気にするなと言ってから、事情を話す。
「ほら、地下空間の話があっただろ? あの地下空間で他の屋敷に移動して、そこから戻ってきただけだ。だから、別にお前が見逃したとか、そういうのじゃないって」
「ほ、本当ですか? でも、何だってそんなことを?」
「あー……まぁ、色々とあったんだよ。それで、通ってもいいよな?」
「はい。それは構いませんけど」
これが見知らぬ相手であったり、もしくは屋敷の住人であれば警備兵も素直に通すといったことはなかっだろう。
だが、相手がレイとヴィヘラという有名人にして、この屋敷の強制捜査に参加している人物であれば、止める必要は一切なかった。
そんな警備兵に見送られ、レイとヴィヘラは屋敷の中に入る。
屋敷の玄関付近には、メイドや使用人といった者達が集まっていてレイ達に視線を向けてきたが……レイがそれに何か行動を起こすといったことはしない。
メイドや使用人達にしてみれば、自分達の働いている屋敷が警備兵に強制捜査をされているということで、色々と思うところがあるのは間違いないのだろうが……
(この屋敷の主があの地下空間について全く何も知らなかった以上、ここで働いている中に絶対何か知ってる奴がいる筈だしな。そもそも、あの部屋にどうやって地下室に続く隠し階段を作ったのかも、分からないし)
その辺が未だにはっきりとしていない以上、レイとしてはあの連中の中にそのような人物がいないと完全に安心は出来ないのだ。
何よりも大きかったのは、メイドや使用人達の中にもそれなりに腕の立つ者が何人かいたことか。
まさか、そのような人物に、お前が地下空間の一件に関わっているのかといったことを聞く訳にもいかない。
(いや、この屋敷で犯罪の証拠も見つかったし、それを思えばメイドや使用人達にも色々と事情を聞いたりしてもおかしくはないのか。……それをやるのは、警備兵達だけど)
そんな風に思いつつ、レイは屋敷の中に入っていく。
向かう先は、当然のように地下空間に繋がっている階段が隠されていた部屋だ。
その途中で何人かの警備兵や冒険者と会い、軽く会話をしながら進む。
「どうやら、私を襲った子以外には、特にそういう相手はいなかったみたいね。それとも、単純にもうどうしようもないから、逃げたのか」
「あー、その可能性もあるのか。襲う方にしてみれば、負けるのが確実なんだから、こっちに手を出すようなことはしないって感じで」
レイに向かって襲い掛かってきた相手は、殆どが勝ち目云々や損得勘定といったことを考えているようには思えなかった。
そういう意味では、ヴィヘラによって捕まったあの少女は、昨日レイを見た瞬間に逃げ出したことから、勝ち目というのをきちんと気にしていたのだろう。
ヴィヘラに捕まってしまったのは、屋敷の主を暗殺しようとして失敗したからで、ヴィヘラやレイに攻撃を仕掛けた訳でもないのだから、強さに関して察する能力は高かったのだろうが。
(ああ、でもあの男を暗殺するのなら、別に俺やヴィヘラの側でやらなくてもよかったのにな。そうすれば、捕まるようなこともなかっただろうし。……そういう点では、状況判断能力はまだ甘いといったところか。子供なんだからしょうがないけど)
そんな風に考えつつ廊下を進み、やがて地下空間に繋がる部屋に到着する。
いきなり廊下から部屋に入ってきたレイとヴィヘラを見て、部屋の中にいた警備兵や冒険者達は驚く。
「え? あれ……何で外から? もしかして、地下空間ってこの屋敷の別の部屋にも繋がっていたのか?」
部屋の中にいた者達にしてみれば、何故? という疑問が非常に強かったのだろう。
もっとも、すぐに冷静さを取り戻したのは、ギルムの警備兵らしく場慣れしているという証だったのだろうが。
「ああ、そうなる。地下空間で触手と戦うことになったんだが、戦っている最中にランガから戻ってくるようにと言われてな。そうして地下空間の階段から出たのが、ランガのいる別の屋敷だった」
「……なるほど。それで、地下空間の方はどうなった?」
「どうなったんだろうな。少なくても、俺とヴィヘラが地下空間から脱出する時は、まだ触手がいたが……どうなったと思う?」
レイに視線を向けて尋ねられたヴィヘラは、さぁ? と首を傾げる。
「時間が経てばあの触手が消えるのか、それともレイが本格的に相手にダメージを与えたから、まだ消えてないのか。その辺は、実際に向こうをしっかりと確認してみないと、どうしようもないでしょうね」
「だろうな。けど、誰が見てくるか、という問題にもなる。あるいは、何も知らないで地下空間に行く奴がまだいるかもしれないし」
「うーん、でもその辺はランガが各屋敷に知らせを出すんじゃない?」
「この屋敷に知らせが来なかったのは?」
「私達がいたから、とか」
ヴィヘラのその言葉は、レイにとっても何となく理解は出来た。
だが、ランガの性格を考えれば、自分達がこの屋敷に戻る前に人をやっていてもおかしくないのでは? という疑問もある。
とはいえ、今はまずランガのことよりも地下空間のことだと、話を戻す。
「ともあれ、地下空間の様子はもう一度確認してくる必要はあるだろうな。触手がなければ、死体が回収出来るし」
骨と皮になった死体の数はそれなりに多く、出来ればそれを回収してきたい。
そう告げるレイの言葉に、警備兵の一人が頭を下げる。
「そう言ってくれると、こちらとしても助かる。ありがとう。誰が死んだのかは分からないが、家族や恋人、友人が待ってるだろうからな。死体だけでも是非回収してきて欲しい」
「任せろ。……そんな訳で、俺はもう一回地下空間に行ってくるけど、ヴィヘラはどうする?」
「私? 当然私も行くわ。……まぁ、戦えないのは残念だけど。それでも、もし何かあった時のことを考えれば、人手は多い方がいいでしょ?」
「助かる」
人手という点なら、単純に増やす方法はそう難しくはない。
それこそ、この場所にいる警備兵や冒険者達を連れていけば、人手が足りないということはないだろう。
だが、もし触手が消えていない場合、間違いなく激しい戦いになりかねない。
であれば、やはりここにいる者達を連れて行っても、下手をすれば現在地下空間に転がっている死体の数が増えることになるのは間違いない。
レイとしても、出来ればそのような真似はしたくない。
だからこそ、今回の一件でこの場にいる者達を連れて行くといった真似はしたくなかった。
それが分かっているからこそ、レイの言葉に警備兵や冒険者達は残念そうな、そして悔しそうな表情を浮かべる。
「じゃあ、俺達はもう一度行ってくるな」
そう告げ、レイとヴィヘラは警備兵や冒険者達に軽く頷いて、少し前に入った地下空間に続く階段を下りていく。
階段を下りながら、ヴィヘラは自分の前を進むレイに声を掛ける。
「あの地下空間、どうなってると思う?」
「どう、か。……俺とヴィヘラの攻撃で、どこまで向こうを怒らせたか、だよな。ランガから戦うことは止められてるから、出来ればいなくなってて欲しいってのが正直なところだ」
「……そうね」
ヴィヘラの口調が少しだけ残念そうに聞こえたのは、その性格を考えれば、きっとレイの気のせいではないだろう。
そうして話ながら地下に向かい……到着すると、そこでは幸いにも既に触手の姿はなく、レイとヴィヘラは素早く死体を回収するのだった。