1968話
N-starの異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新しています。
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階段を上り始めてから、五分程。
レイとヴィヘラの視線の先にあるのは、相変わらずの暗闇だけだ。
だが、レイ達が先程の屋敷から下りてきた階段では、五分も経たないうちに地下空間に到着していた。
それを考えれば、現在レイ達が上っている階段は、間違いなく先程とは違うのだということが実感出来る。
もっとも、もしかしたら単純にこの階段の続いている先が、屋敷の中でも端の方にあったり、場合によっては二階から直接続いている……と、そのような可能性もあったのだが。
何があるのか分からないからといった様子で、集中しながら進み……
「ヴィヘラ」
階段の先に光が見え、レイが小さくヴィヘラの名前を呼ぶ。
そんなレイの声が聞こえたのか、その後ろを進むヴィヘラもまた、小さく言葉を返す。
「ええ。ようやく階段を脱出ね。……それで、一体どういう場所に続いているのかしら。レイも少しは興味がない?」
「ないと言えば嘘になるな。何しろ、今回の一件では散々に迷惑を掛けられたし。そういう意味では、この階段の先にいるのが黒幕なら、相応の落とし前をつけさせて貰おうとは思っている」
マジックアイテムではなく、あのピンクの触手に生贄を捧げて今回の一件が起こってたのは確実である以上、マジックアイテムを欲していたレイの希望も完全に絶たれたことになる。
だからこそ、この階段の先にいるのが黒幕であれば、しっかりと……それこそ心の底から後悔して貰うようにするのは、当然のことだった。
(この先が敵の本拠地の場合、出来れば武器を出していきたいところなんだけど……まぁ、ネブラの瞳があるからいいか)
レイ本来の武器である、デスサイズや黄昏の槍といった武器は、この階段の中で出しても両方共に長物であるだけに、邪魔になるだけだ。
であれば、腰に装備しているネブラの瞳を使えばいい。
そう判断し、レイは自分の後ろにいるヴィヘラを羨ましく思う。
ヴィヘラの武器は、手甲と足甲。その両方ともが防具としての役割もしている以上、レイのデスサイズや黄昏の槍と違って場所を取ることがない。
このような狭い場所で戦う場合、長物の武器よりもヴィヘラような手甲や足甲の方が有利なのは間違いなかった。
もっとも、狭い場所なら狭い場所で、長物にもそれなりに攻撃方法はあるのだが。
「行くか」
階段の上まで到着し、レイが呟く。
その言葉にヴィヘラもまた頷き、二人は一気に階段から出た。
てっきり誰か刺客の類が潜んでいるのかとも思ったのだが、周囲には誰もいない。
「部屋、ね」
「ああ」
地下空間に続く階段が設置されていたのは、どこかの部屋だった。
ただし、他の屋敷と違ったのは、隠し階段ではない普通の階段だったことだ。
扉や何かで隠しているのではなく、部屋の中に設置されている階段。
それはつまり、この屋敷に住んでいる人物は、あの地下空間に続く階段を隠す必要がないと判断していたことになる。
「どうやら当たりだったみたいだな」
「そうね。実はちょっと冗談半分だったんだけど。……どうする? 他の警備兵を呼んでくる?」
そう尋ねるヴィヘラだったが、その瞳に映っているのはレイが絶対にそのようなことを言わないと思っているのだろう信頼だった。
実際に、レイにもそのつもりはなかったので、その信頼は決して間違ってはいなかったのだが。
もしここに今回の件の黒幕がいるとしても、レイ達が乗り込んできたとなれば、逃げ出してしまう可能性もある。
だからこそ、出来ればレイ達がここにやって来たというのを知られる前に、黒幕を捕らえておきたいという思いがあった。
また、ここが黒幕の本拠地であれば、レイが苦戦したような触手と同等、もしくはそれを超える強さの敵がいないとも限らない。
であれば、やはりここに警備兵がいない方がいいのは間違いのない事実だった。
「いや、止めておこう。出来れば俺達で黒幕を捕まえたい。それに、何かあった時に即座に反応出来るようにしておきたいし」
「レイならそう言ってくれると思ったわ。さ、じゃあ行きましょうか」
鼻歌でも歌いたくなるかのような上機嫌な様子を見せるヴィヘラに、レイはいつも通りすぎる姿に思わず笑みを浮かべる。
そうして二人揃って部屋を出ると、そこにあるのは当然ながら廊下だった。
「もしこの屋敷にも警備兵が強制捜査に入っているのなら、遭遇するかもしれないけど……どう思う?」
「この静かさを考えると、多分いないんじゃない?」
ヴィヘラの言葉通り、現在レイ達がいる場所は何も物音の類がしておらず、静寂という言葉が似合う。
もし警備兵の強制捜査が行われているのであれば、騒がしくなっていてもおかしくはない。
(まぁ、ここが本拠地だとすると、さっきヴィヘラが倒した子供のような護衛がいて、強制捜査に来た警備兵を全員倒したという可能性も少なからずあるんだろうけど)
そんな風に考えながら通路を進んでいると、やがて視線の先に下に続く階段……現在レイ達のいるのが一階だとすると、地下に続く階段を見つける。
「どう思う? これって、もしかしてまたあの地下空間に続いている階段だと思うか?」
「それは……ないんじゃない?」
可能性としては否定出来ないのだが、それでもレイの言葉にヴィヘラはそう返す。
とはいえ、この階段が地下空間に続いていないとなると、当然のようにならばどこに続いているのかといったことを疑問に思う。
「なら、取りあえず行ってみるか? もしかしたら、何か今回の一件に関わる手掛かりがある可能性もあるし」
そんなレイの言葉に、ヴィヘラは少し考えてから頷きを返す。
この階段がどこに続いているのか。
それが、ヴィヘラにも気になったからだろう。
そうして、二人は階段を降りていき……
「あー……だよな。昨日の一件を考えれば、こういう場所が必要なのは当然か」
そこで目にした光景に、レイは嫌そうな表情を浮かべて、そう告げる。
そこにいたのは、大勢の人、人、人。
だが、にも関わらず、そこにいた者達はレイを見ても特に何かを言うようなことはない。
何故なら……そこにいたのは、自我の消失した赤布と思しき者達だったのだから。
殆どが男だが、中には女の姿もある。
それでも目の前にいる者達を見て赤布として活動していた者なのだろうと判断したのは、やはり昨日見た者達と同じように自我というものが完全に消失していたからだろう。
赤布の由来となった、赤い布を身につけている訳ではないが、それでも目の前にいる者達が誰なのかというのは、容易に予想出来た。
「何人か見たことのある顔がいるわね」
まだ冬になる前、ヴィヘラは警備兵の応援として街中を見て回っていた。
その時、赤布が騒動を起こした現場に遭遇したことも多く、その時に見た顔がいたのだろう。
「よく覚えてるな。赤布が起こした騒動は、それこそかなりの数になるだろ?」
「そうね。でも、特徴的な騒動だと、忘れるというのは難しいものよ」
ヴィヘラの言葉の意味を何となく理解したレイは、改めて赤布達に視線を向ける。
ただそこにいるだけの赤布達は、それこそレイやヴィヘラという、明らかに部外者がいるにも関わらず、全く気にした様子を見せずにただそこにいた。
「取りあえず、この連中がいるってことは、やっぱりここが昨日俺が見た奴のやって来たところってことでいいな」
「あら? 何で今更そんなことを言うの? 元々レイが昨日見た人は、ここからやって来たっていう確信があったんでしょ?」
「そうだけど、もしかしたら何かの見間違いとか、そういうのもあった可能性があるだろ。それを考えれば、やっぱりここにいる連中でその確証が持てたのは悪くない」
「ふーん、そんなものなの。……まぁ、いいわ。それで、この人達はどうする? 連れて行く?」
半ばからかうかのようなヴィヘラの言葉に対し、レイは首を横に振る。
「いや、それは止めておく。この連中が自分で判断出来て行動出来るのならいんだが、今の様子を見る限りではそういう真似は出来そうにもないしな。だとすれば、この連中を引き連れて歩き回るのは、かなり手間だ」
自我があるのであれば、それこそここから脱出する場所を教えてもいい。
だが、赤布達はそんなことが出来ない。
そうである以上、もしどうにかするのであればレイ達が直接赤布達を連れていく必要がある。
そのような余裕がないのは確実だったし、場合によっては赤布達が地下空間で触手を呼び出す為の鍵であるという可能性もあった。
(その場合、ヴィヘラは喜んで赤布達を連れていきそうだけど。……別に何か確証がある訳でもないし、言わない方がいいか。それに、昨日は赤布よりも先に、赤布達を連れてきた奴が触手に襲われていたし)
逃げ出したのに触手が反応したように見えないこともなかったのだが、赤布達よりも先に襲われたというのは間違いのない事実だ。
そうである以上、赤布達……正確には自我を失った赤布達が何らかの鍵となっている可能性はあったが、それを口にすることはなかった。
もし言えば、ヴィヘラが赤布を連れて地下空間に戻りかねないと、そう思ったからだ。
「じゃあ、この人達はこのままにして、私達は他の場所を探す?」
「そうだな。ここの強制捜査を終えて、もしまだ余裕があったらこの連中を連れて行けばいいし、もし駄目なら後で警備兵を連れてきてこいつらを保護して貰えばいいだろ」
「……そうね。じゃあ、そうしましょうか」
少し考えた後で、ヴィヘラはレイの意見に賛成する。
ヴィヘラとしては、ここで赤布の相手をしているよりも屋敷で待っているだろう強敵との戦いを期待しての行動だった。
だからこそ、レイの言葉にあっさりと頷いたのだ。
「じゃあ、俺達が来るまでこのままここで大人しくしてろよ。……逃げられるのなら、ここから逃げてもいいんだけどな」
赤布達に向けてレイはそう告げ、元来た道を戻っていく。
(そう言えば、ああいう状態になっている以上、食事とかトイレとかそういうのはどうしてるんだ? ……まぁ、俺が考えるようなことでもないか)
生贄として使われている赤布に対して、若干同情するような気持ちがない訳でもない。
だが、その赤布達は散々街中で騒動を起こしてきたのだと思えば、ある意味では自業自得であるとも言えた。
……犯した罪に比べて受ける罰がとんでもないものだったが、それこそ赤布達の自業自得という思いの方が強い。
下らない誘惑に負けて赤布の一員となったのだから。
そのような真似をしなければ、このような目に遭うことがなかったのは間違いない。
「レイ?」
階段の途中で止まり、赤布の方を見ていたレイをヴィヘラが呼ぶ。
レイはそんなヴィヘラに何でもないと首を横に振り、そのまま歩み始める。
そうして再び廊下に戻ると、レイとヴィヘラの二人は何らかの手掛かりが……もしくは事情を知っている者がいないかと、廊下を進む。
「こうして見ると、結構高価な品が置いてあるわね。この屋敷の主人の趣味かしら」
歩きながらヴィヘラが視線を向けてそう言ったのは、廊下に飾られている絵画や壺といった代物を見てのことだろう。
その手の芸術品に対しての興味がなく、教養がある訳でもないレイは、ヴィヘラがそう言うならそういうものなのだろうと、頷くだけだ。
実際、レイが見てもその絵画はどこかの森を描いたものであるというのは分かったが、その絵が本当に一流の代物なのかどうかと聞かれれば、首を傾げるしか出来ない。
「なら、貰っていく……って真似は出来ないんだよな。ここが盗賊のアジトなら、そういう真似も出来たんだけど」
盗賊を倒した場合、基本的にその盗賊が所有していた品は全て倒した者が所有権を主張出来る。
明確に以前の所有者が分かってる物があり、尚且つその所有者や親族、もしくは親しい者がいた場合は優先的に買い戻す為の交渉を行ったりはするが、その交渉も絶対に纏まるとは限らない。
盗賊であればそのような真似も出来るのだが、ここは盗賊のアジトではない。……やっていることは、盗賊よりも余程悪どいのだが。
ともあれ、絵画や壺の類も何らかの証拠になるとも限らない以上、それを勝手に持っていくといった真似は出来ない。
もっとも、レイもその手の代物を持っていっても、使い道はないのだが。
レイが泊まっている夕暮れの小麦亭の部屋に飾るか、もしくは溜まり場や食事をする場所としてお馴染みになったマリーナの屋敷に飾るかといったところか。
「そうね。この屋敷の美術品とかは、それこそ今回の件で没収されたら換金されて、今回の一件で被害を受けた人達の救済に使われる……といったところかしら」
「被害? 建築物資が被害を受けているってのは聞いたことがあるけど、人が被害を受けたってのはあまり聞かないな」
襲ってきたのがコボルトであったのは、ギルムの住人にとっては不幸中の幸いだったのだろう。
そんな風に思いつつ、レイはヴィヘラと共に廊下を進むのだった。