1961話
N-starの異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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レイとヴィヘラ、セトの二人と一匹は、それぞれが目的通り具がたっぷりと入った、食べるスープとでも呼ぶべき料理を始めとし、他にも幾つかの料理を食べて腹を満たすと、警備兵の詰め所に向かう。
相変わらず途中でセトと一緒に遊びたがる者や、ヴィヘラの美貌に目を奪われる者が続出したが、生憎とこれからは大きな仕事が待っている。
そのような者達の相手をすることはなく、適当に断りの言葉を入れながら警備兵の詰め所に向かう。
そうして詰め所にやって来てみれば、そこにいたのはレイが予想していたよりも多くの警備兵や冒険者達。
「へぇ。……ここまで集まるとはちょっと思ってなかったな。それだけ、警備兵が今回の一件を重大視しているといったところか」
「レイ君」
警備兵や冒険者といった者達を見て呟いていたレイに、そんな声が掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこにいたのは熊を思わせるような大きな身体を持つ人物。……とてもそう思えないが、その人物が警備隊を率いているランガ。
「ランガ、何だかこうやって直接顔を見るのは随分と久しぶりな気がするけど……そんなに忙しかったのか?」
レイが知る限り、ランガは門でギルムに出入りをする人達に接することによって、気分転換をしていた筈だった。
だが、最近ではそんな姿を見なかっただけに、どうしても疑問に思ってしまったのだ。
「まぁ、こっちも色々と忙しいからね。それより、今回の件……」
最後まで言わずともレイにはランガが何を言いたいのか、大体理解する。
「ああ。本格的に動かないと、色々と危険だろうな。地下空間で見たピンクの触手を操っている連中が逃げ出したりすれば……そして、逃げ出す時にギルムを混乱させる為に、あのピンクの触手が街中で暴れるようなことになれば……」
レイと一緒に地下空間に行った警備兵からの報告書を読んで、それによって触手の危険性を把握したのだろう。
ランガの口調と表情には、深い憂慮が滲み出ていた。
実際、ここに集まっている冒険者達の数はそれなりに多いが、だからといってあの触手と互角に渡り合える相手がどれだけいるのかということになれば、かなり数が少なくなる筈だった。
(まぁ、屋敷を守ってる奴を相手にするのなら、問題はないだろうけど)
昨日の屋敷で襲ってきた初老の男の強さを基準とすると、ここに集まっている者の多くは勝てそうだったのだから。
「とにかく、今回の一件は後ろにいる相手が非常に厄介だ。レイ君やヴィヘラさん、そしてセトの力……当てにさせて貰うよ」
「ああ、そっちは問題ない。ああいうのが街中で暴れたりすると困るし、何より……」
そこで一旦言葉を切ったレイは、ヴィヘラに視線を向ける。
笑みを浮かべ、やる気満々といった様子のヴィヘラは、レイに向かってどうしたの? と小首を傾げて視線を向けてくる。
外見だけを見れば美女がそのような行為をしているのだから、目を奪われてもおかしくはない。
実際、周囲でレイ達に視線を向けていた他の冒険者や警備兵達の何人かは、そんなヴィヘラに見惚れていたのだから。
だが……ヴィヘラが何を楽しみにしてそのような笑みを浮かべているのかというのを知れば、そのように素直に見惚れるといった真似は出来なくなるのは間違いなかった。
少なくても、現在ヴィヘラに見惚れている何人かは間違いなく無言で視線を逸らすだろう。
中にはそんなヴィヘラでも構わないと思う物好きもいるのだろうが。
(いや、物好きってのは結局俺のことか)
そんな風に思いつつ、レイは口を開く。
「とにかく、今日は色々と厄介そうなことになりそうだけど、新しい年になったばかりで、しかもまだ増築工事が終わってないのに、ギルムが壊滅……とまではいかなくても、大きな被害を受けたってことにはしたくないからな」
レイの言葉に、ランガも当然のように頷く。
ギルムの住人として、この街には深い愛着を抱いている。
そうである以上、やはりここで行動しないという選択肢は存在しなかった。
「ちなみに、今更……本当に今更の話だけど、今回の一件ダスカー様は知ってるのか?」
「ああ、勿論。やはり地下空間を発見した時に、レイ君がいたというのが大きかったようだね。正直なところ、もし警備兵だけが見て報告したら、相手の強さの信頼性に疑問を持たれた可能性もある」
「というか、もし警備兵だけだったら、あの触手に骨と皮だけの死体にされてたような気がする。……いや、それ以前にあの子供に殺されていたか、もしくは隠し階段を見つけられなかったか」
レイが少女に襲われている警備兵を助け、それで勝てないと判断した少女が逃げ出した先に隠し階段があったのだ。
もしレイがいなければ、警備兵は殺されてそれで終わっていた可能性は非常に高い。
「……まぁ、それはそれとして、だ」
レイの言葉の意味を悟ったのか、ランガは話題を逸らす。
「今日は……」
「ランガ隊長、どこですか! ランガ隊長!」
ランガが最後まで何かを言う前に、警備兵がランガを呼ぶ声が周囲に響く。
そもそも、ランガは警備隊の隊長である以上、ゆっくりとレイと話しているような余裕がある訳ではない。
「悪いね。この辺で失礼させて貰うよ」
頭を下げ、ランガはそのまま去っていく。
レイとヴィヘラも、忙しいランガを引き留めるような真似はせず、そのまま見送った。
「警備兵ってだけじゃなくて、やっぱり今回の件で忙しいのかしら」
「まぁ、多分そうだろうな。これだけの大捕物は滅多にないだろうし。……いや、強制捜査か」
「似たようなものでしょ。向こうだって今回の一件が明るみに出れば終わりなんだから、強制捜査をしようものなら、本格的に抵抗してくるでしょうし」
ヴィヘラの言葉は、決して間違っていない。
実際に今回の一件を仕組んだ者が捕まれば、間違いなく最悪の未来しか待っていないのだから、それを大人しく待つくらいであれば、必死になって抵抗してくるだろう。
そうした場合、本格的な戦いとなるのはどうあっても避けられない。
「派手な戦いになるというのは、多分間違いないと思う。……場合によっては、その戦いの余波が貴族街まで行くかもしれないってのは、色々な意味で危険だとは思うけど」
貴族街の近くで広範囲殲滅魔法を得意とするレイが本気で戦うとなれば、近くに住む人々……それこそ、貴族街の貴族であっても、不安を覚えてもおかしくはなかった。
とはいえ、別にレイだって周囲の状況も考えずにそのような大規模魔法を使ったりはしない。
ましてや、恐らくレイが貴族街の近くで戦闘になったという時に貴族達が一番心配するだろう火災旋風を使うといったことは、そう簡単にする筈もなかった。
……もっとも、そう簡単にする筈もないということは、何らかの使わなければならない理由があるのであれば、その使用を躊躇しないということでもあるのだが。
「取りあえず、あのピンク色の触手が街中で出てきて、ここに集まった連中で手に負えないような状況になったら、一帯を纏めて焼却するといった手段を取る必要はあるんだろうな」
呟くレイの言葉に、周囲でこっそりとレイとヴィヘラの話を聞いていた数人の冒険者が、思わず身体を震わせる。
これから自分達が行く場所でそのようなことになったりしたら、間違いなく自分達も巻き込まれることになると、理解しているのだろう。
「そんなことにはさせないわよ。折角の強敵ですもの」
「……まぁ、ヴィヘラならどうにかなりそうではあるけど」
レイの攻撃で使われるデスサイズや黄昏の槍は、結局のところマジックアイテムであり、武器だ。
そして武器である以上、当然ながらその攻撃は外側に命中する。
だが、ヴィヘラの場合は浸魔掌により敵の体内――触手を相手にそのような表現が正しいのかは、レイにも分からなかったが――に直接魔力による衝撃を与える。
つまり、幾ら高い防御力を有していても、ヴィヘラには全く意味がないのだ。
もっとも、敵の防御力を無視出来る浸魔掌も、決して無敵という訳ではない。
浸魔掌を使う為には、どうしてもヴィヘラの攻撃範囲……掌で触れられる場所まで近づく必要があった。
大抵の相手なら、ヴィヘラも全く問題なくその攻撃範囲内に入ることは出来るのだろうが、レイが昨日戦った触手は、その速度もかなりのものだった。
その上、触手の数も大量にあり、それらをかいくぐるというのは、ヴィヘラでも簡単に出来るようなことではない……というのが、レイの感想だ。
ヴィヘラにしてみれば、そのような強敵が相手だからこそ戦いたいという思いが強かったのだろうが。
そんな風に会話をしていると、その話を聞いていた何人かの冒険者はそっとその場から去っていく。
レイとヴィヘラの会話から、自分達では実力不足だと判断しての行動だろう。
幸いと言うべきか、今回の一件は指名依頼という形をとってはいるが、ギルドを通しての依頼ではなく、あくまでも警備兵が直接冒険者に持ちかけたものだ。
その為、ここで逃げ出してもギルドにこの件が知られるようなことはないし、記録にも残らない。……この場にいた者達の記憶には、しっかりと残るのだが。
何人かの冒険者がこの場から逃げ出した者達の姿を目で追うが、結局それ以上は特に何か口にするようなこともなかった。
「そう言えば、もし今日こういうのがあると知っていれば、もしかしてギガント・タートルの解体にも参加する人が少なくなっていたのかしら」
「あー……どうだろうな。そもそも、警備兵の方で声を掛けて集めたんだろ? なら、昨日までは向こうにいた奴でも、警備兵に声を掛けられた奴は最初からこっちに来てるだろ」
実際、レイが周囲を見回すと、ここ最近何度かギガント・タートルの解体の時に見た顔が幾つかあった。
そのうちの何人かは、レイと視線が合うと小さく頭を下げてくる。
「ああ、あの人とかちょっと見覚えあるわね」
ヴィヘラも周囲を見回し、何人か見覚えのある人物の姿を見つけたのだろう。
納得したように呟くのが、レイにも聞こえてきた。
「だろ? そういう連中は、最初から今日はこっちに回ってたんだろ。……こうしてみると、さっきよりも人数が多くなってきてるのは間違いないな」
「そうね。……あら、ランガよ」
ヴィヘラの言葉にその視線を追うと、確かにそこには先程までレイ達と話していたランガの姿があった。
そのランガは、集まっている冒険者や警備兵を一瞥すると、口を開く。
「皆、よく来てくれました! これから何をするのかは、既に知っている者もいるでしょうが、まずは聞いて下さい!」
ランガがそう叫び、事情を説明していく。
コボルトを呼び寄せる真似をしていた相手の拠点の一つを捜索したこと。
拠点として使われていた屋敷には地下空間があり、そこで何らかの生贄の儀式と思しきことが行われていたこと。
その生贄を捧げるであろう対象は、空間の裂け目からピンクの触手を伸ばしてくること。
その触手は先端に牙の類を持っている訳でもないのに、触れるだけで肉や体液、内臓といったものを根こそぎ吸いつくすということ。
今はその地下空間から出てくるようなことがないが、この先は分からないということ。
何より、その地下空間が広がっているのは一軒の屋敷だけではなく、他の屋敷とも繋がっているということ。
そして追い詰められている向こうは、場合によってはその触手を街中で暴れさせ、その混乱に乗じて逃げるかもしれないということ。
それを防ぐ為に、機先を制してここに集まっている者達で地下空間と繋がっていると思われる屋敷を強制捜査するということ。
ランガの口から出た情報は、既に知っている者もいれば、多少は知っていても詳しい事情を知らなかった者、もしくは全く何も知らなかった者達が同じレベルの情報を共有することに成功する。
……何より大きいのは、ここに集まったのは警備兵達が信頼すべき相手であり、ギルムという街を愛している者が大半だということだ。
もっとも、中にはランガの演説が始まる前に逃げ出してしまったような者もいたが。
「そのような訳で、冒険者の皆さんには強制捜査に協力して貰います! また、屋敷の中には相応の強敵が護衛としている可能性もあるので、それぞれ気をつけるように!」
ランガの言葉を聞いた多くの者達は、今回の一件では決して退くといったことをしないと、そう表情に出ている者が多い。
実際、もしランガの言葉にあったようなピンクの触手が大量に街中で暴れ回るようなことになれば、その被害は計り知れないのだから。
結果として、士気の高いまま一同は強制捜査に出発するのだった。