1958話
N-starにて、異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~を更新しています。
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翌日、いつものように早朝にギルムの外に出て、前日の解体で出た血や肉片といったものを求めて集まっているモンスターを倒すのだが……
「はぁ」
面倒臭そうに溜息を吐いたのは、ヴィヘラだった。
てっきり、今日も強敵が姿を現すのかと思っていたら……そこにいたのは、ゴブリンの群れだったのだから。
「……おかしいな」
そんなゴブリンの群れを眺めつつ、レイは疑問を抱く。
今までであれば、ここにいるのはコボルトでなければならない筈だった。
だというのに、こうして姿を現したのはゴブリンだけ。
ここ最近のギルムの異変……コボルトの一件を考えると、明らかに異常と言ってもいい。
「取りあえず……誰か、ゴブリンと戦いたいって奴はいるか?」
今は考えるより、ゴブリンを殲滅する方が先だと判断して尋ねたレイだったが、誰もそれに賛成はしない。
護衛としてここにやって来ている者にしてみれば、ゴブリンなんぞと戦っても体力の無駄に等しい。
解体の技能を買われてここに来ている者にしてみれば、下手にゴブリンと戦って怪我でもすれば、解体作業に支障が出る。
スラム街の面々にしてみれば、ゴブリンの肉は食えることは食えるが、それでもとても食べたいとは思わない。
ましてや、素直に解体を行えば相応の報酬を貰えて、ゴブリンの肉とは比べるのもおこがましいギガント・タートルの肉を貰えるのだから、ゴブリンに手を出す筈もなかった。
結局誰も立候補する者がいなかったので、レイはセトに頼んでゴブリンを一掃して貰う。
上空からファイアブレスや水球、ウィンドアロー、アイスアロー……といったように次々と攻撃をしていくその様子は、まさに蹂躙と呼ぶに相応しい光景だった。
そしてゴブリンの死体をデスサイズの地形操作を使って地中に埋め、準備を整えるとミスティリングの中からギガント・タートルを取り出す。
実際に解体を始めてから、まだそれ程経っていないので解体そのものはそこまで進んではいない。
……だからこそ、解体を任されている者達は、次々に解体に取りかかっていく。
「それにしても、まさかゴブリンしかいないとは思わなかったわね」
ギガント・タートルの解体を眺めているレイの横で、ヴィヘラが呟く。
「そうだな。正直なところ、コボルトがいないというのは驚きだった」
「……昨日の一件が、何か関係していると思う?」
昨日の件と言われ、レイが真っ先に思い出したのは、やはりピンクの触手だ。
コボルトと関係していると、赤布を連れてきた男が言っていたのだから、ここにコボルトがいないことが関係しているのは確実だろう。
「普通に考えれば、やっぱり関係しているだろうな。触手に俺がダメージを与えたのが関係しているってのが一番可能性は高いか」
今回の一件の黒幕に繋がっている相手を含め、赤布も全員が触手によって喰い殺された……いや、吸い殺されたと表現すべきか。
ともあれ、元々決まっていた人数以上の者が殺されたにも関わらず、こうしてコボルトが出てこないということは、その辺りに理由を求めるのが当然だった。
「うーん……ねぇ、レイ。その屋敷を含めて捜査する時、今度は私も行くわね」
連れて行ってちょうだいと頼むのではなく、行くと断言するヴィヘラ。
そんなヴィヘラらしい言葉に、レイは頷いて答える。
そもそも、触手の話を聞いた時から、ヴィヘラが触手との戦いを希望しているというのは分かっていたので、今更といったところだろう。
「ただ、あの触手は今まで戦ってきた相手とは違って、若干厄介だ。それは承知の上だよな?」
「ええ。先端に触れただけで、色々と吸い取られるんでしょ? その辺は触れないようにするから大丈夫よ」
自信に満ちた声で告げるヴィヘラ。
レイはそんなヴィヘラの様子を見て、笑みを浮かべる。
ヴィヘラが戦いを好むのは知っていたので、今のような態度こそヴィヘラらしいという思いがあった為だ。
「分かった。なら、今日これが終わったら詰め所に行くけど、一緒に来るか?」
ここに来る前にギルドに寄った時、レノラから時間が出来たら詰め所の方に来て欲しいと、そう伝言を受けていたのだ。
だからこそ、レイはこうしてヴィヘラを誘ったのだが……
「うーん……今日、ね」
言葉を濁したのは、やはりヴィヘラが自分はビューネの後見人的な存在であるという思いがあったからだろう。
とはいえ、ヴィヘラの心は触手との戦いに強く傾いていた。
今日は朝にここにいたのがゴブリンだけだったというのもあるし、何よりビューネが強くなってきているという点が大きい。
それこそ、今のビューネならゴブリンやコボルトは傷一つ負わず、圧倒的なまでの強さで蹂躙出来るだろう。
それでもレイの誘いに即座に頷かなかったのは、やはり今回の依頼の護衛というのは、どのようなモンスターが来るか分からないからというのが大きいだろう。
場合によっては、ランクB……いや、ランクAのモンスターが出てきてもおかしくないのだ。
ギガント・タートルの血や肉の臭いというのは、それだけの誘引力を持っているのだから。
万が一のことを考えれば、出来るのならビューネから離れたくない。
そう思っていたヴィヘラだったが……
「ん」
そんなヴィヘラの前までビューネがやってきて、いつものように短く呟く。
レイにはその言葉の正確な意味までは分からない。
だが、それでも何となく何を言いたいのかというのは理解出来た。
つまり……
「ビューネも、自分のことは気にしないで行ってこいってそう言ってるんじゃないか?」
「そうだけど。……ねぇ、本当に大丈夫?」
「ん!」
表情を変えることはなく、レイの言う通りだと態度で示すビューネ。
そんなビューネの言動に、ヴィヘラは少し考え……やがて頷く。
「分かったわ。じゃあ、今日はビューネの言葉に甘えさせて貰おうかしら」
「ん」
それでいいと、そういった態度のビューネ。
ヴィヘラはそんなビューネの頭を、感謝を込めて軽く撫でる。
ビューネは表情には出さないものの、嬉しいのか黙ってそんな行為を受け止めていた。
「一応言っておくけど、詰め所に来て欲しいという風には言われてるけど、そのまま昨日の屋敷に行くとは限らないんだぞ? それに、もし行っても戦いになるとは限らないし」
そう言いつつも、昨日の一件を考えればやはり戦いになるのは避けられないだろうというのが、レイの予想だった。
問答無用で襲ってきた者達のことを考えれば、他の屋敷にも同じような存在がいないとは限らないのだから。
(寧ろ、ヴィヘラの場合はそういう相手を望んでるんだろうな)
昨日戦った者達のことを思い出すレイだったが、その強さでヴィヘラが満足するか? と言われれば、正直なところ微妙だろう。
警備兵達よりは間違いなく強いのは事実だが、それでもレイには手も足も出ずに負ける程度の強さしかなかったのだから。
「じゃあ、ちょっと待っててくれ」
そう言い、レイは一旦その場を離れて、ギルド職員に声を掛ける。
「俺とヴィヘラは警備兵の詰め所に行ってくるから、こっちは任せてもいいか?」
「ええ、話は聞いてますので、それで問題はありません。こちらの方も……今日は何故かコボルトがやってくることがないので、昨日までのように忙しくはないでしょう。レイさんのつくったあの迷路が役に立たないのは残念ですけど」
ギルド職員の視線が向けられた先には、ギルムとギガント・タートルの解体現場の間に作られた迷路。
もっとも、そこまで精巧な迷路ではない。
あくまでコボルトが集団で襲ってきた時に、その数を散らせるのが目的の迷路だ。
そんな適当な迷路だけに、ギルド職員の残念そうな様子を見ても、レイは何と言えばいいのか言葉に迷う。
「そう言って貰えると嬉しい気がするが……まぁ、その辺は役に立たないのなら、それはそれでいいさ。じゃあ、とにかくこっちは任せた。色々と大変だろうけど、よろしく頼む」
ギガント・タートルの解体に関わっているギルド職員は指揮を執り、何か問題があればすぐに対応する必要がある。
そういう意味では、ギルド職員の仕事というのは決して楽なものではない。
レイもそれが分かっているからこそ、こうしてギルド職員に後をしっかり頼むと言っているのだ。
ギルド職員にとっても、この仕事はレイに対する報酬という一面がある以上、決して手を抜くような真似はしない。
そのような状況であっても、こうしてわざわざレイが声を掛けてくれるというのは、実際に仕事をしている身としても非常に嬉しいことだった。
数分ギルド職員と話したレイは、セトとヴィヘラを連れてギルムに向かう。
……その際、ギガント・タートルの解体を見物に来ていた観客達が少し残念そうにしているのを見て、内心で納得する。
観客達にとって、ギガント・タートルの解体もそうだが、同時にヴィヘラという絶世の美女を見ることも、楽しみの一つだったのだろうと。
そういう意味では、レイに対して羨望や嫉妬の視線を向けてくる者が多いのも納得出来た。
もっとも、レイはその手の視線を向けられるのには慣れているので、特に気にした様子もなかったが。
「ふふっ、こういうのも一応デートになるのかしら?」
レイの隣を歩くヴィヘラは、嬉しそうに笑いながらレイの腕を取る。
ヴィヘラの豊かな双丘が肘で潰れるのを感じつつも、レイはそっと視線を逸らしつつ、口を開く。
「デートというには、ちょっと物騒な気もするけどな」
「グルゥ?」
そうなの? と、そう喉を鳴らすのは、ヴィヘラとは反対側を歩いているセトだ。
セトにしてみれば、ヴィヘラやレイと一緒に出掛けることが出来るというのは非常に嬉しいことで、物騒でもそんなに気にならないといったところなのだろう。
「あら、物騒なことになるのかどうかは、まだ分からないじゃない。詰め所に来て欲しいと、そう伝言を受けただけなんでしょ? なら、事情聴取……という言い方はどうかと思うけど、そういうことかもしれないわよ?」
笑みを浮かべながらそう言うヴィヘラだが、その本心としてはレイを呼ぶのだから、絶対に何らかの物騒な出来事があるという確信を抱いていた。
正門での手続きを終え、昨日も行った詰め所に向かう。
通行人の何人かが、セトと遊びたがっていたが、残念ながらレイはそれを断り、歩き続ける。
そしてレイが歩き続ければ、当然のようにヴィヘラも歩き続けることになり……先程同様、ヴィヘラと腕を組んでいるレイに羨望と嫉妬の視線が向けられる。
もしここがギルム以外の場所、それも初めて行ったような場所であれば、それこそレイに向かって絡んでくるような者もいるだろう。
だが、ギルムの住人でそのような命知らずな真似をするような者は、皆無……という訳ではないが、この場にはそのような命知らずな者はいなかった。
「あ、レイ。……ヴィヘラも来たのか……」
詰め所の前に立っていた警備兵が、レイの姿を見て嬉しそうにし……次いでヴィヘラの姿を見て複雑そうな表情を浮かべる。
警備兵にとって、ヴィヘラというのは非常に扱いに困る人物だった。
それこそ、今までヴィヘラが起こした騒動で駆り出されたことは、数十回程度ではきかない。
それでいながら、大抵そのような場合に問題の原因となっているのはヴィヘラではなく相手の方なのだから、警備兵としても注意くらいしか出来ない。
踊り子や娼婦のような服装が原因となってそのようなことになっているというのは、何度となく注意したのだが、マジックアイテムであったり、戦いに向いていると言われれば、警備兵もそれを否定は出来ない。
「まぁ、荒事があるのなら、ヴィヘラは間違いなく戦力になるだろ。それより、詰め所に入ってもいいのか? それに、今回の一件は戦力が多ければ多い程いい。特にあの触手を相手に出来る戦力が増えるというのは、間違いなく助かる」
昨日戦った時、触手の数はそこまで多くはなかった。
いや、それでも普通なら対処するのが難しい相手ではあるが、レイの実力があれば問題はなかった。
だが、それはあくまでも昨日の時点での話だ。
もしもっと多くの触手が出てきた場合、それに対処出来る人員が多ければ、助かるというのは当然だった。
……もっとも、それはあくまでも昨日の屋敷に踏み込むということになればの話ではあったが。
詰め所の前にいた警備兵は、昨日屋敷の捜査には参加していないが、それでも話は聞いていたからだろう。渋々といった様子で頷く。
「分かった、中に入れ」
「ああ。……そう言えば、昨日捜査に参加した面々はどうなった? 何か罰を受けたりはしていないか?」
「いや。ただ、何らかの注意といったことはあるだろう。だが、恐らく今回の一件が終わった後での話になるだろうな」
取りあえず今は問題がないと知り、レイは安堵するのだった。