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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1957/3865

1957話

 レイ達がピンクの触手と戦ったという情報は、当然のように警備隊の上層部に報告され、その報告を受けた人物は自分では判断出来ないことだと考え、更に上に報告を上げる。

 そのような感じで報告が上に、上にと進み……結局、最終的にその報告はギルムの領主たるダスカーの下まで届くことになってしまった。

 もっとも、その報告を受けた人物が自分では処理出来ないと判断したのは、自分が責任を被りたくなかったから……ということではなく、単純に場合によってはギルム全体が危険に晒される問題だからというのが大きい。

 報告を受けた者達には、それを処理する権限が与えられていなかったのだ。

 だからこそ、レイ達が捜索した屋敷の周囲には警備兵を配置し、自由に出入りが出来ないようにするといったことしか出来なかった。

 ……いや、場所が貴族街の近くであったことを考えれば、寧ろその判断を良くやったと褒められてもいいだろう。


「それで、今はその屋敷には誰も入ることが出来ない。それでいいんだな?」

「はい。ですが、報告書に書かれていたことが事実だとすると、その地下空間は周辺の屋敷とも繋がっているということになり……」


 ダスカーに報告を持ってきた部下が、言いにくそうにする。

 だが、ダスカーもそれを咎めるつもりはない。

 貴族街の近くにあるということは、当然のようにその屋敷の持ち主は相応の財力を……つまり、影響力を持っている者であるということなる。

 ましてや、その人物が自分の屋敷がそのような場所に繋がっていると言われて、素直に認めるかどうか……まず、難しいだろう。

 また、屋敷が広い場合、その屋敷の主人ですら完全に屋敷の構造を理解しているとは限らないという点も大きいだろう。


「そうなると、やっぱりその地下空間から続いているって階段を実際に上ってみて、そこがどこに続いているのかを確認する必要があるな。……問題なのは、報告書にあるピンク色の触手か」


 レイですら苦戦したと書かれているのを見れば、誰を送ればいいのかという人選が非常に難しくなる。

 今まで何度もレイに依頼をしてきたダスカーだけに、レイの力がどれだけのものなのかというのは、当然のように知っている。

 そんなレイが苦戦する相手だけに、それこそその辺にいる者を適当にという訳にはいかないだろう。

 ダスカーも、自分の部下を死ぬ可能性が高い場所に何の策もなく派遣するような真似はしたくはない。


「そうなると、レイに頼むか……いや、階段の数が多かったとあるから、レイだけではなくて他にも高ランク冒険者を雇う必要があるか」

「こうなると、今が冬だったのが幸いでしたね。依頼でギルムを留守にしているということはあまりないですし」

「……そう言われればそうだが、問題なのは冬の間に身体が鈍ってないかどうかだな」


 冒険者としての仕事をせず、酒場で宴会続き……などということになれば。当然のように身体は鈍る。

 もっとも、大抵の冒険者はある程度訓練をして完全に身体が鈍らないようにといった風にしているが、それでもやはり春から秋に比べるとどうしても身体は鈍ってしまう。


「その辺は、何とも言えません。ですが、高ランク冒険者ならその辺りもしっかりしているのでは?」

「エルクでもいれば、任せたんだがな」


 ダスカーは豪快な性格をしている雷神の斧の異名を持つ男のことを思い出す。

 ベスティア帝国での一件によって負傷――という生温い表現はどうかと思うが――した息子の傷を癒やすべく、現在エルク達はギルムにいない。

 もしいれば、今回のような時はかなり頼りになる人物なのだが。


「いない相手を頼りにしてもしょうがないですよ。それで、どうします? ギルドの方に高ランク冒険者に指名依頼を出しますか?」

「ああ、そうしてくれ。出来れば、明日にはその地下空間を探索して、周辺にある屋敷も抑えてしまいたい」


 ふぅ、と憂鬱そうな表情で水差しからコップに水を入れると、それを飲み干す。

 少しだけ、本当に少しだけだが、水が憂鬱な気分を流してくれたような気がしたダスカーは、再び報告の件について考える。


「何をするにしても、とにかく厄介なのはその地下空間だな。そもそも、誰か人が入ればその空間の裂け目とやらが出来るのか、それとも別に何か理由があるのか。その辺りが非常に厄介だ」

「そうですね。……捕らえたという男から情報を聞き出せればいいのですが……」

「何も吐く様子はない、か」

「はい。どうやら専門の訓練を受けているらしく、拷問の類を行っても無意味だったとのことです」


 人格者として知られているダスカーだが、それでも領主として必要であれば、拷問程度のことは躊躇することなく行う。

 正確には拷問するように指示を出すのだが。


「厄介だな。そうなると、直接地下空間に行って調べるか、もしくはレイや警備兵達が押収してきた証拠品の類を調べてみるか。……暗号解読の方は、どうなっている?」

「現在学者や錬金術師といった人達を呼んで調べて貰ってますが……」


 最後まで言わずとも、その表情を見れば上手くいっていないということはダスカーにも理解出来た。


「そうなると、やはり直接行く必要があるか。厄介だな」

「そうですね」


 ダスカーの言葉に同意する部下。

 だが、厄介だからといって、このまま放っておく訳にもいかない以上、ダスカーの立場としては仕事を頑張ることしか出来なかった。

 今日大変な目に遭えば、それが明日には少しでも楽になるようにと、そう願いながら。






「……ああ?」


 ダスカーが自分の仕事に集中している頃、その男は不機嫌の極みにあった。

 当然だろう。今回の一件の肝である、地下空間が警備兵に見つかったというのだから。

 しかも、タイミング的には赤布達を生贄にしたところも見られた可能性が非常に高い。

 そのようなイレギュラーな事態でもなければ、赤布達を連れていく者が死体で、それも赤布同様に骨と皮だけの死体となって見つかるとは考えられない。

 つまりそれは、男にとって最悪の事態が起きていると言ってもよかった。


「その、それで……どうしましょう?」

「どうしろだって? 知るか、馬鹿。あそこが見つかってしまった以上、どうしようもねえだろ。俺達に出来る事は、さっさと証拠になりそうなものを全て廃棄して、とっととギルムから出て行くことだ。幸い、現在は外に出るのに門を使う必要はねえしな」


 男の言葉が何を意味しているのかを知った部下は、頬を引き攣らせる。

 それはつまり、レイが作った土壁から外に出るということを意味していたのだから。


「ちょっ、待って下さい! コボルトはすぐにいなくなる訳じゃないですし、それに脱出するとなると、夜になります! そうなると、ギルムの外ではモンスターが大量に闊歩しているということになるのですが……」

「そうだな。……ただ、それでも俺達はここから逃げ出す必要がある。それくらいは分かると思ったんだがな」


 男の言葉に、部下は言葉に詰まる。

 実際、このままこの屋敷にいれば間違いなく不味いことになるのは確実だった。

 地下空間が見つかったということは、そこを詳しく調べればこの屋敷に繋がっているということも、当然すぐに分かる筈だ。

 だとすれば、既にこの屋敷が見張られているという可能性も十分以上にあった。

 それは分かっているのだが、報告を持ってきた男を含めて、実際に戦闘力を持っている者というのはそんなに多くはない。

 ギルムが完全に冬になって出入りする者が少なくなる前であれば、目の前にいる上司と同程度……場合によってはそれ以上の戦闘力を持つ者が何人もいたのだが、現在その者達の姿はなく、戦闘力が最も高いのはこの上司だけだ。


「急に呼び出されなければ、まだ何とかなったかもしれませんが……ぐうっ!」


 無念そうに部下が呟き……それを聞いた男は、苛立ち交じりに机の上に置かれていた酒の入ったコップを投げつける。

 ガラスで出来たそのコップは、男の頭に当たると同時に砕け散る。

 そして周囲に強烈なアルコール臭が漂う。

 ガラスの破片で切った場所から流れた血の臭いがアルコール臭で消えたのは、男にとって良かったのか、悪かったのか。


「ふざけたことを言ってんじゃねえぞ。あいつらがいなけりゃ、俺は捕まるって、そう言いたいのか? ああ?」


 強烈な視線というよりは、睨み付ける視線を向けられた男は、流れてきた血を拭うこともせず、足を震わせる。

 目の前にいる人物がその気になれば、それこそ自分程度はすぐに殺せるのだと、そう理解している為だ。

 ましてや、その凶暴性は何人かが仕事を失敗した罰として制裁を受けているところを見れば、明らかだった。

 そういう意味では、寧ろこの程度ですんでよかったと言えるのかもしれない。


「すいません。ですが、相手はレイを含めて警備兵が大勢います。それどころか、場合によっては他の冒険者を増援として用意するでしょう。そうなると、どうしてもこっちは戦力不足になります」

「……ちっ」


 投げ捨てて割れたコップの代わりに、テーブルの近くに用意されていた別のコップを手に取り、そこに酒を注ぐ。

 それは、半ば自棄になった行為と言ってもよかったが、部下の言っていることが決して間違いという訳ではないことを示してもいた。


「いっそ、あの触手を街中に放つか? ……いや、無理だな。契約で縛られている以上、今の俺達でどうこうは出来ねえか」


 触手がどれだけ凶悪なものなのか知っている部下は、上司の言葉に背筋を冷たくするも……すぐに上司がそれを否定するように言ったので、安堵する。

 もしあの触手がギルムの中を好き勝手に動くようになれば、それこそギルムは大きな被害を受けることになるだろう。

 いや、それどころから最悪の場合はギルムが壊滅してもおかしくはない。

 国王派の人間として、ギルムという街が非常に厄介な存在ではあるのだが……そのギルムから得られる素材やマジックアイテムの類は、間違いなくミレアーナ王国にとって利益になっている。

 いや、国王派の人間であっても、ギルムから得られる利益で潤っている者はいるのだ。

 それを考えれば、とてもではないがあの触手を街中に放つといったことに賛成は出来ない。


「俺達にすり寄ってきていた組織がいたな。あの裏の組織を使って、陽動は出来ねえか?」


 新たに注いだ酒を飲みつつ、血を流したままの部下に尋ねる。

 だが、部下はそんな上司の言葉に首を横に振る。


「レイが関わってきたとなると、無理かと。ギルムの組織であれば、レイの力を知ってるでしょう。レイとぶつかって被害を出すくらいなら……と、考える可能性が高いです」

「ちっ」


 部下の言葉に、苛立たしげに舌打ちをする。

 だが、それでも先程のように怒り狂った様子を見せないのは、恐らくそうなるだろうという予想があったからだろう。

 大体、男もレイと戦って勝てるとは思えないのだから、自分よりも弱い連中がそのような判断をしてもおかしくはなかった。


「そうなると、どうする? 俺はそれなりに腕に自信があるから、土壁の辺りから脱出しようと思えば逃げ出せるが……俺だけで脱出しても意味はないしな」

「そうですね。今回の実験で得られた各種データや考察といったものが書かれた書類を持っていく必要もあります。それを考えると、どうしてもある程度の人数は必要になるかと」

「だろうな。ちっ、そうなるとどうにかする必要があるな。どこか、こっちに協力するような連中はいねえのか?」

「……ここが、ギルムでなければ、まだ色々と手段があったのですが……」


 やはり、ここがレイが拠点としているギルムであるというのが大きいのだろう。

 そうである以上、どうしても戦力を用意するのは難しい。


「分かってる。だが、それでもどうにかする必要があるだろ。もしお前がどうしても用意出来ないようなら……分かってるな?」


 部下に向ける視線の中には、間違えようのない殺気が籠もっている。

 もし、ここで誰も人を用意出来ないとなれば、間違いなく今の殺気は行動に移されるだろう。

 それが分かっているからこそ、部下の男は慌てたように頷く。


「は、はい。何とか探してみせます。ただ、かなり無理をするとなると、資金の方が必要となりますが……」

「ああ、それは問題ねえよ。好きなように使え。ここで金をケチって、結果として警備兵に捕まるってのは最悪の結果だからな。それに、金に執着がある奴なら、報酬の金額がやる気に直結する筈だ。……レイを相手にするとなると、それこそ相応の額が必要だろうが。とにかく、今夜……とは言わねえが、出来るだけ早くギルムを脱出するぞ」


 幸い、今回の一件でかなりの資金が用意されている以上、その辺りの条件もクリア出来る筈。

 そう思いつつ、男は何でこうなったといった具合に苛立ちを押さえる為に、酒を口の中に流し込むのだった。

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