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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて

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1956/3908

1956話

 ひとまず、この屋敷で見つけた死体や隠し棚から見つかった書類や何らかの道具、そして何より地下にある空間と、その空間から出てきたピンク色の触手という手掛かりを得たということで、レイ達は一旦この屋敷を出ることにした。

 もっとも、警備兵の何人かはそれくらいに証拠が集まっていても、それで上司を説得してこの屋敷や周囲にある屋敷を警備兵として本格的に調べられるようになるかと言われれば、確定とは言えないといった風に思っていたが。

 それでもレイが捜索を終わらせるべきだと主張したのは、やはりあのピンク色の触手の件があった為だ。

 レイですら対処するのに苦労するその触手が、もし何らかの理由であの地下空間から出たら一体どうなるのか。

 それは、どこからどう考えても危険以外の何物でもない。


(コボルトの一件も色々危険だけど、幸い土壁のおかげでギルムに入る数は極端に少なくなっている。だとすれば、明らかに今はあのピンクの触手の方が危険なのは間違いない)


 レイはそう考え、実際にレイと共に地下空間に行った警備兵達も、そんなレイの言葉に納得する。

 結局のところ、空間の裂け目から出てきた触手が危険なのかどうかというのは、実際にそれを見たことがあるのかどうかで、受ける印象が大きく違ってしまうのだろう。

 例え、警備兵達がレイの実力を知っていて、そのレイが危険だと口にして……それを理解していても、やはり直接見ていないとなると、それだけで数段低く脅威を見積もってしまうのは、人間の習性として仕方のないことかもしれなかった。


「とにかく、この屋敷の中に散らばっている警備兵達を集める必要があるな。……それに、まだこの屋敷を守ってる連中がいる可能性はある」


 レイが逃がした少女は、あの地下空間からどこかに消えた。

 恐らく地下空間にあった階段のどれかから別の屋敷に逃げたのだろうというのは容易に予想出来たが、それを追うよりも前に事態が動いてしまった以上、追うことは出来なかった。

 だが、あの少女がこの屋敷に残っていた最後の人員であるとは限らない以上、まだこの屋敷を捜査している他の警備兵が襲われるという可能性は十分にあった。


「そうだな。なら、すぐにでもこの屋敷から出よう。玄関で捕らえたあの男からも情報を聞く必要があるだろうしな」

「……そう言えば、いたな」


 本来なら、そんなにすぐに忘れられるような相手ではない。

 だが、やはりピンク色の触手というのが非常に強い衝撃をレイに与えたこともあって、すっかり忘れてしまっていたというのが、正直なところだった。


「おい、忘れるなよ」

「悪い。それで、どうやって屋敷の中に散っている連中を集めるんだ?」

「これを使う」


 そう言い、警備兵が取り出したのは笛。

 その笛を見て、以前にも笛を使ってやり取りをしていたのを見たことがあったな、と思い出したレイは、納得の表情を浮かべる。


「つまり、その笛である程度の意思のやり取りとか出来る訳か」


 モールス信号という言葉を思い出すレイだったが、残念ながらレイはその言葉は知っていても、実際にモールス信号をどうやって使うのかといったことは知らない。

 だが、恐らく警備兵が意思疎通に使っているにも、似たような方法なのだろうと判断すると、その意図は理解出来た。


「そうだ。ちょっとうるさいから、廊下で吹いてくるよ」


 そう言い、部屋から出て行く警備兵をレイは見送り……廊下に出てすぐに、ピーッという笛の甲高い音が聞こえてきた。

 規則的に何度か笛を吹き、指示を終えたのだろう。警備兵は扉を開き、顔を出す。


「指示は出し終わったから、行こうぜ」


 その言葉に従い、レイ達は部屋を出る。

 そうして部屋を出ながら……ふと、レイは気になったことを警備兵の一人、一緒に地下空間に行った相手に尋ねる。


「何でさっき襲われていた時に、あの笛を使わなかったんだ?」


 笛を使ってある程度意思の疎通が出来るのなら、それこそ自分達が襲われている時に仲間に増援を頼むといったことができたのではないか。

 そう尋ねるレイに、声を掛けられた警備兵は首を横に振る。


「あの少女はかなりの強さを持っていた。それこそ、こっちが三人いても笛を吹くような余裕はなかったんだよ」

「そうだな。あそこで迂闊に妙な真似をしてれば、恐らく……いや、間違いなく俺達は怪我ですまずに、命を失っていただろうな」


 レイと一緒に行動していた別の警備兵が、同僚の言葉に同意するように頷く。

 そういうものなのか、と。レイはそう思いつつ、廊下を歩く。

 笛の音によって集まってきたのだろう。玄関にむかう途中で、何人もの警備兵達がレイ達に合流してくる。

 何人かの警備兵は、ああやって笛の音で集めた以上、何か手掛かりが見つかったのかといったことを聞いてきて、警備兵達もそれに答えていく。

 また、逆にレイ達と一緒に行動していた警備兵が、何か手掛かりがなかったかといった風に尋ねる場面もあった。

 当然の話だが、警備兵というのはその道の専門家でもある。

 レイ達が見つけた手掛かり以外にも、何らかの手掛かりを見つけているのは当然だった。

 ……もっとも、やはりレイ達の見つけた手掛かりが一番重要なものだというのは、間違いのない事実だったが。

 そうこうしているうちに、やがて屋敷の玄関に到着する。

 当然のように、そこでは最初にこの屋敷に来た時に襲い掛かってきた初老の男が縛られ、それを見張っている警備兵の姿があった。


「笛の音が聞こえてきたけど、どうやら問題なく終わったみたいだな」


 玄関で待っていた警備兵の言葉に、屋敷の捜索をしていた警備兵達は頷きを返す。


「ああ。色々と手掛かりは入手出来たよ。それこそ、恐らく上を動かすことが出来る程の手掛かりをな」


 そう告げた警備兵の言葉に、レイは少しだけ疑問に思う。

 先程聞いた話によると、今回の一件で上を動かすのは難しいのではないか、と言われていたからだ。


(いや、その辺の判断は結局のところ人それぞれなのか。大丈夫だと思う奴もいれば、駄目だと思う奴がいても、おかしくはないか)


 警備兵からしっかりと聞いた訳ではないが、レイはそう判断して、猿轡をしている為に何も言えなくなっている初老の男に視線を向ける。


「そんな訳で、この屋敷については……そして周囲の屋敷にも、捜査に入ることになる。この屋敷を守っていたお前には、面白くないかもしれないけどな」

「むぐううぅっ!」


 レイの言葉に何かを言おうとした初老の男だったが、当然ながら今の状況でそのような真似は出来ない。

 一瞬猿轡を取ってみるか? とレイも思わないでもなかったか、初老の男が喋るよりも先に自分の舌を噛み切って、情報を与えない為に自殺するという可能性を考えると、そのような真似が簡単に出来る筈もない。


「さて、後は詰め所まで無事に帰ることだな。途中でこいつを取り返しに……そして、あの屋敷で入手した手掛かりやら何やらを取り返しに、襲ってくる奴がいるかもしれないから、注意が必要だな」


 そう言いながらも、レイは全く奇襲を受けるという心配をしていなかった。

 何故なら、屋敷の中でならともかく、屋敷の外ともなればセトが一緒に行動する為だ。

 レイも通常の人間より五感が鋭いが、セトはそのレイよりも鋭い五感を持つ。

 つまり、普通に考えれば今回の一件の黒幕が刺客を送り込んできたとしても、レイとセトがいる時点でどうしようもないというのが事実なのだ。

 それは警備兵達も分かっているのだろう。

 レイの言葉に安堵したように頷き、縛られている初老の男を立たせて、屋敷から出る。


「グルルルルゥ!」


 すると、タイミングよく玄関の側にいたのか、セトが嬉しそうに喉を鳴らしながらレイに向かって突っ込んできた。

 ……普通に考えれば、セトのような巨体を持つ存在が突っ込んでくるというのは、恐怖以外のなにものでもない。

 だが、レイにとってセトというのは心の底から安心出来る相棒、そしてある意味では、もう一人の自分と評してもいいような存在だ。

 それだけに、周囲にいる警備兵達ですら、いきなりのセトの突進に驚いたものの、レイは特に気にした様子もなく、そのセトを受け入れる。


「っと、……そんなに寂しがる必要はないだろ? そこまで長い時間離れていた訳じゃなかったんだし。甘えん坊だな」


 顔を擦りつけてくるセトを撫でながら、レイはそう口にするが……レイの顔が笑みを浮かべているのを見れば、その言葉にはあまり説得力を感じることは出来ない。


「それより、俺達が屋敷の中にいる間に、どこからか逃げ出すような奴はいなかったか?」


 レイ達が入った屋敷は、地下空間で周囲の屋敷と繋がっているのは間違いない。

 だが、あのような触手が現れるかもしれない場所を、そう好んで利用するとは思えない。

 だとすれば、他にこの屋敷から脱出する手段として考えられるのは、やはりどこかの裏口から逃げ出すということだった。


(まぁ、俺や警備兵達が見つけられなかった隠し通路とかがあって、そこから他の屋敷に逃げ出したという可能性は、あるかもしれないけど)


 考えつつ、その間もレイの手はセトを撫で続ける。


「グルルルゥ」


 レイの撫でる手を、気持ちよさげに喉を鳴らしながら堪能するセト。

 だが、セトを撫でていたレイは、やがてその手を止める。

 もう撫でてくれないの? とセトが円らな視線をレイに向けてくるが、レイもこれ以上ここで時間を潰すような真似は出来なかった。


「悪いな、セト。撫でるのは取りあえず待ってくれ。今回の一件が終わったら……いや、夕食の時には思う存分撫でてやるから」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 そんなセトから手を離し、レイは警備兵達に……そして、捕らえられていた初老の男に視線を向ける。


「さて、行くか。まずは詰め所に行って、色々と情報を纏めたり、上に報告したり、手に入れた証拠の類を調べたりする必要があるだろ」


 そうして、レイ達は色々と収穫があり……同時に謎が生まれてしまった捜索を終えて、詰め所に向かうのだった。






「ふーん。……それで、レイは強い相手と戦っていたのね」


 夕食の時間、いつものようにマリーナの家の中庭で、今日何が起きたのかをレイから聞いたヴィヘラが、羨ましそうに言う。

 自分がコボルトと戦ったり、もしくは戦う気分ではなくなって適当にすごしていた時間に、レイは強い敵と戦う機会に恵まれていたと言われたのだから、それが原因だろう。

 もっとも、レイにしてみればピンク色の触手以外は、そこまで強敵と言える程の相手でもなかったというのが、正直なところなのだが。

 警備兵にとっては強敵だったのは、間違いないだけに、ヴィヘラに対して何と言えばいいのか迷う。


「そう言ってもな。コボルトよりは強いだろうけど、ヴィヘラが戦いたいと思えるような強さは持ってなかったぞ?」


 セトを撫でながら返ってきた言葉に、ヴィヘラは何と言えばいいのか分からないといった表情を浮かべる。

 ヴィヘラにしてみれば、そう言われても戦ってみたいという思いはあった為だ。

 それでも、今の状況で何を言ってももう手遅れだと納得したのか、やがて小さく息を吐いてから、口を開く。


「それで、結局警備兵はこれからどうするの? レイが見つけた証拠とか証言とか、そういうので動くことが出来るようになったとか?」

「どうだろうな。その辺はまだ分からない。警備兵の上層部でも、色々と検討する必要があるんだろ」

「でしょうね」


 レイとヴィヘラの会話に、マリーナがそう告げる。

 元ギルドマスターとして、警備兵との間にもそれなりの繋がりがある為に現在の警備隊がどのように動くのかを予想しているのだろう。

 マリーナの横では、エレーナも同意するように頷いていた。

 とはいえ、今回の一件ではゆっくりと考えていられるような余裕がないというのも、間違いない。

 コボルトの件もそうだが、やはりレイや警備兵が心配していたのは、地下空間でレイが遭遇したピンク色の触手がそこから出てきた場合、大きな脅威となるのは確実なのだから。


「でも、今日突入した屋敷は、警備兵達が封鎖してるんでしょ? ……もっとも、その地下空間から繋がっている他の屋敷は、封鎖出来ていないみたいだけど」

「ああ。その辺は色々とあるらしいな。……あの地下空間にある階段を上ってけば、他の屋敷の中にも出ることが出来るんだろうけどな。……その方が色々と面倒が少なくてすむと思うが、難しいこともあるらしい」


 レイの言葉に、その話を聞いていたエレーナ達は思わず眉を顰めるのだった。

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