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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1954/3865

1954話

N-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~を更新しています。

https://ncode.syosetu.com/n8234fb/

 ようやく自分を捕らえているレイ達の異常さに気が付いた男がそう言ってくるが、レイや警備兵にはそれに付き合う必要はない。

 あるいは、レイ以外の三人が警備兵の制服を着ていれば、男にもその正体がすぐに分かったのかもしれないが……今回の一件では念の為にと私服に着替えてきている。

 だからこそ、男は目の前にいるのが誰なのか……そして、何を狙っていたのかが分からない。


「どうする? こいつはそっちに任せてもいいのか? 情報を引き出すのなら、そっちが本職だろうし」

「そういう手段なら、そっちの方が慣れてるんじゃないのか?」


 敢えて警備兵はレイの名前を出さず、そう告げる。

 ここで明確に自分達が、そして男を押さえ込んでいるのが誰なのかというのを示せば、それは相手に情報を与えることになる。

 このような場合、相手が何の情報も持っていないというのは、相手を不安に陥らせる武器となると知ってのことだろう。

 レイもまた、そんな警備兵の思惑に気が付いたのか、小さく頷いてから口を開く。


「情報を聞き出すのが苦手な訳じゃないが、俺がやると相当荒っぽいことになるぞ。それこそ、拷問とかに近い形に」


 そう答えたレイの言葉は、決して間違いではない。

 盗賊を相手に情報を聞き出す時には、それこそ相手の指、もしくは手足を切断して自分の本気を見せた上で、情報を聞き出すといった真似をするのが手っ取り早いのだから。

 ……最近ではレイが盗賊喰いといった感じで呼ばれていることも広がっており、そのような真似をしなくてもすぐに情報を教えてくれることも多くなっているが。

 ともあれ、話術で聞き出すといった真似はレイには出来ない。


(良い刑事と悪い刑事だっけ? 何かそんなのがあった気がするけど、俺だけで出来る訳じゃないし、警備兵ならそれくらいは普通に出来るから、今は役に立たない知識なんだよな)


 そんな二人の会話を聞いていた男は、それが騙すといったものではなく、普通に言っていると納得したのだろう。

 慌てたように、口を開く。


「待て! さっきも言ったが、俺に手を出すってのは、国王派に喧嘩を売るってのと同じだぞ! 本気でそれが分かってるのか!?」

「そう言われてもな。そもそも、赤布をここまで連れてくるような仕事をさせられている時点で、お前は別に国王派の重要人物でも何でもないだろ? もしかして、実は公爵家の人間です、とでも言うつもりか? まぁ、公爵家で働いているとかなら、あるかもしれないけど」

「ぐっ!」


 レイの言葉が図星だったのだろう。

 男は言葉に詰まったように、何も言えなくなる。

 あるいは、もしかしたら……そんな思いで尋ねたレイだったが、残念ながら男はとてもではないが公爵家の……いや、そこまでいかなくても、貴族ではないことは明らかだった。


「で、ともあれだ。取りあえずこいつからは色々と情報を聞けそうだから……っ!?」


 詰め所に連れて行って、知っている情報を吐かせよう。

 そう言おうとしたレイだったが、半ば反射的に押さえていた男を離してその場から跳ぶ。


「下がれ!」


 背中に感じる冷たい汗を無視しながら、叫ぶ。

 レイの言葉の中にある強烈な焦燥感に気が付いたのだろう。警備兵達は躊躇うことなくその場から退避してレイの側まで移動する。

 その場に……この地下空間の中央付近に残ったのは、つい数秒前までレイによって地面に押しつけられていた男と、ロープで繋がれ、自我の存在しない赤布の男達。

 自我のない赤布の男は、何が起きても特に反応をすることはない。

 だが、つい数秒前まで取り押さえられていた男は、いきなり自分が解放されたことに驚き……いや、最初は何がどうなったのか分からずに混乱していたのだが、それでもすぐに自分が自由に動けるようになったことに気が付き、疑問を浮かべ……そして、自分がどこにいるのかに気が付いた時、信じられないといった表情を浮かべ……その場から走り出す。

 それこそ、少しでも自分が今いる場所から離れようとし……しかし、その行動は決定的なまでに遅かった。

 レイがミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出して構えるのと、丁度地下空間の中央部分にある場所の空間が裂けるのは、ほぼ同時だった。

 それこそ、まるで紙を破くかのように、空間が裂け……次の瞬間、その空間の裂け目から何らかの液体に濡れている、ピンク色の触手が何本、何十本と飛び出してくる。


「わっ、わああああああああああああああああああっ!」


 男は叫びながら走るが、その叫び声が、もしくは激しい動きが触手の注意を引いたのか、触手は真っ直ぐ男を追う。


「たっ、助け、助けてくれ、助けてくれぇっ!」


 そう懇願する男だったが、当然のように触手が男の声を聞いて助けるといった真似をする筈もなく……まるで矢のような速度で空中を移動した触手は、その先端を男の身体に触れさせる。

 触手の先端は特に尖っている訳でも、ましてや口のようになっているわけでもないのだが……それでも、触手は効果を発揮した。

 ドクン、と。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、と。

 そんな音がすると共に、触手はまるで蛇が何かを丸呑みしたかのように蠢く。

 同時に、男の身体は急激に干からび……十秒も経たないうちに、その身体は骨と皮だけの死体となって床に倒れ込む。

 ……その死体は、レイが屋敷の中を調べている時に見たのと同じ死体だった。


(なるほど、何だってあんな死体が出来るのか疑問だったけど、こうやって死体が生み出された訳だ)


 隣で警備兵の三人が息を呑んでいたが、レイは不思議と数秒前まで感じていた焦りは消え、目の前の光景を冷静に観察することが出来る。

 もっとも、それは未知の存在……その存在に対し、しっかりと認識することが出来たからこそ、そのようになっている訳で、実際にはピンク色の触手は全く気を抜けるような相手ではないというのは、レイも分かっていたが。

 それでも警備兵達よりも落ち着いているのは、今まで色々な経験をしてきたが故のことだろう。

 とはいえ、あの桃色の触手、それも一本や二本ではなく、何十本も空間の裂け目から出ている光景を見れば、容易にどうこう出来る存在ではないというのは明らかだったのだが。

 いつ自分達に襲い掛かってきてもいいように、一歩前に出るレイ。

 警備兵達は明らかに動揺しており、だからこそ混乱して妙な行動をするよりも前にレイが自分の存在を誇示し、落ち着かせるという意味もあった。


「落ち着け」


 小さく、出来るだけ触手には聞こえないように、警備兵達に呟く。

 警備兵達はそんなレイの言葉が聞こえているのか、いないのか……あるいは聞こえていても頭で認識することが出来なかったのかもしれないが、残念ながらレイの言葉に何か反応する様子ははなく、言葉を口には出せないままだ。


(いっそ、あのピンクの触手の注意を惹かない為には、黙ったままでいてくれるのがいいかもしれないけど……問題なのは、本当に黙ったままでいられるかってことだよな)


 骨と皮だけになった男の死体が床に落ち、ピンクの触手は何かを探すかのように……それこそ、まだ食い足りないと態度で示すかのように、空中を動いている。

 そんな触手を見ながら、どうするかと考え……やがて次の瞬間、不意に触手は動きを止め、一斉に動き出す。

 先程同様に、空気を斬り裂きながら飛ぶ矢の如く真っ直ぐに向かったのは……レイ達ではなく、自我のない赤布達。

 何故自分達ではなく赤布達に向かったのかを疑問に抱くレイだったが、恐らく空間の割れ目からより近い場所に赤布達がいたからというのが、この場合の正解だろう。

 だが、自我が存在しない以上、自分達に向かって飛んでくるピンク色の触手を見ても赤布達は特に何か反応するようなことはない。

 ただ、黙って近づいてくる触手を見て……次の瞬間、その触手に触れると、先程の男同様特に触手の先端によって内臓や体液、その他諸々を吸収されていく。

 それも一人や二人ではなく、その場にいる赤布全員が黙って触手を受け入れ……やがて、赤布の全員が最初の男同様、骨と皮だけの死体となって地面に倒れ込む。

 そんな光景を、レイは特に何の感情も抱かずに眺める。

 いや、出来ればこれで満足して触手にはあの空間の裂け目から消えて欲しいという風には考えていたのだが、それが甘い考えだと理解したのは、触手が空間の裂け目に戻るのではなく、その先端がレイ達に向けられたからだろう。


「ちっ、取りあえず走れ! 屋敷に戻るんだ!」


 触手が自分達を狙っている。

 そう判断したレイは素早く叫び、幸いなことに警備兵達は既に我に返っていたのか、躊躇することなく自分達が降りてきた階段に向かって走り出す。

 このような場面は完全に予想外だったのだろう警備兵達だったが、それでも今まで警備兵として活動していたことから、目の前の光景に驚き、足を竦めるといったことはなかったのだろう。

 だが……当然ながら、触手としても自分の獲物となる相手が逃げ出そうとしているのに、それを放っておくような真似はしない。

 まだ近くにいて逃げ出さないレイを放っておき、まずは逃げ出そうとしている警備兵に向けて触手を伸ばす。

 今まで同様、素早い動きで獲物を捕らえようとする触手だったが……

 斬っ!

 次の瞬間、真っ直ぐに伸びていた触手はレイの持つデスサイズの刃によって切断される。

 だが、触手を切断したレイの顔は、どこか不満の色があった。


(堅いな。いや、堅いんじゃなくて、斬りにくいと表現すべきか?)


 ピンク色の触手がただの――という表現はおかしいが――触手であれば、デスサイズならそれこそ抵抗も何もなく斬り裂くことが出来ただろう。

 しかし、レイが振るったデスサイズの刃は、その触手に対して抵抗を感じた。

 魔力を通したデスサイズであるにも関わらず、だ。

 この触手は、その辺にいる冒険者の振るう長剣では間違いなく傷つけることが出来ないだろう。

 そう確信を持つレイだったが、その視線の先ではデスサイズによって切断された触手がまるで蛇か何かの如く暴れ……やがて、塵と化して消滅していく。

 明らかに異常な光景。

 もっとも、空間に裂け目が生まれ、そこから触手が伸びてくるという時点で普通ではないのは明らかだったのだが。


「……素直に諦めてくれれば、こちらとしても楽なんだがな」


 レイの口から嫌そうな声が出たのは、空間の裂け目から新たな触手が伸びて、この世界に姿を現したからだろう。

 そして、新たな触手は既に階段を上って姿を消した警備兵達ではなく、この場に唯一残っているレイを獲物として照準を定めたのは間違いない。


「取りあえず、こういう厄介なのを国王派が呼び出したってのは間違いないか。厄介だ……な!」


 レイの言葉を最後まで言わせまいと、触手の全てがレイに向かって放たれる。

 幾ら触手の速度が速くても、それこそ今までのようにただ真っ直ぐであれば問題はなかった。

 だが……先程触手が切断されたことで向こうも学習したのか、レイに向かって飛んでいく触手は真っ直ぐ進むもの以外にも、空中で軌道を変化させるような触手が混ざっていた。


「厄介な! 飛斬!」


 軌道を変化させた触手に飛斬を放って牽制しつつ、返す刃で触手を切断し、あるいは左手に持っている黄昏の槍を使って触手を切断する。

 デスサイズでもあっさりと切断する訳にもいかない為か、黄昏の槍を使っての一撃でも強い抵抗が手に残っていた。

 半ばで絶たれた触手であったが、それでもまだ空間の裂け目と繋がっている触手は、次から次とレイに向かって襲い掛かってくる。

 それこそ、レイが切断した分だけ触手の長さが補充され、更には空間の裂け目から伸びてくる触手の数は更に多くなる。


「多連斬!」


 デスサイズの斬撃の後で、スキルの効果として追加でもう二つの斬撃が放たれる。

 一度の斬撃で数本の触手を切断し、追撃の斬撃で一撃目の触手の近くにあった別の触手が切断される。

 黄昏の槍で振るわれる一撃も相手の抵抗を感じつつ、それでも次々と触手を切断していく。

 だが、空間の裂け目から出てくる触手の数は一向に減る様子はない。


(どうする? 体力的には、まだまだ余裕だけど……でも、いつまでもこのままって訳にはいかないだろうし)


 頭の片隅で考えつつも、レイが振るうデスサイズと黄昏の槍は、次々とピンク色の触手を切断していく。

 本来なら、切断された触手は床に積み重なり、足の踏み場がなくなってもおかしくはない。

 それでも問題なく行動出来ているのは、床に落ちた触手が次々に塵と化しているからだ。

 だからこそ、レイは間違って触手を踏んでバランスを崩すといったことにはならないですんでいたのだが……


「レイ、こっちだ! 戻ってこい!」


 不意に聞こえてきたその声に、レイは触手との戦闘を続けつつ、自分が降りてきた階段の方に向かって少しずつ進んでいくのだった。

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