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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬から春にかけて
1942/3865

1942話

 警備兵の詰め所から出たレイとセトは、屋台で適当に買い食いをしながら街中を歩いていた。

 特に何か目的があっての行動という訳ではなく、単純にウィンドウショッピング……いや、食い道楽の散歩といった様子で。

 レイとしては、あわよくば赤布やコボルトの一件に関わっている者達の情報でもないかという思いがあったのだが、残念なことにレイ達を襲ってくるような相手はいなかったし、レイ達を見て不自然に逃げるような相手もいなかった。

 ……寧ろ、セトがいるということで、多くの者達が集まって来て、人は非常に多くなる。

 先程レイとセトが詰め所に向かっていた時は、レイの様子を見てセトに話し掛けるような余裕はなかった者も、今はセトを愛でることが十分に出来るということで、嬉しそうにセトにサンドイッチや串焼き、干し肉といったものを食べさせたりもしていた。

 その中の幾つかのサンドイッチはレイも食べたことのないもので、セトが少しだけ羨ましくなったが、当然のようにそれを表情に出すといった真似はしていない。

 ともあれ、そんな風に屋台や食堂、それ以外に食材を売っている店といった場所に顔を出し、美味そうな、もしくは珍しい料理や食材を買い歩く。


「レイ!」


 と、不意に大声で呼び掛けられたレイは、未だに何人かから撫でられているセトから、自分を呼んできた相手に対して視線を向ける。

 その視線の先にいたのは、レイも知ってる顔だった。

 そして、非常に厳つい顔つきをしており、何も知らない者が見れば、それこそ盗賊の大親分……もしくは裏の組織を率いている人物といった印象を受ける人物だ。

 だが実際には、裏社会の人間でも何でもなく、ギルムでも有数の腕の立つ鍛冶師だ。


「パミドール、久しぶりだな。にしても、お前がこういう場所にいるのはかなり珍しいな」

「そうか? 俺だって別に店に住み着いてる訳じゃねえぞ。……それにしても、最近は見なかったがどこかに出掛けてたのか? 何日か前からギガント・タートルの解体をやってるってのは話に聞いてたが」

「ああ、そっちは知ってたんだな。何なら、お前も参加してくれれば良かったのに。そうすれば、ギガント・タートルの肉を少しだけだけど分けてやれたんだがな」


 レイの言葉は、家族思いのパミドールにとっては惹かれるものがあったのだろう。

 少しだけ、羨ましそうな視線を向ける。

 ……もっとも、強面のパミドールが向ける羨ましそうな視線というのは、傍から見れば脅迫しているようにしか見えないのだが。

 とはいえ、この辺りの住人はパミドールのことをそれなりに知っている為か、特に大きな騒動になったりといったことはしていない。

 パミドールのことをよく知らない者も何人かおり、そのような者達はレイを見て恐喝されているのではないかといったように思うが、騒ぎ出すよりも前に事情を知っている者が大丈夫だと落ち着かせる。


「正直なところ、俺もそうしたかったんだがよ。急な仕事が入ってて、それが終わったのがついさっきだ。さすがに本業を放っておいてお前の手伝いをする訳にもいかねえだろ?」

「あー……仕事が入ってたのか。鍛冶師なら、それこそ冬でも構わずに仕事が入ってくるか」


 冒険者であれば、基本的に冬は仕事をしない。

 もっとも、今年はコボルトの討伐やギガント・タートルの解体といったように、幾つもの仕事があって、冒険者達もその仕事を受けている者も多かったが。

 それでも、あくまでも冬の間は仕事をしないで骨休めをしているという者も多いが、それはあくまでも冒険者だからだ。

 そんな冒険者とは違い、鍛冶師……それも非常に腕利きの鍛冶師たるパミドールには、それこそ幾らでも仕事が来る。

 本人が選り好みしなければ、それこそ今よりももっと良い生活が出来る程に。

 パミドールは元々王都でも非常に有名な鍛冶師だった。

 それが何故わざわざギルムのような辺境まできたのかといえば、それこそ自分の鍛冶師としての力で多くの者を守りたいという思いがあったからだ。

 実際、パミドールが作った武器は多くの腕利き冒険者が集まってくる関係上、腕の良い鍛冶師もまた多いギルムにおいても、最高峰の性能を誇る。

 直接的間接的にかかわらず、その武器で何人の命が救われたのかというのは、それこそ数え切れない程だろう。

 そんなパミドールだけに、仕事で忙しいというのはレイにも納得出来た。


「グルルルゥ」

「ははは、セトも久しぶりだな。元気にしてたか? ……まぁ、その様子を見れば、元気そうなのは分かるけどな」


 久しぶりに会ったパミドールに対し、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 セトにとっても、パミドールは好きな人の一人だ。

 普通ならパミドールの顔を見て怖がることも多いのだが、グリフォンのセトにしてみればパミドールの顔は別に怖くもなんともない。

 その辺が、こうしてセトが素直にパミドールに懐いている理由の一つなのだろう。


「まぁ、色々と……本当に色々とあったけど、元気なのは間違いないよ」


 セトを撫でているパミドールを眺めつつ、レイが呟く。

 その口調の中には、本当に色々とあったというのが誰であっても理解出来る程の重みのようなものがあった。

 パミドールもそんなレイの言葉に、この件に関してはこれ以上追求しない方がいいだろうと思い直す。

 若干重い空気になったのを感じたレイが、それを誤魔化すかのように口を開く。


「そう言えば、ここ最近はギルムにコボルトが侵入するって事件が起きていたけど、そっちは大丈夫なのか? お前の家族とか。特にクミトはまだ小さいだろ」

「小さいっていったって、もう俺の手伝いをしてるくらいだ。そこまで危険なことはねえだろ」


 パミドールの手伝い? と一瞬疑問に思ったレイだったが、そう言えば前にパミドールからその辺の話を聞いていたし、見たこともあったなと思い出す。


「けど、パミドールの手伝いをしているからって、他の子供と街中で遊んだりしない訳じゃないだろ?」


 クミトがパミドールの手伝いをするようになったといっても、それはまだ本当に基本的なことだけだ。

 それこそ、以前の手伝いから一歩か二歩踏み込んだといったところか。

 当然のように、四六時中パミドールと一緒にいる訳ではなく、他の子供達と遊ぶといった真似もしている。

 ……とはいえ、レイが最初にクミトを見た時には冒険者志望の子供達に虐められていたのだが。


「そりゃそうだ。けど、クミトには一応護身用として武器を持たせているし、コボルトが襲ってきても何とか対処は出来ると思う。そもそも、コボルトは増築工事の現場で押し留められてるって聞いてるぞ?」

「それはまぁ、嘘じゃないけど。……俺も土壁を作って、コボルトがギルムの中には簡単に入れないようにしたし」


 そう言いながらも、クミトに護身用の武器を持たせてもいいのか? とレイは思ってしまう。

 勿論、クミトの性格を考えれば、その武器を使って妙な真似をしないというのは分かっている。分かっているのだが……それでも万が一ということもあるし、それよりもレイが心配しているのは、パミドールの作った武器を持っているクミトが妙な連中に狙われないかということだった。

 腕利きの鍛冶師としてその名を知られているパミドールだけに、当然のようにパミドールが作った武器は高値でやり取りされている。

 そんな中、子供がパミドールの武器を持っていればどうなるか。

 レイが初めてクミトを見た時のように、冒険者志望の子供に絡まれるだけなら、まだ良い方だろう。

 だが、パミドールの作った武器を金に換えたいという、もっと質の悪い連中がクミトを狙うという可能性も否定は出来ないのだ。

 幾ら護身用の武器を持っているとはいえ、クミトはあくまでも子供……それも、冒険者を目指して戦闘訓練をしている訳でもない、普通の子供でしかない。


「パミドールの武器を持ってるって、それ別の意味でクミトが危険なんじゃないのか?」

「ん? あー、その辺の心配はいらねえよ。見た感じでは、俺が打った武器だって分からないようにしてあるからな」


 微かに自信を覗かせるパミドールの様子に、レイはそれでも本当に大丈夫か? と思ってしまう。

 クミトのような子供を襲うような者が、その辺りを気にするかどうかという疑問があったからだ。

 クミトはパミドールの子供で、その子供が護身用の武器を持っている。

 それだけで、特に確認もせずに武器をパミドールの打った物だと、そう認識してもおかしくはない。


「本当に大丈夫なのか?」


 改めて尋ねるレイだったが、何故かパミドールは自信満々に頷く。


(パミドールの性格を考えれば、親馬鹿ってこともないだろうし……だとすれば、本気で何か考えがあるのか? いや、けど……クミトだぞ?)


 レイの中にあるクミトのイメージは、やはり第一印象……最初に出会った時のものが大きい。

 それだけに、クミトがパミドールの打った武器を持っていて、それを狙ってきた相手がいても問題ないと言われても、とてもではないが素直に信じることは出来なかった。

 だが、パミドールはそんなレイの様子を見て、大体考えていることを察したのだろう。

 何も問題はないといった様子で、口を開く。


「レイが何を考えているのかは分かるが、クミトだっていつまでも昔のような子供じゃねえ。あいつも、強くなろうとして頑張ったんだよ」

「……そういうものなのか?」

「ああ。もっとも、レイみたいになるのは、ちょっと無理だろうけどな」

「俺みたいに?」


 何故自分のように? という疑問を抱くレイだったが、クミトにとってレイは自分が虐められているところを助けてくれた相手なのだ。

 その上、レイの武勇伝を噂話として聞けば、それに憧れない筈がない。……もっとも、武勇伝としては突拍子のないものも多かったが。


「そうだ。とはいえ、親としてはクミトにレイのようになってほしいとは思わないけどな」

「本人を前に、随分な言いようだな」


 そう言いつつも、レイはパミドールの気持ちが分からないではない。

 レイがギルムに……いや、このエルジィンという世界にやってきてから、まだ数年。それこそ十年と経っていないのだ。

 だというのに、レイがこれまで巻き込まれてきた騒動の数々を考えれば、とてもではないが愛する息子をレイと同じような境遇にしたいとは思わないだろう。

 それだけの騒動に巻き込まれてレイが無事だったのは、本人の実力が並外れたものであるというのも事実だが、仲間に恵まれたという点も大きい。

 セト、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネ。

 ビューネはともあれ、それ以外の者達の戦闘力は全員が異名持ちと同程度の、場合によってはそれ以上のものがある。

 また、それ以外にもここでは一緒に行動していないが、少しの間だけ行動を共にした者はそれなりに多い。

 そのような者達の協力があったからこそ、レイはこうして現在も生きているのだ。


「ともあれ、だ。最近ではクミトの奴も仕事の合間に道場とかに通って訓練をしてるんだ。しかも、俺にとっては意外だったが、結構筋が良いらしくてな」

「そうか? パミドールの子供だと考えれば、筋が良くてもおかしくはないと思うけど」


 鍛冶で使う筋肉の影響もあって、パミドールは筋骨隆々と呼ぶに相応しい姿をしている。

 また、パミドール本人から喧嘩が強いという話も、以前聞いた覚えがある。

 であれば、その子供のクミトが戦いに関する素質があるというのは、そうおかしな話でもないだろう。

 ましてや、レイに憧れて真面目に道場に通っているとなれば、その才能が開花してもおかしくはなかった。


「レイにそう言われると、何だか少し嬉しいな」


 親馬鹿の一面があるパミドールにしてみれば、クミトが褒められるというのは嬉しいのだろう。

 その後、少しの間クミトに関する話をしていたレイだったが……ふと、その話題を別のものに変える。


「そう言えば、秋から冬にかけて赤布が騒いでたのを覚えてるか?」

「は? 何だよいきなり。……勿論、覚えてるぞ。何人かは俺の店にやって来て暴れたから、叩きのめしてやった」

「あー……うん。パミドールらしいと言えばらしいな」


 そう思いつつ、レイはパミドールの店で暴れるなどという、無謀な真似をした赤布達に哀れみを抱く。

 何もそんなに無謀な真似をしなくても……と。


「ともあれ、だ。その赤布がまた動いているらしいんだが、何か情報はないか?」


 正確には、赤布ではなく赤布を操っている者達なのだが、その件はパミドールに言わなくてもいいだろうと、そう尋ねるが……パミドールは難しい顔をして首を横に振るのだった。

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