1941話
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レイと警備兵達の情報交換は、すぐに再開される。
「それで、赤布達から何か情報を得ることは出来たのか? それこそ、向こうにしてみれば自分達が今までどこにいたとか、そういう情報とかを持ってるんじゃないか?」
赤布がコボルトの一件を起こした者達によって使われていたというのであれば、何らかの手掛かりを持っていてもおかしくはない。
勿論、赤布が何らかの重要な情報を持っているとは限らないが、もしかしたら自分でも分からずに重要な情報を持っている可能性はあるし、何でもない情報であっても多くの者から得られた情報を組み合わせることで何らかの重要な手掛かりになるのではないか。
そう思って尋ねるレイだったが、帰ってきたのは首を横に振るという行為。
「今回の一件を企んでいる連中も、その辺はしっかりと考えてたんだろうな。赤布が今まで住んでいたという場所に人を向かわせてみたが、見事に何の手掛かりもなかった」
レイに言われる前に素早く動いているのは、警備兵という本職というのもあるが、やはり仲間が攻撃されたことによって怒りを抱いていたというのも大きいのだろう。
「なるほど。……そうなると、結局また振り出しか。厄介というか、面倒臭いというか。一体どうしたものだろうな。未だに何の手掛かりも得られないってのは」
「安心しろ。一応足で情報を集めるような捜査は、こっちでも続けている。その手の捜査は、俺達の方が得意だからな」
「あー……だろうな」
警備兵というのは、レイの認識でいえば警察……いや、もっと直接的な意味で武力を振るうという意味では、武装警察とでも呼ぶべき存在だ。
そのような存在であっても、ギルムの治安を守っているのは事実である以上、住民からの信頼は厚い。
当然のように、警備兵全員が良い存在という訳ではなく、警備兵の中にも当然のように裏で犯罪行為をしているような者もいる。
だが、それでも全体的に見れば警備兵は住人から好意的に見られている。
だからこそ、直接情報を聞いて歩くような真似をしても、それに協力する者は多い。
「その辺はそっちが本職だろうし、任せるよ。ギルムの住人の多さを考えれば、必ずどこかに手掛かりは転がってる筈だし」
「ああ、それは間違いない。そもそも、レイが遭遇したのや、今日監視していた連中を襲った赤布、それに赤布が大きく動き回っていた頃の人数を考えれば、それだけの人数の食料やら何やらを用意するだけでもそれなりに目立つ筈だ」
「それに、赤布の連中は基本的に自分勝手な若い奴が多いからな。そういう奴らが大人しくしていられるとは……あまり思わない」
レイと話していたのと、別の警備兵がそう告げる。
実際に赤布が血気盛ん……頭に血が上りやすい者達の集まりだというのは、レイも理解しているので、その意見には頷けるものがあった。
「その意見は分かる。分かるけど……結局それらの手掛かりは見つかってないんだろ?」
「……そうなんだよな。まぁ、赤布ってのは赤い布を身体のどこかに縛っていたりしたから、赤布と呼ばれた訳で、そう考えれば赤布を外して一般人の振りをすれば赤布として見分けは付かないだろうけどな」
「けど、偶然赤布だと分かる奴には分かるだろ? 実際、昨日は偶然冒険者が相手を赤布だと判断して、それで俺も相手がそういう奴だって分かったんだし」
「そういう風になる可能性はあるだろうな。……けど、見つかるよりは見つからない可能性の方が高いだろ?」
「ギルムの人口を考えれば、確かに見つからない可能性の方が高いのは間違いないだろうな」
別の警備兵がそう言うのに、他の者達も頷く。
実際、昨日の一件は運が良かっただけだと言われれば、レイもまた納得せざるを得ないのは事実だ。
(結局、大きな動きはあったけど、今回の一件の裏にいる奴に繋がる手掛かり……って訳にはいかなかったな)
レノラが急いできたので、何か手掛かりの類があるのかと思ったのは間違いなかったが……少し、レイの予想とは外れた形だ。
「それより、問題なのは……だ。赤布を動かしている連中が、何故見張りの存在に気が付いたのかというのがある」
何とも言えない表情で、警備兵の一人が呟く。
それがどのような意味を持っているのかは、レイにも理解出来た。
つまり、それは警備兵の中に赤布を動かしている者と繋がっている者がいるかもしれないということだ。
当然のように、警備兵達は仲間を疑いたくはないが、状況を見る限りでは向こうに拠点の監視をしていた者の情報が流れていた可能性が高いのも事実だった。
「見張りの件を知ってたのは、どれくらいいるんだ?」
「純粋に知ってたとなると、かなりの人数になるな。報告書に書いたし」
「……そうなると、それこそ誰が情報を流したのかを考えるのは難しいな」
そう告げるレイに、部屋の中にいる警備兵の何人かが嫌そうな表情を浮かべる。
その可能性が高いと分かっていても、やはり仲間を疑うといった真似は面白くないのだろう。
だが、その可能性が一番高いというのも事実であり、現在の状況を考えると疑わない訳にもいかない。
(そもそも、ここでしっかりとしておかないと、裏切り者がいた場合は延々とこっちの情報が向こうに流され続けることになるだろうし)
警備兵として、仲間を疑うのは避けたい。
しかしその辺をしっかりとしないと、実際にどうしようもないというも、間違いのない事実なのだ。
だからこそ、目の前の警備兵達が幾ら嫌がっても、しっかりとして貰わないとレイも困る。
それは警備兵も分かっているのか、やがてレイと話していた警備兵は苦々しげな表情を浮かべつつも頷く。
「分かっている。こっちでも至急動いてみるから、その辺は心配しないでくれ」
そう言った警備兵に、周囲にいた他の警備兵も色々と思うところはあったようだったが、それでも現状を考えると不満を口に出来る訳もない。
「頼む。……後は、何か話しておくようなことはあるか?」
レイの言葉に、警備兵は『なら……』と言い、色々と細かい打ち合わせをする。
もっとも、その殆どは今回の一件に関係はしていても、そこまで重要なことではなかったのだが。
例えば、赤布と思しき者達について、捕らえた相手をこれからどうするのかといったように。
警備兵が言うには、恐らく犯罪奴隷ということになって売られるだろう、というのがその判断だった。
ダスカーに雇われ、ギルムの治安を守っている警備兵を襲ったのだから、そうなるのも当然だろう。
もっとも、犯罪奴隷ではあっても盗賊の類に比べればかなり罪は軽いので、奴隷となっている期間はそこまで長くはないだろう。
それこそ、早ければ今年中……どんなに遅くても来年中には犯罪奴隷の身分から解放される筈だった。
……犯罪奴隷になったにも関わらず、全く仕事にやる気を見せたりしなかったりすれば、話は別だったが。
そうして色々と話を終えると、レイは詰め所から出る。
「じゃあ、また何かあったら連絡をくれ。……まさか、レノラが馬に乗って俺を呼びに来るとは思わなかったけど」
「レノラが?」
警備兵の中でも、レノラのことを知っている者は多いのだろう。
レイの言葉に、嘘だろ? とでも言いたげな表情を浮かべる者が何人かいる。
もっとも、普段のレノラはとてもではないが馬を乗りこなすような人物には見えないので、そのように思っても仕方がないのかもしれないが。
……そこでお淑やかという表現が出てこないのは、ケニーとの一種漫才的なやり取りが非常に有名だからなのだろう。
「ああ。正直なところ、レノラがああも見事に馬を乗りこなせるというのは、知らなかった。ギルド職員だからと言われれば、納得も出来るんだけどな」
ギルド職員というのは、場合によっては冒険者を馬車に乗せて遠くまで運ぶということも、珍しくはない。
大抵そのような仕事は、元冒険者だったり、下働きといった者達がやることになるのだが、どうしても忙しくて誰の手も空いていない場合は、受付嬢に回ってくるという可能性もある。
その時、実は馬車を操れませんでした、馬に乗れませんでしたということになり、それが原因で本来なら必要のない負傷者や死人が出るということになれば、それはギルド職員として絶対に許容出来ないことなのだろう。
「ギルド職員は色々と凄い連中が集まってるからな」
警備兵の一人が、小さく呟く。
実際、ギルド職員として採用されるには高い能力が必要であり、まさに狭き門と表現するのが相応しいような職場なのだ。
それこそ、警備兵とギルド職員のどちらになるのが難しいかと言えば、余程の世間知らずでもない限り、ギルド職員と答えるだろう。
……もっとも警備兵になるのは簡単だが、ギルムの治安を守る必要上訓練は非常に厳しく、それを続けることが出来るのかどうかというのはまた別の話になるのだが。
「さて、じゃあ俺はそろそろ行くよ。……そっちも色々と大変だろうけど、頑張ってくれ」
「任せろ」
そうやって短い言葉を交わし、レイは詰め所を出る。
詰め所の前では、先程見た時と同じように警備兵が周囲をしっかりと確認していたが、レイが出てくるのを見ると小さく頷く。
その頷きが具体的に何を意味しているのかは、レイにも分からなかった。
だが、恐らく警備兵にとっては何か意味があるのだろうと判断し、疑問を口にすることはなく、ただ頷きを返す。
「グルゥ!」
レイが詰め所から出てきたのに気が付いたセトが、嬉しそうに喉を鳴らしつつレイに近づいてくる。
……その際、セトの口から何か食欲を刺激するような匂いがしたのはレイにも何となく理由が分かった。
恐らくレイが詰め所の中で話をしている間に、セトを愛でに来た者がいたのだろうと。
もっとも、そんなセトから少し離れた場所にはピリピリとした雰囲気で周囲を見ている警備兵がいるので、長い間セトを愛でることは出来なかったようだが。
「待たせたか? って言おうと思ったけど、セトはセトで十分に楽しめたみたいだな」
普通なら、この寒い中、外で待たせるといったような真似をするのは非難されてもおかしくはない。
だが、それはあくまでも普通であって、セトの場合は全く問題はない。
それこそ、セトは真冬の真夜中に雪に埋もれていても全く寒がる様子もなく熟睡出来るのだから。
とはいえ、やはり厩舎のような場所で寝る方がセトにとっても快適なのは間違いないのだが。
「グルゥ? グルルゥ!」
レイの言葉に喉を鳴らして嬉しがるセト。
かなり美味い料理でも食べたのだろうと判断し、レイは頭を擦りつけてくるセトを撫でる。
「ごほん」
レイがセトと戯れていると、詰め所の前にいた警備兵が小さく咳払いをする。
このままここでセトといると邪魔になるだろうと判断し、レイはセトと共にその場から離れる。
「結局、今回の一件は拠点を見張っていた警備兵が襲われたって話だったよ」
「グルゥ……」
歩きながら残念そうに話すレイに、セトは励ますように喉を鳴らす。
レイは自分の横を歩くセトを撫でながら、どうしたものかと考える。
(警備兵の中には、もう拠点を見張っているのが敵に知られたんだから、いっそその建物を強引に調べてみた方がいいって主張していた奴もいるけど……どうなんだろうな)
見張っていた警備兵を襲うくらいなのだから、当然のように拠点の中にあった重要な物は取り出されており、今更調べても何もないと思える。
それどころか、場合によっては何らかの罠が仕掛けられている可能性も否定は出来ないだろう。
警備兵の中でも、そんなことを口にする者もいた。
だが、もしかしたら何か思いも寄らない物が残っているかもしれないし、他に調べるべき場所がないと言われれば、他の者も納得せざるを得なかった。
(盗賊を雇って……って感じなら、罠があっても発動前に察知は出来るのか? とはいえ、盗賊を雇えるかどうか……いや、エッグの方に手を回して貰えばいいのか)
エッグの部下の中には、当然のように冒険者としての盗賊もいる。
であれば、今回警備兵がそのような者達を派遣して貰ってもおかしくはない。
「グルゥ? グルルルゥ!」
ふと、レイはドラゴンローブを引っ張られる。
そちらに視線を向けると、そこにいたのは当然のようにセト。
クチバシでレイのドラゴンローブを引っ張ったセトは、その視線を少し離れた場所にあった屋台に向けられている。
そこから漂ってくるのは、食欲を刺激する香り。
詰め所の前で誰かから食べ物を貰ったセトだったが、それでもお腹が減った! と主張するセト。
そんなセトを撫でつつ、レイは屋台に向かうのだった。